3.共殉の結び切り
既に後の祭り。後には退けない縁を今____……。
『さぁ、我らの宴よ!』
踊れや悪魔、シナリオのままに。
「協会は君達の味方じゃないのさ…ココに来るまでに見てきただろう?『真実』を。ヒヒ…!」
黒いローブを身に纏い顔を一つ目の紙で隠したその男は、資料館の地下で情報屋を営んでいる人外らしい。聞いたわけではない。しかし、とても人間とは思えない物腰だ。
部屋の中は暗く、照明器具等は見当たらなかった。にもかかわらず常夜灯か何か点いているように見えるのだから、より一層彼の得体の知れなさが際立つ。それも徐々に明るさが増し、誤差の範囲内だが確実に視界が晴れてきた。
未知その者にクオンは僅かに眉をひそめる。一体、このヒトは何を考えているのだろう?
「…確かにそう。でも、協会は僕らにとって絶対的な存在だよ。それは覆せない事実で…」
浮謎と名乗る男に見据えられている内に、心までもが見透かされるような感覚に怯んでそれ以上は言葉を濁した。自問自答するまでもなく、彼はおよそクロヴンほどの長寿なのだろうということが分かる。浮謎は虚勢を張って睨み返すクオンに、手をひらひら振って応える。
「君達がそう思い込んでいるだけじゃあないのかい?ただの暗示かもしれないねェ」
「さっき、『灰色は人狼』と言ったね」
浮謎の台詞を遮り、今度はクロヴンが口を開いた。警戒心は微塵も感じないが、いつものような間延びした雰囲気がない。彼なりの『警戒』はあるようだ。
「おや…話を聞く気になったかい。確かにそう言ったさ、灰色は人狼だ」
「人狼って…御伽噺とか物語とかでよく出る?」
「あ~、望めば何でもできるってやつか。世界造ったりとか、文字通り『何でも』な」
大抵のトライアングルなら、幼い頃に絵本か何かで見たことがあるだろう。確か内容は、人狼とは世界から世界へと渡る、『何にも縛られない存在』であるとかだった。その記憶はすっかり錆びれていたものの、今になって思い出せば馬鹿らしいとしか言いようがない。
「あ。それ学校でやった。無数に存在する世界の『管理人』でしょ?」
だいぶ前だが、微かに覚えている。世界には時に『エラー』なるものが生じる。ソレを治し繕うのが彼ら人狼の仕事だと、神話か何かの授業で聞いたのだ。
三人の述べた考察に存外、浮謎は満足そうに深く頷いた。
「ヒヒッ。結構だ。でもまさか、本当に存在するなんて信じていないだろう?何故なら、ソレは誰しもが夢見て誰しもに都合のいい話だからだ…純粋な君らの眼は一体、何時から濁っていったのかねェ…」
「純粋っていうか無知というか。ようわからんけど、言いたいことあるならはっきり言ってくれや情報屋」
不満げなノイズの訴えを、彼はただ肩を竦めてその口をにやりと裂くだけだった。
子供が純粋なのは、無知だからだ。自分が持っているもの以外何もないと知っているからこそ、潔い愚鈍な手段を取る。それは長寿である彼らにとっても、身に染みて理解した過去の話だ。
俗に言う、黒歴史である。
「損得勘定抜きで考えろってか。まぁ『世界の崩壊』がありえる以上、その世界の『外』って概念は認めざるを得ないんじゃねーの?」
「じゃあそこには必然的に果てしない可能性が生じるわけか」
「意義じゃなくて意味なんか?なら、人狼は『世界』っていう有限の可能性に属さんから『外』っていう無限の可能性の世界におるわけで、やったら…何処にもおらんことになる」
だからこそ、『無限の可能性』つまり、『自由』そのものなのだろう。ただ世界に干渉できるのなら『外』にも属さないので、結果的に彼らの居場所は存在しないことになる。何もないから、何にも縛られない。絶対に『世界』には属さないから、『何処でもない』すら含む『無限の可能性=外』に仮として属することになる。いや、もしかすると『外』の別の姿なのかもしれない。ただそこには『意義』を求めてはいけないのだ。
