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光子採掘者の翁(The Photon Harvester)

作者: Osmunda Japonica

## 第一章 異界からの光


西暦2387年、火星テラフォーミング・コロニー第七区域。


田中翁たなか・おうは今日も光合成チューブの森を歩いていた。薄紅色の火星の空の下、銀色に輝く人工の竹林が地平線まで続いている。これらのチューブは太陽光を収集し、コロニーのエネルギー源として機能していた。92歳になる翁は、このコロニーでも最古参の光子採掘技師だった。


「おう、今日の収穫はどうかな?」


翁は慣れた手つきでエネルギー測定器を操作した。背中は曲がり、白髪は薄くなったが、光を読む目だけは若い頃と変わらない鋭さを保っていた。火星移住から70年、彼は誰よりも光合成チューブの性質を理解していた。


チューブの森は規則正しく並んでいる。それぞれが高さ10メートル、直径50センチの円筒形で、内部に特殊な光子収集結晶が組み込まれている。翁の仕事は、満タンになったチューブから結晶を取り出し、新しいものと交換することだった。


「セクション7-A、正常値。7-B、正常値...」


翁は一本一本チェックしていく。50年前に妻の千代を亡くしてから、この単調な作業が彼の生きがいだった。コロニーの若者たちは皆、より華やかな仕事を求めたがるが、翁にとって光を扱うことは詩のようなものだった。


その時だった。


森の奥、セクション7-Zで、翁のエネルギー測定器が異常な数値を示した。画面の数字が点滅し、警告音が鳴り響く。


「なんだ、これは...?」


測定値は通常の千倍を示していた。翁は慌てて現場に向かった。そこには他とは明らかに違うチューブが立っていた。表面が金色に輝き、内部で渦巻く光のパターンが見えている。まるで内側に小さな星が生まれているかのようだった。


「70年この仕事をしているが、こんなものは初めてだ...」


翁は震える手で通信機を取り出した。管理センターに報告すべきか? しかし何かが彼を躊躇させた。この光には、どこか神聖なものを感じたのだ。


翁は慎重にチューブの封印を解いた。特殊工具で表面のパネルを外すと、内部の光がさらに強くなった。まばゆい光の中に、小さなカプセルが浮いているのが見えた。


「これは...何だ?」


カプセルは手のひらサイズで、透明な素材でできていた。中には、わずか15センチほどの人型の存在が眠っていた。それは人間のようでありながら、全身から柔らかな光を発していた。肌は真珠のように白く、髪は銀色に輝いている。


翁は心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。これは何かの実験体なのか? それとも...


彼は急いでカプセルを特殊容器に収め、自宅の研究室に運んだ。火星の夕日が地平線に沈む頃、翁は一人で神秘的な発見と向き合っていた。


自宅は小さな平屋だった。コロニーの標準的な住居で、リビング、寝室、そして翁が長年趣味で使っていた小さな研究室がある。壁には妻の千代の写真が飾られ、彼女の愛用していた地球の植物の鉢植えが窓辺に並んでいた。


翁は研究室にカプセルを置き、詳細な分析を始めた。しかし、どの機器も正常な読み値を示さない。カプセルの中の存在は、既知の物理法則を超越しているようだった。


「千代...お前がいたら、何と言うだろうな」


翁は亡き妻の写真を見つめながら呟いた。千代は生物学者で、いつも新しい発見に興奮していた。きっと彼女なら、この神秘的な存在を見て目を輝かせただろう。


その時、カプセルの中で何かが動いた。光る存在が目を開けたのだ。その瞳は星々のように輝き、翁を見つめた。翁と存在の視線が交差した瞬間、翁の心に言葉が響いた。


『ありがとう...』


それは声ではなく、直接心に伝わってくる感覚だった。翁は驚愕し、同時に深い感動を覚えた。


「この子を...育てよう」翁は決意を込めて言った。「千代、きっと、何かの運命なのだ」


彼は光る少女を『ヒカリ』と名付けた。そして、92歳の老人の人生に、再び奇跡が訪れることになった。


## 第二章 光の娘の成長


ヒカリの成長は人間のそれとは全く異なっていた。カプセルから出た時、彼女は人間の新生児ほどの大きさだったが、わずか一週間で幼児の姿となった。そして一ヶ月後には少女の姿に、三ヶ月で美しい女性の姿となった。


