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Fake and Liar  作者: うるフェリ
長編シリーズ1:赤い学園編
32/43

20.断罪の微笑み



「真相を引きずり出そうか」

__ロンリーウルフ?



その言葉は思いもよらなかった。嫌な汗が首筋を伝い、クオンはただ無感情に彼女を見つめる。

ようやく、ようやくわかった。

勝った。クオンは、彼女と言う幽霊に審判という切り札を使用することができる。

絶対に断罪してはならない。彼女を、()()()()()()()()()()

彼女の言う罰。

それは明るく勇気があり、監督生として生徒を守ってあげられる可能性を持ったドロシーを先に死なせてしまったこと。そして彼女自身、犬死したこと。

アリスが先に死ねば、ドロシーは正義を判断してくれると思ったのだろう。逃げて、出て、地下水道の鍵を閉めることで皆を守り、アリスの死を告げてくれると。それならばアリスも『身代わり』になれる。決して犬死なんて不名誉な有様にはならなかったはず。

そして、それはドロシーも同じことだった。

自己犠牲で咲く花ほど醜悪なエゴイズムもない。そこには後悔の念が渦巻くだけというのに。


『ライベリー、シャイル先生が言ってた地下水道の鍵なんだけど』

  クオンは引っ掛かりを見逃さなかった。違和感がする。何処か、話の辻褄が合わない。

『おう、確かにその二つ以外は錆びまくってんな。ほら、経年劣化してるけどまだ使えるだろ?だから変えてねーんだ』

『……ねぇ、何で鍵は無くなったと思う?』

『何でって……そりゃ、神獣サマに喰われでもしたんじゃねーの?服だって布の切れ端が水路の奥深くに散らばってたらしいし、それが事実かはわからんが……信憑性が高い。噂の伝染が妙なもんでさァ、皆口を揃えんだよ』

