お互い様
人として生まれてきた以上、やはり人間らしい幸せを掴んで寿命を迎えたいわけなのですが、私としてはむしろ人間らしくない幸せを掴んで、人の為にも自分の為にもならないような、他者に立派な死に方とも悔いのある死に方とも思われない、そんな安らかな死に方で死にたいわけなのです。人間らしくない死に方と言われても、やはりぴんとはこないものなのですが、それでも私はそういった非日常的な死に方を望んでいるわけです。かと言ってそれは、通り魔に殺された、有り得ないような交通事故で死んだ――――そんな程度のものではないのです。
言ってしまえば、私も良い歳こいて夢を見ているわけです。
中二病だの何だの言われ続けても、私は決して夢見ることを――――たとえそれがどんな有り得ない、異常すぎる物語であっても、私はそれの可能性を信じて生きていきます。
何故かと申されても、それは返答の仕様がないわけでして、ただそれは架空の物語を信じるか否かと似た感覚なわけです。
あるはずのないものを、あるはずだと信じ込む、そんな空しい感覚です。
ただ、その感覚のおかげで、その客観的に見ればただのガキにしか思われない夢のおかげで、私は日常の中の退屈をこの小説で埋め合わせることが出来るのです。
以上、小説家を夢見る友人が夢の中で私にアドバイスした話の中の五分の一でした。
もう、これは夢ではない。
現実であることを認めざるを得ない・・・・・・
京終はようやく目を覚ましたが、もう夢オチなんて淡く現実的な期待をしないようになってしまった。
どうせ否定されるような希望を持っていたって、絶望しか出来ないのだから。
そのためか、意識を失う前よりも、表情が少し暗くなっている。
「あら、やっと起きたわね」
シキは悪びれるような様子を見せず、ただ呆れ顔でティーカップを載せたトレイを運んできた。
意識を失う前とは違って、今は髪を後頭部の後部に束ねている。
こんな状況でなければ、きっと素直に可愛いと思えただろう、と京終は少し残念がった。
「魔法、失敗したな?」
京終は目を細くしてじーっとシキを見た。
「いえ、成功したわ。間違いなく成功したわよ。あたしの魔法は意識こそ奪っちゃうけど、それでも効果はあるのよ。あんたに『翻訳』の魔法をかけた時だって、成功したでしょう?」
自身の失敗を省みず、自身にとって都合の良いところだけを強調するような態度を取るシキに呆れて、京終は溜息を吐く。
今日で一体、どれだけの溜息を吐き、そしてこれから、どれだけの溜息を吐くことになるのだろうか、と京終は心の中で嘆く。
「それで、今度は俺にどんな魔法をかけたわけだ?」
自分に掛けられた魔法が一体どんなものなのか、京終は聞かされていない。
それ故に、京終は自身にとってその魔法が害を成すものなのか、はたまた得をするものなのか、かなり気にしている。
「ふふん。それはね――――簡単に説明すれば、あたしに嘘が吐けなくなる魔法よ」
シキは踏ん反り返ってそう言った。
起伏に乏しい胸を堂々と張って、そう言った。
言語の壁を乗り越えた次は、言語の制限。
嘘を禁止し、真実だけ喋るように強制する。
(なんて残虐非道なことを!)
(会って間もない人間から嘘を奪うだなんて!)
