32. 逃避と対峙
お久しぶりです。豆知識をあとがきに書いとります。
…スランプでした、以上ですッ!!
ではどうぞ
世界を、お楽しみください
「ひっ__」
未だに慣れない感覚で壁をすり抜けると、赤黒い内臓色が視界一面に広がった。思わず背中を反らし、反動で尻餅をつく。
まただ。よく知っている、この図は。
背中を掠める冷たい気配に、一瞬肩の力が抜けてしまう。
アリスは大きな力を前にすると、いつも子兎のように怯んだ。彼女のように反抗心が芽生えることもなく、ただ乱暴で粗雑な嵐が過ぎ去るのを耐え忍ぶばかり。その度に、透明になって消えてしまいたいと強く祈っていた。
既に必要ではない呼吸を深め、自分に言い聞かせる。もう人間ではない、この悍ましい生物に私は見えない。
望んだ通りになれたのだから。
足に力を込めて立ち上がる。
どんなに見目が醜悪でも、その肉感的で歪な物体は脅威ではない。恐るに足りないのだ。
アリスは1,2秒呼吸を整えると、ややあって走り出した。再度緊張した筋肉が膨張し、脹脛が痛む。幻肢痛だろう。
寧ろ、アリスにとって”彼”の申し出は好都合だった。
逃げることならできる。再会を望んではいたが、片割れが裏切り者同然の自分をどう思っているか定かではない今、彼女の言葉を聞く勇気がまだないのだ。その現実から目を背けて、走り回ることなら__ましてやそれが責務なら、甘んじて受け入れる。
それに、操り人形のようになったドロシーを見たいわけがない。
彼女の目は昏くどろりとした穴でなく、いつも青海のように美しく輝いていた。その水面に映る世界は、きっと色彩鮮やかで広大だったのだろう。今更ながら後悔で喉が圧迫され、呻きながら走る。
背後に寒気が蔓延る。突き刺さった視線が、凍えた指先のように酷く痛んだ。
「ドロシー……!」
彼女は時々関節に痙攣を起こしながら、赤い跡を零して駆けていた。その右手にはぎらりと鈍く輝く包丁があり、それも乾いた黒いものがこびり付いている。
何人、殺したの。
何をしてしまったの。
嫌な想像が脳裏に焼き付いて離れない。ずるずるとその重く纏わり付く妄想を引き摺りながら、視界がぼやけるのを感じた。
違う、違う。
ドロシーは望んでいない。
もう解放しろ。
まだ、逃亡は終わらない。
ノイズの言葉が真実なら、オトマーは要注意人物だった。
あの厳格な淑女の甥となれば、暗がりに潜む接点が案じられる。
「アイゼンロートね……わかった、俺が見つけてくるわな。ひとまずお前らは帰す、OK?」
「わ、わかりました。ごめんなさい、何だか、変なことに……なってしまって」
項垂れる三人に肩を竦め、ライベリーは静かに歩き始めた。微かに香る甘い匂いは、きっと彼の香水だろう。この場に似合わぬ暢気な欠伸と陽気な声も相乗効果で、安堵を覚える。
「んで、確かシャイルとルークせんせの許可証出てたよな?何してたのマジで」
「えーっと……」
言い淀んだロンドが彼の方を盗み見ると、白銀に輝く斧が視界に入る。
儀礼剣なら家で何度も見た。一度父に触らせてもらったことがあるが、無論実際握ってみて大して面白いこともなかった。長ったらしい逸話を楽しそうに語られてうんざりし、興味も失せてしまったのだ。
なので、実用的な仰々しさを目の前にすることは勿論なかった。
昔の罪人はあんな、理性で獰猛を押さえつけたみたいな凶器で断頭されたのか。嫌な光景に眉をひそめ、やがて此方をネオン色の瞳が覗いているのに気づく。
慌てて簡易的な説明を取り繕おうとするも、彼がおかしそうに破顔したのを見て拍子抜けする。
「別に怒ったりしねーよ。許可証はあるし、どーせこんな事象誰も信じねぇし?いやぁ、怖い思いしたんだなぁちびっ子ども」
「当たり前じゃないですか……!エリスもすごい憔悴してます、金輪際あんな大人に関わらせません。滅多なこともない」
「マリン……」
憤怒の彼女を見やるロンドを尻目に、ライベリーは肩を竦めるばかりだった。
クオンの周りにいる人間は調査済みだ。
彼女らは親同士に強い交流があるようで、所謂幼馴染らしい。特に危なっかしいエリスをマリンは積極的に助けており、何かと世話を焼いていた。またエリスには兄と弟がいたようだが、どちらも死産だという。エリスが危機管理能力に恵まれなかったのは、そういうわけだろう。