『尾ひれがつかなかったの?それは……』

邪推かもしれない。しかし、クオンは気づいた。

 噂の根拠に潜む矛盾、それが全ての答えなのかもしれない。

 そして今、アリス自身の口によってそれが証明された。皮肉なことに、彼女の告白がその鍵だったのだ。

 口角が上がる。アリスの愚かさを嘲笑うのか、カタルシスに酔っているのか。

 いや、まだ早い。アリスを解決してから少しの余韻を愉しむ為に、今は慎重に言葉を選ぶべきだ。

 壊れた幸せより、彼女の価値を信じさせる。

「……アリス」

ぼろぼろと大きく見開いた目から溢れる水。クオンはアリスの手の甲を支え、ポケットから取り出した()()を握らせる。瞬間、彼女から表情が消えた。

「……鍵」

 これが何を意味するのか。その愚鈍な疑問がクオンの瞳を射抜く。

 赤い宝石の埋まった鍵と、黄色の宝石が埋まった鍵。小さな金属がアリスの手の平に乗っていた。

「……そして、コレは他の寮の鍵」

 ジップロックに包んであった物をポケットから取り出す。それは錆びて、透明な膜越しに宝石だけが月を反射していた。

 彼女は信じられないといった眼差しで、クオンの手にあるものと自分の手にあるものを見比べる。

「……な、にを……」

「アリス、君は直ぐに食べられてしまったと言ったね」

「……はい」

「地下水路で死んだんでしょう?」

「…………はい」

「先生が言ってたんだけど。捜索中地下水路の扉が開かなくて、結局壊して中に入ったらしいんだよ。後に行方不明の鍵を二つ作り直したんだって」

 寮の扉は全て、その寮の監督生が所持する鍵でしか開かない。スペアはない。それだけの責任が、上に立つ者には必要だという。

「君達が死んだという証拠は、水路の奥に遺されていた黄色のバッジだった。君のは多分、()()()()()食べられてしまったけれど……」

 静かな瞳だった。廃れて悲しみに澄んだその目は、緊張でも疑問でもなく言葉を空に霧散させる。


「アリス、君達がその場にいた時、水路の扉は開いていたはずなんだよ」


__違う。そんなわけ、ない。

 わたしは怯んで逃げられず、直ぐに死んだ。信じられなかった。自分にそんな覚悟なんてあるはずもない。

「ドロシーが先に死んだというのは、恐らく正しい。バッジがあったから」

 そんなことがあったら、わたしは目を背けてしまう。臆病な人間だから。その現実がわたしを壊すとわかって、それでも尚彼の言葉に耳を傾けている。

「泣かなくていい。だって君は__」

 涙が頬を伝って流れていく。アリスは、ドロシーに笑っていて欲しかった。皆と大きなテーブルを囲んで、毎日のように暖かい食事で談笑して。

 そんなちっぽけな願いさえ、神様は聞き入れてくれなかった。

 アリスの願いはもう、永遠に叶うことは無い。

 記憶の中の濁った目を思い出しながら、アリスは彼女を想った。

 ねぇドロシー、貴女はいつもたった一人の片割れを守ってくれていた。

 なのに、わたしにたくさんの命を守れると思うの?

__ねぇ、答えてよ。神様……!!

「__ドロシーと同じで、自分を生贄に生徒を守ったんだよ」

  ドロシーは自分を生贄に、アリスを守った。

 アリスは泣いた。わけが分からなくて、ただ衝動的に走って、目の前の鉄の扉を閉めた。檻のようなその扉を掴み、向こう側を見た。

 そして、鍵を閉めた。

 光の届かない地下水路で走馬灯を見たのだ。胸の奥に流れる感情が渦巻いて、幸せも悲しみも苦しみも喜びもごちゃ混ぜになったよくわからない激流。

 ドロシーはもういない。わたしもここで死ぬのだろうか?

__ごめん、ごめんね……ドロシー……。

 守ってくれる人はもういない。未来ももうない。

『ごめ……ん。ドロシー、わたしは……ッ』

 もう、此処で。

 無様に震える手で鍵を掴む。扉から勢いよく引き抜いた途端、背後に迫る気配に膝から崩れ落ちた。背を丸めて、屈むようにして隅っこに逃げる。意味が無い。どうして、どうして。

 荒い息をしながら手にある鍵を強く握りしめる。その奥から迫る悪意に顔を伏せ、まるで錠剤を飲み込むかのように鍵を口の中に落とした。

 これで、開けられない……。

 せめてもの救いはその安堵だったかもしれない。それなのに、記憶の中から垣間見えた瞳は死んでいた。胸の中に、確かな絶望が生まれた。

『ド__』

 気づけば、自分の下半身が無くなっていた。


 ……やっと、思い出せた。わたしの大切な記憶。

「……君は、ちゃんと守ったんだよ、アリス。だからもういいよ」

 ドロシーを喪った悲しみの記憶。わたしはやはり、逃げていた。彼女を失ったから、死なせてしまったから、だから。

 __自分に罰を与えようと。

 幽霊になったとき、罪悪感と息苦しさだけが残った。そして日に日に募る恐怖が彼女から悲しみを奪っていった。微かなその記憶を。

 それでも、最初にその記憶を消し去ったのは……。

「わた、わたしは……!!」

 きっと後悔しただろう。だから幽霊になって苦しむことを選んだ。あわよくば、誰かに見つけて欲しくて。あわよくば、誰かに仇を討ってほしくて。

 あわよくば、彼らの幸せな学園から危険な存在を取り除いて欲しくて。

 それが、アリスの償いだったのだ。

「……頑張ったね。ちゃんと、やり遂げた。君は強いよ、アリス」

__ねぇ、ドロシー。わたしのこと、許してくれる?

 もしかしたら見捨てたと思われるかもしれなかった。彼女に対する最大の裏切りだったかもしれない。それでも、アリスは守ることを選んだ。

 そんなことが、わたしに?

