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孤高の剣、闇を裂く

夕暮れの村の小道。


 柔らかな日差しを背に、アレクは黒装束の男たちの前に立ちはだかっていた。


 


 黒装束のリーダー格が、ゆっくりと前に出る。


 


 「……ヴァレンティアの坊っちゃんが、こんな田舎にいるとはな。」


 


 アレクは小さく肩をすくめて、軽く笑った。


 


 「俺を知ってるとは話が早い。

 だが、坊っちゃん呼ばわりは勘弁してくれ。」


 


 黒装束の男が手を挙げると、数人が一斉にアレクを囲んだ。


 


 「我々はカイル・グランツを頂きに来た。

 邪魔をするな、アレク・ヴァレンティア。」


 


 アレクはゆっくりと外套を脱ぎ、腰に下げた剣を抜く。


 


 青白い刃が、夕陽を受けて冷たく輝いた。


 


 「——悪いが、俺は面倒事が嫌いだ。

 だが、もっと嫌いなのは……」


 


 刃先が月光のように一閃する。


 


 「仲間を盗ろうとする奴らだ。」


 


 次の瞬間。


 


 黒装束の一人が地面に沈んでいた。


 


 剣が抜かれたことすら気づかせない、音のない斬撃。


 


 「なっ……!」


 


 残る男たちが一斉にナイフと短剣を抜く。


 


 アレクは刃を肩に担ぎ、気怠げに片目を細めた。


 


 「来いよ。まとめて相手してやる。」


 


 ——刹那。


 


 黒装束の影が左右から飛びかかる。


 


 金属音が重なり、火花が散る。


 


 アレクの剣は、細い軌跡を幾重にも描きながら、攻撃を紙一重でかわし、刃を的確に突き立てる。


 


 「が……はっ……!」


 


 一人、二人と地に伏していく黒装束。


 


 「おいおい、踊りが鈍いな。

 訓練不足じゃないか?」


 


 挑発めいた笑みを浮かべながらも、アレクの目は冷たい鋭さを失わない。


 


 リーダー格の男が奥から手を叩く。


 


 「さすが……名門ヴァレンティアの剣……。だが、これはどうかな?」


 


 男が合図をすると、遠くの物陰から火矢が放たれた。


 


 ——狙いは、カイルとリナがいる研究小屋!


 


 アレクの瞳がわずかに揺らぐ。


 


 「……っ……!」


 


 次の瞬間には、黒装束の残党が再び間合いを詰める。


 


 「小細工を……!」


 


 アレクの剣が火花を散らし、黒装束の男を一気に蹴り飛ばす。


 


 だが、矢はもう小屋へ届く距離——


 


 (カイル、リナ……!)


 


 闇夜の村に、再び危機の鐘が鳴り響いた。

 ——シュッ。


 


 夜空を裂いて、火矢が放たれた。


 狙いは、研究小屋の木壁と藁葺き屋根。


 


 「カイルッ!!」


 


 リナの叫びに、机にしがみついていたカイルが顔を上げた。


 


 「チッ……くそっ……!」


 


 外では、アレクの剣が敵を斬り伏せている。


 だが、火矢までは止められない。


 


 「リナ! バケツ! あの樽の水だ!」


 


 「うんっ!」


 


 リナは必死に樽から水を汲み、両手で抱えて外へ飛び出す。


 


 ——バシュン。


 


 火矢が屋根をかすめ、乾いた藁に火が移る。


 


 「やめろっ!!」


 


 カイルも水桶を両手に抱え、屋根に向けて投げ上げた。


 リナも続けて水を浴びせかける。


 


 ゴウッ……!


 


 小さな火が、一瞬強く燃え上がる。


 


 「だめっ……もっと水を!」


 


 だが、もう樽の水は残りわずか。


 息を切らすリナの頬に、熱風が当たった。


 


 (……カイルの小屋……カイルの発明……全部……なくなる……!)


 


 ——その瞬間。


 


 リナの頭に、ある光景が浮かんだ。


 カイルが試作していた、火を使わない湯沸かし器。


 


 「カイル! あの試作品! 使えるよ!」


 


 「はぁ!? 何言って——」


 


 「いいから! 蒸気で火を押さえ込むの! あれの弁を外して!」


 


 リナの必死の声に、カイルは目を見開いた。


 


 「……! やるしかねぇ!!」


 


 二人は転がるように小屋に戻り、試作品を引きずり出す。


 


 「リナ! こっち持て!」


 


 「うんっ!」


 


 ドゴォォォォッ!