「でも私……凄い、楽しかったです__!」
「は?」
「__ん?」
人間ということをすっかり忘れていたライベリーが二人に遅れて振り向けば、エリスは桃色の可愛らしい瞳をきらきら輝かせていた。噂には聞いていたが、ここまで重症だと最早何等かに魅入られている可能性も出てくる。
ロンドは彼女を訝しそうにして、慎重に尋ねた。
「……何が?」
「だって。本物ですよ。しかとこの目で真実を確認しましたからね、本当に超常は在るのだと……!はぁぁ〜あどうしよう、写真撮りたいです……勿体ない」
楽しげな様子からたちまち意気消沈して、憂愁を誘う溜息を零す。マリンは驚きや呆れ、諦観の念が入り混じった様子で口を開閉させ、ややあって額を押さえた。苦渋の色が見て取れる。
「貴方、わかってるとは思うけど……死にかけたのよ。楽しいなんてそんな、どこに余裕があるの」
「それは、やはりオカルトファンとしては当然かと。だって、ホラーって大半が人の不幸が糧ですよ?私だって恐怖はありましたが、それは当時のことです。まぁ、もうあんな経験は嫌ですけど……」
「今日みたいに変に立ち入らなきゃァ、基本大丈夫だよ。お前らマジで豪運だなー」
事実、ライベリーも叶うことならアレと永劫におさらばしたいものだった。
悪魔は邪悪、諸悪の根源。それを絶てばきっと救われる__……
笑止千万。
いくら人外種の悪魔を殺そうと、怨念の温床となった彼らには徒労だというのに。
異形は憎悪の具現、動向によって特性や干渉能力も変幻自在。あのグロテスクな悍ましさは、全て彼らの受けた傷の生々しさだ。そのカルマに巻き込まれるなんてまっぴらごめんである。
微笑ましい仔供達を横目に、寒々しい階段に差し掛かる。
「……」
視線がぐさりと突き刺さる。
闇に吸い込まれる廊下の向こうで、突如射るような殺気が放たれた。柄に力を込め、刃先を僅かに前傾させる。
その瞳孔が、猫のように縮まった。
「せん__」
振り払った斧に激突した扇骨。
いや、蝙蝠によく似た指だ。異様に長く、背丈ほどもある。それが刃に叩き降ろされ、異形は腹いせのように表面を爪で引っ掻きながら飛び退いた。金属が削られる音に思わず身震いする。
さて、不味い。想像以上に異形が活発らしい。
「__階段の裏に隠れてろ、絶対に出てくんな」
その言葉には微塵も陽気さが無かった。
片手で斧を構え、蜘蛛のように地面に伏せる。前傾姿勢のまま勢いで地面を蹴り、眼前の風を唸らせた。銀色の軌跡が一線入り、指先を叩っ斬られた異形は獣のような悲鳴をあげる。うざったい蝿を追い払うように両手が振り回され、パッと青い毛先が散る。
「あっぶね……チッ!セットに時間どんだけかかると思ってんの」
背後の気配は薄まっている。仔供らはしっかり隠れてくれたらしい。
改めて目の前の異形を観察する。
元生徒と思われる服を纏っているが、まるで火事にでも遭ったかのように焼け爛れている。顔面には薄汚れた包帯が何重にも巻かれ、しかし外すこともできず苦しげに呻いていた。辛うじて見える皮膚は炭のように黒く、血膿を涎のように垂らす。
振り下ろされる手は所々皮が剥がされていて、痛々しい薄桃色が露になっている。
昔、火傷で皮が溶けずり落ちたヒトを見たことがあった。直ぐに再生するとは言えど目が切実に痛みを訴えていて、成す術もなく必要もないのに申し訳なく思ったものだ。
ふと蘇った映像に、思い切り眉を顰める。
「クソ、嫌なもん思い出すな……」
ライベリーは戦闘向きのオリアビを所有していない。望めば管理部にも所属できたのだが、なにぶん怪力が過ぎて事前に断りの連絡が来たのだ。
確かに、彼としてもこうして大斧を振り回して、暴れまわるほうが性に合っている気がする。
これがマガなら一振りで叩きのめせるのに、と口をへの字に曲げて柄を持ち直す。この狭さでは双方とも本領を発揮できない。
しかし、思ったより戦闘は早く終わった。
突如として異形が溶け始めたのだ。肉が灼け体液の蒸発する音とともに、薄紫の煙が体内から溢れ出てくる。
「な……!?はッ、えッ?え?」
