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Fake and Liar  作者: うるフェリ
長編シリーズ1:赤い学園編
49/50

30.「隨ャ荳?縺ョ謾ケ遶」

ふとウルが背後を振り返る。

排水溝の匂いが充満した、拾い地下水路。奥まで続くのは深い闇だけだ。

「……」

隙間風。それも物理的概念ではなく、ノマド達のよく知る感覚。

天使も与り知らぬことだろう。であれば、何らかの存在が人の仔を逃がしたのか。それはウルという人狼以外に、世界の非含有物がいる可能性を示唆している。

しかし悪魔達が作用したならば、彼方と此方の接点に通り道が開くはず。何らかの”存在”は、正規の抜け穴以外を通してオトマーを返した。

「ウル、どうしたの。まだ何かいる?」

「……いや。もう大丈夫そう」

あくまで淡々といった口調で尋ねるクオンに、にっこりと微笑みかける。不幸中の幸いというべきか、彼はまだ若いからか感覚が鈍いようだ。


__異形の世界へ招かれた。


あの噴水が回った瞬間、口を開けた瞬間、オルゴールが響いた瞬間。それが契機となった。

月光に照らされていた世界は今や、血と暗がりに塗れ錆びついている。もっと深くに引きずり込まれれば、怨恨と憎悪の産物である世界で、悍ましいモノ達に慈悲なく弄ばれ死に至るだろう。

だが、そのことはウルが告げなくて良いことだ。何故かこの地下水路に異形は現れないようだし、変に負担をかけるのはよろしくない。原因も後で究明すればいい。

「先生、終わりましたよ。フィルムはどうしましょうか」

クオンが明朗に問いかけると、死体のように気配を失せていたルークが顔を出す。その目は黒髪に隠れて見えなかったが、三人に視線をやることは無かった気がする。

「好きにしろ……記憶なんぞ、あって……無きような、もの」

「……そうですか。まぁ、厄介事は御免なのでそのままでいいでしょう。貴方にフィルムを教えたヒトの為にも」

クオンがそう伝える間にも、彼は喉を傷めたようで咳き込んでしまう。やはり調子が悪いのか。前に随分と喋ったせいだろう。

彼が此方に戻って来ると、ジャラは不思議そうな眼で脇に抱えられたシャイルの頭を突いた。。

「せんせー起こさなくていいの?重くない?」

「あ、確かに。どうします?転んで失神とか通用しますか」

「……残念ながら」

ルークに放り投げられると、彼女は頭を壁にぶつけてしまいその衝撃で目を開く。小さな呻き声が漏れて、視界に入ったランタンの光に触発され声をあげる。

「……あ!おい、足音が__」

「足音?何言ってるんですか。濡れた床で足を滑らせて、挙句の果てには夢現!こんな場所で待たされた生徒の気持ち考えたことあります?」

「突き落とすぞ……」

呆れ顔のクオンと非常に不愉快気なルークに捲し立てられ、彼女は困惑気味に黙り込む。慌てて言い訳やらを並べ立てて弁明を試みるも徒労だった。

「いやもう血塗れだから落とすな!悪かっ__」

「ねー!お腹空いたぁ!もー帰ろうよ、なんもないじゃん!アリス達も待ってるよ‼」

ジャラに遮られ、またしてもシャイルは顔を青褪めさせた。ランタンを乱暴に引き寄せ、ルークの腕を引っ掴み腕時計を照らし出せば、針は既に半刻進んでいる。

「おいおい、ヤバくねぇか……此処はまた次に回そうぜ、アリスが危ない」

「ですね、それがいいでしょう」

判断が難しい場合は、ウルが反応する。未来が見えるわけでも無いが、地下水路への道はわかったのだし今回は潮時だろう。

先に双子の幽霊の件を片付けて、次に水路を調査する。”学園のイベント”と同時進行でも充分時間は取れるが、ウルが唯一懸念しているのは彼らの睡眠だ。睡眠日が近づいているのは、彼らを見ている内に気付いてしまう。

クオンはぼんやりすることが増えたし、ライベリーも頭痛が微弱ながらするようだ。ノイズは慣れているらしいが、気付いていないだけで煙草の本数が増えている。クロヴンは通常通りだ。

(一夜、ノマドだけで動くべきか。今は無理する時じゃないけど……)