それ以上広げても意味が無いので、四人揃って白銀に揺蕩う髪を弄ぶ浮謎に視線を投げる。
「まあまあってところだが、答えは私が言うものでもないだろう。ただ…よく見つめてごらん」
「見つめる?」
唐突な言葉に、クオンは今日何度目か知れずとも眉間にしわを寄せる。
「記憶というのは、心が勝手に覚えているものだ。君達がコントロールできていると思っているモノは実は、君達を支配しているのさ。だが、逆に私達が私達の心を理解すれば、心は私達を決して裏切ることがなくなる…心と対話してごらんよ、そうすれば自ずと真実は見えてくるはずだよ…ヒヒヒッ!」
何が面白いのか理解できないが、彼はそれ以上四人に何か教えるつもりもなさそうだった。
「簡単に言えば、記憶を見つめ直せということだろう。覚えていないかい?彼のシルシを」
抑揚のない声でクロヴンが言う。
それを聞いた瞬間、全てのピースが急速に解けて当てはまるような気がした。三角形が連なる、狼の牙のような形。人外のシルシであることは分かった。悪魔の直感というのは、それほど優れているのだ。
____人狼のシルシ。
「人狼は世界の矛盾を知っている。だからこそ、世界の管理者と言われるのさ」
「世界の矛盾…?」
本物の確証はもう一度会わないと掴めないが、直感という名の警鐘が騒がしい。
脳内が疑問符で埋め尽くされたノイズが尋ねるも、彼はまたもやニヤニヤして先を続けた。
「人狼は三人。シルシは牙のような三角形…その数は最大で六つ。数が多いほど」
「…敵に回してはいけない」
浮謎の言葉を継いでクロヴンが神妙な面持ちで呟いた。スケールが壮大過ぎて事の重大さが全く見えなかった三人も、らしくもなく深刻な声音でやっと気が付いた。
手に負えない。
▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲
「なぁ…ウルのシルシ、六つあったよな。てか、何でそんな遠回しなん?」
懲りずに尋ね続けるも、やはり浮謎は取り合わない。
知りたい。情報が欲しい。でなくとも、せめて糸口が必要だ。
「彼らは望めば何でもできる。制約は何一つない」
続いてクロヴン。
「ただし、絶対に不可能が一つある」
チク、タクと秒針の音が零れる。この部屋に時計なんてあったのか、と今更ながらに気付いた。
存在しないはずの存在に理解が妨げられる。クロヴンはゆっくりと、噛み締めるように言った。
「死ぬことができない。生からの束縛から逃れることができない。故に、世界の異常を消す為に在る。その唯一無二の命と永遠の時間を利用して」
死ぬことができない?なら、殺すこともできないのだろうか。桁違いの能力を有している人狼に対し、そもそも勝ち目などあるはずもなかった。
ただ、それよりも思うことはあった。
寿命が無いのはトライアングルの共通点だ。普通の武器では死なず、しかしトライアングルの武器やマガ、歪みでは命を落とす。痛覚には鈍感と言え、痛いものは痛い。だが死ねないというのは、真の意味で自由ということなのだろう。普通なら人格が保てずに崩壊し、狂ってしまう。彼らが世界の管理人と呼ばれるのは、そのせいでもあるのだろう。1つの世界に留まらず、世界から別世界へ、果てには世界の外に自由に干渉し行き来することができる。それでも、彼らが無闇に力を使い過ぎると世界は崩壊してしまう。理屈や常識は通り越してはいけないのだ……。
____御伽噺曰く。
トライアングルでペア制度があるのはその為だ。相性と強さで組まれるのは、何かと対峙した際『共に死ねるように』『死にたく無くなるように』。
駒として、消費期限を延ばす作為だ。
「じゃあ、人狼ってマジで『架空』じゃねえって事なのか……」
「ウルって言ってたよね?あのヒト、この世界に異常を感じたから来た?それとも暇潰し……」
