35.本当の目的
お久しぶりです。後書きに豆知識のっけてます。
手元の銃が、黒に鈍く光っている。
素手よりは威力があるだろうが、暴発されて異形を引き寄せても困るので、安全装置を戻して高く振り上げた。もし切断すれば二度と再生しない脆い首に、握りしめた銃器__今は鈍器であるそれが吸い寄せられる。
「__!?」
一瞬、女と目が合った。
しかし、それが幻か気の所為とでも言うように、鈍い音と共にシャイルは呆気なく床に伏してしまう。首元を殴った感触も残っている。
やはり、武器を使ったのが良かったのだろう。一通り思考を巡らせてみるが、残念ながら大した発想も浮かんでこないので、自分には不向きな憂慮はやめにした。
彼女は気づいたが、反応が著しく遅れたために手刀を許してしまった。そういうことだろう、どうせ記憶は彼女と一緒に目覚めはしないのだと目を瞑る。
そしてその横にいるルークは、今まさにジャラの横に立っているライベリーの手によって気絶していた。
「よっ、上手くやってんじゃん。やるねぇ!」
「でしょー!でもさ、さっき__」
言いかけて、ある夜の記憶が脳裏に流れる。
初めて一級達の家に来た日のことだ。淡い闇に沈んだダイニングルームと、ウルの声、そして純白の薄いカーテンが彼を覆うベールのように揺れている情景を思い出す。
『__土壺に嵌ってしまうから。いつもの失言には……よくよく、気を付けてね』
その言葉が呪のようにジャラの喉を塞いだ。今思えば、あれは一種の警告だったのかもしれない。思慮が浅いジャラでも勘付いたのは、嫌味なく遠回しな言動が多いウルが、珍しく即物的に語ったからだ。
余計なことは言わない、と反芻する。
「……そこに異形いたでしょ?どーしたの?」
「あー、邪魔になりそーだし潰しといたわ……えっ、もしかしてダメだった?」
彼は一瞬の間を訝しんだようだが、詮索する気はないらしい。いつもの調子でおどけ始める。
ピンクの瞳が仄かに光って見えるが、それこそ気の所為だ。かぶりを振ってランタンを拾えば、ライベリーの瞳孔がきゅっと縮まる。小さな罪悪感の霧が脳内を曇らせていたのを、好奇心が火を吹いて蹴散らすと、先程の反省は何だったのかそのまま思ったことが口に出た。
「え!目猫みたい!!すごい!」
「うっそ今気づいた?マジで?クオンとかずっと一緒にいたじゃん」
ライベリーは目を見開いてジャラを見下ろす。ランタンを遠ざけてみると、ほんの少し瞳孔が緩んだ。
「目薬さして人間の目にしてあるもん。ライベリーはしてないの?」
「コンタクト派〜、目薬苦手なんだよなァ」
ランタンに布をかけると、瞳孔が広がって丸くなる。外してみればまた細く縮んで、どことなく鋭利な目つきに変わった。新しい玩具を見つけた子供のように、無意識に繰り返していると、三回ほどで額を小突かれる。
「あだっ」
「他人の目で遊ばないでくださーい!有料コンテンツでーす」
「はーい……」
戯れを終えて、放置していた人間を階段の後ろに隠しておく。ジャラの瞳が灯ると、真夏の水面を反射したような水色が壁に広がる。周囲の状況を確認しているらしい。
ふと、ライベリーは妙な考えに引っかかった。
この際、シャイルとルークは引き離しておくべきではないだろうか?
