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Fake and Liar  作者: うるフェリ
長編シリーズ1:赤い学園編
48/51

29.オトマーの記憶

後書きに種明かし(推理方法の。話の展開ではありません)があります。



背中に刺さった悪寒。


オトマーは反射的に一歩前へ踏み出すと、寒気の束縛から解放されたように走り出す。

後ろを振り返れば、殺意を露わにノイズのかかった叫びを落とす異形がいた。マネキンのようにぎこちない歩みはのろく、追いつかれる心配はなさそうだ。

そうとわかってからは思考に少し余裕が生まれる。階段への道に異形は見当たらなかったので、彼は足音を立てないよう慎重に足を運んだ。

異様な空気に包まれた廊下。月明かりなど意にも介さないような暗さ、淀んで呼吸一つも重たい空気、そして何処か陰った雰囲気にオトマーは呑まれてしまいそうだった。この学園は確かに古い。が、”此処”は老朽化という概念をとうに越えている。窓から射す月光は美しい筈だが、今では病棟の無機質な蛍光灯と何ら変わりない。

そう思ったとき、不意に自らの生存本能に酷く戦慄した。

この世界において美の象徴として機能しない。月はただの照明と成り下がったのだ。

照らし出され見える部分があると、見えない場所との境界線が明確になる。それは最早、生と死の境目として認識せざるを得なかった。今立っている、渡り廊下と本棟の接合部がまさに。

「……」

全身の毛が逆立つような嫌悪感を押さえつけ、影へ踏み入った。階段は暗闇に塗り潰され、少しでも気を緩めて一点から目を逸らせば滑落の危険がある。それに、こうも暗くては異形に襲われても逃げられない。心臓が凍ったと思えば、直ぐに闇に溶けるだろう。

階下に降りると、建物の中心部だからか光は絶望的だった。わかっていたはずの状況にオトマーは一瞬蒼褪め、深く息を吸ってから探索を再開する。

しかし、本当に何も見えない。辛うじて環境の輪郭を掴める具合で、何か動いたとしても察知できる自信がなかった。

(灯りが必要だな……実験室は二階の旧棟だから、化物さえいなけりゃ直進で行けるか)

一階はあの噴水広場。時間も随分経過したので、ドロシーだったナニカに見つかる可能性は低い筈だ。

視覚はほとんど意味を成さないので、異形を感知する術は聴覚と嗅覚くらいだった。怪我の功名と言えるのか微妙な所だが、視覚的刺激がないので、時計や隙間風など微かな物音も判別できる。こんな停滞した気味悪い空気にも時間の流れは伴うのだと、秒針が教えてくれた。

右の壁伝いに廊下を真っ直ぐ進む。突然壁が途切れ、少し探ってみるとやはり曲がり角のようだ。

(よし……!ここから二つ目の教室のはず、とっとと回収してこんなクソみてぇな世界とお別れだ)

鍵がかかっているはずだが、ピッキングならできるので問題ない。異形の所在は神頼みだ。

無音が耳に痛い。逸る気持ちを全力で踏みつけ、一つ目の扉に触れる。そのまま真っ直ぐ進み、記憶だけを頼りに窓の縁をなぞり、やがて二つ目の扉に辿り着いた。

(次の扉だよな……クッソ、暗がりに保険制度もねぇか)


その時、静寂を乱暴に引き裂く金属音があった。


重々しい何かが迫って来る。

蟲の甲高い喚き声が幾重にも鳴り響くような、思わず耳を塞ぎたくなるような悍ましい寒気。鉄で熱した鉄を穿つが如く無骨な響きは、天井から地に伝う。

心臓が早鐘を打ち始めた瞬間、音が暗闇に帰した。

「ッ……?」

息を殺して、窓に張り付いたヤモリのように体を止める。心臓から排出されたまま行き場のなくなった興奮は、肩辺りでようやく消える。力んだ体から緊張を僅かに解き、オトマーは目を瞬かせた。


何処にいた?