ぎょっとして思わず柄を握る手に力を込める。眼は煙を無害と判断しているが、この時ばかりは、文字通り目を疑うばかりだった。
異形はノイズのかかった呻き声を漏らし、凄まじい速度で煙と成る。やがてその姿が潰えた時、煙は何者かに払われたようにして霧散した。
状況を処理できずその場を凝視していると、床に小さな紙片を見つける。眼が大丈夫だと示してくれたのでそれに近づくと、
「……ノーコメね。よし」
情報屋が付けている、安摩に描かれた目玉模様と全く同じだ。
拾い上げてまじまじとそれを観察する。
しかし、一体この形代擬きは何だろうか。現段階では眼の効力も限られているからかと、普段視覚的に消しているシルシ__具体的には、平たく言えばピエロのような、左目尻にある黒い星形__を現してみてもわからない。
「ノイズなら握りつぶしそー……」
部屋の隅っこで無表情かつ恐ろしい形相でぐしゃっとする様子を想像し、少し口角が上がる。
この紙についてはまた聞けばいいだろう、今はオトマーが最優先だ。
仔供達を呼び、気配を伺いながら階段を上がろうとする。しかし三人は戸惑った表情で、それ以上進もうとはしなかった。
「ん?どしたの」
「だ、だって……真っ暗で何も見えないですし。進めないです」
その言葉でふと思い出す。確かに、自分は視界が明瞭だが彼らは人間だ。明暗が彩度で判別できる人外視点でこのセピア程度なら、人間の眼では何も見えない。
「あっ!そっかそ__あれ、スマホは?」
「さっき逃げてたとき、電池切れちゃって……エリスとロンドは持ち歩いてないでしょ?」
「まぁ、うん。使うことが無いからさ」
「私も読書ばっかですしねぇ。先生、あればスマホ貸してもらえませんか?」
「まーあぶねぇしなァ。おっけ、ビビって落とすなよー泣くぞ」
どうせ通知も来ないだろうし、ライトを点けてマリンに手渡す。突然のLEDが眩しかったようで、彼らは一様に目を瞬いていた。
常闇に潜む階段を上がりながら、ライトの逆光に隠れて眼を灯す。
__さて、この”眼”を頼りに帰路を探そう。
しばらく眼に神経を注ぎながら歩いていると、ふと意識が蜘蛛の巣に引っかかるような、奇妙な感覚がした。反射的に顔を上げて、廊下が分断されているのに初めて気づく。見たところ看板などもなく、彼らに尋ねると快く答えてくれた。
「右が南館の寮棟で、左は本館に行けますよ。僕らが来たのも本館です」
「へー、じゃ震源地は本館っぽいか……」
直感的にそちらの廊下の奥へ目を投げ、躊躇いなく足を運ぶ。
「噴水って言ってたよな?ちょーアヤシイわァ、とりまそこ確認しよーぜ」
「はーい」
時々、纏わりつくような視線を感じる。
それは有機物に歯を立てる炎のように、肌に煩いものだった。掴みどころがなく、追えば霞んで霧散する。
「……」
ゆっくりと見下ろす。幼子が両親とするようにシャイルとルークの手を掴み、浮足立っている彼は闇夜に紛れていた。状況が違えば、円満な家庭に見えたことだろう。ランタンの暖かい灯がその輪郭を捉え、暖炉の色をした糸の流れを映し出す。
「ねー、先生ってよく一緒にいるよね。何で~?」
地下水路は恐ろしく暗い。ほとんど何も見えない。
辛うじて視覚に表示されるのは、濡れた石畳と緑がべっとり張り付いた壁だけだった。少し左へ足を踏み外せば、淀み切った汚水に真っ逆さまである。
「利害の一致ってやつだよ。私とソイツのプロジェクトが、現在進行形で支え合ってるわけ」
「ふ~ん……いいなぁ、シャイルせんせー楽しそう」
唇を尖らせて、ジャラは両手を少し乱暴に揺らす。それに連動する二人の腕は、ランタンの明りを浴びて向こう側の床へ影を落としていた。
「私だけかァ?案外ルークも愉快気に”嘲笑”してやがるけど」
「それはそーだけどさ……一緒に居たいとき居れるのが羨ましい!羨ましいの!」
「駄々を捏ねるな……」
「駄々じゃな~いもーん、独り言だもーん!ふんっ」
拗ねて頬を膨らませるその姿に、二人は苦笑を零した。
きっとウルのことだろう。確かに寮も違うし、いくら仕事とは言え潜入の体だ。
