18.悲嘆の少女
「涙の意味がわかっても、泣いている理由はわからないよ」
六人は予定より10分早く西廊下へ辿り着いた。クオンとしては、こんな夜更けに大勢で調査する羽目になるなど全く持っての予想外だった。何しろ潜入捜査だ。ノイズのように、息を殺し、影のように徘徊するとばかり思っていたものだから。
何処の窓もやはり解放されている。まだ枯葉が地面に迷い込む程度の時期なのだが、甘いような、乾ききったような、そんな冬らしい匂いが風に運ばれてくる。この匂いだけは何十年経っても記憶に新しいものだ。
「先生いるかなー?どっちも黒いから見つけにくーい」
「さぁ……あの様子だと、ルーク先生が先に来てるかもしれない」
ジャラが沈黙の隙間を何とか埋めようとするが、あまり喋っていい時間帯ではない。慣れない人間の習慣を考慮するのは、幼い彼にとっては難しい話だろう。
「……?」
ウルの元へ戻ろうと彼が横を通り過ぎた時、クオンの手に何か金属を忍ばせる。ポケットに手を突っ込み今取りだしたように見てみると、それは十字架のペンダントだった。
(……何で?)
事実、人外のゴーストには効かない。幼さから来る暇潰しとも思えないし、爪で叩いてみるが機械というわけでもない。無線でもGPSでもないこのペンダントにどんな用途があると……?
「ねぇウル、幽霊って__」
また騒ぎだしたジャラを慌てて宥めるウル。彼には悪いが、そのまま相手をしてもらおう。
その反対に、見ている限りルークは思慮深い。シャイルが饒舌に現状を話していたときも、鬱陶しそうに補足してくれていた。
『残念ながら、エリスも私も霊感がパーだ。口座の残高くらいしかねぇ』
『リテラシーボロッボロですけど』
『だからお前ら四人の中に、霊能者がいることを賭けるぜ?いいよな』
『……要するに…あの場に放り出す……あとは、任せる……』
『ホント!?』
『それで、目的は何ですか?僕達はどうすればいいのです?』
『ガキの聞き方じゃねぇだろ……まあそうだな、とりあえず泣き止ませろ。学園で生徒がいつまでも泣いてりゃ困るじゃん、パワハラじゃあるまいしさぁ』
『前回……俺を巻き込んで行った……実際に、泣き止まん……ウザイ』
『ちげーよ!かわいそーつってたろ!?で私達にゃ見えなかったからさ、声だけが頼りで……更に話通じねぇと来りゃあ最高だよ』
『なるほど?だから『生きた』年数が近しい僕らを』
『教師の方が口を割りそうなものですけれど……彼女は幽霊ですしね』
『そういうわけだ!だから今夜、西渡り廊下2階、23時半集合な。許可証やっから』
『わかりました。ロンドにも伝えておきますね』
『……ランタン、持ってこい…』
『はーい!』
ランタンという言葉にいの一番に反応したのもジャラだった。満面の笑みだったものの勢いが凄かったので、気を遣ったのかシャイル達は食堂へ連れて行ってくれたのだ。クオンとウルは苦笑するに留めていたが、直後に「お前も集合な」と一声かけられたルークはげんなりとした表情で彼らを見送ってくれた。
「にしても肌寒いわね……暑さに慣れ過ぎたかしら」
「そうですか?ふぁ~……私、何ともないですけれど」
「子供体温って言うのよそれ」
その言葉にクオンは懐かしさを覚えた。冬場ではよく三人に湯たんぽ扱いされていたので、子供体温とは耳が痛いほど聞いてきた言葉だ。クオンとしては不愉快この上なかったが、二週間後にはうざったい習慣と再会である。
彼らがすぐ背後で声を潜めて話しているのを聞き流しつつ、教師二人の姿を探す。流石に早すぎただろうか。
「あ……」
暗闇に、真っ黒なローブがぽつんと佇んでいた。青い月光に照らされて表面はハイライトがかかっていたが、やはりその顔は鮮明に視認できなかった。彼はランタンを持っておらず、窓がほとんど無い渡り廊下前では人間の視界も不明瞭なはずだ。夜型だろうか。
印象付けたいのは、ウルの蜃気楼のように掴みどころの無い空気だ。彼の場合下手に警戒されることも滅多になく、相乗効果でこちらの話が通りやすくなる。そう思い、しかし振り向くのはやめた。そういえば彼は人狼だ。
