公爵令嬢は駄目王子と婚約破棄を阻止したい
短編物はあまり書かないのですが、気分転換に書いてみました。
「フッフッフ……アーハッハッハッハー!さあ、時はきた!」
皆が寝静まり日付が変わった頃、私は高らかに笑い声をあげた。
邪悪な雰囲気を脳内でイメージする私の中では屋敷の外で雨と共に雷鳴が聞こえている。
……実際は満天の星空が見える程、快晴だけど。
明日は私、アグリス・ロインの学園卒業の日であり、そしてその卒業と同時に私は婚約者である第一王子のカイルと結婚し、次期王妃の座を完全に手にする。
ロイン公爵家の長女として生まれた私は今日まで次期王妃として教育を受けて来た、最早私以外に王妃に相応しい相手はいないだろう。
しかし、公爵令嬢とは仮の姿で私の真の正体は……そう!かつて五〇〇年前、世界を闇に堕としかけた伝説の吸血鬼の真祖・フアナなのである!
吸血鬼の私がなぜ人間の公爵家の娘として生きているのか、それは五〇〇年前まで遡る。
五〇〇年前、一体どこでどのような情報を手にしたかわからないが、ある日、太陽が真上に昇りきった真昼間にニンニク臭い兵士たちが我が家に一斉に攻めて来た。
手に持つのは銀でできた十字架で、突然の奇襲に合わせて数の暴力と勢いに圧倒された私はニンニクの臭いに怯み、十字架でボコボコにされた挙句そのまま封印されてしまったのだ。
そしてそれから五〇〇年の眠りにつき、封印の劣化で甦ると私は人間への復讐を始めようとした。
しかし長い年月が経った世界では予想外の事が起きていた。
それは私を封印した奴らは全員死んでおり、そして当時でもあれだけ数のいた人間達が更に増えていたのだ。
復讐相手は消え。これ以上あんな臭い集団と戦うのは御免と考えた私は計画を変更、人間に成りすまし内側から壊していこうと真祖の力で公爵家の子供に転生したのだった。
人間になった私は淑女となるべく常にお淑やかで完璧な女性を演じ、その成果もあって今日まで本性がバレることがなかった。
私の婚約者である次期国王カイルはハッキリ言ってポンコツである。
無能で我が儘で横暴で浮気癖もあり、学園では生徒会長を担っていたが、全部私に丸投げして自分は他の令嬢たちと遊びまわるクズっぷり。
だが、それでいい!そこがいい!おかげで、学園では私のやりたいように動くことができた。
そしてこれまでは生徒会の仕事だけに留まっていたが、結婚して妃になればこの国をも動かすことも可能だろう。
そう、長い年月をかけて立てた計画がとうとう遂行されるのだ。
「フフフフ、アーハッハッハッハッ――」
「コラ、アグリス!こんな真夜中に何騒いでるんだ!」
「あ、ごめんなさい。」
……とにかく、全ては明日から始まるのだ。
――そして卒業の日
「アグリス、お前との婚約を破棄する!」
なん です とぉ ⁉︎
卒業式終了後、行われたパーティーの席で私は皆の前で婚約破棄を大々的に告げられる。
なぜだ?ここまでどんな我が儘にも笑顔で許し、仕事も全て代わりにやって浮気も見過ごしてきたというのに、これほど都合のいい女はなかなかいないんだぞ?まさに完璧な婚約者を演じてきたはずなのに。一体どうして……
まさかこやつ、私の正体に気づいていたのか?バカなふりをしていただけで本当は私を嘲笑っていたというのか?
いや、落ち着け、まだそうと決まったわけではない、いつものように淑女を演じて原因を探らなければ。
私は焦りを表情に出すことなく、いつものように落ち着いた口調で尋ねる。
「……理由を伺っても?」
「ハッ、そんなことも分からんのか?」
「……はい」
「ならば教えてやろう、お前には女として魅力がない」
「……は?」
「私の仕事を勝手に進めたり、学園の成績でも常に私の上に立ち、私を立てようととする気配がない。」
「それは……」
「そして何より、女としての魅力である胸がない。」
よし、殺そう。
……と言うのは半分冗談だが、さすがダメ王子。私の想像を上回るダメっぷりだ。
だがそんな理由で長年かけた計画が潰されるのは困る、なんとか説得しなければ。
「それは陛下や王妃様はご存じなのでしょうか?」
「フン、そんな事わざわざ言う必要はないだろう。」
よし、流石ポンコツ。国王たちが公認していたなら危うかったが、これならまだ十分挽回の余地はある。
「この婚約は王家と公爵家との間で決められたものです、殿下の独断で決められるものではありません。」
「何を言うか、私は直に国王となる身だ、私の妃になるものは自分で選ぶ。」
「では、殿下にはその様な相手がおられるのですか?」
「勿論だ、私はお前との婚約を破棄して、代わりに……そこのメリッサ嬢と結婚する!」
「え⁉」
そう言って、カイルはこちらに微塵も興味をもたず食事を楽しむメリッサを指差した。
「……」
「……」
「ん?……え、ええええ⁉」
その宣言に一番の驚きを挙げたのは何を隠そう、メリッサだった。
それもそのはず。彼女は私と同じく子爵家に潜んでいる私の眷属のサキュバスなのだから。
メリッサが私と目が合うと、食事の手は止めずに大きく首を横に振って否定する。
「へ、へんふぁ……わはひ、ほんなふぁなし聞いていなひのへふは……」
「フッ、安心しろ、周りが何と言おうと私はお前を妃にする。」
こら、口に物入れたまま喋るな!カイルが都合よく解釈しちゃったじゃないか!
