16裏話.楽刻と鬼達
最年少達と、鬼達の闇が垣間見えるお話です。
___朝、壱鬼屋敷
身を切るような冷たさが張り詰める縁側で、楽刻は晴れやかな夕焼けを仰いだ。枯葉の匂いを連れてきた木枯らしは白銀の糸を揺らし、眼前に広がる庭も色褪せた落葉に埋め尽くしていく。庭の鯉池は陽光を反射し、きらきらと波を立てていた。
寒い。もう冬だ。
楽刻は体を震わせる素振りもなく、ただ着物の袖から侵入してくる北風を受け入れる。陽を受ければ雪のように輝く髪、氷河の如く青白い瞳、そして色白な絹の肌。雪の宿主である彼に、寒さなど害にはなりえなかった。
「……」
無表情で庭を見渡す楽刻は、たった今珍しくも真剣に悩んでいる。少し迷ってから縁側に腰かけ、息を吐くと空気が白に染まった。だだっ広い上空に上るそれを眺めながら、少し前の出来事を思い出す。
『楽刻は神話好きなの?』
突然そう訊かれて、楽刻は戸惑った。資料館で手分けして情報を集めようと決まってから、二人で行動していた。そしてノイズや夜行に言われて神話の書棚を眺めていたのだが。
楽刻は基本、好きや嫌い等と言った選り好みがない。喧騒や執拗なヒトは嫌いだが、逆に言えば”好ましい”という感覚が分からなかった。話が通じればそれでいい、利用できるならそれでいい。精々そんな認識で、だからクオンに尋ねられた時は何と答えればよいかわからず口を動かしただけに尽きた。
それが、クオンにはどうしてそんな事を訊くのかという疑問に思えたらしい。彼は適当な本を手に取って言った。
『プレートに国書いてあるじゃん、それ見ただけで関係してそうな神話ピックアップしてくれたから』
それを聞いて納得する。楽刻は昔から本を読み漁っていたので、職員達から生き字引と言われるほどの知恵者だった。神話もよく読んでいた気がするので、記憶に定着していたのだろう。
かと言って好きではないし、嫌いでもない。
『……さあ』
『へぇ、好き好まないのに覚えてるの凄いね。僕興味ないとすぐ頭から抜けるしさぁ、ちょっと羨ましいかも』
『……そう』
『その才能絶対育てた方がいいよ、将来確実に得するし……あ、夢ツさん達の誕生日覚えてる?』
その質問をするということは、彼は他三人の誕生日に興味が無いのだろう。何となく自分と似たようなところに親近感を覚えて、どれでいて何故こんなにも社交的なのか不思議で堪らなかった。
まず壱鬼の皆と身近な職員を除き、楽刻と一言以上話が続いたヒトはいない。一方的な気狂いならうんざりするほどいたが。
だが、クオンの言う通り記憶能力の高さは事実だ。
『……夢ツさん1月20、甘音さん5月5、夜行さん7月30』
記憶にある数々の資料を照らし合わせ、自分でも難なく出てくる事に驚いた。それでも表情が動くことはない。何となくそれを認識した楽刻は、関心を示した心の部分が急速に冷えていくのを覚える。
___まるで、魂の奥深くに眠る”何か”に晒されるように。
『え、憶えてる。すご、三人分もよく覚えられるね!じゃあ楽刻はいつ?』
『……僕?』
『うん、誕生日プレゼント贈りたいから』
その言葉に、雷で穿たれたような衝撃を受けた。不快さは一切ない、寧ろその対極である強い感情。
『……11月6』
クオンが本を閉じて口を開く前に、楽刻は続ける。
『クオンは、いつ?』
しばらく沈黙が漂う。何かやってしまっただろうか……そんな不安が、余計に表情を硬くさせた。
これだから対人関係は__……
『__いつだっけ。覚えてない』
『……そう、なの?』
不思議だった。こんなにも社交的なのに、まるで他人や自分に興味がない。クオンという悪魔が、どうして自信を持って、世で自分を介して動けるのかわからない。何故何の前情報もなくざっくばらんに社交ができるのだろうか……?