 


 圧縮された水蒸気が一気に解放され、白い霧が屋根を覆った。


 


 小さな火は、湯気の海に呑まれて、じゅう……と音を立てて消えていく。


 


 ——静寂。


 


 カイルとリナは、息を荒くしながら崩れ落ちた。


 


 「……助かった……っ……」


 


 「……カイル……小屋……守れたね……」


 


 疲れきった二人の間に、夜風が優しく吹き抜けた。


 


 遠くでは、アレクの剣が、最後の黒装束を地に伏せる音が響いていた——。研究小屋の中。


 火矢騒ぎが収まった後も、村にはまだ緊張が漂っていた。


 


 小屋の机を囲むのは、煤と汗にまみれたカイル、頬に火傷の跡がうっすら残るリナ、そして血のついた剣を壁に立てかけたアレク。


 


 「……お疲れ、二人とも。」


 


 アレクが淡々と口を開く。


 


 「黒装束の奴らは追い払った。だが……奴らは先遣隊にすぎない。」


 


 カイルは水を飲み干すと、荒い息を吐いて言った。


 


 「……チッ、こんな村まで嗅ぎつけやがって……。」


 


 リナは心配そうに、カイルの肩に手を置く。


 


 「アレクさん……次は、どうすれば……?」


 


 アレクはテーブルに粗末な地図を広げ、指で村を示した。


 


 「奴らの背後には、技術を独占して混乱を治めようとしてる連中がいる。

 ……つまり、この村でお前が作ったものを奪えば、すぐにでも権力を築けるわけだ。」


 


 カイルは机を叩く。


 


 「ふざけんな! おれの発明で人を縛るとか……そんなの許さねぇ!」


 


 アレクの口元が僅かに笑みに歪む。


 


 「だからこそ、お前を守る手を考える。

 ——戦力と、時間だ。」


 


 リナが顔を上げる。


 


 「……戦力と時間……?」


 


 アレクは地図に新しい印を描き込む。


 


 「ここから二日ほど南の砦に、俺の知り合いの傭兵団がいる。

 奴らを一時的に呼び寄せる。

 村を守るには、それくらいは必要だ。」


 


 「傭兵だと……金は?」


 


 カイルが言うと、アレクは肩をすくめた。


 


 「心配するな。奴らも『新しい技術』に興味がある。

 カイルの頭脳を守ることで、後で見返りを取る気さ。」


 


 カイルが渋い顔をする。


 


 「……結局、誰もが技術が欲しいんじゃねぇか。」


 


 「だが、敵に盗られるよりはマシだ。」


 


 リナが小さく頷いた。


 


 「私も……何でも手伝う。

 火矢を止められなかったら、全部燃えてた……。

 もう二度と……そんなのイヤだから。」


 


 カイルはリナの手を握り返すと、アレクを真っ直ぐ見た。


 


 「アレク……傭兵を呼べ。

 そいつらが来るまでに、おれも……何か考える。」


 


 アレクは笑った。


 


 「……いい顔になったじゃないか、発明屋。」


 


 こうして。


 小さな村は、力なき発明家と、仲間と、闇の力の駆け引きの中心となっていく。


 


 夜更けのランプの灯りの下。


 新たな戦いの計画が、静かに産声をあげていた——。

夜の研究小屋。


 窓の外では、アレクが見張りに立ち、リナは小さな寝息を立てて机に突っ伏している。


 


 カイルだけが眠れなかった。


 


 ちらつくランプの光の下で、机には山積みの設計図と試作部品。


 何度も手を伸ばしては、頭を抱え、唇を噛みしめる。


 


 (……おれはずっと……作って与えるだけの奴だった……。)


 


 (だが……それだけじゃ……リナも、村も守れねぇ……。)


 


 震える手が、紙の上に新しい線を刻む。


 


 (だったら……おれが作る。奪われないための道具……守るための道具を……!)


 


 机の隅に転がるのは、湯沸かし器の残骸。


 破片の金属を握りしめ、カイルは声を漏らした。


 


 「……おれの道具で……おれの仲間は誰にも触らせねぇ……!」


 


 バネ。


 回路。


 火を使わない圧縮装置。


 


 全ての知識を総動員して、紙の上に新たな機構が描かれていく。


 


 ——翌朝。


 


 見張りから戻ったアレクが、小屋の扉を開けて呆れた声を上げた。


 


 「……おい、寝たのか?」


 


 机にかじりついたままのカイルの背中が、小さく震えている。


 


 「アレク……見ろ……これが……おれの新作だ……!」


 


 アレクの目に映ったのは、まるで獣のような小型の自走兵器の設計図。


 


 「……自律式……迎撃装置……?」


 


 カイルは頬をこわばらせて笑った。


 


 「敵が来たら……こいつが代わりに戦う……!

 おれ自身が剣を握らなくても……おれの頭で、仲間を護る……!」


 


 アレクはしばし黙ってから、ゆっくりと肩を叩いた。


 


 「……これでいい。

 それがお前の『剣』だ。」


 


 カイルは目を赤く腫らしながら、設計図を抱きしめた。


 


 「リナ……村のみんな……必ず……護ってみせる……!」


 


 外の空は、夜明けの光に滲み始めていた。


 


 戦う発明家の夜明けが、今、訪れようとしていた——。

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