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Fake and Liar  作者: うるフェリ
 
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4.防衛本部宴襲撃事件.前半

貴石人形の舞台が、その手で書かれて逝く。

煙が___

「お~今日も見事に囲まれてるなアイツ。アレが特鬼(とっき)の夜行な。せっかくだし、甘音の居場所聞くついでに軽く挨拶しとくか」

「よく見つけたねクオン」

へらへら笑いながら夏の風物詩でも見るような二人に、クオンは呆れの溜息を漏らした。いくらクオンが見慣れていないかつ防衛本部の宴とは言え、あれだけ熱気と気迫が渦巻いていれば嫌でも目に入る。

二人の横を歩きながら柔らかなわたあめにかぶりつき、人気ラーメン店でもあるのかという列を眺めている内、ふと嫌な想像が頭を過った。

特位であるクロヴンと同じ特鬼、黒咲夜行。彼がどこかしらおかしくても納得できる。自分を常識人とカウントし、ライベリーもそこに含むとする。そしてライベリー曰く唯一まともな甘音は、恐らく一級の姿を見た瞬間逃走するだろう。

ライベリーのいない一級。これは果たして、他人様に常識の範囲内で迷惑をかけるで済むのだろうか。

「…やっぱノイズ、絶対出てこないで」

『え?おれなんかしたっけ?』

足元の影で呟いた彼を無視し、夜行のすぐ近くまで辿り着く。その一方、夜行は柔和な笑みを浮かべ、ファンか誰かと楽しそうに話しながら色紙に達筆なサインを書いていた。

「それはよかった!今宵も楽しんでいくんだよ、それじゃあまた会おう!」

突然群衆と別れを告げる声がしまさかと思ってわたあめから顔を上げると、その美麗な顔の翡翠の輝きと目が合った。途端彼は子供のように喜色満面になり、集団に手を振ってこちらへ駆け寄って来る。

「やあ!久しぶりだね、ライベリーにクロヴン!」

「ご無沙汰っスね夜行サン~!ってアレ、また縮みました?」

「何を言ってるんだい?君がまた大きくなったんだろう、我が子の成長でも見守っているようだよ!奢ってあげるからもっと食べたまえ!」

「相変わらずポジティブだね君は。夜行、この子はクオンだ。協会最年少の一級だよ」

「ああ、少し前本部でも噂になっていた子だね?最年少で色々と大変だろうけど、何かあればちゃんと大人に頼るんだよ!」

「あ、はい…よろしくお願いします」

話すたびに身振り手振りを付けないと死ぬ病にでもかかっているのだろうか。あまりの勢いに気圧され、何とも言えず一歩ライベリーの横へ戻る。

「…夜行サン、俺の時と楽刻んときから何にも学んでないっすね。らしいっちゃらしいけど」

そんなクオンを見て苦笑いしつつ、夜行の隙を伺って本題に入った。

「ところで夜行、甘音を知らないかい?来たついでに()()()との親睦を深めておきたくてね」

「ふむ…?なるほどね。甘音なら今頃、手持ちの酒が切れた頃だと思うよ」

同盟の阻害を言外に示唆したクロヴンに、夜行は目を細めて笑った。同盟は協会と防衛本部から疎まれている。円卓状態であるトライアングルで孤立すれば、すぐに排斥対象となるのが常だ。上層部が勝手に模索する前にこうして繋がりを固くしておくのが得策だろう。

まぁ、本来の目的ではないのだが。

「あ、ところでノイズはどうしたんだい?」

「どっかで休んでんじゃないすかね?何かタバコ吸いたい~つってたし」

「夢ツなら楽刻に張り付いてるけれど…」

「……そっちにも兄バカがいるんですか」

ノイズと出会ったら、これまたどうでもいい会話を始めそうで、そんなことになったらたまったもんじゃない。一体どれだけ地雷をばらまけば気が済むというのだろうか。もはや溜息すら出ず、目の前で二人と会話を弾ませているナルシストに目をやる。