この二人は真意がわからないという意味で、要注意人物だ。しかし、単独になれば脅威も下がるのではないか。確かに気絶しているし、もしや気を失ったふりでもあるまい。
警戒するに越したことはないが、流石に穿ち過ぎかと早々に思考の糸を切った。
「__あ、アリスが追い詰められてる。危ないかも、助ける?」
「ドロシーは?」
「めーっちゃ異形化してる、普通のより何か強そう。受肉された部分を剥がすのは難しいかなぁ、定着しかけてるし……どっちみち殺すしかないと思う!」
目が輝いている。食べたいのだろうか。生憎ランタンの生態は存じ上げないので、ウル不在の今その手の話には触れないことにした。
それより、後処理の問題だ。
ジャラの戦闘力は未知数なので、極力異形とのシングルマッチを避けたい悪魔の身として不安要素が多い。もし単独に等しい今挑めば、集中攻撃を受ける。上手く避ければ実力的に負けることはないだろうが、万一致命傷を喰らえば今後の活動に悪影響が及ぶだろう。
「んー……兄弟組はまだっぽい?」
「多分!レイヤーがズレてるから地下は視えないの、逆に言えばここにはまだいないよーってこと」
「えっ地下に異形出ないの?なら……この世界は故意に造られたっつーことか」
「__でもおかしくない?だって、地下には形骸者……つまり捕食者がいるんでしょ。被捕食者である異形が立ち寄らないのは理に適ってるけど、仮に仕官者である天使の為に瘴気を流さないとして、それなら世界がズレてるのは何によるもの?虚無が異形世界レイヤーを消していないのなら、噴水の仕組みと同じで作為的じゃないの。それに__」
成育目的だとすれば、ひとつおかしい点がある。
「__本当に、此処は育成目的で造られてるのかな。そんなに貴重な存在なのに、天使の警戒心が希薄だと思わなかった?計画性のある種族にしては引き際が大人しかったし、そうでなくたって、そもそも僕らが今野放しなのもまるで……」
確かに一級が消息不明となれば、その内きな臭くなって調査が入る可能性もある。しかし、巣に絡まった死骸を蜘蛛が喰わずにいられるだろうか?こちらの動向に気付き、好機と踏んで縁のある者を片っ端から潰していくかもしれない。
それこそ望み薄かと言われれば可もなく不可もないが、賭ける価値はある。逆にここ数日協会に顔も出しておらず、大したアリバイも工作もない一級達は、一翼が消えると誤魔化しが効かない分、トライアングル武器でも峰打ちを狙うしかなく、それは殺しやすいものだったろう。
つまりあの対局状況は、完全に天使に有利だったのだ。
それ以上の好条件が揃った動機とすれば、一つだけ最悪の展開が望める。
「__この学園、もう用済みなんじゃ?」
天使が、逃走を図っているとしたら。
それを許せば?
双子の呪縛はもちろんのこと、怨念と憎悪の温床である異形の世界、学園内の協力者の調査は難航するだろう。情報は天使などの要人に流れやすく、その経路どころか根本から途絶えると、学園の純化は十中八九失敗に終わる。
それを彼らも察したのか、ウルやノイズは苦い顔をした。
「正直、僕らの成すべきことはジョーカーの指示に従うことだけ。二週間のめどだって、余程の理由さえなければ彼が揉み消してくれるだろうけど……」
ウルはノイズに目をやる。彼は肩を竦めて煙草を取り出し、慣れた動作で火をつけた。
「さぁ?協会公式から招集かかっとるし、内容も伏せられとる。つまりおれらに断る自由なんざ無いねんなぁ、何かしら一大事って意味やから」
公式命令の違反は懲罰が重い。そうでもしなければ、一癖二癖もある人外が素直に従うわけも無いからだ。寧ろ、それ以外には非常に寛容だと言える分、人外の主要な駄々を見事に宥めている。
「……手っ取り早いのは、双子の抹殺だろうねェ。どうやら天使どもの目を覗く限り、噴水が機能するのはドロシーが内部にお留守のときだけ。鍵みたいなものだろう、とすると、彼女らが完全に消え去れば鍵としての異形世界との繋がりも絶たれることになる。天使は新調しないだろうし、異形の世界と此処を繋ぐ経路は崩壊したままさ。つまり現場を取り除ける分純化は進むが、その場合今後の調査で幽霊は使えない……ま、一長一短だねェ。ヒヒッ」
「何笑とんねんお前、エマージェンシーやぞそれ。第一、天使が知らんうちに鍵造り直したら元も子もないやんけ」
「それこそ絶対的な力に頼ればいい、ウルの使い方はこういう”雑用”さ。君達は不可能をとことん突き詰めて、その果てにある小さな要因だけをそこの人狼に縋ればどうなのかねェ?違わないかい、ロンリーウルフ」