「ヒヒッ、いずれにしろ彼からすれば『暇潰し』さ。そうそう、君達が出逢ったのは原初の人狼でねェ。グラサンくんなら分かるだろう、あの子は1つたりとも嘘を吐いていない。そういうことさ」
途端、ノイズが声を上げる。
「そういう事か……!!」
「な、何?どういうことなの」
すっかり困惑したクオンを余所に、3人は低く唸った。ノイズは腰に手を当て、深く息を吐きながら首を振る。
「今回の事、大半が魂に関与しとるやろ?魂は世界の中心にもある。な、あん時ウルが言ってた事覚えとる?」
「……世界の真ん中からのメーデー?」
メーデーは、無線電話で音声により救済を求める声の事だ。件の話では、『助けを求める』という意味だけが採用されているのだろう。
「狙われてるの?世界の核が?……そんなことしたら」
世界が崩壊する、とまでは言えなかった。信用なんてしなくてもいい。それでも、するしかないのが残念だ。
「ガチでそうだとしたら、アイツ色々知ってんじゃねーの。謎も浮き彫りになってくるし」
ライベリーが睡眠不足の頭痛をされに傷められ、溜息を吐き頭を抱えながら言う。そんな様子を全く気に留めず、浮謎はニヤニヤと言った。
「それなら、『宴』に行ってごらん?何かと情報があるかもしれないよ」
「宴?何やそれ」
「あ、鬼…防衛本部のヤツだよ。俺ちょくちょく遊び行ってるから何人か知り合いいるし、行くなら行こうぜ」
宴とは週に1度日曜に開かれる、防衛本部の鬼達の祭りのことだ。大抵他種族も参加しに来る上、ほとんどの鬼は酔っ払っているので情報は得やすいだろう。しかし彼らに近づくなら、ダル絡みを覚悟しなければならない。
ライベリーの頭痛は酷くなる一方である。
「でも、防衛本部って魂に関わることあんまり無いじゃん。情報源としては弱いような気もするけど」
「可能性を潰すんだよ」
「可能性?」
「人外によるものだとすれば、鬼達が知っている。何しろ、サンテイザを除けば彼らは人外対象警察みたいなものだからね。逆に自然現象なら天使達が情報を持っているはずだよ」
「あ〜、なるほどな。アイツら現象に詳しいもんな」
「ならやっぱ鬼からか。人外とか厄介だから……」
浮謎の存在を忘れ盛り上がっていく会議に、彼は満足そうに笑みを深める。足を組み直して静かに椅子を揺らし、四人の声を聴きながら脳内で思考を組み立てていった。
さあ、どうしようか。もう少し踊らせても面白いかもしれない。
クオンが興味を隠しきれずにチラチラこちらを見やるのに気付くも、別に害は無いので無視する。
足元のローブは少し広がっており、腰に巻いているひし形の鎖と銀の鎖で前が留められているのだとクオンは初めて気付いた。意外とオシャレなのかもしれない、と心が囁く。
「ヒヒッ、だいぶ話も進んだようだねェ。さぁ、そろそろ行った方がいいんじゃないかい…?出てゆく所を見られては危ないだろう」
「ん、確かにせやな」
「一応礼は言っとくぜ、助かったわ浮謎宴さんよ」
「クオン行くで!そんなヤツ観察せんでええから」
「はーい」
さっさと出口に向かう三人を見届け、クロヴンは浮謎をチラと見やる。そこには、ヒラヒラと手を振る白銀の髪の男がいた。
四人の姿は扉の向こうへ消え、また本棚へと煙のように戻ってしまった。
「……またのご利用をお待ちしているよ、悪魔達…ヒヒッ!」
▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲
資料館から退館し、彼らは本部の研究課に向かうことにした。今日がちょうど日曜で、1週間待つ理由も特に無い。
トライアングルの本部間を繋ぐ転移扉は研究課の管理下にある。トライアングル間のあれやこれやが突っかかってくる為、1級でも許可無しには使用出来ず、1人でもいいのでとりあえず職員の承諾が必須なのだ。