期待通り、彼は小さく手を振って明朗な声で言う。
「こんばんは、先生。早いですね」
静かな声が廊下に響き渡り、ルークはこちらに振り向いた。その目が一瞬細められた気がするが、何分フードを目深に被っているので気のせいかもしれない。しかし、物言いたげな表情はよくわかった。
「……あぁ。よく眠く、ならないな……」
「就寝前の読書が日課なものでして。美術担当でしたね、同時に画家としても活動しておられるとか?」
笑顔のウルが顔を覗き込もうとすると、猫背の彼は背筋を正した。上手いかわし方だ。
見たところシャイルの気配はないので、そのまま話を続けてもらう。彼の情報が例え雀の涙ほどであっても調査の足しにはなるだろうが、できれば良い伝手としたいものだ。子供のお遊びで囁かれている”序列”とは、意外と当たりがつくものである。今回の噂だってもしかすると、何らかの事件の痕跡かもしれない。それに尾ひれがついてというのは十分あり得る話だろう。
つまるところ実在の確率は非常に高いが、内容はあるパズルにところどころ、紙で作ったピースを当てはめるようなものである。
__ちょっと待て、画家?そんな話知らないが。
「……そう。知っているのか……」
「えぇ、転校直前に教えてもらいましたよ。まるで写真のようなリアリティに、架空を綯い雑ぜた珍しい作風は界隈も白目を剝く……とかなんとか、結構著名な方なんですね」
「……技術さえ、あれば……。だが、誰も……しないだけ……」
その様子は謙遜でもなく、感情のこもっていない目にはウルの顔が反射していた。現実をありのままに捉える観察眼は危険性が高く、僅かにクオンの眉をひそめさせる。
「はは、それでも先生の絵には一種のセンスを感じますよ。感性なんて人それぞれですから、その中で斬新というのは中々見つかりません」
「…………変な、ヤツだな…」
長い沈黙の後、さらっと話を打ち切る。台詞が徐々に雑になっていたのはどうやら邪推ではないらしい。窓の外に目をやり、にもかかわらず彼はふとしたように言葉を継いだ。
「……人類は、宝の持ち腐れ……。俺は、それが…………」
静かに瞳を閉じる。彼の目に映っていた星は姿を消し、つられて夜空に目をやった。
特に、面白いものも珍しいものもない。何を期待したのだろう。
「……お前にとって……至上の美しさ…そういった、欲しいものが、手に入らない……その虚しさは……趣向が…違う。焦がれ……切なさ……そうでなく、ただ…感覚が、心臓を掴むような……悔い、憂い」
「……悔い、ですか」
ウルを見下ろしてマスクが僅かに動いたが、そのまま黙ってしまった。
後悔と憂いは似ている。もう取り返しがつかない、手に負えない、何故……。
空っぽになった鳩尾の空洞が新鮮な空気に洗われるまで、そして風化するまでずっと腐敗し続ける。まるで溺死体のように膨張しグジュグジュになった傷跡は、次第に膿んで憂愁と化し、一生の不協和音となって抱える羽目になる。そしてその緩慢なフラッシュバックは体をも蝕み、何よりも心労を重ね人を追い込むのだ。
時に自己満足の為、手首を切る人がいるという。誰かに気づいて欲しいか嫌なのか有耶無耶になるか、まだ生きているという安堵を得たいか。どの道自傷行為は鬱を促進させるばかりだが、それでも必ず安寧を得られる。ドラッグのようなもので、その上幻想だとしても確かに笑顔の一つや二つ、造ることができる。咲かせることはないが。
__ヒトは。
ヒトは、そうならない為酸鼻や暗澹に適応したのだ。それが認識に歪みをきたし、縁となるもの以外を軽視する傾向がある。それを理解した上なら注意力が高くなるのは必至で、軽視というのはあくまで認識であり対応ではなかった。だから人外は厄介なのだ。
その時、ウルは不自然に動きを止める。はっとしたように口を開こうとしたが、その場にいる全員から目を逸らして壁に向き直り、明後日の方向を凝視することに決め込んだらしい。
秋風が吹き、木の葉が擦れ虫が鳴いて、鳥が吠える。どことなく哀愁漂う世界は、よく話すようだった。
△▼ △▼ △▼ △▼ △▼
「……一分経ちましたね」
「…………」
