二度目は必然
一パーセントの才能と九十九パーセントの努力があれば成功するような名言を誰かが残し、友人や教師がよく言っていたのを覚えていますが、それはつまるところ、才能と努力のパーセントの合計が百になれば何だって成功する――――否、違いますね。才能が一パーセントも無い人間は、百パーセント努力すれば報われるのでしょうか? 否、それはどうも考えにくい。たった一パーセントではなく、一パーセントも才能が必要なわけなのですから。
さて、そう考えると、才能が零パーセントの人間にとってはどれだけ辛い名言なのでしょうね。
つまるところ、才能と努力は足し算ではなく、掛け算で成立するわけです。
以上、『にーとらいふ』さんからのお便りでした。
ああ、ようやく夢から目覚めることができたのか。
何せ、あれだけのことをして、あれだけのオチがあったわけなのだから、夢としては申し分はあるまい。
オチとしては十分なはず。
あれが夢オチでなければ、一体何が夢オチだと言うのだろう。
少年はそう思い、ゆっくりと目を開けた。
「・・・・・・」
確かに、ベッドの上に横たわってこそいた。
しかし、見たことのない天井に、記憶にないベッドの感触。
部屋もベッドも天井も、少年が元居た家のものとは、色もにおいも違っている。
「夢オチじゃないのか・・・・・・」
そうと分かってしまえば、次にやることはやはり、現状をある程度把握することだろう。
少年はそう考え、深い溜息を吐きベッドから起き上がると、室内を観察し始めた。
レンガで造られた壁には人物画が飾られている。
そう言えば、先程会った少女に似ている気がする。
天井には蛍光灯が備わっておらず、代わりに燭台が置かれている。
――――やはり、ここは日本でも、ましてや外国でもないのだろう。
「あら、やっと起きたの?」
扉の方から聞こえた声の方に、少年は目を遣った。
たしか、城下町を守る巨大な塀を登り終えてすぐに出会った――――否、出遭った少女だ。
少年は警戒態勢を構える。
そして、その声を聞き、疑問を抱く。
「・・・・・・日本語、話せたの?」
先程まで頭を混乱させるような言語で喋っていたのに、今は流暢な日本語を喋っている。
「日本語? ――――ああ、違う違う。これは今日の授業で習った『翻訳』って魔法で、簡単に説明すると国際的な言語の壁を乗り越えられる魔法、ってところかしら。相手が誰であれ、何人であろうと、会話が出来るようになっちゃうわけ」
少女は人差し指を天井に向かって突き出し、得意げにそう説明した。
しかし、その説明は少年の頭を余計に混乱させるだけだった。
(・・・・・・落ち着いてみよう、俺)
(そうだぞ。まずは落ち着くんだ、俺A。この世界に飛ばされた(?)ときから既に覚悟していたことじゃないか)
(ほんとほんと。今更だよねえ、魔法って)
(そうだぞ。俺Cの言うとおりだ。まるで今更な話じゃないか)
(おなか減った。ごはんくれると嬉しいな)
(黙っていろ俺D)
「――――よし。脳内会議終了」
「どうしたの?」
「状況の把握は出来なかったけど、それなりに気持ちの整理はついた」
「ふーん・・・・・・まあ、よく分かんないけど、落ち着いたのならそれでいいわ」
少女は高級そうな椅子に腰を下ろし、円卓の上に肘を置き、頬杖をついた。
「これから、幾つか質問させてもらうわけだけど、問題ないかしら?」
「問題ない。その代わり、こちら側の質問――――と言うより、疑問に答えて欲しい」
「その程度なら構わないわ。さて、まずはこちらから質問させてもらうわ。あんた、名前は?」
「京終」
「キョウハテ・・・・・・変わった名前ね。あたしの名前はシキ。シキ・フロイム。すっごく良い名前だと思わない?」
シキは自信満々な表情で、そう言った。
しかし、京終は苦笑気味に首を縦に振っただけだった。
名前を自慢してくる人間の対応など、京終にはまるで分からない。
ただ、自慢してくるのだからそれを肯定しておいた方がよさそうなので、京終はそうしただけだ。
日本で暮らしていて、自分の名前を自慢するような人間の相手をしたことがない。
当然、その曖昧な反応に機嫌を損ねたシキは唇を尖らせ、少年を睨みつけた。
「あんた、あたしの名前を聞いて驚かないのね」
いかにも不機嫌そうな口調で、少女は言った。
「驚く要素があったのか? それは失礼した。今から我が身を犠牲にして、今世紀最大のリアクションを」
「そこまで体張ってくれなくてもいいわよ。はあ・・・・・・てか、あんた、フロイムの名を聞いて何も思わないわけ?」
京終は首をひねり、何も思わないと返事した。
当然だろう。この世界に来て間もない京終が、この世界のことについて何も思えるわけがない。
「あんた、ただ無知なだけなのか、それとも旅人さん?」
どうやら、この少女はこの城下町では有名なお方らしい。
京終は勘付くと、二択で問われた質問について、どう返答するか迷った。
(それ故に脳内会議。さあ俺達、知恵を絞りあおう)
(真実を話しておくべきじゃないか? もしかしたら、現状を打破するきっかけが手に入るかもしれないぞ?)