「…宴に遊びに行きたい、と。1級勢揃いで?」
白衣を纏った職員は、眼鏡越しに胡散臭そうな目をライベリーに向け、続いて右後ろに立っているクロヴンを睨む。研究課に度々来ては爆発させて帰るので、彼らからは人物と言うより事件に近い認識をされているのだ。クロヴン曰く実験が好きとのことらしいが、おかげで彼らには「細い白熊」とあだ名を付けられ警戒されている。
「そーなのよ。コイツら宴行ったことねぇからさぁ、かわいそーだなァつって!なんかあったらすぐ戻るし頼むわ!な?」
「な?じゃないです、この不良が!チャラチャラチャラチャラ遊びに行って…全く、貴方達は協会の主戦力ですよ!それを忘れないでとっとと行って帰って来なさい!!」
「お母さんじゃん」
「クオン、研究課職員はこーいうもんや」
二人に鋭い視線を向け、職員は扉の使用許可証を四人に突きつける。
「私達をお母さんにしたのは貴方達問題児ということを忘れないでください。こんの800才児共が...!」
「あざすあざす!さっすがぁ!」
三人のおかげで習得した楽観視で『見た目が年齢より若い』と変換し、ライベリーは青いハンコを押された許可証を受け取った。
そのまま踵を返し、言われた通りさっさと扉を開けてもらいくぐる。
「お~、久しぶりやなコレ。クオン好きそうやから連れってたろ思ってたん、今思い出したわ」
「忘れてたのかよ…まぁ確かに、好きだけど」
「よっしゃぁ!俺はコレじゃ酔わねぇサイコー-ッ!!」
はしゃぐライベリーを横目に、クオンはそういえばと昨夜の事件を思い出す。
(なんでウルは、僕らを呼び寄せたんだろ…)
▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲
「今宵も宴が始まんなぁ~…」
朝から今までバタバタと騒がしい防衛本部屋外広場。壱鬼の夏賽夢ツはキセル片手に椅子に腰かけ、日の暮れ始めた朱い空を仰いだ。静かに吹く夏風が、彼の桃色のグラデーションが這う薄い金髪を揺らす。
「最近ホンマなんもあらへん…平和やわぁ~、なぁそう思わん?甘音」
随分とゆったりした声の横で、荷物を梱包していた宵酔甘音が同じく桃色の瞳を彼に向けた。
「それはそうだよなぁ、俺ら鬼にゃ難しい問題っつーか…。嵐の前の静けさとかならいいんだけど。それより、お前働けよマジで」
「んぁ~…」
上の空で生返事を返す夢ツに今日何度目か知れない溜息を吐く。
甘音は壱鬼の中で唯一の真面目な鬼だ。簡単に言えばチャラくないライベリーみたいなもので、純日本なのに何故か中華服を着ている。彼曰く、一回担がれて着てみたらめちゃめちゃ動きやすかったから、とのこと。数少ない常識人で、たまに狂う壱鬼のお兄さんである。いつも片手に酒瓶を持っている酒好きな割に酔ったところを見た者はおらず、それを防衛本部歴代最年少の雪鐘楽刻も不思議に思っていた。
運んできた荷物を下ろし、夕焼け空の下で慌ただしい本部職員達を冷たい無感情な目で見つめる。
いつもは静かな…いやうるさいことに変わりはないが、今段違いで騒がしいのは勿論、週に一度の宴があるからだ。羽目を外してお祭り騒ぎのこの夜は、伝統的な真の意味での休日だった。
「……………」
しばらくぼーっとして辺りを眺めていると、不意に背後からよく通る爽やかな声が飛んでくる。
「おやおや!宴の準備は壱鬼もするはずなんだけど、どうして夢ツはキセルをふかしているのかな?勿論、今から働くところだよね!」
特鬼の黒咲夜行だ。揺るがない自信の塊ナルシスト、しかしそれに見合う実力と容姿なので誰も文句は言えなかった。普段は物腰柔らかだが一旦怒ると刀片手に追い回してくるので、サボり魔の夢ツも仕事関連で逆らうことはあまりなかった。よく逃げるが、今回はぎょっとしつつすぐに糸目に笑みを繕って立ち上がる。
「あ~、そやそや!今動こうと思ってたんよ」