世間とは恐ろしいものだ。それは身に染みて知っている。
『……僕も、贈りたい。何が欲しい?』
『……わからない……楽刻は?』
『……』
首を横に振ると、クオンは笑った。
『何か似てんね、楽刻と僕。歳と立場のせいかなー、今思うとトライアングルって嫌な機関だけど……嫌いじゃなかったのにな』
『……うん』
『てか、トライアングルなくなったら僕らどうなるんだろ。今は牽制が利いてるけどさ、人外社会一瞬で乱れるよ絶対。トライアングルは恨み買いはたいてるし、最悪殺されるよね~』
『……確かに、数で押し負けるかも。新たに機関を再構築できないのかな』
『全実働部の格持ちを説得できたらいけるでしょ。特に任務課と研究課、管理部が揃えば可能性あるよ』
『……無理な気がする』
『反り悪いもんね』
任務課と研究課は言うまでもない。そして次いで手綱を握ろうと躍起になっているのが管理部の法務課だ。各機関内の規律等を決定するのが主だが、苦情を入れるわ堂々と破るわ与り知らぬ間に捻じ曲げるわで、定期的に論争が起こっている。
ちなみに出席している任務課は協会ではライベリー、防衛本部では夜行だ。これが意外なことに、ライベリーの方が法務課へ苦情を提言し夜行の方では割と真剣に調整議論を行っているらしい。
『夜行さんってあんなだけど、何だかんだ律儀だよね。楽刻の誕生日とか、絶対毎朝夢ツさんとモーニングコール仕掛けてくるでしょ』
『……甘音さんも、悪ノリする。歯止め役いなくて困る……』
『あ、わかるソレ。やっぱ何処も最年少って存在に弱いよねー、扱いやすくて助かるんだけど』
そう言ったクオンに、楽刻の目の色が変わる。クオンもそれを敏感に察して、意地悪い笑みを浮かべた。
『……割と口軽い』
『一つ出たらどんどん口滑らせるよね、学習しないし』
『目敏い割に視線に気づいてない』
『あ、わかる!油断してるときに写真撮ってよくライベリーにあげてる、脅しに使えるって』
『同じ……よく録音とか、いいネタ掴んだら甘音さんに譲る』
『でも結局、お願いしたら何でも喋ってくれるんだけど。兄バカって凄い、判断力を鈍らせるどころか宗教だよね』
『ね。常に裏切られてるとは露知らず、視野が狭いというか妄信的というか……』
スマホが普及されてからはネタ収集も楽になったなどと仲良く恐ろしい話をしながら、二人は情報収集に勤しんだ。
後に、楽刻はノイズにクオンの誕生日を尋ねた。夢ツと仲良く話しているのを見て、何となく大丈夫だろうと思っていたから。
『お、クオンに誕プレ?何や嬉しいなぁ、アイツもええ友人持ったな……』
しみじみと頷いたかと思えば、直ぐににっこりと笑う。
『誕生日は8月15よ。来年そんくらいの時期にスマホケース買い換えるやろうから、楽刻に貰ったら喜ぶんとちゃうかな?』
『そうですか。ありがとうございます』
『ええよ、クオンの大事な友人や!困ったことあればいつでも言__』
『ノイズちゃあ~ん?ウチの楽刻と何やってるんかなぁ~』
そこで真っ黒な笑顔の狐が登場しどうでもいい論争が起こった。
「……スマホケース……」
そして今、どんなデザインが気に入るだろうかと悩んでいたのだ。今まで交友関係なんて全くなかった楽刻にとって、プレゼントは難題だ。
良い伝手はあるだろうかと思い浮かんだのが夜行。彼は社交の権化と言っても過言ではない、コミュニケーション能力の塊だ。何しろずっと喋っている。話のネタが尽きることはない。が、故に楽刻が苦手とするヒトの一人だった。話しかけるのも億劫になるほどだ。
「……どうしよう」
夢ツは駄目だ。チョイスがおかしい。甘音は忙しいし手伝わせてくれないので、私用で尋ねるのも忍びない。
一方夜行は、いつもどこかしらぶらついている暇人。特鬼という威厳の欠片も無い。
とりあえず甘音に居場所を尋ねようと決め、早速居間へ向かう。
襖を開けると、丸眼鏡をかけた甘音が難しい顔で書類と睨み合っていた。器用にペンをくるくる回しているのは余裕がある証拠。
「……甘音さん」
静かに呼びかければ彼は顔を上げ、楽刻に目をとめるとにっこり笑った。
「おう、どうした。腹減ったか?それか夢ツがまた狂ったのか」
「……夜行さん、何処にいますか」
しっかり首を横に振ってから尋ねると、甘音は驚いたように目を見開く。普段は夜行を避けている楽刻が、今は彼を探しているのだ。無理もない。
「あぁ、アイツなら昨日冥福屋行くつってたな。行くなら俺も着いていこうか、もう遅いし危ねぇぞ」
「大丈夫です、気を付けます」