(いや、俺Cに俺D。これは好都合だ)
(そうだな、俺A。たしかにこれは好都合だ)
京終は、怒ることも悲しむこともなく、むしろ嬉しそうに、にやりと笑った。
「嘘が吐けなくなる――――へえ、なるほどね。なるほどなるほど。それは至極好都合。どの道俺は、あんたに真実を話そうと思っていたのだから、好都合にも程があるってもんだ。あんたがかけた魔法なんだから、もし俺の口から信じられないようなキーワードが出てきても、あんたはもう、信じるしかないわけだ」
京終はこの世界に来て初めて、希望が持てたような気がした。
この魔法は、この少女を味方につけるには打ってつけすぎる。
「さあ、幾十幾百幾千の質問にも、俺は誤ることなく謝ることなく、真実のみを言い放ってやろうじゃないか」
京終はそう言うと、ベッドから飛び跳ねるように起き上がり、シキの座る椅子とは反対側にある椅子に腰を下ろした。
「急に元気になったわね・・・・・・まあいいわ。それならまず、まず最初に確かめておきたいことがあるから、それを質問させてもらうわ」
シキはそう言うと、トレイの上に乗せられていた紅茶で喉を潤し、間を開けてから口を開いた。
「あんたは他国の人間? 少なくとも、このフロイム王国の人間ではないわよね?」
「いや、そもそもこの世界の住人ではない」
「はあ? じゃあ、どこの世界の人間よ?」
「地球だ」
京終は、自身の出身地を答えるのに『地球』という単語を使用するなんて夢にも思っていなかった為か、この答え方に少し違和感のような感覚を覚えた。
「チキュウ・・・・・・? どこよそれ? なによそれ?」
初めて聞く単語に、シキは戸惑いを隠せない。
「ふん。大方予想はしていたさ。予想していたから、その疑問符は俺の心を痛め、苦しめるわけだ。地球の存在が知られていないことなんて重々承知の上だったが、やはり心に重く響くな、その台詞は。だが、あんたが俺にかけた魔法が本物なら、お互い、認めざるを得ないだろう」
「――――小説で言う、異世界人ってところかしら? 腑に落ちない点はいくつもあるけど、信じるしかないわよね。信じましょうか。まあ、それで、つまり、あれよね? あれっていうと何を指示しているのかさっぱりなわけだけど、まあつまるところあれというとあれなわけで」
「落ち着けよ」
「おちついてるわよ!」
頭がパンクしそうだった。
今日、偶然発見したこの少年が、まさか異世界から来た少年だなんて――――否、それだけではなく、この少年は魔法の存在を知らなかったようだし、この王国についても、無知だった。正門から堂々と入ってこなかったのは、おそらくは門番との会話を避ける為だろう。『翻訳』の魔法も使えないのだから、そうとしか考えられない。だから、崖登りの専門家でもない限り登れないような塀を――――おそらくは命懸けで登ってきたのだろう。
この世界――――アトランカに存在する以上、誰もが魔法を使えるはずなのに、この少年はまるで使えない。
アトランカに生まれてくる人間は皆、誰しもが無条件で魔法を使える才能を与えられる――――つまりは魔法を使う際に必要となる『魔力』が予め備わっているはずなのに、この少年は魔法を使うことはおろか、知ってさえいなかった。
ましてや『翻訳』など、物心ついた頃には誰もが出来るようになっている魔法であり、相手が国外の人間であればすぐに使用することも、家族や魔法塾から教えられているはずだ。
(つまり――――)
この少年は、異世界人で間違いない。
しかも、この世界に来て間もない、赤ん坊同然の存在。
シキは頭を抱え、再度紅茶を喉に流し込み、心を落ち着かせようとする。
「聞いたことがないわよ、そんな話・・・・・・頭が痛くなってきたわ」
それはお互い様だろう。
その頭痛もお互い様だ。
京終はそう思ったが、口には出さなかった。
京終も京終で、それなりに現状を整理していた。
そして、やはりここは異世界で、しかも京終のような異世界からの訪問者は前例がない――――つまるところ、地球へ帰る方法が、現段階では存在しないということだろうことを推測した。
しかし、まだ帰還する方法がないと決まったわけではない。
もしかしたら、シキがその前例を知らないだけなのかもしれない。
しかし、現段階で、帰る方法がないのは事実。
それ故に、期待や希望で本心を騙すような真似はしないでおこう。
確信とまではいかないが、それでももしもの時の為に――――帰る方法がないと知ってしまった時の為に、過信だけはしないようにしておこう。
十中八苦、間違いなく、帰る方法は存在する。
そう思わないようにしなければ、最悪の真実を聞いたときに、もう立ち直れないくらいに壊れてしまいそうだ。
諦めるわけでも、ましてや投げ出すわけでもないが、この先何が起こるか分からない以上、最悪の結果を予想した心の準備はしておかなければいけないだろう。
(まあ、最善の結果ってのも、予想し難いが)
一寸先は闇。
一寸先は地獄。
京終は深く暗い崖底のすぐ目の前に立たされたかのような、そんな感覚に苛まれた。
「――――まあ、いいわ。考えても考えても桐がなさそうだし、お互い、もう頭を使うのはやめにしましょう」
京終が目を伏せたのに気付いたシキは、お互いのことを考えて、そう区切りをつけた。
そして紅茶を一杯分飲み干し、京終の分の紅茶に手を出した。
京終は紅茶が苦手だったのと、喉が渇いてこそいるが何も飲食する気になれなかった為、シキが自分の紅茶に手を出しても、何も言わなかった。
「それより、結構気にしていることがあるのよね。異世界だの魔法が使えないだの、ましてやあんたが一体何者かなんてことよりも、すっごく気にしていることが、ね」
「そこまで気になるようなこと、あったか?」
「はあ・・・・・・多分、これはあんたも気にしていることだろうけど、あえてあたしの口から言ってあげるわ。――――あんた、これからどうするの?」
それは、京終がこの世界に来て、一番問題視していたことだ。
異世界――――つまり、京終の家族や友人はおろか、知人さえも存在しない。
誰かの家に泊めてもらうわけにもいかないし、もし宿が存在したとしても、そもそも京終にはお金がない。
「そうだな・・・・・・どこかで野宿でもするかな」
京終には野宿の経験など皆無などだが、他人に迷惑を掛けるわけにはいかないだろう。
「言っておくけど、この国では野宿行為は禁止されているわよ」
シキの言葉が鋭く京終の胸を貫いた。
(俺達、どうする?)