(いや、俺B。ここは旅人と答えておくべきだよ。シキを信頼するにはまだ材料が足りなさ過ぎるし、何より早すぎるよ。それなら、他国から来た人間と思ってもらえれば、ある程度誤魔化しがきくよ。情報もこれから集めていって、それからシキを信じるか否かを決めれば良いと思うよ)
(それよりスリーサ)
(黙っていろ俺D。しかし俺B。あまり下手な嘘は吐くべきではないぞ? この少女、勘が良さそうだし。それにどうやら、信じたくはないが魔法も使えるようだ。もし嘘を見抜く魔法なんて便利なものがあれば、一瞬で終わりだぞ?)
(うーん・・・・・・まあ、たしかに俺Bの言うとおり、真実を喋って損するわけでもなさそうだし、そうしたほうがいいかもね。心配はしておいたほうがいいし、魔法についても警戒しておいたほうがいいよね、うん。というわけで俺A、意見を変更するよ。俺も俺Bに賛成する)
(俺Dもそれでいいな?)
(それより)
(はい決定)
(しょぼーん)
「――――実は、目が覚めたらあの大樹の下で寝ていてね」
「ああ、なるほど――――なるほど?」
「それで、すぐ近くに城下町が見えたから、城下町を囲う巨大な塀を登って入ってきたわけだ」
「警護隊呼ぶわよ?」
「警護隊?」
警護隊――――状況から察するに、警察みたいなものだろうか?
「それも知らない、か・・・・・・たしかに、あんたと初めて会ったあの時、言語が通じなかったわね。しかも、あたしに見つかってすごく動揺していたし、そもそもなんか、魔法も知らないような雰囲気だったし・・・・・・まったく、どこの田舎から来たのかしら? でも、それも演技かもしれないわ。何せ、外から来た人間が城の許可なく城下町に足を踏み入れた――――つまり不法侵入の罪にあたるわけだけど、その罪を逃れようと白を切っているのかもしれないしね」
というわけで、と言って、シキはあの時と――――京終に『翻訳』の魔法をかけたあの時と同じ表情で、胸ポケットから手帳サイズの本を取り出した。
京終にとっては、ちょっとしたトラウマになりかけているアイテムだ。
「おい・・・・・・ちょっと待て。それって、俺の意識を奪った兵器じゃねえか」
トラックが衝突してくる時のような危機感が、京終を襲う。
そして、シキが魔法を使うときは普段より活き活きとした表情になることを知った。
「あの時はちょっと失敗しただけよ。何せ、覚えたてだったから。だけど、今回は心配無用よ。あたしの得意な魔法の一つだから」
そうは言っても、京終は安心できなかった。
シキが「安心して」と言わんばかりににっこりと笑顔を輝かせているが、その笑顔は京終を不安にしかさせない。
(俺達! どうしよどうしよどうしよう!? このままじゃ夢オチテイク2だぞ!!)
(すまない、俺A・・・・・・退路が見つからない)
(ごめんよ、俺A・・・・・・退路が見つからない)
(ざまあ、俺A)
(・・・・・・)
いつか、俺Dを脳内から消去してしまおう。
京終はそう思い、少女が呪文を詠唱し終えると同時に、さながらお決まりのように、今度はベッドの上に倒れこんでしまった。
『翻訳』の魔法さえあれば英語のテストも怖くない・・・・・・わけではなくて、まあこの魔法の説明を少しさせていただくと、これは飽く迄も両者の会話を言語の種類の関係を無視して成立させる魔法でして、決して他国の文字を理解できるようになるわけではございません。
まあ、外国に行っても、わざわざ勉強する必要も、片手に旅行用英会話の本を持たずとも、意思疎通をすることができるのですから、便利なのには変わりありませんが。
さて、ようやく明かされた少年少女の名前。
この世界には漢字が存在しない為、京終ではなく『キョウハテ』になるわけです。
正直、カタカナで名前を作るのは苦手なので、登場人物の名前は全て日本人風にする予定でしたが、やはり異世界で魔法となると、何となくカタカナのほうが良い気がしてきまして、現在に至ってしまうわけです。
さて、後書きにもならないこの後書き(仮)はこの辺にして、ここまで読んでくださった皆さん、また次の話でお会いしましょう。
そして、オチが前話と同じですみません・・・・・・