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第22話  記憶の中にまだ生きている

挿絵(By みてみん)

 カシワギさんの居場所を聞いた私は、アークメリアビルとやらの最上階にあるバーラウンジへと直行(機知室の車を使用。もちろんAI運転)。


 そのラウンジの入り口前まで来てみたけど、扉が‥‥今ではあまり見かけなくなった木製の扉だった(零網区は除く)。


「んー」


 窓とかはないので、中は見えない。呼び出しベルみたいなものもないので、とりあえずノックした。


「いらっしゃい」


 その良く通る声と一緒に、クラシックの楽器‥‥何だったかな、トランペットよりちょっと小さい奴‥‥そう、サックスの音が響いてきた。


 奥から出てきたのは、これはまた大きな男の人。身長はカシワギさんと同じくらいなんだけど、横幅があって、がっしりした感じ。長い白髪の髪を後ろで束にして口ひげも生やしてる。白黒の服は、お酒を提供する店員が着ている制服だ。


「‥‥ども‥」


 何て言って良いか分からなくて、私はペコ‥‥と頭をさげる。


 店内を見渡す。一等地の最上階ビルにある店にしては、棚やテーブル、椅子は全部木製で古めかしい雰囲気。なので、カウンターにある器具や、天井の照明の金属の輝きが目立ってる。中央に大きなピアノ。誰も座ってないけど弾き語りでもするんだろうか。


 奥には窓がある‥‥あるんだけど‥‥映っているのは夜の街。今は午前十時‥‥スモッグで曇ってるけど、いくら何でも夜よりは明るいはず。


つまり雰囲気作りの為、窓に夜の景色を投影しているようだ。まあ、本当の窓だったら、今が平日の午前中という事で、景色を見た瞬間、現実に引き戻されてしまうからなんだろうけど。


「誰かお探しで?」


 きちっとした身なりでちょっと怖そうなわりに、この店長?‥‥は、フレンドリーな言葉を使ってくる。


 お客さんは‥‥そんなに多くはない。って言うか、カウンターの奥にいる、あの背の高い男性に見覚えがあるんですが。


「‥‥えっと‥‥ボサボサ頭でひょろ長くて、少し猫背の‥‥」


「何だ、カシワギの知り合いか」


 店主はため息をついて、私を店内に入れた。


「奴はどうかしたのか?」


「‥‥‥‥」


「あきらかにおかしい。こんな早い時間に来て、しかもキープしてたボトルを次々と開けてやがる‥‥あんな飲み方をする奴じゃないんだが‥‥」


「‥‥‥‥そうなんですか」


 奥に行こうとしたけど、途中で襟を掴まれて止まる。


「ぐふ‥‥な、何ですか?」


 締まってしまった襟首を直す。


「‥‥ここは未成年は立ち入り禁止だ」


「それは‥‥」


 未成年‥‥違うけど、違わない。


 私の実年齢は確かに十六歳。


 でも中央AIは私を成年として就職させた。つまり私は成人してるって事。


 ポケットにしまってある身分証を見せた。


「カシワギの同僚なのか‥‥そうは見えないが」


店主はジロジロと私の顔を見てる。まだAIドールと言われないだけマシなのかもしれないけど。


「じゃあ、そういうわけで‥‥んぐ」


 再度、中に入ろうとしたけど、またしても襟首を掴まれた。


「ま、まだ何か?」


「同僚だって言うなら丁度いい‥‥実はカシワギは‥‥」


「‥‥‥‥」


 深刻な顔で話しだしので、何だ何だ‥‥と、私は目を見開く。


「ここでの支払い、結構たまっててな。これ以上だと、俺の評価が下がって支給ポイントが減らされてしまう。そういうわけで代わりに‥‥」


「‥‥は?」


 店長は手のひらを私に出した。


「代わりに払ってもらいたいんだが‥‥」


「‥‥‥‥」


 何で私が‥‥全く、どうしようもない人だ。


 仕方がない。今回だけは‥‥。


 端末を見せられて、そこに表示してある金額を見て、私は動きが止まった。


「‥‥‥‥は?」(二度目)


