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第2話  眠そうなAIとは

挿絵(By みてみん)


通知から数日後、私は官舎(社宅みたいな?)の中の人になってた。


 白い板状の建物が整然と並んでる。最低限の設備しかない無味乾燥な白い部屋の中、私は、せめてもの抵抗のつもりで、家から持ってきたキャンパスを部屋の真ん中にドンと置いた。


 狭いマンションだけど、一人暮らしには十分な広さ。結婚すれば、新たに戸建てが支給されるらしいけど、その時の自分がとても想像出来ないよ。


「‥‥‥‥」 


学生だった時に使っていた携帯は引き取られて、代わりにこの職業専門の携帯が支給された。


 だからもう家とか、学校の友達とか‥‥連絡を取る事は出来ない。もちろん、交通機関を利用して元の家に帰る事は可能なんだけど、いきなり戻っても、どうしたの?って聞かれるだろう。そして、私はそれに答えられない。フリーズするまでがセット。


 親が子どもを育てなければならない義務は、子供が成人するまで。私はまだ十六歳だけど、既に成人扱いになってるし! だからもう、お父さんは私を育てる義務はない‥‥あとは政府からの賃金の支給で悠々自適‥‥そう考えると、家族って何?‥‥疑問すぎる。


「さて‥‥」


 引っ越して早々に疲れきった私は(そんなに荷物はなかったんだけど)このまま二、三日このベッドの中の住人になっていたいと思うのは、普通の事。


 でも現実は非情なもの。午後からは早々に就職先に顔を出さなければならないという(他人ごと)。






「‥‥眠い」


 ここは新東京の官公庁街のど真ん中。スーツ姿の人達が、右に左に歩いてる。


 おんなじような顔で、同じような服を着て‥‥。


 かく言う私も支給された制服を着てる。


 黒色が基調のシャツと控えめなスカート。それになぜか上っ張りが黒いコート‥‥胸には機知特別対策室の小さな印。私の髪も真っ黒だから、ミワナちゃんが見たら、何それ辛気臭い格好って絶対、言われそう。


 何か悪目立ちしてるし。


 でもこれが、制服‥‥趣味はともかく勤務中は着てなきゃいけない。


「‥‥‥‥」


 白っぽい制服の、あの人たちはもちろん成人している。その一人一人に人生があって、誰かと結婚しているのかもしれない。中には子供もいる人もいると思う。


 私一人の人生でもこんな面倒臭いのに、あの人達の数だけそんな人生があると思うと、頭がクラクラしてくる。


 それにね。私には、今すれ違った男性と、さっき横切っていった男性の区別がつかないのよ。


 例えば、人の良し悪しを決める時、あの男性は好きで、この男性は別に‥‥って、何を思ってそう判断しているのだろうね


「分かんないな」


 珍しく青空が広がってる。こんな時にどうしてビルの中に入っていかなければならないんだろうか。


 エレベーターで、ビルのほぼ最上階まで上がった所が、これから私が勤務する、機知〜何とか室。


「‥‥‥‥」


 目の前にはいかにも硬そうな金属のドア。透明な部分は何処にもなくて、ここからじゃ、中は見えない。流石に初日なので、私も緊張している。


「失礼します」


それだけ言ってノック。あれ、逆だったかな。


=どうぞ=


 中から男性の声。若い声ではないね。おじさんかな。偉い人だから、それはそうか。


「‥‥‥‥」


 入った瞬間、私は驚いたの。


そこにはね、予想していた景色とは違う、雑然とした世界が、広がっていたんだ。


 もっとたくさんのモニターと端末が並んでて、そこでたくさんの職員の人が黙々と何かの作業をやってるんじゃないかって予想だった。


 うん‥‥‥‥確かに広い室内に、端末も人もたくさん‥‥‥‥その通りなんだけど、全然整然としてない。


 中の人は十人ぐらいかな。モニターの前で唸ってる人、結構激しい声で言いあってる人、ソファーで寝てる人‥‥‥。様々だ。皆、黒い制服を着てるけど。机の上もごちゃごちゃして、パーティーションは一応、あるんだけど、付箋だらけで何だかわからなくなってる人もいる。


