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第26話  罰とドリアンと、少しの思いやり

挿絵(By みてみん)


 あれから機動隊が突入してきたり、警察の部隊や消防が突入してきたりと、いつもは静かなんだろうなっていう、高層ビルの最上階はてんやわんや。


 まわりをヘリが飛んでる。下では野次馬でごったがえしてて、ここまでガヤガヤという声が聞こえてくる。


「‥‥むう」


 本当に、大騒ぎになってしまった。


 盾を持って突入してきた機動隊は、なぜか私を遠目から威嚇してる。


 “あなたは包囲されてる! 武器を捨てて投稿しなさい!”


「‥‥は?」


 待って‥‥もしかして私が犯人だと思われてない?


「あの‥‥違うんですけど‥‥」


 武器を持ってない事を証明する為に手を上にあげたけど、それが攻撃の意志ありと思われてしまったみたいで‥‥もう散々な一日。










「だから違うって言ってのに‥‥」


 カシワギさんが担架で運ばれていく中、何とかミットガルトから降りた私は、その場の責任者の人に説明する(機知室に連絡してもらって何とか)。


 運ばれていく途中、カシワギさんは私に向かって手を小さく振って笑ってる。やる気のなさそうな下向きのvサインをぶらぶら‥‥


 まったく、何なんだあの人は‥‥。








 ‥‥で、恐る恐る室長のデスクの前に出頭。


 重ね重ねの違反‥‥厚生施設送りになったらどうなるんだろう? 洗脳されるとか、重労働させられるとか、いろんな噂があるけど‥‥真相は分からない。知り合いで行った人がいないし。


「‥‥‥‥」


 私が前に立ったのに、室長はいつものようにモニターを黙って見つめてる。気が付いていない‥‥はずはないんだけど。


「‥‥ツキシロ‥‥」


「!」


 突然呼ばれてびっくりしたけど、多分、私の表情筋は例によって働いていないのが分かる。


 つまりずっと無表情のまま。


「あれは役にたったか?」


「あれって‥‥」


 もしかして、ミットガルトの事? 


「はい。おかげさまで‥‥」


「そうか」


「‥‥‥‥」


 何だろう。この会話。


「カシウスは銃刀法違反で現行犯逮捕された。この期間中にこれまで調べた奴の罪状を再度、中央AIに提訴するつもりだ。既に、逮捕中の奴に対して社会的影響を踏まえて忖度されていた奴は、そのまま収監されるだろう。ご苦労だった」


「‥‥は?」


 思いもよらない意外な展開。もしかして許された?


「ふっふっふ‥‥」


「‥‥‥‥」


 室長が笑ってる。珍しい事もあるもんだ。


「奴の会社が研究している医療系サイバネティクスの分野は、今後、発展が期待される分野だ。人間性はともかく、カシウスはその方面での才はあった。あのまま逮捕を保留していけば、社会全体の発展の速度はかなりプラスに転じていただろう」


「‥‥‥‥」


「そういう意味で中央AIの判断は正しかったと言える。AIの目的は、個々人の命の尊厳を守る事ではなく、社会全体の発展にあるのだからな」


「‥‥‥命の尊厳と社会の発展‥‥‥」


 それは両立しないものなの?


「なら、ここの機知特別対策室の目的は何なのですか?」


「それは人に聞く事ではないな。ここに所属している者は、皆、自分なりの答えを出している。その矜持に基づいて行動している」


「‥‥‥‥」


 何か誤魔化されたような気もするけど‥‥これ以上質問する事は出来なさそう。


「ツキシロ。それはそれとして、奴の会社は損害賠償を求めている。だいたいは国が補填する事になるが、どうしても出来ない事もある」


「‥‥‥‥」


 一枚の紙を渡された。


 そこに書いてあったのは、0が幾つか並んでるポイントの請求書。


「これは‥‥」


「社員の治療費と、昇降機の修理費等、機知室が負担する事になったポイントだ」


「‥‥‥‥むう」


 エレベーターは最上階に向かう為に、どうしてもその通路が必要だったから、仕方ない気がするんですが。それに怪我人を大量生産したのは、カシワギさんではなかろうか。


「も、もしかして、これは、私が‥‥」


「本来はそうするべきなのかもしれないが、今回は特別に叱責と罰則で済ます事とする」


「罰則‥‥ですか?」


「そうだ、そういう事で‥‥」




 私に与えられた罰は意外なものだった。










「どうも、機知室です」


 かしこまって私が訪れたのは都心の真っただ中にある大きな病院。


 どんな時でも笑顔を絶やさない受付のAIドールの女性(必ず美人)にカシワギさんのいる部屋の場所を聞いて院内を移動。


 眩しいぐらいに真っ白に輝く廊下を進んでいく。同じような光景が続いているので、進んでるのに、前の場所に戻されたような錯覚。


 たまにすれ違う看護師の人は、本当の人間なのか、それとも医療専門のドールなのか区別がつかない。でも、そんな事はどうでも良い。具合の悪い人を治療してくれるのは人もAIも同じなんだから。


