なやみごと
「マジでふざけるなよ!」
今日何度目かの文句が口をつく。
俺は麻木東矢。高校三年だ。
夏の暑さもおさまり日中もだいぶ過ごしやすくなった10月中旬。日も落ちるのがだいぶ早くなった。1度、夕日に視線を向けてから俺は再び先を急ぐ。
依怙贔屓がひどい担任に捕まり、かなりの時間をくわれたのだ。ちなみに俺は担任には嫌われている。
彼のお気に入りの女子生徒が当番の雑用を担任にお願いして無理やり俺に振りやがったのだ。本来は3人でやるはずの内容を俺1人に……だ。そしてムカつく事に俺に雑用を振った担任は俺に告げるや用事か有るとかで帰りやがった。あの女好きがっ!
一連のイレギュラーのせいで予定が大幅に狂ってしまった。
「約束のじか……ん……に電話きたよ」
言葉の途中でスマホが着信を告げる。
相手は……予想通り……。俺は慌てて電話にでる。
「東矢遅い!
ふざけるなよ。ぶっ殺すぞっ!」
「ユイねぇ。口悪い!
誰かに聞かれたらどうするんだよ。落ち着け!」
電話から聞こえる暴言に俺は慌てて電話の主である、ユイねぇこと麻木優衣香をなだめる。
すると電話の向こうのユイねぇが更にヒートアップしてしまう。その声量に俺は顔をしかめ、スマホから耳を離す。流石は舞台女優だ。
「耳無いなった」
思わずつぶやく俺。
「本当に今どこに居るのあんた?」
それから十数秒が経ち落ち着きを取り戻したユイねぇは神妙な声音で俺に問い掛ける。
「冗談抜きでヤバいわよ。アオイのオーディションに間に合わなくなる……」
「……」
電話の向こうで話し合う気配。
ユイねぇの話し相手は舞台女優仲間の種子島アオイ。俺と同い年のデビュー半年の新人舞台女優だ。
話し合いが終わったのだろうユイねぇが、電話を通して俺に告げる。
「遠矢。あたいがアオイを会場まで連れていくからあんたは直接会場までむかえに来て!」
「でも、ユイねぇ。それだと……」
「でもも何も……遅れたあんたがそれ言うか……あ?」
「ごめん」
ドスの効いたユイねぇの声に俺は謝り倒す。ユイねぇには逆らえないのだ。
「まあ、あたいの方は支配人に事情を説明して調整してもらう。あいつとは付き合い長いからたぶんなんとかなるだろ……」
実はアオイさんのオーディションと同時刻にユイねぇは主演の舞台があるのだった。
俺は先を急ぎ、アオイさんのオーディション会場へとやってきた。
「…………」
俺はオーディション会場が入って居るビルの出入り口の隣で足をとめ、息をととのえながら辺りを見渡す。
「今は居ないようだな……」
つぶやく俺。
実はアオイさん。厄介な追っかけファンからストーカー被害にあっているのだ。
事務所もストーカー対策をこうじては居るものの、四六時中人を付けることは難しく、こうしてユイねぇ経由で声をかけられるのだ。
尚、警察は直接的な危害は加えられていないとの理由で動いてすらくれない。何か有ってからでは遅いと言うのに...…
「遠矢さん!」
通りを行き交う人々を監視する俺の背後から声。振り返るとそこには見知った少女。無論、アオイさんだ。
「アオイさん。お疲れ様です。
どうでしたオーディションの感触は?」
「完璧。審査員の感触もよかったわ」
「じゃあ結果楽しみだね」
言ってお互いに笑いあう俺達。
アオイさんは俺の隣に並ぶと俺の手を取り不安そうな顔をして周囲を見渡す。
「今のところそれっぽいのは居ないから大丈夫」
「うん。帰ろう」
俺の言葉にホッと息を吐き、アオイさんはゆっくりと歩き出す。
俺は何事も無く無事にアオイさんを送り届ける事に成功したのだった。
数日後。
「マジでいい加減にしろよっ!」
「荒れてるな遠矢」
夕食を取りながら俺はここ数日の不満を口にしていた。そんな俺を見つめユイねぇが困ったような表情を浮かべる。
「しかし、あたいのダチはストーカー被害にあい。弟は教師から嫌がらせを受ける……か」
ユイねぇはビールを口に運び、
「まずは遠矢の方から終わらせるか……
教師からの嫌がらせの証拠集めはどんな感じだ?」
「クラスメイトからの証言もいくつかとれたよ。あとはいくつか音声が録れればって感じ」
「はやくケリつけてアオイの件に集中しよう」
「だな」
ユイねぇの言葉に頷く俺。
俺の問題とアオイさんの問題は予想外にあっさりと解決する事となった。これまでの俺の準備は何だったのだとツッコミたくなる程に……
「アオイさん」
「ええ……」
俺の言葉に青い表情で頷くアオイさん。
「つけられてるな」
5分程か付かず離れず跡をつけてくる気配。
アオイさんの演技のレッスン後、スタジオを離れてすぐに現れたストーカーの影。
「東矢さん」
不安そうに俺の名を呼び、服の袖を掴むアオイさん。
「大丈夫だよ。安心してアオイさん」