「えーっと‥‥‥‥」


 私はポリポリと頭をかいたりする。別にかゆくもなかったけど。


こういう場合は、一番奥の席の人が一番偉いと決まってる。だから私はまっすぐにそのフロアを突っ切って行ったの。


 で、そこにいたのは、三十代でぐらいで意外と若い? 男性。服装はぴっちりした黒いシャツに灰色のネクタイ。髪型はオールバック。そして丸眼鏡。ファッションセンスが古すぎて壊滅的。私がその人の席の前に立った時、モニターを睨んでいたまま、視線を私に向けてきた。


「ん?」


「‥‥‥‥」


 私を見て、顔をしかめてる。それからおもむろに立ち上がって私に顔を近づけてきたの。


「こいつは‥‥‥また開発課が新型をよこしたのか」


 近い、近い、顔が近いよ。息が顔に当たってるよ。


「‥‥‥こりゃすごいな‥」


「‥‥むぐ」


 なんとね、その人は私の左右のほっぺたをつかんで引っ張ったのよ。その時、私はどうすれば良かったの?‥‥‥あまりの事にすぐに反応できるわけもなく。ただ直立不動で黙ってたの(口はイ~‥‥‥‥の状態だけど)。


「‥‥‥あまりにも精工だな。質感が本物の人間と区別がつかない。それはそれで問題だが」


「‥‥‥‥」


 この人は何を言ってるんだ?


「しかし、どうせ造るなら、もっと大人の方がよかったとは思うが‥‥‥こんな歳のコを連れて現場に行くのはおかしいだろう」


 造る?‥‥‥‥まあ、そんな言葉を聞く前に、私には何となく分かってたけどね。


「あの‥‥‥」


 私は上目遣いにその人を見つめる。それまでまっすぐに正面を見ていた視線はメリハリをつけて上に上がったの。


「‥‥‥いや、自然な動きからすればまだまだだな。この辺はもろにAIの動きという所か」


「あの」


「‥‥‥‥ん?」


「顔が痛いので、ほっぺたから手を放してもらえませんか?」


「‥‥‥‥???‥‥‥AIドールが自発的に発言を‥‥‥」


「違うんです。私は普通の人間です」


「しかも、きちんと状況を判断して意見を言ってくる」


「‥‥‥いえ、本当に私はただの‥」


「言葉の繋がりも滑らかだな」


「‥‥‥‥‥‥‥‥」


 あー、だめだこの人は、何を言っても信じてくれない、そんな部類の人。


 さて、どうすれば良いか‥‥。


 ん‥‥とりあえずはAIが絶対にしなさそうなことをすれば良い。


 今まで生きてきて、解決策は分かってた。


 だから私は、その人のほっぺを両手で左右に引っ張ったの。


「うわ!」


 びっくりしたらしくて、後ろに飛びのいた‥‥反動で、ゴミ箱につまずいてひっくり返った。


 部屋中にドンガラガッシャン!っていう大きな音が響いて、全員、私とその男の人に注目が集まったの。


「な‥‥何なんだ?」


「あの‥‥‥だから私は人間なんです。今日からこちらに配属になりました」


「‥‥‥‥」


 彼は立ち上がって、また私の顔をじっと見つめる。


「何! 本当だ!‥‥ったく」


 その途端、舌打ちをする。よくよく考えてみれば失礼な人だ。


「まったく、それならそうと早く言ってくれればいいものを。そんな眠そうなAIみたいな顔をして」


「‥‥眠そうなAIとは‥‥‥‥」


 矛盾している気がするが。


“室長! ”


 遠くから誰かが歩いてくる。


「室長。彼女が昨日言ってた新人だろ?」


 その声は‥‥中年の声。ダミ声で少し掠れてる。


 ぱっと見の年齢的にはもうおじさんの域まではいってそう。頭はボサボサ、無精ひげ。腕まくりしたシャツはアイロンなんて一度もかけた事にないような(形状記憶素材なんで、そこまでシワが出来るのは相当)。


なんなの、この人? 本当に公務員なの?


