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月夜のご褒美

村の広場では、火なし鍋のお披露目が成功した祝いの小さな宴が続いていた。


 


 笑い声とシチューの香りが漂う中——


 


 カイルは人だかりから抜け出し、ひとり人気のない小道に腰を下ろしていた。


 


 「……はぁ……疲れた……でも……嬉しいな……」


 


 村人たちの嬉しそうな顔を思い出しながら、カイルは満月を見上げる。


 


 ——カサッ。


 


 足音がして、そっと隣にリナが座った。


 


 「探したよ、カイル。」


 


 「おお……おまえも逃げてきたのか?」


 


 「ふふ、まぁね。」


 


 二人は小さく笑い合った。


 


 リナは何かを懐から取り出し、カイルの前に差し出す。


 


 「はい、これ。」


 


 小さな包み紙。開くと、中には可愛らしいクッキーが一つ。


 


 「……ん? これ……」


 


 「火なし鍋が無事にできたら、渡そうって思ってたんだ。」


 


 リナの指先が、ほのかに月光を受けて白く輝いている。


 


 「……お祝いと……がんばったご褒美。」


 


 カイルはしばらく無言でそれを見つめて——


 


 「……おまえってさ……ほんっと……おれの弱点だな。」


 


 と、照れくさそうに笑った。


 


 クッキーを一口でほおばり、ぼそっと呟く。


 


 「……うまい……おまえのクッキー……どんな発明よりもうめぇな……」


 


 リナはくすっと笑って、カイルの肩にそっと寄りかかる。


 


 「……カイルはカイルのままでいてね。」


 


 月明かりの下、二人の小さな影が、静かに寄り添っていた。

翌朝。


 カイルの研究小屋の前には、いつになく長い行列ができていた。


 


 「な、なんだこれ……」


 


 寝ぼけ眼で戸を開けたカイルの視界に飛び込んできたのは——


 


 鍋を抱えたおばちゃん、箒を持ったおじいちゃん、手には謎の野菜や洗濯物……。


 


 「カイルさ〜ん! ちょっと頼みがあるんじゃが!」


 


 「わしんとこの井戸、魔法がなくなって水くみが大変でのう……なんとかならんか!」


 


 「うちの鶏小屋、掃除が面倒なんじゃ! 魔法の掃除が使えんからくっさいくっさい!」


 


 「な、鍋と同じで火を使わずにご飯が炊ける釜も作ってくれ!」


 


 「おれんちの薪割り機も! 自動で薪割ってくれるやつ!」


 


 わいわいわいわい!


 


 人々の要求は止まらない。


 


 「お、おいおいおいおい……!」


 


 カイルの頬が引きつる。


 


 後ろから朝ごはんのトレーを持ったリナが顔を出し、状況を一瞬で把握して苦笑した。


 


 「……人気者だね、カイル。」


 


 「これ……人気って言うのか……? ただの便利屋じゃねぇか……」


 


 「でも、いい顔してたよ、みんな。」


 


 リナがにっこり笑って、カイルの肩を叩いた。


 


 「さ、朝ごはん食べたら、今日もがんばろうか。」


 


 「……くそ……おれの休息を返せ……!」


 


 そうぼやきながらも、カイルはどこか誇らしげに、村人たちの頼みを一つずつノートに書き留めていくのだった。


カイルの研究小屋——


 朝から晩まで、小屋の中には金属を叩く音、湯気の立つ試験器具、そしてカイルの怒号が絶えなかった。


 


 「違う! これじゃ薪が逆に増えるだろが!!」


 


 「水汲みポンプが逆回転して水が井戸に戻ってんぞー!!」


 


 「この自動鶏小屋掃除機! 鶏を掃除するんじゃなくて小屋をだなあああ!!」


 


 隅っこでは、試作機から逃げ出した鶏が、リナに追いかけられていた。


 


 「こら! こっちおいでー! カイル、鶏に車輪つけるのやめて!!」


 


 「だって移動式掃除機と一体化させようと……って、今はいいから鶏止めろー!!」


 


 リナはぐるぐると小屋を走り回り、鶏を捕まえ、息を切らしてカイルに振り返る。


 


 「カイル! ちょっと落ち着いて考えて!」


 


 「無理だ! 村人の無茶ぶりは待ってくれない! あああ次は火を使わない炊飯釜の試作だぁぁぁ!」


 


 机の上には設計図が散乱し、あちこちの瓶が怪しく泡を吹いている。


 


 ——バチッ、ボフッ!