「ああ、そういえば最近妙な噂を耳にしてね。トライアングル狩り、というのを聞いたことがあるかい?」

紫の扇子を開き、口元を覆い隠すようにしてパタパタ仰ぐ。黒が基調の着物に、褪せた品のある紫はよく映えた。まるで何処かの貴族のようだが、その目に宿る光は決しておちゃらけてはいない。

「あ~、あるある。コッチも表立った被害はないんすけどねぇ」

「トライアングルは人手不足が深刻だから、あまり調子に乗ってはいられないね。防衛本部は?」

「ちょうど昨夜に。もう完治したみたいだけど、何と記憶がないみたいなんだ」

「よくある手口っすね?医療部は何か」

「狼狽っぷりはまた一興だったけれどね。えらく小賢しい子が嗅ぎまわっているようだ、僕らも油断はできない…としか」

「…そうだね、捜査課に忠告しておこうか。警備課から防衛本部に連携の手配でも」

「助かるよ。万一の際は僕らも……ん?」

ふとしたように、三人から目を逸らして遠い空の方を見る。足元の影からぬらりと徐々に色づくノイズが現れ、夜行の翡翠の瞳は瞬く間に驚愕の色が滲み、扇子を口元にあてたまま電源が切られたかのように固まった。


▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲


数分前、壱鬼。

「ん~…ここらのも遊びつくしてもうたなぁ、どないする~?」

「どないする~じゃねえよ、お前稼ぎいいな?普段何してんだよ」

「仕込んでおいた盗聴器のテープならありますよ」

「ん?楽刻さん?」

しばらく他愛もないやりとりをしながらそこら中を歩き回り、3人で真っ赤なリンゴ飴を食べていた。

初めは夜行も一緒に屋台を回っていたのだが、職員という名のファン達に連れ去られて仕方なし今に至る。彼の場合マスクとサングラスをしてもバレるので、全く大したものだ。

「…お、そういえば今回は子の刻に特大花火が打ち上げられるらしいぞ」

「え、そうなん?ならあれや、本部の展望台行こうやぁ〜!」

「いいな、それなら酒のつまみも買っとくか。夜行の分はいるかな」

観測部が展望台を解放してくれるのだが、それがとても見晴らしがいいのだ。特に秋など、眼下に広がる雄大な紅葉と滝は言葉を失うほどである。ただ冬は極寒の地と化し氷柱や霜が降り放題なのだが、風を引く覚悟で絶景を写真に収めに行く鬼が後を絶たない。

