森から帰ってきた爆発男と泣き虫看護係
——あれからおよそ二時間後。
村の広場の真ん中で、リナは焦げた服と泥だらけの顔で、へなへなと座り込んでいた。
「……なんで……私、こんな目に……」
肩を落としていたそのとき、遠くの森の茂みから、ガサガサと物音がした。
そして、木の枝を頭に引っかけたまま、どろっどろのカイルが四つん這いで現れた。
「……り……な……ただいま……」
「か……か……かああああああああああああああああいるううううううう!!!」
リナは思わずカイルに飛びついた。
頭をわしゃわしゃにして無事を確認すると、そのまま頬をむにむにに引っ張る。
「ばかばかばかばかばかああああ!! 無事だったのは良かったけどばかああああ!!」
「い、痛い痛い! 頬ちぎれるちぎれる!!」
「何が『多分爆発しない』よ!! 村の畑ど真ん中にクレーター作ってどうするの!?」
「そ、それはちょっと火薬が多かっただけで……」
「ちょっとじゃなーーい!! もう、もう、本当に……!
心配で……心配で……私、どうしたら……!」
リナの目にじわっと涙が浮かんだ。
焦げたカイルを前に、手も泥だらけで、顔も真っ赤で、だけど止まらなかった。
カイルは、珍しく気まずそうに頭をかいた。
「……ごめん、リナ。心配かけた。
でも、これで分かった! 火薬はあかん!」
「そんな結論いる!? 常識でしょそれ!?」
「でもな! 次は! 風車の力で走る馬車を作るんだ!
爆発はなし! 安全第一! 俺天才!」
「ぜーーーったい信じない! 信じたくない!!」
リナは泣き笑いしながら、泥まみれのカイルの顔を両手で挟んだ。
「お願いだから……次は、誰も怪我しない発明にして……!
もう、本当に心臓がもたないの……!」
カイルは、頭の上に小枝を乗せたまま、照れくさそうに笑った。
「……ああ。リナだけは泣かせないって、約束する。
だから見ててくれ。俺が、魔法の代わりを作るとこ。」
「……もう、しょうがないなあ……!」
そのやり取りを、遠巻きに見ていた村人たちは思った。
——また何かやらかすぞ、こいつら。
泥と煤まみれのカイルとリナが、村の広場に戻ってくると——
そこには、すでに集まっていた村人たちの生暖かい……いや、氷点下並みに冷たい視線が待っていた。
「……あー……み、みんな……こんにちは……」
カイルは頭をかきながら、しれっと手を振った。
だが誰一人、笑顔で手を振り返す者はいない。
代わりに、腕を組んだおばちゃんAが低い声で言った。
「……カイル。……畑、どうするの?」
横の農夫Bも渋い顔で。
「また火薬か? また火薬だな? なんで学ばないんだ?」
さらに物陰にいた子どもが、小石をカイルにぽいっと投げた。
「バクハツにんげんーー!! 畑かえせーー!!」
「ぎゃっ!」
リナは慌てて子どもの前に立ち、ぺこぺこと頭を下げまくった。
「ご、ごめんなさい! すみません! ご迷惑を……本当にっ……!
私がもっとしっかり止めれば……!」
村人たちはリナには罪はないと思っているのか、ため息混じりに手を振るだけだった。
だがカイルには容赦がない。
「もう村の物置は貸さないからな!」
「次やったら畑全部お前が手で耕せ!」
「お前ん家の納屋に火薬置くな!」
「あの……それだけは……それだけは勘弁を……」
カイルはじりじりとリナの背後に隠れた。
だが、リナは振り返りもせず、小声で怒鳴った。
「お前が隠れるなあああああああ!!」
——シーン……。
村人たちの冷たい沈黙が、カイルの背筋を真冬よりも凍えさせた。
仕方なく、カイルは深く深く頭を下げた。
「……本当に、すみませんでした……!!」
後ろでリナも、泣きそうな顔でぺこぺこと頭を下げる。
村の広場には、爆発の名残の焦げた空気と、寒々しい風が吹き抜けていった。
広場の真ん中で土下座一歩手前のカイルと、ぺこぺこ頭を下げるリナ。
冷え切った空気の中、村のまとめ役の初老の村長が、ズイっと二人の前に出てきた。
「カイルよ……お主の発明のおかげで、うちの麦畑は……」
村長は後ろを振り返り、遠くに見える畑を指差した。
そこには、ぽっかりとクレーターと焦げた土が広がっている。
「……あの通り、月面のようじゃ。」
「月面……」
「つまり! お主が責任を持って耕し直せ!!」
カイルは顔を上げ、顔面蒼白。
「えっ……えっ!? ぼ、僕がですか!? 一面ですよ!? 一面全部手で!?