言って安心させる様にアオイさんに微笑みかける俺。すると彼女はぽーーっとした不思議な表情を浮かべて俺を見つめる。意識が何処かにお出掛けしているようだ。
アオイさんたまにこうなるんだよなぁ。
「アオイさん?」
「……はっ!」
再起動をはたして慌てふためくアオイさん。
そんな彼女を可愛いと思うが、今はそれどころではない。
俺は気を引き締めて背後を睨みつけて静かに告げる。
「居るんだろ?」
「つきまといはやめてください」
俺とアオイさんは交互に語りかけるも相手からの反応は無い。
アオイさんを背に庇う様に俺は前に出る。
「ファンならストーカーなんて気持ち悪いことはやめろ。彼女の活動にも影響出ているんだぞ!」
ストーカー相手に説得って逆上して襲いかかってきそうな気もするが……説得を試みる俺。
ワンチャンストーカーをやめてくれるのなら……
「ふざけるなよ」
通りの奧。闇の中から聞こえる声。
乱暴に近付いて来るストーカーの気配。
「ん?」
はじめて聞いたストーカーの声に違和感を感じて俺は首を傾げる。
どこかで聞いた気がする……
何故か腹立つこの声。
感じた違和感の正体と暗がりからストーカーが姿を現すのはほぼ同じタイミングであった。
「ふざけ……ふざけるなよ。
アオイちぅわぁんの隣に居ていいのはこの俺だ。断じてクズ生徒の貴様ではない。貴様には罰をあたえねば!」
叫ぶストーカー男。
……って!
「座間っ!」
ストーカーの正体は俺の知る人物であった。座間は……
「何。呼び捨てにしてやがる。これだから社会不適合者のゴミ生徒はっ!
座間先生様だろうがっ!」
座間先生。
俺の通う学校の先生であり、アオイさんのストーカー問題と俺を悩ませていた嫌がらせをしてくる担任がまさか同一人物だったとは……
「ヒッ!」
アオイさんが悲鳴をあげる。彼女の視線の先には当然だが座間の姿。
座間の手には鞄から取り出したバタフライナイフ。血走った目で俺を睨んでいる。
「アオイちゃんに付く害虫は……早く処分しないと」
座間は叫ぶとバタフライナイフを振り上げて走り出す。俺に向かって奇声をあげながら……
背後で声を詰まらせるアオイさん。俺は数歩前に出て座間を迎撃する体勢をとる。
ナイフを振り上げてくれたお陰で脅威度はだいぶ下がった。腰だめに構えて突っ込んで来るよりは対処がしやすいのだ。
「……フッ!」
短く息を吐き出すと同時に低い体勢で座間の懐に飛び込む俺。
「なっ!」
俺の踏み込みの鋭さに驚きの声をあげる座間。突然の動きに彼は驚き硬直する。
この時、バタフライナイフを持つ座間の手は俺の頭上。この位置ならバタフライナイフで俺を斬りつける事は出来ない。
「グエッ」
踏み込みの勢いのまま右肘を突き出し座間のみぞおちに当てると同時に左手で座間の手首をつかみ背負い投げの要領で投げ飛ばす。
ドン!
「……っ」
地面に落ちると同時に悶絶する座間。
みぞおちって当て方によっては小学生が大人を行動不能にする事も出きるのだ。けっこう綺麗に決まったからそのダメージは……
「どうした?」
「何が?」
人通りの少ない道とは言え、これだけ騒げば人も集まってくる。俺は野次馬に向けて声をあげる。
「警察呼んでください!」
座間を指差し、
「ストーカーです。ナイフを持って襲って来ました!」
「俺が連絡する!」
50代のおじさんが言って自宅に戻る。
「お願いします」
俺は座間から視線を外さずにゆっくりとアオイさんの横に移動して彼女に声をかける。
「大丈夫?」
「ええ。東矢さんこそ……大丈夫だった?」
「うん。余裕。無傷だよ」
アオイさんに無傷アピールをする俺。すると彼女はその場に座り込み口を開く。
「よかった……」
ほどなくおじさんの呼んだ警察が到着後して座間を回収して行った。
余談であるが、今回の事件は全国ニュースで報道される程の大きなスキャンダルとなった。教師がストーカーと殺人未遂を犯した事件だその反響は想像に難くない。
アオイさんのストーカー問題が解決して2週間が経過したある日。
『…………』
俺はアオイさんと久しぶりに会っていた。ストーカー問題の時は毎日の様に会っていたのに解決してから会うのは本当に久しぶりだった。
今日はアオイさんからご飯に誘われたのだ。
そして、2人っきりだからすごく緊張する。
「東矢さん」
「な、なに?」
「あの時はありがとう。その、すごくカッコ良かった……その……」
アオイさんが言う。言葉を詰まらせ深呼吸すると顔を赤くして……
「好きです。東矢さん……私と付き合ってください」
アオイさんの告白に俺はもちろん……
最後までお読みいただきありがとうございます。
補足
座間が東矢を目の敵にしていたのはアオイをストーキング中に彼女と仲良くしているのを目撃してしまったからです。