 


 突然、机の上の小型ポンプが小さく火花を散らして爆発した。


 


 「ぎゃっ!! ……あー……これで試作三号、終了っと……」


 


 頭を抱えるカイルの横で、リナは苦笑しながら爆発で真っ黒になった設計図を拾い集める。


 


 「……ふふ、でも前より失敗が減ったね。」


 


 「うるせぇ……次こそ完璧に作ってやる……!」


 


 すっかり煤だらけのカイルとリナ。


 


 小屋の外では、次の依頼を待つ村人たちの行列が、今日も賑やかに伸びていた——。夜更け。


 研究小屋の奥から、カイルの小さな寝息が聞こえてくる。


 


 机に突っ伏したまま、設計図の上で寝落ちしてしまったらしい。


 


 リナはそっと扉を開け、湯気の立つ小さな木盆を両手に持って入ってきた。


 


 「……もう……お疲れさま、カイル。」


 


 爆発で煤だらけの髪を撫で、額にかかった紙切れをそっと取ってやる。


 


 リナは木盆を机の隅に置き、くすっと笑った。


 


 「ほら、起きて……がんばった人には……ご褒美の時間だよ。」


 


 小声で囁くと、カイルの睫毛がわずかに震えて、ゆっくり目を開いた。


 


 「……ん……リナ……? 何時だ……?」


 


 「もう夜中だよ。でも、ちゃんと食べてから寝て。」


 


 木盆には、あったかいミルクと、リナお手製の焼きりんご。


 


 「……わざわざ……作ったのか……」


 


 「うん。がんばりすぎてお腹すいてるでしょ?」


 


 眠そうにしながらも、カイルはスプーンを持つ。


 


 「……うま……」


 


 もぐもぐと頬張るその横顔を、リナは安心したように見つめていた。


 


 「カイル……無理しないでね。」


 


 「……お前がいるから、無理できるんだろ……」


 


 小さな声で言われて、リナは思わず赤くなる。


 


 「……もう……そういうの……ずるいんだから……」


 


 焼きりんごの甘い香りと、二人だけのぬくもり。


 


 外では、まだ風が冷たい初春の夜。


 


 でも、研究小屋の中だけは、月明かりよりもあったかく満ちていた——。

焼きりんごを食べ終えたカイルは、ほっとした顔でスプーンを置いた。


 


 「……助かった……おかげで、もうちょっとがんばれそうだ。」


 


 リナは嬉しそうに微笑みながら、カイルの向かいの椅子に腰かける。


 


 蝋燭の小さな灯りだけが、二人を照らしていた。


 


 しばらく、静かな時間が流れる。


 


 ふと、リナがぽつりと呟いた。


 


 「……ねぇ、カイル。」


 


 「ん?」


 


 「もし……全部の発明がうまくいって、みんなが昔みたいに楽に暮らせるようになったら……」


 


 リナは指を組んで、小さく笑った。


 


 「……わたし、村の外に……行ってみたいな。」


 


 カイルの目が少し見開かれる。


 


 「……外?」


 


 「うん……ずっとここで暮らしてきたから……遠くの街とか、知らない景色とか……カイルと一緒に見てみたいの。」


 


 頬を赤くして、リナは視線を落とす。


 


 「わたし……わがままだよね。今は村のことで手いっぱいなのに……」


 


 「……ばーか。」


 


 カイルは、不器用に笑ってリナの頭をぽん、と撫でた。


 


 「お前の夢なら……おれが絶対に叶えてやる。」


 


 「……カイル……」


 


 「だから……もうちょっとだけ、無茶させてくれ。」


 


 リナは涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えた。


 


 「……うん、約束だよ。」


 


 小さな夢の灯は、二人の胸にそっと灯り続けた。


 


 外では、まだ星が瞬いている。


 


 誰も知らない未来の景色を、二人は心の中に描きながら——。

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