「‥‥よし、合格」


 手がかりの部屋番号を頼りにたどり着いた部屋の前、何度も手元と扉の番号を確認する。


 こんな時に違う人の部屋に入ってしまうという致命的なミスを犯してしまうのが私の悪い所。それはこうして指さし確認で回避。


 大丈夫なのでノックする。病院なのでちょっと控え目に。


 “鍵なんて、かけてないよ”


「‥‥‥‥」


 いつもの飄々とした声。


 ドアを開けて中に入ると、あちこち包帯でグルグル巻きにされたカシワギさんがいた。


 窓が開いて、風でカーテンが揺れてるけど、注意書きに、勝手に開けないでくださいとある。


 そんな事を気にする人ではないか。


「思ってたより元気そうじゃねえか。拍子抜けだな」


「‥‥そうですね」


 顔にベタベタと大きな絆創膏を張ってるカシワギさんの台詞は、私が言うものではなかろうか。片足を釣りあげられながら笑ってるし。


「しっかし、わざわざ俺の顔見に来たってか? 物好きだな」


「室長の指示ですから」


 罰則は何と、カシワギさんが退院するまで毎日、見舞いに行く事。何だそんな事かとホっとした半面。それはそれで面倒な事をとも思った。


「浮かない顔だな。ポイントでも引かれたか?」


「‥‥‥‥」


 この人は私の表情が分かるんだろうか。


 それはそれとして、まだ確認してなかった。


 あまりにも引かれて基礎ポイントまでマイナスになるとマズイ。


「‥‥‥‥は?」


 携帯の画面に表示されているポイントの数字は赤くない。それどころか臨時賞与としてプラスポイントが振り込まれてる。


 桁は‥‥一、二、三‥‥七⁈


 えええ!‥‥これは一体、どういう事⁈


 これは毎日朝昼晩、ケーキ屋に行っても、全然減らない。


「‥‥そ‥‥んな事‥‥は、なかった‥‥です」


 顔から汗がダラダラと‥‥。


「ま、そうならそうで……いいんじゃないか」


 知ってるんだか、知らないフリをしてるんだか‥‥カシワギさんは笑って窓に顔を向けた。


 いつも曇ってる空は今日は青空が見えてる。風が心地良い。


「‥‥‥‥」


 改めてカシワギさんを有様を観察する。


 片足が天井から釣られてて、反対側の腕は包帯で簀巻き。よくこんな状態になるまで乱闘してたものだ。


「‥‥これでカシワギさんの過去の問題はなくなったんですよね」


「ま、そうだな」


 軽く笑いながら肩をすくめようとしたけど、体が動かせないので変な顔になってる。


「‥‥これで終わりさ。俺がやらなきゃならない事はな」


「‥‥‥‥」


 カナエさんをおかしくさせた犯人をずっと追いかけてた。その目的が、あんなパンチ一発なんて‥‥その為だけにこんな長い時間を費やして、こんなボロボロになって‥‥馬鹿なんじゃないかと思う。


「‥‥ふふ‥‥」


「何だよ、気持ち悪いな」


 でも、そんな馬鹿な事をする人を、とても眩しく感じる。


「差し入れを持ってきました」


 持っていた紙袋から、途中で買った果物を出す。


「‥‥ん? なぁんか、嫌なニオイがしてきたなぁ」


「そうですか?」


「‥‥って、何だそれ?」


「パイナップルとキウイ、それとドリアンです」


 確かにドリアンは最高に臭い。でも味も最高だ。


「おいおい、見舞いに爆弾持ってくる奴がいるか? お前、俺に恨みでもあるのか?」


「そうですね。あれから二日酔いで大変でしたし」


 ずっと頭は痛いし、胃のあたりがムカムカしてるし。


「でも‥‥お前さん、良い飲みっぷりだったぜ」


 カシワギさんは匂いを嗅いでまた変な顔をした。


「こっから釈放されたら、またどっか飲みに付き合わないか? あんなしけた店じゃなくてな。いいとこ知ってるんだ」


「‥‥‥‥」


 二日酔いで大変だった‥‥と言ったばかりなのに、馬鹿なの、この人は。


「‥‥いいですよ‥‥少しだけなら」


 そんな返事をする私も大概、馬鹿だ。





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