(まあ、野宿することが可能だったとしても、相当無理のある話だろう。何せ、苦しくなる一方の生活の中だと、俺Dが日に日に五月蝿くなり、そのせいで俺Aの精神が崩壊してしまうかもしれない。今だって俺Aの精神は不安定だというのに)
(それ以前に、いろいろと問題はあるけどね。でもまあ、やっぱり野宿は無理だよ)
(――――なあ、お前ら。なんでこの家に泊めて貰おうと思わないわけ?)
(俺D。それは愚問だぞ。よーく、よおおおおおく考えてみろ。今、俺Aがシキと会話できているのは、シキが魔法とやらをかけてくれたおかげだ。それだけでもうシキには迷惑をかけている。自ら望んで魔法をかけて貰ったわけではないが、こっちはそのおかげで助かっているわけだ。相手側はそれを当然の処置だと思っているようだが、こちらから言わせて貰えば、命を救われたも同然なんだ。だからこれ以上、俺Aはシキに迷惑をかけたくないんだ。命の恩人に、これ以上迷惑を掛けたくないんだ)
(ふーん。なるほどねー。なるほどなるほど。まあ遠慮するのは勝手だし、他人に頼らないその無頼な主義は悪くないけど、この世界で――――アトランカだっけ? 横文字は苦手なんだよな。覚えにくいし、使いにくいし。まあ、どうでもいいけどさ―――――一応言っておくけど、この世界では俺達なんて、言ってしまえば赤ん坊同然なんだぜ? 生まれてきたばかりの人間、生まれて間もないガキ同然。誰かに頼らない以上、誰かに縋らない以上、今の段階では、この世界では生きてはいけないぞ?)
(俺Dがまともだ・・・・・・)
(俺Dが俺並にまともだと!?)
(俺D、魔法でおかしくなっちゃったんじゃない?)
(・・・・・・もう助言してやんねーからな)
「シキ、頼みがあるわけなんだが」
「聞いてあげるわ」
この顔は全てを見通しているな、と京終は確信した。
それでも尚、俺が頭を下げる様を見下しておこう、とも思っているだろう。
そして何かを企んでもいるだろう。
京終を何か自分の都合に巻き込んで、心身ともに利用してしようとも思っているかもしれない。
しかし決して、それでもシキのことを性格の悪い女だ、とは思わなかった。
「――――この家においては頂けないだろうか?」
正直、苦渋の決断だった。
年頃の女の子の家に自ら志願して居候させてもらおうなど、元の世界では在り得てはいけないことだろう、と京終は思っている。
それ故に、この頼みを口に出すのは、心苦しかった。
ましてや、こんな年下の女の子に頭を下げるだなんて、京終にとってはプライドを捨てたようなものだった。
「ふふん。やっぱりね。まあ、それもそのはずよね。なにせ、異世界から来たわけなんだし――――そうね、これから言う条件を守ってくれるなら、そしてこれからあんたに与えるちょっとした試験をクリアしたら、おいて上げてもいいわ」
やはり、無条件ではなかった。
しかし、それは当然だろう。
京終はそれも重々承知の上で、滅多に下げない頭を深々と下げたのだ。
「ふふ、まあいいわ。まず、条件は後回しにして、試験内容について説明するわ。まあ、大したことじゃないから、安心して」
計画通りと言わんばかりにシキは怪しく笑い、室内の隅っこに設置された机の引き出しから一枚の手紙を取り出し、それを京終に差し出した。
「開封しちゃだめよ」
「なんだ、恋文か」
「違うわよ。これはお姫様への手紙よ」
「それをお姫様とやらに届ければいいのか?」
「いえ、そういうわけじゃないのよ。たしかにこれはお姫様への手紙で、それを届けるのをあんたに任せるわけだけど、事はそう簡単じゃあないの」
「――――どういうことだ?」
シキは困り顔で、溜息まじりに話を続ける。
「あんたも城ぐらいは見たと思うけど、あのお城にはお姫様が住んでいらっしゃるの」
「だろうな」
「そのお城には、何百もの兵士が常に城内を隅々まで警備してるわけ」
「城下町の正門を守る門番がいる以上、当然だろうな――――ん? 段々と話が読めてきたぞ」
京終は、顎に手を当て、自分なりの推測を述べ始める。
「つまるところお前、そのお姫様と内緒のお手紙をしているわけだな?」
「そのとおり」