__せめて、その身に青い皹を入れなければ。

ウルはわざとらしいまでの愛想笑いを浮かべ、シャイルにランタンを差し出した。

「ジャラを付けるので、先に行ってください。僕らはまだ終えていないことがありますし、手分けしましょう」

「はぁ……?私達にアリス任せるっつーことか?ドロシーにグサッとやられたりし__」

「えーッ!!やだやだウルと一緒に行きたいよ、いっつもそう言っていなくなるじゃん!」

想像以上に反発を喰らい、思わず苦笑してしまう。確かにこの手は頻繁に使っているが、こうも嫌そうな顔をされると良心が咎める。

「あはは……大丈夫だよジャラ、終わったらまた飴買ってあげるから。それとシャイル先生、彼がいる限りグサッはあり得ませんよ。同伴の方も随分勘が鋭いようなので」

落ち着いた声が通路を通ると、少し空気が軽くなった気がした。渋々といった様子でジャラは頷いてくれるが、異形の蔓延る地上に悪魔であるクオンは送り込めない。

「もぉー、じゃ約束だよ!先生、行こ。お腹空いたから早く帰りたいの」

「えぇ、あぁ……いやまぁ、おう……?」

「……」

ジャラは二人の手を掴んで踵を返して行く。ランタンはシャイルの手で揺れていたが、それも淡く消えるとクオンが呟いた。

「……用って、まさか此処の調査でもないでしょ?優先順位的に何かあるようには、僕は……思えないんだけど」

「うん。まぁ、顔を合わせないほうがいいと思ってね」

「__……?」

微かな足音。擦るような音が一定間隔でするのは、普段から気配を殺して歩く癖がついているからか。

ウルを見やったその瞬間、首筋の空気が冷えて真横の壁が砕ける。自らの首を撫でた。生暖かく伝う感触に、それがナイフだったのだとようやく理解し、眉をひそめる。

悟られず、この暗闇で的確にナイフを放った誰か。さっき一歩でも動いていれば、本当に首が刎ねられていたかもしれない。

下手に動けば空気の振動で居場所を察知される可能性を危惧していたが、虚しくも直ぐ背後に殺気が宿った。

刃物の鋭利な冷たさが首に当てられた途端、頭上から声がする。

「……えっクオン?」

「__ノイズ!?」

咄嗟に教えてくれなかったウルを恨めしく睨むも、彼は何処吹く風と柔らかく微笑んでいた。



「調査してたんだとは察しようがあるよ。暗いし僕って気付けなかったのもまぁ許容範囲としてさ、じゃ何で確認する前に消そうとしてたのって話。もし有益な情報握ってたり、有力貴族の子だったらどうするの?プロファイル調査して他のノイズだよね?それってさ、こういう状況でも有意義に使うべきじゃない?」

そこでクオンは言葉を区切り、眼の前で気不味そうにしているノイズを見上げ溜息を吐く。

「……マジで何してんの?」

その瞳には一瞬、クオン自身の怒りが混じっていた。正論という鉄槌を下されたノイズは申し訳なさそうにしているが、壁に突き刺さったナイフを見つけると好機とばかりに手を伸ばす。

「い、いやな?いや……うん、ごめん。もはや言い訳すら出てこんわ、世はクオンこそ正義やから当たり前やねんけど……」

「わかってくれたならいいけどさ、何で今ナイフ回収するの。誤魔化せると思ってる?」

「この居心地悪さはめっちゃ誤魔化せとる」

「……マジで、腹立つ」

二人が”仲良く”話している様子を、ウルは人畜無害そうに笑って見ていた。

ノイズが地下水路にいるということは、やはり此処が神獣の居所なのだろう。双子の幽霊もこの水路で命を落とし、天使達は噴水を通って此処に降りてきた。

まったくよく考えたものだ、地下への入口だけでなく、ご丁寧に異形の世界に置換するゲートまで。

双子は神獣に食われ、その神獣は天使と繋がりがある。更にはその神獣とやらがマガである可能性が高い……。となると、同盟は確実に黒。

この世界はかなり込み入った事情を抱えているようだ。複雑に絡まりあった糸は勢力図に関係なく、重きを置くのは私情の振れ幅。


それは幽玄な香りを漂わせ、狼どもを誘うのだ。


「うん、確かにそうだね。百聞は一見に如かず、本当にその通りだ__宴」

にこにこと穏やかに笑うウルの背後、蜘蛛の糸の如き髪が揺蕩った。


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