余談だが、夜行は結構酒飲みである。

「最近妙な話ば〜っかやもんねぇ、俺らも腰を下ろしたいところやわぁ」

「あぁ、トライアングル狩りですか」

「夜行のファンごとくいるらしいけど、件の話じゃ一筋縄じゃいかなさそうだよな。何かしら厄介厄介つって」

「終盤何言っとるんかわからんて」

「人外らしいけどよ、記憶喪失やら姿形もありませんやら…フィルム弄れるんなら、鬼の可能性もあるんだよ」

「あぁ…また捜査部隊の出陣が決まりましたね」

「前回夢ツがありえねぇぐらいお叱り受けてたな。何したんだっけ?」

「はッ?ちょ…お前ら何やよう覚えとるな?俺の事好きか?」

「楽刻、今日の晩御飯夢ツが奢ってくれるってよ」

「なぁごめんてごめんて、流石にお前ら抱えたら財布ん中空っぽなるて!」

笑い飛ばしてもいいが、この2人の場合本当に空になる未来しか見えない。甘音の酒のつまみと楽刻の晩御飯代を払うくらいならいっそ、捜査部隊に怒られた方がマシだ。

そんな夢ツの焦り具合に吹き出して笑った2人も、それを分かっていてやっているのだからタチが悪い。

「んぁ〜…でも何やったんやっけ?ま〜たしょ〜もないんうっかりとかやった気ぃするけど」

無論、覚えている。確か、暇潰しに捜査部隊の訓練に付き合っている時、力加減を謝って宿舎を燃やしてしまったのだ。弁償代全額負担で済んで、めでたしめでたしである。

「懲りないねぇ、お前も。暇なら俺に仕事押し付けんな自分でやれ」

「僕手伝います」

「ガキは遊んでろ。大人が働け大人が、おい夢ツ!楽刻を見習え!!」

「ひぇ〜、怒った甘音さん怖ぁ〜い」

「お酒飲んでも酔わないのに、何か着火しやすくなりますね」

そう言う楽刻は先程から全くもっての無表情だが、一体何処の湖に感情を落としてきたのか。

「お前が怖くしてんだろーがッ!酒飲ませんぞ!」

「あっあかん!それは楽刻に怒られるからあかん!」

やいのやいのと騒がしい2人を横目に、水でも買ってこようかと立ち上がる。勿論、自分の飲み物だ。

「つーかお前何で一口で潰れんだ!程度ってもんが__!?」

突如途切れた甘音の声に何事かと振り向けば、その頬を熱風が襲った。

火、いや炎?火事…!?

腕で顔を庇い覗いてみれば、がらんどうの屋台が1つ、紅い火の手を吹いていた。宴を楽しんでいたヒト達は、たちまちそこら中に広がり出した炎を見て蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

そして夢ツの半透明に輝く灰色の刀には、龍のような炎が纏わりついていた。片方の刀では、甘音の酒瓶が真っ二つに割られ透明なしずくが滴っている。

「は~い今宵もお楽しみの皆様方ぁ、避難勧告です~!!!」

キイィン、とマイクの音がしたと思うと夢ツは付近のMCからマイクを奪い取り、宴広場全体に響き耳をつんざくほどの声を張り上げる。今更ながらに、身の毛のよだつような黒く寒々しい空気があたりを蔓延っているのに気付いた。

「残念ながら広場西からでっかい魔廻物出現~、防衛本部戦闘員は直ちに非戦闘員の避難誘導回れぇ!格持ちの防衛本部調査部隊は広場西玄関口集合や、仁鬼の下に集まってから来い!あと避難場所はトライアングル協会本部、まぁ責任は俺が全部取ったるから、とっとと逃げろ!!!」

言い終わる直前、周囲から一気に悲鳴と空気を切り裂くような叫び声が沸き上がった。

弱い、弱い、弱い。その現実から逃げている。恐怖は氷となって彼らの脚に絡みつき、混乱に乗じて襲い来る煙のようなソレはとても不快だった。

夢ツは持ち主に見捨てられたマイクを放ると、すでに刀を握っている神妙な目つきの二人に振り返る。

その糸目と斜めがけた狐の面の奥に、一体どんな光があるのだろうか?