しかし物理的な成長以上に驚くべきは、彼女の能力だった。


「お父さん、これは何ですか?」


ヒカリが指差したのは、翁の研究室の隅で枯れかけていた地球の観葉植物だった。千代が大切にしていたもので、彼女が亡くなってから翁は適切に世話ができずにいた。


「ああ、それは...お母さんが愛していた植物だ。でも、もう枯れてしまって...」


ヒカリは植物に近づき、そっと手をかざした。すると彼女の手から柔らかな光が放たれ、植物に注がれた。見る見るうちに茶色く枯れた葉が緑を取り戻し、新しい芽が次々と出てきた。


「これで、お母さんも喜んでくれますね」


翁は涙を浮かべた。ヒカリは死者と話せるわけではないが、愛する人への思いを理解していた。


ヒカリの能力は植物の回復だけではなかった。彼女は光そのものを操ることができた。暗闇を照らし、病気や怪我を癒し、電子機器のエネルギーを回復させることもできた。


「不思議だな...君はいったい何者なんだ?」


翁が尋ねても、ヒカリ自身にもはっきりとした記憶はなかった。ただ、星空を見上げるときに言いようのない郷愁を感じるのだった。


ヒカリが現れてから、翁の生活は一変した。まず、光子採掘の効率が飛躍的に向上した。ヒカリが森に同行するようになってから、チューブの中から純粋エネルギーの結晶が見つかるようになった。これまで見たこともない高品質の結晶で、コロニーの管理者たちは驚愕した。


「田中さん、最近の採掘量は異常ですね。何か新しい技術でも?」


管理センターの若い技師、佐藤が翁を訪ねてきた。翁は曖昧に微笑んだ。


「いやあ、長年の経験というやつかな」


翁はヒカリの存在を秘密にしていた。彼女の能力が知られれば、きっと研究対象として連れ去られてしまうだろう。それは翁には耐えられないことだった。


ヒカリは翁の家事も手伝った。料理はできないが、彼女の光で照らされた食材は新鮮さを保ち、翁の体調も見違えるほど良くなった。92歳とは思えない活力が戻ってきたのだ。


「お父さん、私がここにいることで、迷惑をかけていませんか?」


ある夜、ヒカリが心配そうに尋ねた。翁は彼女の手を取った。


「迷惑だなんて...お前は私に新しい人生をくれたんだ。千代が亡くなってから、私は生きる意味を見失っていた。でもお前が来てくれて、また誰かを愛する喜びを知った」


ヒカリは微笑んだが、その表情の奥に深い悲しみが宿っているのを翁は見逃さなかった。


夜になると、ヒカリは屋上に上がって星空を眺めることが多かった。火星の夜空は地球とは異なり、二つの衛星フォボスとダイモスが踊るように巡っている。その向こうに見える星々を、ヒカリは切ない表情で見つめていた。


「お父さん、私は...どこから来たのでしょう?」


「それは分からない。でも、お前がどこから来ようと、お前は私の娘だ」


翁はそう答えたが、心の奥では予感していた。いつか、ヒカリは元の場所に帰らなければならない時が来る。その時、自分はどうすればいいのか...


だが今は、この奇跡的な日々を大切にしよう。翁はそう決めて、ヒカリと共に星空を見上げるのだった。


## 第三章 五人の権力者


ヒカリの美貌と能力の噂は、やがてコロニーを越えて太陽系中に広まった。秘密にしていたつもりだったが、翁の光子採掘量の異常な向上は隠しきれなかった。そして、ヒカリの姿を目撃したコロニーの住民たちの証言により、「光の聖女」の存在が明るみに出たのだ。