それにしても、どうしてメリッサを?もしかして魅了が影響しているのか?。
確かにメリッサはサキュバスなだけあって、裏で色んな男を魅了で誘惑していたが、カイルには魅了を禁じさせていた。
と言う事は、この王子はなんにもしていないのに勝手に魅了された事になるんだが……こいつなら十分あり得るか。
いや、単純に容姿に惚れたって可能性もあるな、メリッサはサキュバスなだけあって胸がでかいし。
「とにかく、俺はアグリスとの婚約は破棄してメリッサと結婚する!これは決定事項だ!」
まずい、ポンコツの言葉に周囲がざわついている、私もどうにかしなければ。
「殿下……私は――」
「まさかここまで愚かだったとはな、兄上。」
そんな時、人混みの中から声が聞こえ、一人の男が前へと進み出てきた。
その男はカイルの弟で、第二王子のアリエルだった。
「……アリエル、何の用だ?」
「アグリス嬢に祝福の言葉をかけようと思って来たんだが、どうやら愚かな場面に出くわしてしまったみたいだ。」
「なんだと⁉」
「彼女ほどの女性が一体どれほどいるというのか。容姿端麗にして才色兼備、聖母の如き優しさを持ち、まさに理想の女性と呼ぶにふさわしい。」
そうだ、言ってやれ!もっと私の魅力について語ってやれ!
「もし兄上がいらないというなら、私がもらってもいいか?」
なんだと?
「なんだと?」
私とカイルの考えが一致した。
「アグリス嬢……幼い頃から兄上の隣にいるあなたをずっと見てきました、兄上の婚約者という事で身を引いてきましたが婚約破棄するというなら遠慮する必要もありません。兄上に代わってどうか私と結婚してくれませんか?」
そう言ってアリエルは膝を付き、私の手を取ってきた。
「アリエル様……」
私はアリエルの瞳を見つめながら考え込んだ。
彼は第二王子で、継承権はカイルより低いけれど、真面目で優しく、成績も優秀、顔立ちも良くて、まさに女性が夢見る王子様だ。
そして何より、ずっと雑に扱われてきた私を気にかけてくれていたことも、ちゃんと知っている。
……ないな。
実にない。
確かにアリエルは完璧な王子だ。でも、私にはそんなことはどうでもいい。
私が求めているのは権力とダメ人間。そう考えるとこの男はまったく正反対の存在だ。
「アリエル様、ありがとうございます……ですが、申し訳ありません、お断りいたします。」
「え?」
そう告げると、私はカイルの方へ顔を向けた。
そして……
「カイル殿下。」
「な、なんだ?」
「……どうか、どうか私にもう一度だけチャンスをぉぉぉぉぉぉ!」
私は最終手段とばかりに、床に頭を押しつけて必死に懇願した。
「な、何をしているんだ貴様は⁉。そんな事したって私は――」
「愛人を作ってもらっても構いません、仕事も全て私がします、白い結婚でもいいんです。ですから私を捨てないでくださいまし!」
私は涙ながらに訴える、ここまでされたら流石のバカでもそう簡単に断れまい。
長年積み上げてきた計画を、こんなところで台無しにされてたまるか!それなら私は恥を捨ててでも、食らいつく!
「ア、アグリス嬢、やめてください、こんな男のために頭を床につけるなんて!何故そこまでするのですか⁉」
「だって、私はカイル殿下の婚約者ですから!」
「な⁉」
「……アグリス嬢……この男は王族としての自覚に欠け、浮気癖もある。きっとあなたを不幸にしますよ⁉」
「……それでもいいんです。」
寧ろそこがいいんです。
「確かに殿下は問題があるかもしれません、ですが逆に言えばそれは成長の余地があるということです。今が駄目と言うのなら、これから変わればいいんです。それに浮気は一人ではできません、浮気癖があるということは、それだけ人を惹きつける魅力がある証拠でしょう。」
「アグリス……ダメな私をそこまで……」
カイルが目を潤ませながら私を見る、というよりダメな自覚はあったのか。
「……わかった。」
「兄上!」
よし!
心の中で思わずガッツポーズを決めた。
「……私はずっと、お前たちと比べられるのが嫌で逃げていた。だが、まさかお前がそこまで私のことを想ってくれているとは思わなかった……だからこそ、これからは心を入れ替えてもう一度頑張ってみようと思う。お前に相応しい男になるため。」
「……え?」
そう言ったカイルの顔を見ると、どこか吹っ切れたような強い眼差しがあった。
あの……余計なことしなくていいんですけど?
「別に変わろうとしなくていいですよ?殿下は殿下らしく、やりたいように生きていただければ。」
「今の私のやりたいことは、お前を……いや、君を幸せにすることさ。」
そう言ってカイルは私の手を取った。
本当に私のことを思っているのなら、むしろそのポンコツっぷりのままでいてほしいんだけど!
「メリッサ嬢も済まないな。後日改めて謝罪しよう。」
「い、いえ、私は問題ないです。」
そう言う、メリッサはどこかホッとしている。
でも傍から見ればこの子が一番可哀想だけどね。何もしていないのにこんな騒動に巻き込まれたんだし。
「はぁ……わかりましたよ兄上……ですが、また彼女に頭を下げさせるようなことがあれば、今度こそ彼女は私がもらいます。」
「ああ、見ていてくれ。」
こうして婚約破棄騒動は無事終わり、私とカイルの婚約関係は継続した。
カイルが変にやる気を出していたのが気になるが、まあそう簡単に変わりはしないでしょう。
しかし、そんな私の考えとは裏腹に、カイルはこの一件をきっかけに、完璧な王子と成長するのだが、この時の私はまだ知らないでいた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
婚約破棄が主流の中であえて逆の展開を考えて書いてみました。