「威張って言うことじゃないだろ」
それが果たしてこの国にとって違法なことなのかはさておき、何故内緒なのだろうか、と京終はふと思ったが、深くは考えないことにした。
それよりも、今は目の前の試験について考えるべきだ、と思ったからだ。
京終に課せられる試験とは、その内緒のお手紙をお姫様のところまで無事に届けろ、といったところだろう。
たしかに、この城下町を侵入する様子を見られている以上、それを任せるには適任だと思われても仕方が無い。
「城に侵入しろってことか」
「そうなるわね。まあ、あんたは城下町にあんな手段で侵入したくらいなんだから、それぐらい平気でしょ? 手紙を見せれば、お姫様なら気付いて下さると思うから、そこは安心して」
「――――なあ、一つ疑問に思ったんだが」
「何かしら?」
「魔法で届ければいいんじゃないか?」
京終は躊躇なく遠慮なく、オブラートに包むことなく遠回しに発言することなく、ストレートに言い放った。
「うっ・・・・・・」
シキはまるで槍で貫かれたかのような表情をしている。
苦しそうに胸を掴み、円卓に手をつき、体を支えている。
それは流石にリアクションとしてはオーバーだろうとは思ったが、苦しむシキを見ていると、この発言は控えるべきだったな、と京終は少しだけ反省した。
「いや・・・・・・まあこれはあんたを試す試験であって、別にあたしが『転送』の魔法を使えないわけじゃあ」
「・・・・・・涙拭けよ」
「泣いてないわよ」
シキはどうやら、多くの魔法を体得しているわけではなさそうだ。
意識を奪う魔法に、意識を奪う魔法に、言語の壁をぶち壊す魔法に、嘘が吐けなくなる魔法――――
(拷問でもするのか?)
と思ったが、京終は口が裂けても言わなかった。
自分の生活がかかっている以上、下手に相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「それに、別に『転送』の魔法が使えないわけじゃないの。ただ、今日はあんたの分を含めて、結構な数の魔法を連発しちゃったから、もう魔力が殆ど残っていないわけ」
どうやら、シキが『転送』――――おそらくはテレポートの類だろうその魔法を使えないのは、自分のせいらしい。
それなら、この無理難題にも等しい試験を任せられるのは当然だろうし、絶対に遂行しなければならない。
京終は責任を持ってその手紙を届けることを決意した。
「それで、侵入する方法は?」
やるからには計画的に。
迅速且つ慎重に、的確且つ精密に。
――――まるで犯罪にでもなったかのような、そんな心境だ。
「はい、これ」
シキは手紙の他にもう一つ取り出していたものを、京終に渡す。
「城内の地図ってところか?」
「そうよ。まあ、何でそんなもの持ってるの? なんて愚問はしないで頂戴」
「気にもならなかった」
京終は城内の地図をじっくりと、隅々まで見て、頭の中にそれを叩き込んだ。
(お姫様の部屋はどうやら、城の天辺にあるようだ)
(高いところが好きなんだね、お姫様って)
(高所恐怖症だったらと思うと、ぞっとするな)
(それよりもごはんが欲しい)
(もう少しの辛抱だ、俺D)
(ちょっと口調が優しくなったね、俺B)
「はい、返す」
京終はそう言って、七秒前に渡された地図をシキに突き出した。
「あら、持っていかないの?」
「わざわざ持ってく必要が無い」
「――――へえ、まあいいわ。それじゃあ、頑張ってね。あたしは買い物に行くから、さっさと届けてさっさと戻ってきなさいよ」
シキは不愉快そうに不機嫌そうにそう言って、表情を曇らせたまま部屋を出て行った。
しかし京終はそのことに気付かないまま、ただ目の前にある試験を攻略することだけを考えて、それから暫くしてシキが家を出てからすぐに、手紙をポケットの中にそっと仕舞い、心なしか少し胸を躍らせながら、白い城にへと向かった。
さて、またもや主人公が不法侵入するわけです。
次の話ではどうやらお姫様と会うことになりそうなわけですが、さてさて、この少年は無事に不法侵入することが出来るのでしょうか?
・・・・・・慣れない予告はしない方がよさそうですね。