最初に現れたのは、**地球連邦総督エドワード・ストーン**だった。60歳の男で、地球の政治を一手に握る実力者である。彼は火星まで専用艦でやってきた。


「田中翁、お久しぶりです」


ストーンは翁の自宅を訪れ、丁重に挨拶した。彼らは70年前、地球から火星への第一次移住団で知り合った仲だった。


「ストーン君...まさか君が総督になるとは、当時は思わなかったよ」


「お互い年を取りましたね。ところで、件の娘さんにお会いできませんか?」


翁は警戒した。ストーンの目には、政治家特有の計算高さが宿っていた。


ヒカリが姿を現すと、ストーンは息を呑んだ。彼女の美しさは噂以上で、その存在感は神々しささえ感じさせた。


「素晴らしい...君に私の妻になってもらいたい。私に君の力を貸してくれれば、地球の全てを君に捧げよう。環境問題も、エネルギー問題も、君の力があれば解決できる」


ヒカリは首を振った。「申し訳ございませんが、私はお受けできません」


「なぜだ? 君の力は人類全体のために使われるべきだ」


「私は...あなた方とは違う存在なのです。人間の政治に関わることはできません」


ストーンは諦めきれず、翁に圧力をかけようとした。「田中さん、考え直してください。これは人類の未来にかかわる問題です」


しかし翁は毅然として答えた。「娘の意思を尊重する。それが親の務めだ」


二番目は、**小惑星帯鉱山王者マックス・ロックフェラー**だった。小惑星帯の採掘権を独占する成り上がりの実業家で、40代の精力的な男だった。


「美しいお嬢さん、僕と結婚してくれれば、フォボスの永続エネルギー炉を手に入れてみせる。君のためなら、火星の衛星を丸ごと贈り物にしよう」


マックスは豪快に笑った。彼の提案は確かに魅力的だった。フォボスのエネルギー炉は、火星全体のエネルギー需要を賄える超技術だった。


しかしヒカリは静かに答えた。「物質的な豊かさでは、心は満たされません」


三番目は、**木星軌道商会会長リチャード・リッチ**。木星圏の貿易を支配する50代の狡猾な商人だった。


「君が望むなら、竜骨座の超新星から生まれた光のドラゴンを捕らえよう。宇宙で最も美しいと言われる現象を、君だけのものにしてみせる」


光のドラゴンとは、竜骨座で観測される謎の天体現象で、その美しさは宇宙一と謳われていた。しかし、それを「捕らえる」など可能なのだろうか?


四番目は、**土星リング工学長ノーブル・サターン**。土星のリングを改造し、巨大な居住空間を建設した技術者だった。30代の若い天才で、ヒカリより年下だった。


「僕は君のために、燕座の流星群から飛来する音楽を奏でる光子石を贈ろう。君の美しさに相応しい、宇宙で最も美しい音楽だ」


音楽を奏でる光子石とは、特定の光子パターンが音波を生成する現象で、理論上は可能だが実現は困難とされていた。


最後は、**冥王星辺境艦隊司令官タフ・プルート**。太陽系の最果てを守る軍人で、50代の厳格な男だった。


「お嬢さん、私は軍人ですから、美辞麗句は苦手です。しかし、蓬莱星雲の不死の光を採取してまいります。君と永遠に共に過ごすために」


蓬莱星雲の不死の光とは、数千光年彼方の星雲で観測される特殊な光で、生命体の寿命を延ばす効果があるとされていた。しかし、その距離を考えれば、採取は事実上不可能だった。


五人は皆、ヒカリを手に入れるために途方もない約束をした。しかし、ヒカリの答えは一貫していた。


「皆様のお気持ちは有り難いのですが、私にはそのような価値はございません。私は普通の娘です」


翁は内心、ヒカリを誇らしく思った。どんな権力者の甘い言葉にも惑わされない彼女の強さに、感動さえ覚えた。


「諦めるわけにはいかない」


五人の権力者たちは、それぞれの約束を実現するために動き出した。太陽系を巻き込む、壮大な求婚合戦の始まりだった。


## 第四章 無謀な挑戦


五人の権力者たちは、自らの約束を果たすべく、それぞれ無謀な挑戦に乗り出した。


**ストーンの挫折**


地球連邦総督ストーンは、地球の全権を捧げると約束したが、その野望は他の政治家たちの反発を招いた。地球議会は彼の独断専行を問題視し、不信任案を可決。ストーンは総督の座を追われ、火星への帰路で「私は何のために政治家になったのか...」と呟いた。


**マックスの破滅**


小惑星帯鉱山王者マックスは、フォボスの永続エネルギー炉を強引に建設しようとした。しかし、火星の重力場を無視した設計は破綻し、炉は大爆発を起こした。マックスは全財産を失い、「愛のためとはいえ、無茶をしすぎた...」と後悔した。


**リッチの幻滅**


木星軌道商会会長リッチは、竜骨座の光のドラゴンを捕らえるため、最新の宇宙船で現地に向かった。しかし到着してみると、光のドラゴンは恒星の光の屈折現象にすぎなかった。「捕らえる」ことなど不可能だったのだ。リッチは巨額の探査費用を失った。


**ノーブルの失敗**


土星リング工学長ノーブルは、燕座の流星群から音楽を奏でる光子石を採取しようとした。しかし、燕座の流星群は地球から見た錯覚で、実際には存在しなかった。ノーブルが持ち帰ったのは、人工的に加工された偽物だった。