熱心に時計を睨んでいたロンドの言葉に、彼らは素直に項垂れる。現時刻は31分、あの人物像から嫌な想像をして頭を振るった。
「来ないなぁー?何か食べちゃって居眠りかなぁ……」
「まさか、もうお腹空いたの?飴食べる?」
「食べるー!やったぁ、流石ウル!わかってる!」
「はは……」
ジャラのらしい言葉に場は和むが、あと9分もすればクオンの堪忍袋の緒も切れる。彼が謝罪で許すのは10分だけだ。
月のおかげで、きめ細かくマシュマロのようにさらりとした肌は透明感を増し、その姿は爬虫類を想像させるほどだ。顔色がいいとは言えないが、本人がそれに気づくよしもない。それどころか、ややあって小さく息を吐いた。
「……ランタン」
「えっ……?」
突然背後から自分宛てに声がかけられ、反射的に振り向く。するとルークは扉を閉めた時のように、流れるような動作でクオンの手から重いランタンを奪った。すっかりお留守になった手を一瞬見やる。これなら動きやすい。ありがたいものだ。
「ありがとうございます、先生」
返事はなかった。
適当に周辺に目をやると、ジャラと目が合うがすぐに逸らされる。ランタンとは彼のことではないのだが……。
そして短気に自分の腕時計を覗いたそのとき、廊下の奥から足音が響く。
「あ、来た?来たかな?」
「一体何分待たせるつもりよ……こんな夜更けに」
不満気な呟きが届いていたようで、暗闇に溶け込んだ向こうからも声が返ってきた。シャイルだ。
「おいおい、酷い言い様だなぁー。私だって寮主任なんだから、こう見えて忙しいんだぜ?」
「……遅い」
「あ?仕事か?集合か?どっちの話なんだソレ」
呆気からんと笑って歩み寄る。生徒の人数確認でもしようとしたのか、見覚えのない新緑の髪に目をとめた。視線を受け止めたマリンも堂々としていて、ポケットから許可証を取り出しジャイルに突き出す。
「2枚あったものですから。エリスが心配なので、同行を許可してもらいます」
ジャイルは目を瞬くが、直ぐに口角を跳ね上げさせた。
「おぅ、勿論いいぜ!人手が増えるのはありがたい話だし、まぁ……あとはしっかりしてそうだから確認しなくていいよな?っし、行くぞ〜」
「は、はぁ……?」
からっ風のようにガサツに場をまとめ、近くにいたクオンとロンドの肩を叩いて急かす。ランタンを持つルークを先頭に、僅かな戸惑いを燻らせながらそれに従った。
△▼ △▼ △▼ △▼ △▼
「まだ0時には程遠いですね……どうします?」
エリスの言葉にクオン達は頷く。確かに集合が早すぎる気がする。
後ろからついて歩いていたシャイルは、しめたとばかりに頷いた。
「あぁ、今まで集めた情報を伝えておこうと思ってな。この前、私とルークでアリスを見に来たって言ってたろ?」
「そうですね。声が聞こえたとか」
「……正確には……泣き声。それも、静かな……」
相変わらずの低い声で呟く。
聞けば、噂は100年前からあるという話だ。つまりアリスはその間、ずっと涙を流し続けていることになる。
出現時間は深夜、ほとんど光のない広い廊下で独りぼっちなのだ。幽霊であるばかりに彼女に話しかけるものはいない。
存在しているのに全てから忘れられるやるせなさ。何処か諦めが詰まった歪みは、どこか既知感があるような……。
「『寮を置き去りにしてしまった』っつーのが泣いてる理由の一つらしいけどよぉ、それだって至高のミラクルな収穫だしな。支離滅裂な独り言のお手柄だ」
「そういえば、アリスは監督生でしたもんね。投票制だから、多分友人も多かったんじゃないかな?」
「へぇ、そうなんだ。選挙らしくていいね」
まだ学園については知識が浅い。ロンドによると、監督生は4年生から選出されるらしい。普通はそれから卒業まで変わることは無いそうだが、双子の跡を継いだクリムゾンとシャルトルーズの子は問題行動を起こし退学になったとか。
エリスの調べによると、幽霊の噂が広まったのもその事件がきっかけで、当初は呪いだとか騒がれていたらしい。しかしグループによる行動だったと判明し偶然かと以後囁かれることはなくなったが、幽霊の話はついぞ消えることなく語り継がれているのだ。
