第24話 私は背中を押されたわけじゃないけど
「‥‥ごめんください」
同じ機知室内にある部屋なのに、なぜかこの窓一つない薄暗い部屋に入ると、改まってしまう。厳重な入口、色んな器材で埋め尽くされてるこの空間に入ると、ここは別世界なんだなって感じが覆いかぶさってくるようで。
「‥‥来たか、眠り姫」
アイザワさんは振り向きもしない。二眼レンズ式の顕微鏡みたいなものを除いてる。でもその先にあるのは大きな機械。何をしてるんだかさっぱりと分からない。
「‥‥今、カシワギは、オリオン・バイオワークス社の本社ビルにいる」
「オリオン社?」
「カシウス・リムが設立したサイバネティクスの会社だ」
「‥‥‥‥それは‥‥つまり‥‥」
「あのバカは正面から乗り込んで行ったようだな。誰かの口車に乗ってな」
「‥‥‥‥」
アイザワさんは私もよく覚えていないような事を、なぜか知ってる。まさかとは思うけど、見張ってたんだろうか。
「オリオン社のビルは百十一階建て。入口で受付にカシウスを出せという無理難題をふっかけたそのバカは、社のセキュリティと乱闘の末に階段でカシウスのいる最上階を目指している」
「‥‥‥‥」
まるで見てきたかのような‥‥多分、ほんとに見ていたんだろうけど。
「それ以上はオリオン社内でのオフライン監視になっていて、状況は分からない。恐らくは今もどこかの階で、あの調子で乱痴気騒ぎをしてるんだろう」
アイザワさんはレンズから顔を離して、サングラスをかけてから私の方を向いた。
「カシワギさんは大丈夫なんでしょうか?」
「火器の所持や使用は厳罰になる。いかにオリオン社でも、中央AIが特A級犯罪と指定したその罪を犯すとは思えない。‥‥最も監視カメラの目が届かない私有施設内では秘密裡に使用されないとも限らないが」
「だったら‥‥呼び戻せませんか?」
「戻す? カシワギを?」
アイザワさんは、クックっと笑ったけど、表情は全く変わってない。
「あいつはあいつなりに、自分の過去に決着をつけに行った。その覚悟は他人には分かるはずもない。それを止める事は失礼‥‥いや、無礼な奴だ」
「‥‥‥‥」
「それに止める手段はない。あいつは機知室‥‥MITの認識票を置いて行った。連絡の取りようがない」
「‥‥‥‥」
つまり、カシワギという個人として向かったという事で‥‥機知室とは関係ありませんよ的な事を‥‥。
「カシワギさんをそうさせてしまったったのは、私なんです」
「確かに、眠り姫が奴の背中を押したのは事実だが」
アイザワさんの硬そうな椅子がギシ‥‥と音をたてた。
「決断したのは奴だ。それに罪悪感を持つ方がおかしいだろう」
「‥‥‥‥」
「それに、何か出来るのか? オリオン社に行って、受付にカシワギを引き取りに来たとでも言うのか?」
「‥‥‥‥」
確かに何も出来ない。カシワギさんのような事は私には出来ない。
アルコールが入ってたとは言っても、そんな無力な人間が良く、あんな事を言えたものだ。
「‥‥そうですね。私は‥‥何の力も‥‥」
「そう卑下したものでもない。言葉は力だ。現に姫はカシワギを動かした。それだけじゃない。この俺もな」
アイザワさんは、奥にある入口を指さした。
「‥‥どうも最近は連勤が続いて、眠くて仕方がない。しばらくここで仮眠をとるが‥‥その間に何が起こったかは俺の知らない事だ」
「‥‥は?」
「寝てる間に、そこの部屋の奥にある開発中のスーツを持ち出されたとしても、全く気が付かなかった。‥‥RDC―3457889‥‥なんだったかなこの番号‥‥まあ、いい、寝るか」
「‥‥‥‥」
それっきり、アイザワさんは机に突っ伏して動かなくなった。
何の事か分からなかったけど、とりあえずその奥の部屋に行ってみよう。
「‥‥‥‥ん?」
真っ暗だったけど、壁のスイッチを押すと、赤色の薄暗い光が灯った。部屋の奥は螺旋階段だけがある。上には続いてないので降りるしかない。
「‥‥‥‥」