「はいはい、防衛本部からボーナス配給してもらいますか…」

「ですね。最近テープが消えるんです」

「夢ツだろ絶対」


▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲


鈍い地響きの直後、群衆の悲鳴が大気を震わせた。

「……皆様方ぁ、避難勧告です~!!!」

うるさいまである関西訛りの警告が鼓膜を貫く。やはり、と思った時には哂うしかなかった。

人外だから非常事態には慣れている。しかし、異様なまでに、遥かに巨大な闇色の霧が眼前に広がれば、誰だって逃げたくなる。

その霧は黒く、それこそ昨夜目にした大穴のように視界を奪う嫌なものだった。空気が徐々にマガに侵食され、薄ら寒い上に僅かに肩が重く感じる。

夜行は扇子を閉じて懐にしまうと、にやりとした目を四人に向けた。

「すまないね。少し手を貸してくれるかな、1級殿?」

「貸すも何も、この分じゃ___」

動くしかない。

しかし、返事を聞く前に夜行は白く光る刀身をはらりと抜き、そっと目を閉じてしまった。

___りん、と鈴が鳴る。

耳を澄ませば遠のき、無意識に聞こえる鳥の囀りのような、小川の流れるような清らかな音。

僕は知っている。この音は、鈴では無い。今分かるのは、悲鳴が聞こえないということだけだ。

そして目を開くと、ぐるりと自己を囲う阿鼻叫喚の図が雪崩れ込んできた。こちらは焦って目を見開き、瞳孔が開いている。恐怖に身が竦み、足腰が立たなくなっている。あちらは怯みのはけ口に喉が焼き切れるような絶叫を木霊させ、視界のところどころで錯乱した目がぎょろぎょろと光っていた。地面から伝わる大衆の振動。まさに、混乱状態。

そうか、屋台が障害になっている。マガはしばらく三人が相手してくれるだろうから、先にこちらを鎮静しなければ。

もう一度瞬きすると、夜行の翡翠の瞳は比喩でなく本当に輝いていた。仄かに発光した淡い緑、それは想像以上に魅力的なものとして視覚から脳まで伝達される。

また別の意味で訳も分からず引き金を引くクオンに、ライベリーは愉快気に笑った。

「あぁ、夜行サンの能力だよ!使役つって、まぁある種のサイコキネシスみたいなモン!」

「そ、そうなの!?アレも…!?」

そうそう、と遠くで叫ぶライベリーに最早意識は向いていなかった。ただすっかり唖然として、空中で目まぐるしく解体されバラバラになってゆく屋台を凝視する。ありとあらゆる屋台からのれんが引き剝がされ、骨組みとなった木の柱の集合体がみるみる解けていっていた。

このままでは群衆がさらにパニックに___という心配は、要らなかった。その数多くの木製の柱が広場に散り、マガと人外達に対し垂直に並んでゆく。そこからヒトの歩行速度より少し速いくらいで群衆に迫っていった。その柱の向こうからは必然的に刀を振るい炎を散らし、雷鳴を轟かせ星を落とす戦闘員達の勇猛果敢な姿が目に入った。無論マガの集団は勢いを衰えることなく鬼達、あるいは戦闘に参加する人外達を呑み込み喰らい尽くそうと、思わず眉をひそめるような黒い霧を蠢かせている。

ぐるん、と濃い霧の一部がところどころ藻掻く。マンションほどもある黒い蜘蛛、とぐろを巻き口をかっ開く大蛇、まだ正しく形を成していないおびただしく群れる異形のマガ。融合しては混ざり合い、新たな境界線を引いては砕け、戦士達に雪崩狂う黒霧(こくむ)の海。目であろう部分はぞっとするほど白く、夜闇に溶け込む月光のようだ。時折、それは黒く染まり――まるで瞬きをしているかのようだった。そして再び白い光が戻るたび、その瞳は、闇夜にちりばめられた星のように空間に浮かび上がる。それは言いようがないほど美しく、異様な魅力として惹かれるものがあった。

ただ不気味なのは、金属を引っ搔く音のように神経にこびりつく嫌悪感。

「夜行さん、一級殿!!」

声のする方を見れば、防衛本部の鬼達が何人か向かって来ていた。刀身に炎の光を滑らせ、黒霧を一閃に切り伏せる。酔い無き目の意味を理解し、夜行も頷いて仁鬼だよ、と教えてくれた。

「了解!!ノイズ先頭よろーっ!!」

「りょーかい!クオン援護射撃、追い手狙え!」

「了解」

「夜行、危険物を一帯から取り除いてくれないかい!君の大事な友人達の負担になる」

「了!」

最前線へ向かうにせよ、ただ走っていくだけでは危険この上なかった。風切り音をリズムに疾走する彼らの頭部のすぐ横を、時々とんでもない勢いで掠めて行く地面か何かの破片、体の一部。

そういえば、何故こんな時に限って大規模な歪みが発生しているというのか。これでは作為的なものですと自白するようなものだ。自分達の知らないところで未知の何かが蠢いているというのか、はたまた”偶然”か。