「嘘吐けこの狐が」
「狐は仮面だけやしぃ~!俺鬼やしぃ~」
「糸目の時点で狐か猫だろうが。仮面で狐効果アップだろ」
「なんやねん狐効果て」
二人のやり取りを苦笑して眺めながら、夜行は両手の紙袋をを開いて屋台に並べ始めた。すぐ横でぼんやりと周囲を凝視する楽刻を見つけ、何か面白いものでもあるのかなと視線を追う。
「…あぁ、雁だね」
「雁、ですか」
朱に染まった広い空を見上げ、小さな黒い影が群れを成して森から森へと横断するのが見えた。
楽刻はもう一度群れを目で追い、小さく首を傾げる。
「…妙な時期ですね」
「そうだね、それに秋田県にはあまりいないはず…警備隊にも報告した方がいいかもしれないな」
返事はない。いつものことだ、楽刻は普段から非常に静かで人当たりも冷たく、会話も好まない。冷えた青白い瞳を冷たい視線で持ってきた大きな箱まで移し、徐に開いて整理していく。
ペアの夢ツにはもう少し態度が柔らかいものの、他にはと言えば大抵こうである。鬼という種族にしては異例のケースで、だが最年少ながらも坦々と壱鬼の仕事をこなしてゆくので非難の声はない。
「あ、そういやお前ら知っとる?今夜、一級全員参加しに来るらしぃで、宴」
その言葉を聞いた瞬間、段ボールに紙をべしべし貼り付けていた甘音が唐突に動きを止める。
「は?…嘘だろ、つまり…ノイズも来るって…ことか……?」
「うん?まあそうなるね、トライアングル間の親睦が深まるのはいいことだよ!実に素晴らしいじゃな」
「よくない!!あああああ!!またアイツに発見されてゲーム付き合わされて大金巻き上げられるっつーことだろーがよおお!!!」
すっかり青ざめた甘音がの悲鳴により夜行の台詞は搔き消される。一回叫ぶとその元気すらなくなったらしく、途端甘音は肩を落とすと死んだ目で絶望の笑みを口元に浮かべた。
「俺今金ないぞ…今度こそ死ぬ……もういいよな、俺今日だけ一生酒飲んでていいか夜行」
「だめだよ!」
満面の笑みで却下され、とどめを刺されたらしく甘音はふらりと椅子に崩れ落ちる。
「…ノイズ、俺んとこで確保しとこか?みっけたら焼肉かなんかに連行しとくで?」
「明日プリン作ってやるよ夢ツ」
「え、やったぁご褒美貰ったぁ~!」
▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲
一瞬視界が白く染まり、かと思えば暗闇に戻って次の瞬間、扉の軋み音とともに視界が色づいた。
鬼遣防衛本部に到着したのだ。
流石鬼というべきか、かなりどころか耳が悲鳴をあげるほど騒がしい。中には鬼が多いが、他の種族も数多く広間を行きかっていた。協会もそれなりに緩いが、端的に言うと『暗黙のルール』が多い。防衛本部はそれよりも緩いようで、壱鬼や仁鬼にもタメ口が多いらしい。確かにそんな暖かい空気が、この喧騒から感じられる。
「すご、めっちゃ騒がしいね」
「唐突やん。まぁ、こんな騒がしいんも、『宴』あるからちゃうん?」
「いや、コイツら日常茶飯事こうよ?」
さらっとライベリーは言ってのけるが、もしそれが本当なら引くしかなくなる。
「あ…でもおれとかクロヴンはともかく、クオンはあんま鬼の事知らんのちゃう?」
「知らない。どんな感じで行くかと共に教えてよ」
ノイズの言う通り、鬼に関しては騒がしいということくらいしか知らないので、素直に頷いた。三人してライベリーに視線を送り、眉間にシワを刻ませる。
「…まぁ、そうだな。とりあえず一級…じゃなかった、壱鬼に近づくか」
「壱鬼になるのは学校でもやったな…」
懐かしいな、という声に感情がこもっていないの気のせいだろうか。
ただし、と渋い顔で付け加えたライベリーに、クオンは黄色い瞳を瞬かせる。
「アイツらから情報引き出すのは至難の業。ちょっとやっちゃったらもう終わりよ。お前ら抱えてる一級が言うことじゃねーけど、壱鬼には変人しかいねぇ」