ジャラは我儘の多さと素直に言うことを聞く分が上手く均衡を取れていない。その消化不良を誰かに程よく押し付けることで、腹の虫を抑え込んでいるようだった。
ルークは上手い生き方だ、と意識の外側で呟く。
「この件が終わったら一緒に居れんの?」
「んー、わかんない……ウルって逃げ水みたいなんだよ。居るのに幻みたいで、追っかけたら遠くに行っちゃうの」
眉を八の字に下げて肩を落とす。途端、いつまでも揺れていた腕が脱力してしまった。
「……いいな」
いつも以上に幼い声には、熟した羨望が詰まって滲んでいる。
薄情にも呆れの溜息を漏らしたルークは、これまた呆れた目をジャラに向けた。
「居れば、いいだろう」
ランタンの黒鉄が留め具に軋む。
「……不可能じゃ、ない…んだろ」
「うん。じゃあそうする!んふふ~!」
機嫌が返り咲き、満面の笑みを二人に向ける。それは確かに子供の顔だったと思う。ふとルークが眉をひそめて軽く咳をするが、ジャラは全く気にした様子もなかった。
目の前には扉があった。暗く靄のように思えるが、光を当てると壁と扉の間には深い溝がある。
先程通った場所のはずだが、どうしてか噴水の入り口どころか階段すら見当たらない。
「そだよ、こーいうものなんだって。開けたら多分噴水広間!」
とジャラが言うので、時間も無いため当たって砕けろでドアノブを回す。
うっすらと見えた世界はやはり常闇に沈んでいる。オルゴールさえも聞こえない。
一歩踏み出した足元はざらついた表面で、靴底に砂でもくっ付きそうだった。
噴水と同じ材質だ。
「ほらね!よぉし、アリスとドロシーさーがそっ!」
「__あ、開いた?」
同時刻、ジャラ達が水路から”戻る道”を抜けた時。”入る道”を進んでいたヴィクターは、鳴り響くオルゴールに目を瞬く。
頭の上で転がっていたメリィが肩までするすると降りてきて、どうしたのかと小さく鳴いた。
「んー、まぁ一度は進むしか無いよ。階段を下りきらないとまだ世界は此方側だから」
噴水の血が飛んだ頬を擦り、ふとその手を蝋燭で照らす。
「……乾いちゃったか。洗ったほうがいい?」
当たり前だと非難するような目を向けられ、肩を竦めて苦笑う。人の目に触れれば厄介だ。
ヴィクターとしてはただ飼っている大型爬虫類に餌をやっただけなのだが、周囲の人間は何かしら一悶着あったのだと勘違いする。一年前にもそれで呼び出されて、面倒なことになった。
動物の世話をして何が悪い、とヴィクターが言おうとしてもメリィが止める。なんとなく、忌避すべき発言なのだと諭された気分だった。
「下についたら手洗うか、あっちの世界なら水も綺麗だし」
前に来た時、メリィがここの淀んだ水を躊躇なく飲んで驚いた記憶がある。彼女は選り好みが激しく、いつも少し高い水しか口にしない中世貴族のような性分なのだ。水の性質は心配ない。
階段を降りきり、屈んで冷たい水に触れる。
さらさらと皮膚に付着した血が流れていく。煙のような水中の赤色を眺めながら、蝋燭を傍に置いた。
しばらくして立ち上がり、来た道を戻る。しかしそこには階段が無く、遠くまで平坦な暗闇が続いていた。
睡眠不足で目が乾く。そういえば、今あの蛇は何処をうろついているのだろうか。最近この地下水路には来ていないから、異形達の分布や状況も把握できていない。メリィがいる限り襲われはしないだろうが、それも確信はできない。
やがて最奥に辿り着き、ドアノブを引っ掴んで手前に引いた。
噴水広間から二階へ上り、西館へ続く廊下を歩いていた。時計は一時を指している。
「あの双子がどこいるのかわかる?」
「んー、今探してる。視えないから多分、上の方にいると思うよ!」
「じゃ階段上るか__お?」
不意に凍り付いたシャイルに、ジャラはひっそりと口角を上げる。
今ツルハシを取り出すのは得策ではないだろう。しかし、だとすれば使える武器が無い。
二人を横目に見る。黒いローブに身を包みこんでおり、特に使えそうなものはない。シャイルはどうだろう。アクセサリーを大量につけているが、どれも細かく脆そうだ。
さぁ困った。火の灯っていない燭台を振り回してもいいが、超自然的なこの事件を弁明する余地などない。優先順位は彼らの命ではなく、調査なのだ。
(ウル!銃ちょうだい!)