**タフの絶望**


冥王星辺境艦隊司令官タフは、蓬莱星雲への長距離航行を試みた。しかし、数千光年の距離は人間の寿命では到達不可能だった。タフは航行途中で老衰し、部下たちによって冥王星に戻された。「永遠の愛を誓ったのに、私にはそれを実現する時間がなかった...」


五人とも、ヒカリへの愛ゆえに無謀な挑戦をしたが、全て失敗に終わった。しかし彼らは、その経験から大切なことを学んだ。真の愛とは、相手を所有することではなく、相手の幸せを願うことだったのだ。


## 第五章 皇帝の求愛


五人の権力者たちの失敗を知った太陽系皇帝アレクサンダー・ソル三世は、自らヒカリの元を訪れた。75歳の皇帝は、若い頃は優秀な科学者でもあり、権力と知性を兼ね備えた男だった。


「田中翁、お初にお目にかかります」


皇帝は質素な服装で現れ、護衛も最小限に留めていた。その謙虚な態度に、翁は好感を抱いた。


「これはご丁寧に...まさか皇帝陛下自らお越しいただけるとは」


「私も一人の男です。愛する女性に会いに来ただけです」


皇帝がヒカリと対面した時、彼は他の求婚者たちとは異なる反応を示した。驚きや欲望ではなく、深い理解の表情を浮かべたのだ。


「君は...人間ではありませんね」


ヒカリは驚いた。初めて自分の正体を見抜いた人間だった。


「どうして分かるのですか?」


「私は若い頃、異星文明の研究をしていました。君の光の放ち方、存在の仕方...明らかに地球系の生命体ではない」


皇帝は続けた。「君は普通の人間ではない。私もまた、普通の人間ではない。共に新しい時代を築きませんか? 私たちなら、真の意味で宇宙を統一できる」


皇帝の提案は、他の求婚者たちとは次元が違っていた。彼は物質的な贈り物ではなく、共通の理想を語った。


「陛下のお言葉は光栄です。でも...」


ヒカリは首を振った。「私は...この世界の人ではないのです。いずれ、元の世界に帰らなければなりません」


「それでも構いません。君がいる間だけでも、共に過ごせれば」


皇帝の真摯な態度に、翁も心を動かされた。しかし、ヒカリの決意は変わらなかった。


「申し訳ございません。私には、そのような資格がございません」


皇帝は静かに頷いた。「分かりました。しかし、約束してください。もし何か困ったことがあれば、遠慮なく私を頼ってください」


皇帝は立ち去り際、翁に耳打ちした。「彼女の真の素性にお心当たりはありませんか?」


翁は首を振ったが、皇帝の言葉は彼の心に重くのしかかった。


## 第六章 真実の発露


皇帝の訪問から一ヶ月後、ヒカリの様子に変化が現れた。夜になると、より頻繁に星空を見上げるようになり、時折、理解できない言語で何かを呟くようになった。


そしてある夜、火星の二つの衛星が最接近する特別な夜に、ヒカリは翁に衝撃的な事実を告白した。


「お父さん...私の記憶が戻ってきました」


翁は身構えた。ずっと恐れていた瞬間が来たのだ。


「私は...アンドロメダ銀河の光の文明、ルミナス族の出身です。私たちの種族は、物質ではなく光そのものとして存在しています」


ヒカリの体が、普段よりも強く光り始めた。まるで彼女の本当の姿が現れようとしているかのように。


「私は若い頃、禁じられた実験を行いました。物質世界の生命体と融合しようとしたのです。その結果、族の掟を破り、この物質世界に流謫されたのです」


翁は震え声で尋ねた。「では...お前は帰らねばならないのか?」


「はい。もうすぐ、迎えが来ます。火星が地球と最接近する夜...それは三日後です」


翁の心は張り裂けそうだった。ようやく得た娘を、また失わなければならないのか。


「私も...一緒に行くことはできないのか?」


ヒカリは悲しそうに首を振った。「物質世界の存在は、光の世界には存在できません。でも、お父さん...」


彼女は翁の手を取った。「あなたと過ごした時間は、私にとって最も美しい思い出です。愛するということを、あなたが教えてくれました」


翁は涙を浮かべた。「私こそ、お前に感謝している。お前が来てくれなければ、私は孤独のまま死んでいただろう」


その夜から、翁はヒカリとの残り少ない時間を大切に過ごした。二人は火星の夕日を眺め、光合成チューブの森を歩き、思い出を語り合った。


そして三日後の夜、空に異変が起きた。星々が異常に明るく輝き、オーロラのような光の帯が火星の空を覆った。


「来ました...」ヒカリが呟いた。


空に、巨大な光の船が現れた。それは船というより、生きた光の存在のようだった。アンドロメダ銀河からの使者たちだった。


コロニーの住民たちは恐怖に震えた。太陽系皇帝は全艦隊を出動させたが、光の存在たちの前では全ての兵器が無力だった。レーザー砲も、プラズマ砲も、光の船に触れることすらできなかった。