「ああ?‥‥‥そうか、彼女がそうだな、もちろん聞いている」


 室長そうだったのかは端末のキーを叩いて、画面に書類を表示させる。チラっと覗いてみると私の写真と、なにやら細かい文章が書いてあった。


「‥‥‥‥そういう事で」


 私は内容をよく読もうとして首を伸ばしたけど、なぜか室長はおっと‥‥とか言って、すぐに画面を落としてしまった。


 感じ悪いなあ。


「ミナセ、お前がしばらく彼女の指導に当たってくれ」


「ああ? 何で俺が?」


「お前、前から助手が欲しかったって言ってただろう?」


「そうは言っても‥‥」


 ミナセと呼ばれたおじさんは困った顔をしてる。


「例の案件、彼女に手伝ってもらえばいい。彼女に、ここのやり方に慣れてもらう意味でも一石二鳥だろ」


「勘弁してくれ、昨日まで学生だった小娘に、いきなり助手なんて無茶だろうが」


 そう、その通り、もっと言って!‥‥えっと‥‥ミナセさん。


「大丈夫だ。見ろ、彼女を。ドールと間違えるほどだ」


「‥‥は?」


 二人の視線プラス、なぜか部屋中の視線が私に集中する。


 またさっきの話が戻ってきた。


「ここはAI関係の処理をする所だ。つまり彼女は適任って事だな」


「‥‥‥‥」


 また顔の話してる‥‥でも、それは全く関係ない話なのではないかと。


「分かった、分かったって!」


 え?それで分かったの? ミナセさんはヤレヤレって感じだけど、折れるのが早すぎる。


「それじゃあ‥‥‥‥名前なんだっけ?‥‥まあいいや、新人、こっち来い」


「‥‥‥‥」


 私はミナセさんの後ろをついていく。かなり背は高いようで真後ろにいると、まるで壁を見上げているみたい。


室長とため口なんで、そこまで歳はいってないんだろうけど、こうして颯爽と歩いている後ろ姿を見てると、私の何倍も人生経験が豊富に見えてくる。


 ミナセさんのデスクは端の窓際。と、言っても、昔の言い伝えのような、窓際族‥‥‥なんて事もない。


窓から下を覗くと、歩いている人が小さく見える。


「お前の机は‥‥まあ、そのうち来るだろう」


「はあ」


 なんだか適当だなあ。大丈夫なんだろうか。


 その時の私はね。笑顔とか、表情とか、そんなものなど、一切忘れてた。


「どうした?」


「別に‥‥何も」


「確かに不愛想な顔だな」


「‥‥‥‥」


 本当に何もなかったので、そう言うしかなかったんだけど、仕事を教えてくれる上司への第一印象としては最悪だよ。


 ここは少しでも悪印象を軽減しておかなければ。


 何か話題‥‥‥えーっと、こんな時、ミワナちゃんなら何て言うだろう。多分、気の利いたセリフの一つでも言って場を和ませたに違いない。でも、男性とほとんど話をした事のない私には、その引き出しがないのよね。


 必死に考えた末に出た言葉。


「ミナセさんは何歳なんですか?」


「あ? 何でそんな事を?」


「何となく気になって」


「‥‥‥‥」


 ミナセさんは、ため息をついて頭をかいた。


「俺は二十八だ」


「えっ、まさかの二十代!」


 意外に大きな声を出しちゃったのか、またフロア中の人に視線が集まってしまった。


「何だあ‥‥俺が二十代だとおかしいって言うのか?」


「はあ‥‥まあ」


 てっきり、四十ぐらいかと思ってた。


「老け顔は昔からだ」


「‥‥そうですか」


 すると初等部あたりから、こんな感じなんだろうか。


 駄目だ、全く想像できない。










 なんて会話をしながら、この部署内をいろいろと巡る。


 この部署は十人位。役所なのに、それぞれが与えられた自分の仕事をして、それで全体で回していると言う。


個人でやってる感じが強い。


役所の事前情報だと、適当にやって、時間になったらすぐに帰る‥‥と聞いてたんだけど‥‥違うのかな。


「それでは明日からよろしくお願いします」


 一通りの説明が終わった後、社会人としてちゃんと挨拶。私はようやく解放された。


 正直、まだ何もしていないので、あそこが私の勤め先って言う感覚はないんだな。


でもまぁ、助手とは言っても、いきなり初心者に難しい仕事は回しては来ないだろうとは思う。


ミナセさんも、こんな小娘(自分で言うのもどうかと)に重大な事は頼まないだろうし……まぁ大丈夫でしょう。




そんなわけで、怒涛の出勤初日が終わり私は明日から本格的に社会人デビュー。


何もわからない私は、仕事の準備のやりようがないのは当然で、それはつまり残りの今日一日は自由に過ごさざるを得ない‥‥‥これ以上は、ない位のまっとうな理由があるわけだ。




とりあえず近くの喫茶店でもチェックでもしてましょうかね。


美味しい紅茶でもあれば、それで十分なんだけどな。



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