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第11話  眠り姫とは

挿絵(By みてみん)


 室長に呼び出されたのは、中央からの指示があった日の午後になってから。


 今日は貯まりに貯まってた書類をかたずけてただけの日になるはずだった。


「ドール用給電機、R781で不審な供給が行われている痕跡があった」


 そう言って室長は眼鏡を上にあげる。私の方からは見えないディスプレイの光が室長の眼鏡に反射して奥の目は見えない。


「不審な給電ですか?」


 クジョウ先輩は聞き返した。


「給電設備は、ドールの所有者がIDを照合しなければ、作動しないはずですが?」


「本来はな」


 室長が、キーを二、三個叩くと、室長の椅子の後ろの大きなモニターに画像が表示された。


 棒グラフが伸びていく。


「許可数と許可電力使用量の合計が合わない。それが丁度、この辺りだ」


「二時間ぐらい前ですか」


「ドール59873Dの335は、ID照合を使用せずに、何等かの方法で自己に給電した。今、アイザワに調べさせているが、恐らくは精巧な改ざんプログラムだろう」


「監視カメラはどうだったのですか?」


「それには何も映っていない。時間で角度を変えるタイプではないので、前回のような事はない。画像データに不審な所がないか、そちらも今、調査中だ」


「そうですか」


 先輩はまた何か考え込んでる。こんなふうに事実だけを淡々と伝えられた後、自分の考えをまとめる事って、どうやったら出来るんだろうね。


「クジョウ。ツキシロを連れて現場周辺を調べてくれ。警察からの調書では埒が明かない」


 室長は無表情のまま頭を傾け、片手で頬杖をついて画面を見つめる。


「分かりました。‥‥ツキシロさん」


「はい」


「すぐに向かいましょう。まだそんなに時間が経ってはいないので、うまくいけばドールがまだ近くにいるかもしれません」


 先輩が壁のロッカーに手を当てて、番号を打ち込むとパネルの周囲が青く光って、金属の扉が開いた。


「‥‥これは?」


 引き金がある。そして先には穴の開いた筒‥‥もしかしてこれは‥‥。


「ショックガンです。AIドールにこれを当てると電力の過負荷で機能停止させる事ができます」


「‥‥‥‥」


 え?‥‥そんな荒事になるの? ここってそんな場所だったの?


 私は驚いた時のいつもの癖で、両手で口を押えた。


「規則で携帯が義務付けられてるだけです。心配するような事にはなりませんよ」


「‥‥‥‥」


 ならいいんだけど‥‥ほんとかなあ。






 私とクジョウ先輩は、さっき行ったばかりの処理施設の道をまた戻っていく。


 季節的にはもう初夏なはずなんだけど、今日は何だか肌寒い。それはあの分厚い雲が太陽を遮ってるからで、逆に晴れの日は真夏かと思わんばかりに気温が高くなる。


「あれですね」


 給電設備はそこから車で十分程行ったあたり。車の給電スペースの近くに、銀色の細長い筒が見えた。


「‥‥‥ほう‥」


 スモークガラスで中ははっきりとは見えないけど、居心地は良くはなさそう。この金属の円柱の中にドールが入ると、ワイヤレスで充電される仕組みになってるとか。


「確かに使用されているようです」


 クジョウ先輩は、筒にケーブルを刺して色々と調べてる。警察の調べは既に終わってるけど、室長によると、それは埒が明かないらしい。


 この設備を見張るカメラもあるけど、すっとこっちを向いて動かないから、前みたいな死角はない。


 事実だけをまとめると、カメラにはおかしなものは映ってないけど、ここの給電設備からは無許可の給電があった‥‥。


 そんな事ってありえる?


 そもそも、無許可給電したのは、本当にリオナさんなんだろうか‥‥。


「残念ながら警察が調べた以上の事は不明のようです」


 先輩はケーブルを抜いた。


「違法認証に関するあらゆる方法を確認しましたが、現在知られている方法では、AIを騙して給電するやり方では無理のようです。ドール59873Dの335は、我々の知らない認証方法を知っているのでしょう」


「‥‥‥‥」


 リオナさんの寂し気な顔が浮かんでくる。


 ううん、私だって彼女が見たまんまの女の子でない事は分かってる。


 でもね、認証システムは中央AIが管理してるセキュリティーが最高に厳しい箇所だって話だし‥‥。いくらドールでもそんな事ができるんだろうか。


「これはいよいよテロリストの関与が濃厚になったと言えます。ドールが単独で行える事ではありませんから。‥‥彼らは恐ろしく巧妙なハッキングプログラムを使用して、ドールの逃亡を援護した‥‥と考えるのが妥当でしょう」