「それならいいんだが……変な奴は遠慮せずに殺していいからな、トライアングル狩りも増えてんだ」
「わかりました。行ってきます」
「おう、早く帰れよ」
冥福屋に辿り着くと、珍しくヒトが少なかった。出現した時は毎度大盛況で長蛇の列なのだが、冷えているし暗いからだろうか。
『OPEN』と書かれた板が引っ提げられている扉を開くと、頭上でリンリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃい、今宵は___ってあら。楽刻くんじゃないですか、お一人で?」
「はい……あの」
「夜行さんですね?お寒いでしょう、そんな所で立っていないでこちらへどうぞ。お茶をお出ししますので、ここで少々お待ちください」
浮謎のように顔を紙で隠した「硝」という鬼は、カウンター席の椅子を引くと楽刻を座らせた。いつの間に用意していたのか湯気立ち上る緑茶を淹れて、楽刻に進める。
「直ぐに連れてきます……と言いたいところですが、何しろ彼、全く起きる気配を見せません。五分ほどかかりますから、こちらのカステラをどうぞ。新作ですので、是非感想を聞かせて欲しいのです。では失礼して」
優しい笑みを浮かべながら会釈し、楽刻に背を向ける。一つにまとめてある濡烏色の髪がくるりと回転し、彼は店の奥へ消えて行った。
確かに、カステラは美味しかった。店の奥からやかましい声が聞こえてくることを除けば、とても快適だったと言えるだろう。
「夜行さん、雪ん子少年がお見えですよ。お目覚めください、特鬼ともあろう方が酔い潰れて眠りこけるなんて、噂になれば本部の威光に関わります」
もう聞こえている。隠す気すらない、寧ろ楽しんでいるだろう。そういう男だ。
「夜行さん、早く起きてください。遅くなればこのあたりも安全とは言えません、楽刻くんに万一があればどうするのです?」
楽刻はカステラをもぐもぐと食べながら、この前貰ったものと真剣に比較していた。まるでわたあめのように柔らかく、甘い。
「おら起きろつってんだろ、取って食うぞ。甘音のヤツ、毎度どうやって起こしてんだこのナルシストを……」
何も聞こえないふりをして緑茶を飲む。苦みが広がり、豊かな香りが口の中に広がった。美味しい。
「あー、甘音?このナルシどうやって起こすんだ……は?毎朝腕切断して起こしてるだと?見かけによらねぇなお前……おう、悪いな。助かった。楽刻?あぁ、今カステラ食ってるぞ。大丈夫だよ、遅くなる前に帰すから安心し__」
「甘音?甘音かい、今日の晩御飯は何かな!ん?いや、大丈夫さ!今から帰るよ、お土産もあるから怒らずに待っていてくれたまえ!!」
「おいお前、人の携帯を突然掻っ攫うなよ……まぁいいが」
目覚めたようだ。
そんなこんなでカステラの感想を述べて箱ごと貰い、岐路に着いたときには日も沈んですっかり暗くなっていた。10分ほどしか経っていないはずなのだが、季節とは恐ろしい。
「それでは、道中お気をつけて。またのご来店をお待ちしておりますね」
営業スマイルを決めると、二人が見えなくなるまで見送ってくれる。夜行は騒がしく手を振りながら、最後には遠くの方からとっとと帰れと一喝されていた。
「して楽刻、こんなところまでどうしたんだい?何処か行きたいところでもあったかな?」
「……クオンに、スマホケースを誕生日プレゼントで贈ろうと……貴方なら、ヒトが喜ぶものもわかると思いましたので」
「なるほど、それは良い心がけだね。クオン君もきっと喜んでくれるさ、間違いないよ。付近の百貨店に寄って帰ろう!」
「はい」
夜行は表面上では笑いながら、楽刻の手を引っ張っていく。
この子には、まだわからない。交友関係が皆無だったから、まさに手探り状態なのだ。恐らくクオンくんなら、同じ境遇の楽刻に貰ったものなら無条件に喜んでくれるだろうが……。そう言ったところで、楽刻を困らせるだけだろう。
(……まぁ、この子達なら大丈夫だろう!この僕が思うのだから、きっと上手くやっていくはずさ)
一抹の不安を殺すように、彼は口を開く。ぺらぺらと喋っていれば、楽刻も自然と表情が柔らかくなった。
硝の言った通り、このあたりは治安が良いとは言えない。特鬼の力を侮った者達が裏路地で息絶えているのを見て、とある人外は首を捻った。
絞殺だろうが、凶器の痕跡が見当たらない。
そういえば、黒咲特鬼の能力は__……
結構ぐだぐだ書いてしまいました、最近スランプな作者です。
次回の更新で、例の企画を開催しようと思います!是非ご参加くださいね。
ちなみに、硝は壱鬼達独自の情報筋でもあります。闇が深いですね~