唐突だったのと、音が大きすぎて居場所が特定できない。どうして動いたのか、ただ移動しただけなのか、オトマーに勘付いたからなのかそれすらもわからない。

……これほど静まり返った瞬間は初めてかもしれない。そのとき、世界は呼吸と鼓動という生命活動を終え、死んだのだ。瞬時の闇に陥った錯覚がオトマーを諭し、彼はぎこちなく足を動かす。

大丈夫、まだ異形は此方に気づいていない。

静かに、酷く緩慢に足を運び、一切の音を出さず歩く。指先を滑らせ壁の凹凸を判断しながら、聴覚や空間認識能力に当たる全てをその”闇の中で佇むナニカ”に集中させた。

音を出せば死ぬだろう。呼吸一つでさえ、呼気が唇を滑ったその度に肺が震えた。不思議と、足は脳から下る命令に大人しく従って動いてくれた。

靴から、地面の固さと振動が骨を通ってくる。

闇に動きはない。一切の空気が揺らがない。

__突けば崩壊しそうな、張り詰める緊張の糸に捕えられた彼は、ふと気づく。


今、ここで引き返した方がいいのでは?


例えばあの金属音を回避し、懐中電灯を回収できたとする。しかしまた同じ、この道を通らねばならないのだ。光や灯りを点けた音に反応するかもしれない。暗闇で動いた方が安全な気もする。

(いやそれはねぇだろ……バケモンに衝突したら痛ェとかいう話じゃないぞ。クソッ、俺の頭まで参っちまったか……?)

こんな状況だからか、気が遠くなりそうなほど慎重に足を運んでいると嫌なことばかりが蛆のように思考に湧く。それだけ最悪な展開ということでもあるのだが。

(しかし、ドロシーとか渡り廊下の頭爆発野郎とか、天井に吊るされてたエクストリーム顔面とか……どこかしら五感に欠損があったな。コイツも視覚か聴覚、死んでたりしねぇか?)

オトマーの想像通り、異形は五感機能が万全ではない。多くは視覚か聴覚だが、稀にその他の場合もあった。

そして、勘のいい彼は先程拾った小瓶をポケットから取り出す。布擦れの音がしないように、ゆっくりと。

(頭爆発野郎は視覚が無い……まさかこれで?)

だとしたら、この薬瓶は使える。襲ってこないということは異形も夜目は効かないようだし、これを目的地の教室より遠くへ投げることができれば、あるいは。

思い立ったが吉。オトマーは例の新人体育科教師の動きを思い出しながら腕を上げ、肩を大きく後ろに引く。

(……確か、こう背中を捻って。反動で投げるッ__!)

グンッと筋肉を引っ張り、腕が空気を切った。軽い小瓶は思ったよりも飛んだようで、かなり遠い闇の向こう側で甲高く砕ける。


__カチャ……


鍵をかけるような音が、小瓶の方を向いた。見えはしなかったがそんな気がする。

途端、またあのやかましい金属音が鳴り始めた。やはりソレは音に反応するようで、他の怪物が寄って来はしないかと心配になるほどの音を立ててオトマーから遠のき始める。

(アイツが動いてる内なら、速く動けるかもしれない……)

好機と見て、足早に歩み始める。壁に指をなぞらせて、ようやく教室の扉を探し当てた。

(あった……!鍵は、クソ!やっぱ閉まってるか)

怪物の動きはまだ止まっていない。ヘアピンを乱雑に捥ぎ取り、鍵穴に捻じ込んで必死に掻き回す。

(一つ……二つ、三つ)

そのとき、何かが落ちるような手応えがした。

開いたと思えば直ぐにドアノブを回し、閉める寸前で止めた。あの金属音がしている内に、懐中電灯を見つけなければ。

室内を見回す。窓から入る光のおかげで視界は明瞭だが、実験室というだけあって胃が気持ち悪くなる臭いが充満していた。

手前に教壇があり、扇状に生徒達の実験机が広がっている。目を細めて近くを眺めると、最奥の机に大きな懐中電灯の影があった。

(まだ大丈夫そうだな……)