「失礼やな!」
全く思っていない顔のノイズを無視し、意外なことにクロヴンが深く頷いた。
「まぁ確かに、あの四人が何か教えてくれるとは思えないね。アルコールを強くしてこようか?」
「駄目だよ、クロヴンがそれすると100%になるから」
もしくは爆発するのが常だが、そんなことすると首が飛ぶので本気で止めるべきだろう。
「それはともかく…甘音かな。アイツが一番チョロそう。ただノイズがいる限り、ぜってー近付けないんだよな」
「何ソレ…ちょっとノイズ、何したの?」
怪訝な視線を向けられたノイズは、すっかり慌てて言い訳を考える。しかし、その前に半笑いのライベリーにバラされてしまった。
「賭け事で圧勝して心ポッキリしたのと大金巻き上げた」
「ちょッ…え?クオン?…違うねんて、やめて!その顔!!」
引き続きノイズを無視し三人で話し合った結果、やはりクロヴンを甘音にアタックさせることになった。クオンは口は上手いが経験差で負けそうなのと、ライベリーはシンプル言い負かせそうにないので初手から彼を無双させることにしたのだ。
ちなみにノイズはクオンのオリアビ、『インシャドウ』によって影の中に潜伏させようと決まった。これなら誰にも悟られずに一緒に行動できる。
▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲ ▽▲
ドン ドンドンドン ドンドン ドンドン ドン
リズムを刻んだ太鼓の音が、あたり一帯に響き渡る。もうすっかり日が暮れたというのに景色は真っ赤に染まり上がり、提灯代わりに鬼火がそこら中を飛び交っていた。次第に笛や三味線か何かの弦楽器、美しい歌声までもが聞こえてきて、更には数多くの屋台が並び、花火が空に咲き誇り、広場は夏祭り染みた雰囲気が漂い始めた。
少しも経たない内に酔っぱらった鬼達が集団で輪を組んで踊りだしたり、皆で席についてイカ焼きやらカステラやら焼きそばやらを食べたりとまるで、オフィス街の夜の居酒屋のように盛り上がっていた。何処かで笑い声が上がったと思えば付近で喚き声がし、またすぐ近くで拍手喝采が沸き起こる。空からは花火の音とともに振動までが落ちてくるし、四人の周囲は人外が踊り狂って爆笑していた。
「うっるさ…」
「最初はきついよなァ…わかるけどまあ、次第に慣れるわ」
その言葉の通り、三分後にはクオンも耳を塞いでいた手に、大きなりんご飴を持っていた。
「どうよソレ、俺がガキの頃とちょい味変わってるけど美味しいっしょ?」
「うん、めっちゃ美味しい…!」
「懐かしいね。今と変わらずライベリーはよく食べたからね…胃が異空間に繋がっているのかと思ったほどだよ。二人とも、たこ焼きでも買ってあげようかい?」
(おれは…?)
時々屋台で遊びながら、四人は壱鬼を探し続けた。一時間経つか経たないかほどで、クオンが猫型わたあめ片手に指差す。それも結構微妙な顔で。
「……ね、壱鬼ってアレじゃない?」
クオンの指す方を見れば、確かに眉をひそめるしかなくなった。
そこにあったのはとんでもない熱気を放つ群衆。その中心には花火に照らされて虹に輝く黒髪の鬼がおり、きらきらと宝石のような翡翠の瞳の光を群衆に送っていた。
「さぁ皆、順序良く並びたまえ!僕に限界はないよ、色紙を持って仲良く並ぶんだ」
彼が声高らかにそう言い放った途端、群衆は凄まじい勢いで長蛇の列を成していった。驚愕を通り越し引くしかない。
これがカリスマの特鬼、黒咲夜行の力である。
意味は内容そのもの
意義は存在の価値・理由
ここで読者の皆さん、耳寄りな情報です!
実は、Xの方で彼らの『絵』、つまり姿を後悔しています。僕が描いてます。
是非Xの方も覗いてみてください。プロフィールにアカウント載せてます。
ではまた、次回の舞台で……