あそこまで機械力で耕す発明をですね……」
農夫Bが背後から肩をガシッと掴んだ。
「火薬で耕したからこうなったんだろがァ!!」
「ひいいいいいっ……!!」
おばちゃんAがリナの肩を優しく叩き、ニコニコしながら言った。
「リナちゃんはいいのよ。リナちゃんは悪くないの。
でもカイルは——明日から日の出と共に畑へ直行! 分かった!?」
「ひ、日の出……!? 朝は苦手なんですが……!」
「苦手も何もない!!」
村人総出で、一斉に「わかったな!」の視線をカイルに突き刺す。
カイルは諦めの表情で力なく頷いた。
「……わかりました……責任は……取ります……」
「よろしい!!」
パチパチパチ……と誰かの乾いた拍手が広場に響いた。
村人たちはそれぞれ家に戻りつつも、カイルにだけは冷たい視線を向け続けている。
残されたカイルとリナ。
カイルは土を撫でて、かすれた声で呟いた。
「……あれ? 俺、いつ魔法の代わりを作るんだろ……」
リナは呆れたように、それでも優しく笑った。
「まずは……鍬の使い方から覚えなさい、カイル。」
翌朝、まだ東の空がかすかに白む頃。
村外れの畑には、ひとりの男の哀れな影があった。
鍬を握り、荒れ果てたクレーターを前に、カイルは泣きそうな顔で深呼吸した。
「……いける……俺ならやれる……これは実験……人体実験……いや体力実験……」
ザクッ、ザクッ……
慣れない鍬は重く、固い土が恨めしいほど反発してくる。
「魔法なら一瞬だったのにぃぃぃぃぃぃ……っ!!」
カイルの悲痛な声が朝靄に吸い込まれた。
その時だった。
「カイルー! 休憩だよー!」
リナの声が畑に響いた。
振り返れば、エプロン姿のリナが、湯気の立つ鍋とパンを籠に入れて小走りでやって来る。
「り……リナ……女神……!」
カイルは鍬を放り投げ、地面にへたり込んだ。
リナは彼の隣にしゃがみ、鍋の蓋を開ける。
ふわりと立ちのぼる、あったかい野菜スープの香り。
「ふふ。少しは元気出るでしょ?」
木のカップにスープを注ぎ、カイルの手に持たせる。
カイルはガタガタの手で口に運び、一口。
「……生き返る……!!」
途端に目がうるうる。
リナはパンをちぎってカイルの口元に差し出す。
「ほら、これも。体力つけなきゃだめだからね?」
「……リナ……やっぱり俺、天才じゃなくて……お前がいないと……ただのバカかも……」
「そうだねー。やっと気づいたんだねー。」
にこにこしながら、ちょっとだけ意地悪に笑うリナ。
でも、その瞳は優しさであふれていた。
「……がんばって、カイル。
私、またお昼におにぎり作ってくるから。」
「おにぎり……神の食べ物……!」
こうして村中に笑われながらも、カイルの畑修復大作戦は、
リナのスープとおにぎりに支えられて、なんとか続いていくのだった。
数日後の早朝。
鍬を振り続けるカイルの背中は、すっかり泥と汗にまみれていた。
「っ……おりゃあああああっ……!」
バキバキになった腰を押さえながら、それでも土を起こす手は止めない。
遠くでそれを、畑道を通る村人たちがちらちらと見ていた。
「……おい、見ろよ……あの爆発男、まだやってるぜ。」
「いつものカイルなら、三日もたずに逃げるかと思ってたけどなぁ……」
腰に手を当てて立ち止まったおばちゃんAが、隣の農夫Bに小声で言う。
「……あの子、リナちゃんのために、なんだかんだ一生懸命なんだよねえ……。」
「……ま、ちょっとだけ……根は悪いやつじゃないからな……。
あれで、火薬さえなければな……。」
農夫Bは苦笑いしつつも、腰を曲げて畑の隅に置いてあった冷たい水筒を拾い上げると、カイルの近くにそっと置いた。
カイルは気付かず、必死で鍬を振るい続ける。
そしてお昼。
リナがおにぎりを持ってくると、畑の隅に冷たい水筒が増えていた。
「……あれ? これ、カイルのじゃないよね……?」
「え? 誰か置いてくれたのかな……」
ラベルには、下手な字で『がんばれ』とだけ書かれていた。
リナはこっそり振り返り、遠くの畑道に、何気ない顔で帰っていく村人たちを見つけた。
その背中が、少しだけ優しく見えて——
「……ふふ。良かったね、カイル。」
その言葉を聞いていないカイルは、相変わらず泥まみれで鍬を振っていた。