「わた、し……ッ。皆が、大好きだった……!守り、たかったから……!!」

 違うと訴える声がする。そんなわけない。お前にそんな勇気などない。

「守ったよ。地下水路はあれから一度も、()()はなかった」

 本当に?

「アリス、君は何も悪くないよ」

  暖かい、頭を撫でてくれる手。

 大丈夫、アリスは何も悪くない。何も悪くないよ。

 アリスは、強い子。

 そう言って慰めてくれる両親の手は、いつだって暖かかった。手を握ってくれたドロシーの笑顔は、いつだって優しかった。

 もう、彼らが自分に何か言ってくれることは二度とない。それでも。

「あり、がとう……ッ……ごめ、なさ……!ごめん、なさい……!」

 信じてくれるのなら、わたしは大丈夫だから。

 記憶の中の目がアリスを見つめる。そして、柔らかく微笑んだ。

 あぁ、それは誰の瞳だったろう。

「会い、たいよぉ……ドロ、シー…お母様、お父様……ッ!!」

  100年越しの寂しさを言葉にすると、途端堰を切ったように涙が溢れ出した。何も変わらないはずなのに、ひとつ零れると後はもう止まらず、アリスは泣いた。


__二つの鍵を抱きしめ、子供みたいに声を上げて。



△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


 月に照らされて、金色の髪が淡く輝く。

 泣いて泣いて、冷たい涙が自然に枯れるまで泣き続けた。クオンはアリスの泣き声が少し落ち着いたと見て徐に手を離す。そして励ますように優しく背中を叩き、にっこりと笑った。

「よかった、君がそのまま成仏して消えちゃったらどうしようかと」

 その言葉に、彼女は一瞬呆然とした。そして涙を零したまま笑いだし、おかしくなったのか泣き笑う。

「まだ、ですよ!わたし、次はドロシーを助けたいから……!」

 しゃっくりをあげつつ、元気は取り戻してくれたようだった。そういえばそうだった、なんて白々しいことを言い、ついで横にいたウルもそうだったねと乗っかってくれる。

 にしても懐かしかったといえども、ドロシーの状況はまだわかるようだ。

「今、ドロシーのことがわかるの?」

「はい。多少なら……双子幽霊という話も耳にしたことがありますし、その内に本当にひとつの存在になってしまったのだと思いますが……確証はありませんわ」

「縁か。それが血縁関係ともなると、確かに可能性があるな……」

 二人で首を捻っていると、端っこに丸く座り込んでいたジャラが声を上げた。

「幽霊は実体を持たないから、影響受けやすいんじゃなーいー?影響自体が何であれ、元が人間なら繭から中身出すようなものだし」

 虫で例えた場合の話だが、随分と気味の悪い例を提示してくれたものだ。ロンドやアリスは一瞬眉を潜める。

しかし、彼の言い分に間違いはない。

「それもそうだね。とりあえず、もう出てきてもらったら?」

 ウルが廊下の奥に目をやる。すると、そこから今まで隠れていた人間達が出てきた。マリンやエリスは強張った顔をしていたが、シャイルとルークはどこか呆れているようにも見えた。皆一様に理解に苦しむとでも言うような表情は変わらなかったが、アリスへの理解は改めたらしい。

(……いずれにしろ人間か)

 クオンはただ笑って彼らとアリスの架け橋をつくる。

「アリス、この子がエリス・ラヴィーナ。僕らに君のことを教えてくれた張本人だよ」

「あ、よ、よろしくお願いしますねアリスさん!エリスです!」

 ぎこちなく手を差し伸べたエリスに、アリスは驚きを見せる。ややあって半透明の手を伸ばし、掴む真似をして微笑んだ。

「ありがとうございます。わたしはアリス・クローナ、元クリムゾン監督生。よろしくお願いしますね」

 手は決して握られず、そのまま離れていく。人間だったものの異質さを否応なしに見せつけられたようにも思えたが、エリスは少なからず嬉しさも感じていた。友好的な幽霊と話すことができた。人間ではないものと、初めて会話を交わすことができた。ただの