音は鳴り続けている。机達を避けながらそこまで駆け寄り、懐中電灯を取り上げてスイッチを押した。

周囲が白に照らされる。光は一方向に集中していて弱いが、足元や狭い空間なら充分見えるようになりそうだ。

入り口まで駆け戻り、扉の隙間から慎重に顔を出す。

廊下に光を当ててみると、壁に模様が浮かび上がった。

オトマーは懐中電灯を化物の向かった方に動かし、その光景に戦慄する。


赤い。


まるで何かを押し付けて引き摺ったみたいな、赤い錆びが廊下の奥へ続く。金属が少しづつ耳障りさを増す。

震える青白い手で口元を押さえ、目を背けるべきモノに。


__……光が当たらない。


闇が光を受け付けない。光によって輪郭が捉えられた黒が蠢いて、まるで霧のようにも見えた。それが大きく、一度波打つ。

工場でしか効かないような金属音が終わる。廊下が黙りこくる。

闇よりも深い黒に首筋がぞわりとし、全身に悪寒が走った。

黒が此方を見た。懐中電灯よりも白い、夜空に浮かぶ満月を彷彿とさせる双眸が。それは恐らく、見てはならない恐ろしいものだった。


『……莉冶ィ?縺吶k縺ェ縲ょ撫繧上l縺ヲ繧ょ哨k縺ェ縲縺ォ縺吶』


汚い咀嚼音のような醜悪な声が響く。それが鼓膜に届くと、気味悪さに鳩尾から寒気が広がった。

それが何故言語であると認識できたかわからない。ただ、脳に強制的に理解させられたのだ。そうとしか言い様がない、絶対的な圧が闇を持って呼吸を蝕む。


『逵シ蜈峨?蝌倥r遯√″霈ェ驛ュ繧呈垓縺上?ょ哨縺ォ縺吶k縺ェ縲よぁ繧峨l繧九↑縲』


頭が言葉を噛み砕く。まるで理解しようのないその闇から、意味という名の輪郭を掴み取って脳内に染み渡る。耳を疑うはずが、己の頭を疑うしかない。


『豁、蠎ヲ縺ッ莠コ蠖「縺ォ蜈阪§繧医≧縲ら┌縺ァ縺ゅk遘√′讖滉シ壹r荳弱∴繧医≧縲り。後¢縲∝悉繧後?√◎縺励※謔ェ鬲斐↓謾ォ繧上l繧九′繧医>縲』


「悪魔に……?」

問い返せば、闇が嗤った気がした。


『縺雁燕縺ッ深入りし過ぎ縺溘?だ。闇をうろ縺、縺?◆縺?ろう。縺昴l縺境界線だと知縺」縺ヲの愚行か……浅はかな莠コ髢よ、萓。蛟、繧示せ。』


嫌悪感の沸く音が徐々に減り、馴染みのある言語が音の端々に聞こえてくる。とても聴き心地の良い男性の声が垣間見え、気色悪い音と

「……闇をうろついた……境界線、深入__」

辿り着いた瞬間、目の前でフラッシュを焚かれたように視界が白く染まる。あのオルゴールの繊細な音が脳内に直接流され、それは一瞬だったはずなのに、オトマーの頭の中では何時間も流されたように思えた。思考を蝕み阻む情報量がオトマーを混乱させ、そのせいか激痛が脳に響く。脳が、内側から破裂しそうで。酷い痛みに目を閉じ、開いた。



そこは月に照らされた、普通の世界だった。





文字化けは文字化けメーカーって調べて修正できますよ。(特大ネタばらし)

意味を知ると知らぬでは、物語の解釈に大きな影響を与えるかもしれませんね……


諢滓Φ窶ヲ窶ヲ


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