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あなたを支えるために

 朝の光が、小さな研究小屋の窓からそっと差し込んでいた。


 


 机の隅で、リナはまだ浅い夢の中にいたが、カタカタ……という金属音が眠りを揺さぶる。


 


 「……ん……?」


 


 薄く目を開けると、机の向こう。


 カイルが真っ赤な目をしたまま、部品を組み立てていた。


 


 頬には油と煤。


 肩は小さく震えていて、唇は固く結ばれている。


 


 (……寝てないんだ……。)


 


 リナはそっと椅子を引き寄せて、カイルの背中に手を置いた。


 


 「……カイル。」


 


 びくり、と肩が跳ねる。


 


 「あ、リナ……起こしちまったか……。」


 


 カイルは照れくさそうに笑ったが、その目には決意と、少しの不安がにじんでいた。


 


 「見てくれ……。

 おれなりの……戦う道具だ。

 リナも村も……誰も渡さねぇために……。」


 


 そう言って差し出した設計図は、リナには少し難しかったけれど、


 線のひとつひとつが、カイルの思いの証に思えた。


 


 リナは震える指で図面をなぞり、潤んだ瞳でカイルを見つめる。


 


 「……すごい……すごいよ……カイル。」


 


 カイルは照れて顔をそらす。


 


 「でも……まだ試作も動くかわかんねぇし……失敗するかも……。」


 


 その言葉をさえぎるように、


 リナはそっとカイルの頬に両手を添えた。


 


 「……大丈夫。」


 


 カイルの額に、自分の額をそっとくっつける。


 


 「カイルが作るものなら、私は信じる。

 失敗しても……何度だって隣で笑ってみせるから。」


 


 カイルの頬が、少しだけ熱を帯びる。


 


 「……リナ……。」


 


 小さな小屋に、二人の吐息だけが重なった。


 


 不器用な発明家の手を、優しい少女の手がぎゅっと包み込む。


 


 夜を越えて、朝陽が差す。


 それはきっと、二人だけの小さな希望の光だった。——それから三日後。


 


 村の広場には、早朝から人だかりができていた。


 


 「カイルの新作が動くんだってよ!」


 


 「今度は爆発しないといいけどなぁ……。」


 


 好奇心と不安の入り混じった視線が、小さな試作機に注がれる。


 


 それは、丸い金属の胴体に小さな足が四本ついた、虫のような形をした自律式迎撃装置だった。


 


 「……名付けて、『ガーディアン・ビートル一号』だ。」


 


 カイルは人垣の中心で、リナとアレクに囲まれながら緊張した声を張り上げた。


 


 「これが……おれの『剣』だ。

 村を守るための、発明だ。」


 


 村人たちが小さくざわめく。


 


 「で、これが本当に敵を追い払うのか?」


 


 アレクが腕を組んでにやりと笑った。


 


 「言ってみろ、発明家。」


 


 カイルは深く息を吸い、広場の隅に設置された的を指差す。


 


 「……見てろ。」


 


 リナが手に持った小石をそっと空中へ放る。


 


 カイルは手元のスイッチを押した。


 


 ——ガシャリ。


 


 ガーディアン・ビートルの背中から小さな管がせり出し、次の瞬間。


 


 「——ピピッ。」


 


 電子音とともに、圧縮した空気弾が小石を正確に打ち落とした。


 


 村人たちから一斉に驚きの声があがる。


 


 「おおおおっ!」


 


 「当たった! ちゃんと狙ったぞ!」


 


 アレクも目を細めてうなずく。


 


 「……悪くない。これなら遠距離からの火矢くらいなら十分止められる。」


 


 リナは両手を胸に当てて、嬉しそうに笑った。


 


 「……すごい……カイル……!」


 


 だが。


 カイルは誰の歓声にも応えず、真剣な目でビートルを見つめていた。


 


 「……まだ終わりじゃねぇ。

 これを、もっと、もっと……。」


 


 拳をぎゅっと握る。


 


 「おれの手で……仲間を守れるものにしてやる……!」


 


 村の人々の中に、確かな期待と安心の火が灯った。


 それは、小さな村の、確かな『戦う力』の誕生の瞬間だった。

——その日、昼下がりの村外れの丘。


 


 小さな砂煙とともに、数十人の黒い影が現れた。


 


 筋骨隆々の戦士、軽装の斥候、長弓を背負った射手、無骨な指揮官。


 


 彼らはアレクが呼んだ、名うての傭兵団《荒鷲の牙》だった。


 


 村人たちは、遠巻きにその物々しい姿に息を飲む。


 


 「……すごい……あれが……。」


 


 「まるで軍隊だな……。」


 


 前に立つのは、金髪の長身の男。


 アレクと目が合うと、にやりと口を開いた。


 


 「おう、アレク坊ちゃん!

 久しぶりだな、《牙》を呼ぶなんざ、また面倒な仕事か?」


 


 アレクは軽く肩をすくめる。


 


 「手間賃は弾む。……その代わり、こいつを守れ。」


 


 そう言って視線を向けた先に、緊張で青ざめたカイルと、小さなガーディアン・ビートルが控えていた。


 


 傭兵団の面々は、奇妙な機械を見て声をあげる。


 


 「なんだこりゃ……虫か?」


 


 「動くのか? ただの飾りじゃねぇのか?」


 


 アレクが小さく笑って、カイルの背を押した。


 


 「お披露目してやれ、発明家。」


 


 カイルはゴクリと唾を飲み込み、震える指でスイッチを押す。


 


 ——カタカタ……


 


 ガーディアン・ビートルが、砂地をするりと滑って移動し、


 次の瞬間、用意された的に向かって背中の砲口が跳ね上がった。


 


 「ピピッ。」


 


 空気弾が放たれ、杭の先の林檎を粉々に打ち砕く。


 


 傭兵団の面々の顔に、一斉に驚きが走った。


 


 「おおっ……!」


 


 「遠距離の迎撃装置……か?

 俺らの弓隊に匹敵するじゃねぇか……!」


 


 金髪の団長が腕を組み、カイルをじっと見つめる。


 


 「……こいつが噂の発明屋か。

 おい坊主、こいつを何機作れる?」


 


 カイルは背筋を伸ばし、目を逸らさずに言い返した。


 


 「……人手と部品があれば……村の周囲に十機は配置できる。

 夜襲も、火矢も、簡単には通させない。」


 


 団長は不敵に笑い、背後の部下たちに命じた。


 


 「聞いたか野郎ども!

 俺らが剣を振る間、この虫どもが尻を護ってくれるそうだ!

 最高じゃねぇか!」


 


 「おうっ!!」


 


 歓声が上がり、村人たちの間にも小さな拍手が広がった。


 


 アレクはカイルの肩を叩き、低く囁く。


 


 「……これで、土台はできた。

 お前の発明が、村を……そして俺たちを生かす。」


 


 カイルは小さく笑って言った。


 


 「……おれの発明が……おれの仲間の剣になる。」


 


 村を守るために集まった剣と技術。


 その力が、迫り来る次の嵐を迎え撃つのは、もうすぐだった。

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