生徒であるエリスにとってそれがただの感動では済まされないことは明白だ。何しろ人でないものと言葉を交わしたのだ。

 クオンがヒトだとしればどういった反応を見せてくれるのだろうか。

「こっちはマリン。マリン・ブロムクウィスト、私の大親友です!」

 大親友という言葉にアリスは目を細めた。慈しむような眼差しは、いつか教会で見たマリア像と似ても似つかない。その一方でマリンは黙ってアリスを見つめていた。

「僕はロンド・ホーソーン、こっちがウル・トーグル、ジャラ・クラーク」

「ええ、よろしくお願いします。そちらは?」

 まじまじと自分を見つめてくる女性と、その横で明後日の方を向いている男性か女性か、判別はつかないが背丈のある人に目を向ける。女性は数秒黙ったかと思うと、興奮した様子でアリスの肩を掴んだ。正確には掴み損ね、手は虚しくも空を切る羽目になったのだが。

「お前がアリスか!話は聞いてたぜ、すげー奴だなァ!」

「……凄い?」

 そう呟くと、アリスはふっと嬉しそうに笑う。

「……ありがとうございます」

 柔らかい微笑みは、青い月の光に透かされてまるで絵画のように美しい。そう思ったことにクオンは我ながら驚いた。

 彼女は元は人間だ。根本的な人外とは差異があるし、決して美麗になったりはしない。何が魅力的に映るのかわからない。顔だって人並で、髪は確かに綺麗な蜂蜜色だが……。


___クオンは、綺麗な目してる。


 ふと鏡に映る自分の姿が脳裏に蘇る。瞳の色と彼女の髪は、全く同じ色をしていた。




「……」

 静かな声。物思いに沈んだ顔。クオンというヤツは絵になる姿形だが、実際描こうと思っても楽しくはないだろう。

 そんなことを考えながら、ルークは騒ぎ出したアリス達を眺めていた。

 アイツらには、何かしら中身が詰まっている。幽霊のくせして温度のある目をしているアリスや、ただの人間であるその他は年相応の物語があり、それを記憶している。だからこそ絵に味が出る。古びた思い出には感情が、感情には顔が、顔には……何が付き纏うか?

 アリスは人間ではない。その意味を彼女達は理解しているのだろうか。

 近年幅を利かせているAIとは違い、人外とは人間のように考え、人間のように欲を持ち、人間のように感じ、愛し、厭い、憎み、笑う。


 そして歪んだ感性でこちらを見つめる。

  その、目で。


 アリスの瞳。少なからず人間のものには到底思えない。絵を描くだけに世界をよく見ていたからわかるが、人間の目とは瞳孔と虹彩の組み合わせ、そして他の意志への眼差しが全てを物語る。

 アリスの青い瞳は瞳孔が薄っすら濁っている。目の前にいる誰も彼もを慈愛の溢れる眼差しで包み込み、魅了していく。彼女の意思関係なくそれが可能となっている。例え彼女が望まなかったとしても瞳に強要され、精神が人の目に耐え切られず結局歪んでいく。

 歪んで、そう遠くない未来人外へと成就する。

(……)

 背景には暗い廊下。ゴシック建築の世界観に組み込まれた人物の絵はもう何度と描いてきた。陰湿かつ重厚で、閉鎖された形に幽霊という造形物。華はないが、枯れ枝が落ちている。

 何故か惹かれる。

 長い間思うこと。懐かしさとは何だろうか。ルークは視界に入るもの全てに哀愁を覚えた。ノスタルジックな感情に左右され、思いのままに、愉快に筆を運ぶ。自分ではできないことをただの物に当て嵌めて。傀儡とパペットマスターの主導権も迷走したまま、感傷に浸っている。

 懐かしさとは、何なのだろうか。

「……月」

 何万回と見たのに、あの丸い砂の塊だけは憂愁を誘う。













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