「なるほど」


 そう言われてみれば、確かにどの通りかも。


 彼女一人では難しいが、外部からの助けがあれば‥‥そんな事をするのはテロリストしかいない。


「ドールは二、三日中に新たなポイントの給電設備から給電しなければなりません。その位置関係から足取りがつかめます。何れはテロリストが接触してくるでしょう」


「真っ直ぐにテロリストの方向に向かってるんですか?」


「彼らは恐ろしく用心深いです。移動方向も多少はフェイクで、敢えて最短距離ではない給電施設を使用すると考えるのが妥当です。ですが、そう何度も公共の給電設備を使用する事は、それはそれでこちらに発見されるリスクを高める事になるので、その辺の折り合いでしょう」


 先輩は肩をすくめて車のドアを開けた。


「ここでの調査でやる事はもうありません。ツキシロさん、戻りましょう」


 私は頷いて助手席に座った。


 鍵を回して(⁈)エンジンをかけると、軽快な音が響いた。


 そうしてまた機知室へと戻るルートに戻る。


 午前中で見たものと同じビルの林が目に映ったけど、午前と午後で光の当たり具合が違う。なので、全く同じ景色ってわけでもない。


 実体は同じでも、見方によって変わる事もある。


「‥‥見方‥‥か‥‥」


「ツキシロさんは、何か思いついた事がありますか?」


 運転しながらクジョウ先輩が聞いてきた。


「思いついた事?」


「ええ、前の連続ドール損壊事件の時、ツキシロさんは見事に犯人の思惑を当てました。今回も何かあるのかと思ったんですよ」


「いえ‥‥それは‥‥別に‥‥」


「そうですか」


 先輩は素気の無い私の言葉に何の感慨もなく、また黙って運転に集中した。










 先輩の思惑通り、それから三日後に二度目の違法給電があった。


 処理施設から最初の給電設備、そして二度目の給電設備‥‥三点を結ぶと、多少の角度のズレはあるけど、ほぼ一直線。


 そして今回もその時刻にカメラには何も映っていない。


「あーくそ! 腹が立つ!」


 コンピューター室から出てきたのは、対プログラム犯罪専門のアイザワさん。頑丈な金属の扉を開けて出てきた途端に、悪態をついてる。


 前方に少しせり出したモジャモジャの頭(聞いたらパンチパーマという髪型らしくて、いかに素晴らしいか、小一時間話を聞く事になった)をしてて、黒い丸眼鏡(ディスプレイの光から目を守る目的だとか)。あと、物凄く痩せてる。そう言えば部屋に籠りっきりで、何か飲み食いしてる所を見た事がない。


 とにかく見るからに怪しい人だけど、れっきとした公務員だ。


 外から戻ってきた私の前にいきなり現れたんで、返事を返さざるを得ない。


「あー‥‥なんだ、眠り姫か」


「‥‥は?」


 また失礼な事を‥‥。って言うか、私はそれにどう答えたらよいのか‥‥。


「眠り姫とは‥‥」 


 このまま返事をすると、そのあだ名を認めてしまうようで‥‥さて。


「どうかしたんですか?」


 なので、質問する事にした。


「あー‥‥例の事件で認証システムを突破したドールがいただろう?」


「まあ‥‥そうですね」


「あー‥‥探ってみたが、その方法が皆目、見当がつかない!」


「‥‥‥‥」


 アイザワさんは、最初に《あ》と、付けないと喋れないんだろうか。そういう癖もあるとは‥‥。それはともかく、室長に呼ばれてるから、この場は早く退散しなければ。


「不可能なら、最初からやってないんじゃないですか?」


「何だと⁈」


「?」


 私も適当な事を言うものだ。


 結果、アイザワさんの動きが止まった。目が確認できないので、表情は今一分からないけど。


「‥‥あー‥‥なるほどな。そういう事もあるのか‥‥よし!」


 《し》‥‥の言葉の途中でアイザワさんは再び出て来た部屋に戻っていった。扉が閉まった途端に扉に赤のライトが光った。


「‥‥まあ‥‥いいか‥‥」


 頭をかきながら室長の机の前に到着。少し遅れた?


「‥‥ドール59873Dの335は、テロリストとほぼ確定した」


 そう言ってる室長は正面のモニターを見てる姿勢のままで、私の顔をチラとも見ていない。


 あいかわらず室長は苦手。


「次に現れる地点は、おおよその特定は出来ている。発見次第、破壊する事が決定した」


「破壊‥‥ですか?」


「中央AIからの指示だ」


「‥‥‥‥」


「今、クジョウはその打ち合わせに警察に行っている。ツキシロもその補佐に向かってくれ」


「‥‥分かりました」


 テロリストは社会を壊す害悪‥‥なので仕方がないのは分かってる。


 でも‥‥本当にそれでいいんだろうか‥‥。


 ドールは機械仕掛けの人形‥‥だという事は、もちろん理解してるけど‥‥。


 最後に見たリオナちゃんの顔が頭から離れない。




 本物の眠り姫は起きてはいけなかったのかもしれない。



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