偶然?そんなわけ。

「……”あ”あァもう!なんやこの数!?こんっなピンポイントで来んなて!!」

あまりに収拾のつかない事態に、ノイズはイラついたようで声を荒げて両手のダガーを振り回す。鋭い風切り音がばらまかれ、黒い霧が彼の周囲に渦巻かれ掻き消えていった。

「知らねぇわ!!マッジで鬼に恨みでもあるのかっつーの!」

「歪みはマガを長時間放ち続ける。天使達の修復が間に合わなかったのか、それともしなかったのか……ん?あれは」

「今そんな熟考できねーって!クロヴンもっと強いでしょ、ちゃんと働い…え?何々!?ゔわあッ!?」

急にこちらへ迫ってきたと思えば、軽い衝撃とともに肩に担がれそのまま一つ蹴り宙に舞い上がる。唐突だし高いし風も凄いしとありもしない心臓が体を揺らし、もはや怖いまであった。何が、と聞く前に視界の端に映ったモノが勝手に目を吸い寄せる。


天高く広がる、濃密な黒い霧。___巨大な、蜘蛛の集団。


___何、あれ。山脈かなんか?

「まだ辿り着いていない。近距離だと少々厄介だ。撃てば気付かれる、一発限りだよ」

悪魔は重力に縛られない。その特性は、こういう時に便利だ。

完全に状況を理解したクオンは、クロヴンの頭を鷲掴みにしていた手に漆黒の拳銃を握る。指が静かに引き金へとかかった。鈍く煌めく銃口の先は、輪郭もおぼろげに蠢く、不気味な黒い蜘蛛。

その白い月光がクオンの太陽のような黄色い瞳を射抜く。胸の鼓動が沸き上がり、音もなく引き金を引いた。その一閃は空気を焼き震わせ、重低音を轟かせる雷鳴を伴って黒い霧を粉砕する。二人の眼前で青を帯びた稲妻の軌跡が煙のようにスゥ、と消えた。

突如、振動としか言いようがないものが広場に轟く。蜘蛛の悲鳴でも怒りの咆哮でもなく、感覚の喪失に対する純粋な違和感だった。

「あぁ、バレたね」

クオンは眉をひそめる。一発限り、それはすなわち、次に来るのが怒涛の接近戦であるということだ。

クロヴンの肩に担がれていた彼は未だに空中にとどまっている。

「じゃ、援護射撃」

「了解」

その一言を残し、クロヴンはクオンを戦線手前に放り投げた。そのまま自分はくるりと前転し、トランプカードをばらまいて激戦地区へと衝突する。

「あ~あ、ガチの隕石降り立っちゃった……」

戦火の渦巻く場に水を差すのはよくないだろう。我ながら何て揶揄だ、と嘲笑い、続けざまに雷を落とした。

そんな二人の様子に、ノイズは感嘆の声をあげる。

「おぉ~、流石やなアイツら!命中率百に偽りはあらへんなー…ッて危なっ!?」

「危ねーのはアンタだろーが!!後ろ見ろ!!」

白く輝く大斧が、ノイズの頭を掠めて蛇の首をはねる。容赦ない斧の切っ先におよそ、ギロチンほどの恐怖を切実に感じた。

「おぉう……死ぬかと思った」

「お前あんなんじゃ死ねねぇだろ」

あんなんがどっちを指すのかはともかく、背後から放たれた冷たい声に、彼は肩を竦めつつもどこか楽し気だった。さてと、と気を取り直してノイズは更にマガの勢いが激しい戦線へと目を向ける。

黒い霧、化物が蠢く海のような……。その中へ、ノイズは一瞬の躊躇もなく踏み込んだ。

「ははッ、行くでぇーーッ!!」

こみ上げる胸の内の高揚を抑えきれず、己を鼓舞するような掛け声とともに両手のダガーを空気に滑らせる。鋭く弧を描いた刃が、霧に潜む霧を瞬間的に断ち切っていった。

いや、まだだ。アイツはこんなものじゃない。

狂喜乱舞を絵に描いたようなノイズに、ライベリーは思わず口角を上げる。その仮面の奥が僅かに緑に浮かび上がったように見えたのは、本当に気のせいだろうか?