不甲斐ないがそう声をかける。すると、いつの間にか手の中に黒い拳銃が握られていた。流石ウルだ。
突然、背後から痛いほどの殺意が向けられる。
場所。視線の位置。敵意の把握。角度。徐々に深まる陰鬱な空気。
咄嗟に振り向き、銃口を構える。障害はない。引き金に指をかけた瞬間、銃口とその殺気が繋がった気がした。
銃声が、
扉を開く。
蝋燭で照らし出せば、生臭い液体は跡形もなく消えていた。足元だけではない。後ろを振り返って彫刻の肌を撫でれば、無機質な温度が帰って来た。
移動は成功したようだ。周囲に何の気配も感じないし、肌が粟立つような嫌な空気も顔を出さない。付近に異形はいないらしい。獲物を追いかけて、持ち場を離れてしまったのだろう。
蝋燭を掲げて周囲を見渡す。床がほんのりと浮かび上がったくらいだが、噴水の縁に足をかけると範囲が少し広がった。記憶で景色を補完し、選択肢を絞る。
右は東館、左は西館。上は二階へ繋がり、いずれの棟へもアクセス可能だ。
「……」
ふと蝋燭を持つ手に這っていたメリィが顔を上げる。その視線の先を辿れば、上階へ続く道が選ばれた。
破裂音に、シャイルは肩を震わせる。瞬時に銃口の向く方を見やると、四足歩行の灰色の異形が崩れ落ちた。黒い粘着質な液体をどくどく流し、まるで血の海に頭を預け眠っているかのように。
「……思ったより、こう、物理的な対処だな」
「え?あ、まぁ現実は味気ないから!」
そう言った直後、ジャラの挙動が一瞬不自然にぎこちなくなる。考えるまでも無く、二人は悟って一瞬フリーズした。
「……派手に、音を、鳴らしたな」
「うん!!逃げよう!!」
「はッ!?お前馬鹿か、何してんだよ!!」
「……声がしたなぁメリィ。まーアレは関係ないさ、あっはは」
本筋を違えてはいけない。珍しく木偶の坊が助けを求めてきたのだから、紳士として誠実に目的を遂げてやらねば。
なので、そこの命は無視することにした。
「メリィ、音はするかい?あの新人教師と人間の子供三人の音」
腕を伸ばせば、彼女は瞬く間に蛇へと姿を変えて蜷局を巻く。しばらく何かを絡めとるように舌を動かしていたが、ふと鎌首を擡げて地上へ降り、床を撫でまわすように這う。
どうやら案内してくれるらしい。ときどき月に照らされる美しい黒曜石の鱗に気を取られながらも、緊張の糸は切らないまま彼女に従った。
「……あぁ、お前は本当に美しいよ。メリィ」
それは単なる感嘆詞。
こめかみに走る小さな予感。その居所と道筋を辿れば、簡単に見つかった。
人間の魂が視界の端に映るとともに、ジャラの脳内は疑問符で埋め尽くされてしまった。
どうして?誰?あんな所にいるのは。
ねぇウル、大丈夫?そう、それはよかったけど……。
異形の気配を感知したフリで、焦燥感を装って前に向き直る。
想定外の未知にショートしかけた思考回路を接続し直し、あっち!と上へ続く階段を指す。ジャラを先頭にシャイルが続き、逃げ回っていた。まだ異形はほとんど姿を見せないが、この真っ暗闇では油断は禁物だ。視界のほとんどが、彼女らには黒いのだから。
ランタンがランタンを掲げ、光によって景色を照らし出す。幾分か勢いを増した炎は、床に三人の影法師を遊ばせていた。
大変長らくお待たせいたしました。改めてお久しぶりですね。
さて申し訳程度に、小説の豆知識でも披露しましょう。
暢気でメリハリのあるチャラ男、ライベリーは四則演算が四桁まで可能です。スパダリというかスーパーコンピューターですね。
ヴァザール姐さんことヴァザ姐によりますと、「研究課所属条件の必須項目」らしいです。彼__コホン、失礼。彼女…wいやええわ、”彼”は全力理系脳のライベリーを研究課に欲しがっていたそうですが、先程本編で述べた通り怪力すぎて備品をぶっ壊しかねないので、却下されました。
ではまた(頑張れば)一週間以内にお会いしましょう。お元気で。