## 第七章 永遠の別れ


光の使者は翁の前に降り立った。それは人型の光で、声ではなく直接心に語りかけてきた。


『老いた者よ。この少女は我々の世界の住人だ。謫期は終わった。今こそ我々の元に帰らねばならない』


翁は必死に抗った。「どうか、もう少し時間を...彼女は私にとって、かけがえのない娘なんです」


『理解できる。しかし、光の世界の掟は絶対だ。彼女が物質世界に留まれば、やがて光を失い、消滅してしまうだろう』


使者の言葉に、ヒカリが頷いた。「お父さん、もう時間がありません」


ヒカリは翁に二つの贈り物を渡した。一つは小さな光の結晶だった。


「これは生命延長薬です。お父さんの寿命を200年延ばすことができます」


もう一つは光で書かれた手紙だった。文字は光で構成されており、見る者の心に直接内容が伝わった。


『愛するお父さんへ。あなたが私にくださった愛は、全宇宙で最も美しいものでした。私は光の世界に帰りますが、あなたへの愛は永遠に変わりません。この薬を飲んで、長く生きてください。そしていつか、私たちが再び会えることを信じています』


翁は涙ながらに答えた。「お前がいないのに、長生きして何になる?」


そして翁は生命延長薬を光子炉の炎に投げ込んだ。光の結晶は美しく燃え上がり、夜空に散っていった。


「お前を思い出すのに、永遠の時など必要ない。私が生きる間だけ、お前を愛し続けよう」


ヒカリは光の衣を纏った。それは彼女の本来の姿だった。もはや物質的な肉体ではなく、純粋な光の存在として。


「お父さん、お母さん、ありがとうございました」


ヒカリは千代の写真にも語りかけた。「お母さんの愛した植物を、私が蘇らせることができて嬉しかったです」


光の船がヒカリを包み込んだ。彼女の姿が光に溶けていく。


「さようなら...愛するお父さん」


光の船は空に舞い上がり、星空の彼方へと消えていった。アンドロメダ銀河の方向に、一筋の光が流れるのが見えた。


翁は一人、夜空を見上げていた。心は空虚だったが、同時に深い充実感もあった。ヒカリとの日々は短かったが、それは彼の人生で最も美しい時間だった。


## エピローグ 永遠の絆


その後、翁は平凡な生活に戻った。光子採掘の仕事を続け、ヒカリのいない家で静かに暮らした。しかし彼は孤独ではなかった。夜空を見上げるたび、アンドロメダ銀河の方向に輝く星を見つめ、ヒカリを思い出した。


コロニーの住民たちは、光の聖女の物語を語り継いだ。翁は時折、子供たちにヒカリの話をしてやった。


「ヒカリちゃんは、今でも私たちを見守ってくれているのですか?」


ある少女が尋ねた。翁は微笑んだ。


「ああ、きっとね。愛は距離を超えるものだから」


翁は95歳で静かに息を引き取った。最期の言葉は「ヒカリ...会いに行くよ」だった。彼の顔は穏やかで、まるで長い旅路を終えた安らぎに満ちていた。


翁の葬儀の夜、不思議なことが起きた。火星の空にオーロラが現れ、美しい光の舞を披露した。住民たちは言った。「ヒカリが、お父さんを迎えに来たのだ」と。


そして今でも、火星の光合成チューブの森で、時折異常な光を放つチューブが発見されるという。地元の人々は言う。「あれは光の聖女が、翁への思いを込めて送ってくれる贈り物なのだ」と。


宇宙考古学者たちは、この現象を科学的に解明しようと試みているが、未だに謎のままである。しかし、コロニーの住民たちにとって、それは科学を超えた愛の証なのだ。


星々の間を旅する光の存在たちと、有限の命を持つ人間たちの、永遠の愛の物語として、この話は語り継がれている。愛は時間も空間も超越し、宇宙のどこにいても心を結び続けるのだと。


そして時々、夜空を見上げる人々は見ることができる。アンドロメダ銀河の方向で、特別に明るく輝く星を。それはヒカリが、地球系の人々に送る愛のメッセージなのかもしれない。


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