刹那、霧の中からノイズが消える。と思えば霧が弾けるように掻き消えた。

___その速さこそ、彼の武器。

断末魔すら許されぬ速度で、空間が引き裂かれてゆく。

ノイズの姿はもはや、視覚の枠を超えていた。霧が爆ぜ、黒い霞が強制的に剥がされ、瞬間ごとに『形』が崩壊されていく。黒い海の中、モーションだけが浮かび上がる。鋭い光が流れ軌跡を残し、それに続く身体の影。残るのは、断裁痕。

音を立てて崩れゆく黒い化物の山脈は、ぐるり、ぐるりと蠢いては大地に震動を刻む。そこをノイズが踏みつけ、衝撃のあまり地面が放射状に砕け散った。

ライベリーの視界の中、既にその一帯はノイズの独壇場と化していた。笑みを深めた彼の顔は、正真正銘の悪魔。

彼の動きはもはや舞踏だ。無秩序に見え、全てが研ぎ澄まされている。一体、800年でどれだけの経験を積んできたと言うのだろう。

「うっわぁ、こえ~……」

あんな風になりたくねぇな、と思いつつサングラス越しに周囲を見据える。

「にしても…スピード、ねぇ」

ノイズの驚異的な速さは、彼の実力は勿論、『スピード』というオリアビの効果だ。彼がどれだけ加速しようが、意識のブレは生じない。普通なら速度を増すごとに行動は荒くなり、判断は鈍る。だが彼は別だ。

___正確で、速い。

敵に回せば最悪である。

既に付近の化物達は勢いを失い、しかし後ろから雪崩れ続ける黒霧は後を絶たない。

「……よっと」

もっと奥の方へ向かおうと2m弱もある大斧を肩に担いだその瞬間。

その壮大な夜闇の中でも異質な黒い蠢きが、土砂崩れと噴火が同時に発生したかのように崩壊した。心臓を殴るような轟音が、地震となって稲妻となって、内臓を打ち付け震わせ鼓膜を破る。

___クロヴンだ。

「アイツっ…!トランプでどーしたってんだッ……!?」

音を超えた凄まじい振動に、思わずライベリーは笑ってしまう。賞賛の滲んだその声に、ノイズとすぐ近くの影から煙のように出てきたクオンが応えた。

「ここらは掃討済み。どーする?」

「こっちもや!大方片付いたでー!」

「おう!んなら白熊迎えに行こーぜ!」

駆け足でこちらへ集合する二人に片手を振り返す。さて三人揃った、とちょっとした情報交換をしつつ一歩踏み出したその時。

「おい!!!」

遠くから数人の足音が聞こえた。一体誰かと砂埃の向こうに目を凝らす。真っ暗なダークグレイの雲から純白の天体が顔を出し、凄惨ながらんどうの大地を柔らかいベールで優しく撫でる。それでようやく姿が見えた。