「できないことはないよ。此処の異形世界は小規模だし、切り外された状態なら少し遠ざけるか、崩壊した道を塞げば済む話だから。ただし、その方向で行くなら目的は絞らないといけない。まず形骸者の正体や天使の計画の阻止を諦めて、行方の手掛かりを調べるべきだね。今は学園の効力の喪失だけ狙って動くしかない。つまり、此処をただの教育機関に戻す」
その時、ダガーが手に馴染んでいるからか、ノイズは不意に宴の喉元を盗み見た。
行方については調査の難易度が高すぎるし、まず可能性は希薄だ。なら確実な情報筋を頼るしかないが、今のところ釣り合う代償を払える気がしない。とは言っても、クロヴンさえ密かに警戒している彼に適う気がしないのだが、頭では理解していながらも闇雲に考えてしまう自分がいる。
案の定、その一つ目紙の下と視線がぶつかった気がした。
「何か用かい、仮面の坊や?残念ながら代償を支払えるとは到底思えないねェ、そこまで融通してやれるほど私は君達に協力的じゃあないし……ヒヒッ、殺意が丸見えだ。未熟だねェ」
「……」
揶揄うような台詞に返す言葉もなく、不本意ながら黙りこくる。こういうところがどこぞの白熊と似ていてやりにくい。
「大丈夫、それに関しては僕が担当しようか。この件についてすぐ手を付ければ余裕もあるし、近い内事が動くように仕込んでおくから」
「できるの?そんな都合よく」
「まあね……ねぇ、宴?僕の使い方、まだひとつ教えていないでしょう」
そう妖し気に微笑んだウルに反し、宴は一瞬笑みを消す。しかしまた口角を大きく上げると、柵から腰を上げた。
「ま、興覚めものだがねェ。限度があるとはいえ、そこの狼は代償を払い放題で商売あがったりだ。これほど私を困らせるものも少ない、少し値上げするが構わないだろうねェ?」
「いいよ、特に意味はないと思うけど」
「当てつけさ。それじゃあ私はもう行くよ、これ以上無給労働させられては堪らないからねェ」
宴は真っ黒なローブの袖を揺らし、指先で空中に小さな弧を描く。
刹那、彼の周囲が所々空間が欠けたように黒く染まり、彼は忽然と跡形も無く消え去った。一瞬のことだ。
景色も元に戻っており、どういうメカニズムか全く理解できずただ唖然としていると、察したウルが教えてくれる。
「宴は鏡を操れるんだよ。黒くなったのは、鏡が反射する光がなかったから。それを通して__まぁ一種のワープ機能かな、帰っただけ」
「へぇ!凄いね。オリアビ?」
「さぁ……秘密主義者の商売を荒らした上に、詮索までしたら後が怖いからね」
「おれアイツ苦手や……隙無さ過ぎて落ち着かん」
「多分それを殺意ダダ漏れって言われてるんだと思うよ。最近ヘイトが大人しいから……」
「あーやめてッ!!クオン、それ以上正論言わんとって!」
「毛ほども思ってないくせに。ウル、行こ」
「えっ、あ、うん……?」
ノイズから離れ、まるで孫を眺めるかのように佇んでいたウルの手を取り、水路の出口へ戻り行く。
ノイズは小さく溜息を吐いて、二人の小さな背中に苦笑した。
(結構痛い攻撃やったけどなぁ……)
それはまた、別の話である。
「んー、小さなレディにゃ悪いけど裏切るか。血縁の幽体は同化できるし、異形化してる今もワンチャン、ドロシーに呑み込まれるんじゃね?」
「確かに!じゃウル達待つ?何する?暇じゃない?ちょっとお腹空いたんだよね、飴食べる?何味がいい?」
「携帯してるってマジ?おすすめ一個くれよ」
「ラムネ!一番最初に食べたんだよ、美味しかったよ!はい、どーぞ」
「サンキュ、ジャラは素直でいい子だなぁ~。そのまままーっ直ぐ育てよ……」
変に大人びてしまったクオンも、このくらい扱いやすければいいのに……と思いつつ、何となくノイズに怒られそうなので今まで言ったことはない。
じゃあお前は仕事しろと言う話である。あの男は、確実に女心がわからず泣いて別れ話とかされる。そんなダメ男だという確信がある。全く、勝手に他人が寄って来る自分とは大違いではないか。
「あ、うめぇ。今こんな進化してんだ飴って」
「でしょ!」
そんな、年寄り臭い台詞を口から滑らせてしまうライベリーも所詮同レベルである。
暑くなってきましたねぇ、その内熱くなりますよ、お天道様は。
夏野菜カレー食べたくなってきますね。
体調にはお気をつけて、無理せずご自愛くださいね。
豆知識
ライベリーはママ役という枷が外れると、騒がしい大学生ノリの陽キャに大変化を遂げる。
またケケルとは普段敬語で話していないし、何ならライベリーの方が懐いてる。初登場時は完全にふざけてる上、壱鬼は気付かず終いだった。