 考えてみれば、お酒なんて娯楽‥‥中央AIは一応は認可はしてるけど、抑止の為に高ポイントが必要になるように設定してある(タバコも同じ)。


 それをカシワギさんは湯水の如く‥‥。


「全く」


 店長の端末が私の端末に重ねられる、ピ‥‥というポイントが引かれた音がした。


「では、どうぞ」


 店長はニコニコして私を店内に通した。


「‥‥‥‥」


 歩いていく私に気づいていないのか、カシワギさんはグラスに何かの酒を注いでいる。


 ごっそり立て替えたというのに、全く呑気なものだ。


 段々腹が立ってきた。


「よう、こんなとこで会うとはな‥‥運命か?」


「‥‥‥‥」


 私はツカツカ‥‥と速足で歩いていって、カシワギさんが手に持ってる瓶を取った。


「こんなことで何してるんですか⁈」


「何って‥‥ただの独り酒さ。気にすんな」


「気にします。まだ勤務中じゃないですか」


「‥‥俺を探しに来たってわけか?」


 私と目を合わさずに琥珀色の液体の入ったグラスを傾ける。


「悪い。やめるよ。もう続ける理由がないんだ」


「やめるって‥‥機知室をですか? そんな事が認められるわけないじゃないですか?」


 AIが決めた職業は絶対で、異を唱えてもまず認められない。運が悪ければ厚生施設か、収容所行きになる。


「だからさ、放っておいてくれよ」


「‥‥‥‥」


 カナエ事件‥‥首謀者の犯人を特定できたのに、逮捕の認可が下りない。それもまたAIが下した判断。


「カシワギさんは、カナエさんとどういう関係だったんですか?」


「全く‥‥どこで仕入れてきたんだ、そんなネタ」


 気だるげだけど、目は笑ってない。


「カナエは俺が保護したドールだった‥‥ただそれだけだ」


 手を伸ばして私が持ってる瓶を取ろうとしたけど、さっとその手をかわした。


「そいつ、俺の晩酌なんだけどな。返してくれよ」


「どこが晩ですか? まだお昼前なんですけど、だいたい‥‥」


 そう言えば、この瓶の酒代は払ったばかりで‥‥。


「これは私のです。店の未払いポイントは私が立て替えましたから」


「悪いね。代わりに払ってもらったってわけだ。助かったよ」


「立て替えただけです!」


 後輩に酒代をたかる先輩なんて、ダメな人間にも程がある。


「‥‥‥‥」


 いけない、いけない。もしかしたらカシワギさんは話を誤魔化そうとしてるのかもしれない。


「保護したドールだけ‥‥にしては、ずっと犯人を追ってましたよね」


「まあな」


 タバコを出して火をつけた。


「それより、ここは未成年には向かねえ場所だ。早く出て行った方がいい」


「‥‥‥‥」


 あくまで排除しようとしている。


 それなら私にも考えがある。


「私は中央AIに成人と認められて、機知室に就職しました。なので立派に成人です」


 手に持ってた酒瓶を口に持ってきて、ゴクリ‥‥。


「‥‥‥‥むう」


 苦い‥‥苦すぎる‥‥なんでこんなものを高ポイントを使ってまで飲もうと思うのか理解に苦しむ。


「おいおい、無理は体に毒だぜ」


「無理なんてしてないです」


 更に二口、三口‥‥やっぱり苦い。


「ぷはー」


「いや‥‥いいんだけどな。ウイスキーをストレートで一気飲みはキツイんじゃないのか?」


「‥‥それよりも‥‥犯人‥‥カシウスを、そんな何年もかけて追ってたのは‥‥罪悪感‥‥とか‥‥」


 あれ‥‥床が揺れてる。地震予報は今日は無かったはずだけど。


 私はカシワギさんの隣の椅子に座った。かなり位置が高くて、足がブラブラする。


「そんなんじゃねえよ」


 ボソっとそう呟いた後、夜景のディスプレイを見て、グラスに残っていた酒を口に運んだ。


「カナエはな‥‥病気で死んだ奥さんの代わりに、申請されて作られたドールさ。ただの、な」


「‥‥‥‥」


 そのシチュエーション‥‥何処かで聞いたような‥‥。


 そう言えば、私のお母さんも同じだった。


「それが、ドールの密売組織に攫われてな‥‥何とかアジトを突き止めて助け出したんだが‥‥もう遅かった。人格は上書きされててさ‥‥あいつは、もう“カナエ”じゃなかった」


「‥‥‥‥」


「カナエの主人に返そうとしたが、もうそれはカナエじゃないから、いらないって言われた。処理施設送りになるよりマシだと思って、結局、俺が引き取る事にしたんだ」


「‥‥‥‥」


 もし‥‥お母さんが、突然別の人格になってしまったら、私はどうしてただろう。


 同じように拒否するのか、それとも、同じ存在として受け入れたのか‥‥。


「あいつは、昔の記憶が消えていた、だからいつも怯えていた。何も知らない事をまた一から覚え直してる途中でも‥‥」


「‥‥‥‥」


「しばらくするとようやく笑う事を思い出したようだった。俺はあいつといろんなとこに行って‥‥笑わせようとしてた」


 カシワギさんはグラスに視線を落として苦笑いをしてる。


「ある時、俺たちは二人でショッピングモールに行った。そこでちょっと目を離した隙に‥‥あいつは壊れた」


「‥‥‥‥」


機知室で見た画像を思いだす。辺りが血で染まってるあの光景は、思い返すだけで気分が悪くなる。


「あいつを取り逃がしたのは俺だ。ケリをつける必要があった。ただそれだけさ」


 新しいボトルが運ばれてきて、カシワギさんはグラスに注いだ。


「それができねぇってんならさ……もう、そんな縛りも意味ねぇってことだろ。だったらせっかくだ。ちょっとは自由に生きてみようと思ってさ。どっかの零網区で、ジャンク屋でもやって気楽に暮らすさ」


「‥‥‥‥」


 カシワギさんは笑ってるけど、その視線はグラスに揺れるウイスキーの水面に消えていってるようだった。



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