「って何だ、一級かよ!無事かそっちは!!」

甘音の声だ。

壱鬼が二人ほどを除き、真っ青な顔で三人に向かって走っていた。無風の中洒落た着物を翻し、それも今は薄汚れて所々裂け目ができている。

「壱鬼……!俺らはともかく、大惨事だぜコレ……」

「それで済むか。クッソ、休日が歴史に刻まれるなんて前代未聞だぞ」

「それはどうでもいいですが」

「いいんか」

クオンより無感情な目で周囲を見回す楽刻に、思わずノイズがツッコミをいれる。

「偶然にもほどがあるでしょう。異常と言わざるを得ない状況です、かなり作為的……と思いますが」

「マガは意思とか持っとらんもんねぇ~……こういう日に来られるとたまったもんちゃいますわ」

「本当に嵐の前の静けさだったね、甘音」

「何ソレ、甘音さん」

「クオン、俺は何も言ってない。コイツの前ではな?」

初めましてより先に怪訝な目をされ、にっこりと扇子を仰ぐ夜行を睨みつつ慌てる甘音に他五人は思わず吹き出した。

その時、砂埃の奥から更に足音がした。一人だ。

「やあ、皆。無事かい?」

「クロヴン!!」

甘音の窮地を救うように現れた彼は、飄々とこちらへ歩み寄る。

「おー、やっと帰ってきた!これで揃ったって感じ?」

「ご苦労さん~!あぁ、そういやクロヴンさっきいきなり空から降ってきてなぁ?豆腐みたいにさっくさくされてったもんやから壱鬼(俺ら)ほとんど出番無かったんよぉ~!」

「流石の僕も戦慄を感じたよ…地面を砕いたかと思えばもう空中で処刑しに行ってたからね」

「視界の端にしか映らねーのどうにかしてくれ」

矢継ぎ早に浴びせられる苦情か賞賛か曖昧な言葉に、悪魔三人は苦笑いするしかなかった。何しろ、それに慣れてしまったのだ。

一度面面から目を離すと、周囲に散ったあらゆる残骸と、死んだように、あるいは影絵のように沈黙する屋台の骨組み達が自然と目に入る。そのガラクタが風に鳴って静寂を際立たせていた。砕けた地面、そこに転がる屋台の景品か何か……。闇の帳がすっかり掻き消え星が瞬く。

真夜中だからか、涼しく乾いた風が吹き八人の髪と服を揺らした。閑散とした光景が、先ほどまでの轟音や衝撃を全員の脳裏にフラッシュバックさせる。その後に否応なしに続くのは、宴のピークに達したときの騒ぎ声に喧騒、音楽だった。

不思議なものだ。ただ調査をしに来ただけというのに、なぜか未練を感じる。

「トランプが……」

ふと呟いたクロヴンに、彼らは振り向く。無表情だった。

「……遠方に出していたトランプが一枚、潰された」

何を言うこともなく、ただ息が詰まった。

クロヴンのトランプ、すなわち分裂型の武器が破壊された。本体は破壊できないが、トライアングル最強である彼の武器を潰すなど、例え夜行やノイズでもできない。

不味い__……!

誰が、何がどうして壊したというのか。

「……そうだね。つまり犯人は、特位や特鬼を正面から相手できる実力に、ここまでしでかす頭脳、計画性のある”ヒト”ということになる。それと、トランプから伝達されたのは”ヒト型”、”刀”、”トライアングル”……」

「ちょっと待った。それだとまるで、いや、まんま僕ら防衛本部じゃないか」

閉じかけていた扇子をまた開き、口元を隠す。全く面白くなさげに、寧ろ冷たく無情な目を悪魔達に向ける。

「ちょ、夜行サン!別にアンタら本部って言いたいわけじゃないっすよ!」

その白々しい壱鬼たちの気配に焦ったライベリーがなだめるが、どうやら彼らは別の意味で機嫌を損ねていたらしい。

「落ち着けライベリー、俺らはそないなことでいちいちアンタらに喧嘩売らん。ただなぁ、鬼なら防衛本部の権威に傷がつくんや。もしそうなら、事が公になる前にきつ~いお仕置きせなあかんねぇ……」

「悪いが一級、もうちょっと僕らに付き合ってもらおう。トライアングル警察でもある防衛本部を舐めてもらっては、後でなくとも困る。コレは君達にも関わることだから」

いつの間にかキセルをふかしだした夢ツに、夜行も頷く。

その言葉と静かながらも威圧的な二人の気配に、彼らは押し黙ってしまった。そして、異様に静かな空気が漂い始める。

____静か?

何故、マガが一匹たりとも残っていない。戦闘員達がいない。


次回後編

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