下から上へと生暖かい風が吹き抜けていく。足を踏みしめる度に金属のカンカン‥‥という音が、そんな風の音と混じって突き抜けていった。
何処まで続いているのか先は全く見えない。
そうしてどこまで降りていっただろう‥‥。
ついに階段の終わりが見えた。一か所だけ金属の扉がある。押すとすぐに開いたけど、多分この扉は一方通行。登る為に反対側から開けないみたい。
「‥‥‥‥!」
入った瞬間に照明がついた。
そこまで大きくはない部屋には、やっぱり、上のアイザワさんのいる解析室と同じように、何に使うんだか分からない機械がびっちり。
そしてその部屋の中央には‥‥人型。
「‥‥‥‥何?」
最初、AIドールかと思ったけど、それにしては銀色の金属部分がむき出しで、あまりにもメカメカしい。例えるなら前が空いてるマネキン? 人型の中は大きく穴が空いてて、中にすぽっと入れそう。
「‥‥‥‥ん?」
試しに足を入れてみたらいい感じにフィット。腕を入れたら全面の蓋?‥‥がしまって、上からヘルメット‥‥。左目の所に小さなディスプレイがあった。
これだと真っ黒で大きなAIドール? ん? 本体は私だからそれは違うか。
=しばらくお待ちください=
そんな言葉が表示された。
=パスコードを音声入力してください=
「‥‥‥‥」
コード?‥‥そんなもの‥‥アレか⁈
アイザワさんが呟いていた意味不明な数字‥‥あれがそうに違いない。
「えっと‥‥確か、RDC―3457889」
=認証完了。試作型機知特別対策室装甲服を起動します=
「‥‥は?」
長い‥‥そんな事よりも
びっくりして出ようとしたけど、出かたが分からない。
でも、手は自由に動かせる。‥‥この金属の腕ごとだけど。
「‥‥これは‥‥」
試しに一歩、足を前に出してみる。スムーズに足が動いた。
「‥‥‥‥」
いや、こんなの着たまま普通に歩けるし‥‥。
もしかしてアイザワさんは、これでカシワギさんを‥‥。
「出口は?」
左目のディスプレイに赤くなってその場所が表示された。
きっとこの試作機知特別対策室なんとかは、バッタバッタと相手をなぎ倒していく性能があるに違いない。
「‥‥‥‥こうなったら」
私もやるときはやる。
手を伸ばして出口を開くスイッチを押そうとしたけど、指がスイッチにめり込んで、全く反応しなくなった。
「‥‥‥‥むう」
こうなったら誰も止められない!
私は壁に手を当てて押してみた。手の当たっている所からヒビが蜘蛛の巣状に広がって。壁はパラパラと崩れた。
「‥‥えっと‥‥」
出たのは地下駐車場。少し行けば出口だ。
でも、このままオリオン社のあるビルまで行くと騒ぎになるのは必須。
たどり着く前に警察か機動隊が着て終わってしまう。
「こっそり移動出来れば‥‥」
=推奨‥‥遮光偽装‥‥使用時間30分以内=
「それは‥‥何?」
=説明‥‥周囲の景色に溶け込むように、視覚的に姿を見えにくくする機能=
「じゃ、それで」
=遮光偽装を起動します=
「‥‥‥‥?」
特に変わった様子はないけど‥‥。
ガチャガチャと音を立てて歩いていく(音だけで驚かれそうだけど)。
正面から車が向かってきてる。
普通は避けるだろうと思ってたんだけど、その黄色い車は真っ直ぐに走ってきてる。
「‥‥まずい!」
私は慌てて脇に避けた。
黄色い車は何事もなく駐車場内を走り去っていく。
「‥‥‥‥」
つまりは、私の姿は見えていなかったという事で‥‥。
地下駐車場から表に出る。
夕方もかなり宵の口で、スモッグに映し出された太陽の紅い光が、辺りを異世界のように見せている。あと数分もしたら夜の黒が辺りを満たしていく‥‥そんな絶妙な時間。
車道だけど、走ってる車はいない。
おかしなぐらいに静まり返ってる。
これならオリオン社まで何とかなるかもしれない。
「‥‥‥‥よし」
カシワギさんが自分のケジメをつけるというなら、これは私のケジメ。
ここで黙ってるわけにはいかない