「だから下手にフィクションだとかくだらないとか言われないのね。リアリティがあるし、今年なんて学園のホームページに載っちゃったでしょ?」
「みんな新1年生の期待を無闇に潰さないようにって、ちょっと気をつけてるんだ。それに、時折君達みたいなのがいるし……」
「はは!大変だねぇ、先輩?」
ロンドに恨めしそうな視線を向けられ苦笑いする。
彼にとっては嬉しくないしきたりだろうが、珍しいクオンの冗談に機嫌が治ったようだ。
「ってことは、実際の証言より噂のリアリティがあるから信憑性高いーってこと?それ幽霊の存在自体さ、無理矢理あるみたいじゃなーいー?」
「あぁ、確かに……ジャラって変に鋭いときあるよね」
「ノイズみたい……ってそうじゃなくて、先生が行った時はアリスはいたんですよね?」
クオンは脱線した話を戻し、何とか要点を繋げる。ジャラにはつい流されてしまうのだ。あぶないところだった。
一方シャイルはしかめっ面をしてみせる。
「見えねぇからなぁ、マジで泣き声だけ。今思えばどっかで生徒が泣いてたんじゃねぇかと思うくれぇだ。それでも、私はいたって断言するぜ」
「……人間の、声じゃなかった……」
ぼそっと補足された言葉にクオンだけでなく、シャイルまでもが瞬く。一体どういう意味だと。
人間の声じゃない?何故わかるのだ。彼は重いランタンを揺らし、ゆっくりと歩を進める。
「……響き方。エコーがあった……が、反響は…しなかった」
「エコー?それ自体は反響じゃなかったってことですか?」
マリンの問にルークは頷く。声は一方からしか聞こえなかったそうだ。
「反響……すなわち、反射……収束は…ありえない……」
「根拠にしては弱いかもしれないけど、いると考えりゃ充分な証拠だろ。まぁそこは実際にお前らで実験するし、できれば情報を引き出してついで泣き止ませてくれ」
「わかりました。あぁ、そういえば地下水路で2人は死んだんですよね?鍵もそのとき紛失したとか聞いたことがあるんです」
クオンがずっと考えていたこと。
__無くなった鍵の行方は?
もしかすると、その神獣というのは実在するのかもしれない。人外の身でも馬鹿げた話なのだから、人間にとっては夢のまた夢だろう。
「おう、2つだけ鍵が新品のピッカピカになってなー。それでやっと地下水路に入れるようになったんだ」
「幽霊の証拠ってより、なんか『事件』としての証拠みたい!殺人事件とか隠す為にさ、たまにあるじゃん?スピリチュアルが採用されるの」
「ちょっと、滅多なこと言わないでよ……何でそんな嬉々として話すの?」
マリンに注意されるも、ジャラは不思議そうに首を傾げる。彼女の目が一瞬、バイオレットのバッジに向けられたのは気のせいだろうか。
「でもその線もあるよな。この学園、ルーク調べだと結構な行方不明者がいるんだよ。最近になって来てその数も減少、近年はパタリと無くなってゼロだ。それがこの8年間ってわけ」
「エリスの話でも、霊障が無くなったのもこの8年だったよね?先生、その間に教師って異動とか退職とかありましたっけ?」
「あったらとっくに情報吐かせてら」
物騒な物言いだが、クオンとしてはルークの情報収集能力の方が気になった。名門校という名に泥を塗らないよう、念入りに揉み消されているはずなのに……。
この2人の本質は掴みどころがなく怪しいが、ルークには警戒されているようだったので身動きが取れない。
また、今回の件はライベリー達にも伝えてあった。やはりノイズからの返信は無く、まだ調査が忙しいようだ。ちなみに横にいたジャラがわざわざ返信をしたのに対し、ライベリーの混乱ぶりはとても愉快だった。今一緒にいるはずだろ……?と。
「ねーウル、僕近づかない方がいいかな?」
ジャラはそっと囁いて尋ねる。彼はランタンだ。魂を目の前にすれば、無意識に顔が歪むらしい。そうなると人間に勘づかれるかもしれないし、何よりアリスに逃げられては堪らない。ジャラとしても、食べられないのならしがみつく理由もなかった。その目はきらきらに輝いていたが。
「そうだね……少し気をつけた方がいいかも。できるだけ離れるようにしておいて」
あからさまなのもどうかと気にならない程度の会話だったはずだが、後ろにいたシャイルには届いてしまったらしい。何の話だ?と首を突っ込まれる。
一瞬不味いと彼らを見やったものの、その心配はなかった。
「コレ!僕のパパ聖職者なの。だから僕はあんまり近づかない方がいいのかなーって」
「え。そうなの?お前とんでもねーなジャラ、今度話してみてぇよ」
「えー、でもパパ今日本に旅行行ってるよー?美味しい物食べたいって」
ジャラの手に揺れる十字架のペンダントに、驚愕と納得が混ざって瞬く。なるほど、免罪符に使えるのか。感心したものだが、きっと最後の台詞には本人の願望が詰まっている。
「クオンとウルはね、親の仕事繋がりだよ!2人ともすっごいお金持ちで、たくさん寄付してくれるの!凄いレストラン連れて行ってくれたときもあるんだよー、いいでしょ!」
「はー?何だそれ自慢か?羨ましいなぁオイ、大人気なくすっげぇ羨ましいな!鰻とか?」
「蒲焼き!丼!」
「嘘、腹減ってきた……金が欲しい!この世を支配できるくらいの大金が!!」
「先生、給金全部生活費と変な趣味に費やしてますもんね?私何回も忠告したじゃないですか」
虚しいシャイルの嘆きにエリスが鉄槌を下す。容赦のなさに呆れがこもっているので、恐らく今に始まったことではないのだろう。
時計はまだ10分前。好機と見て少しだけ情報収集に切り替えてもいいかもしれない。
「変な趣味?カルト宗教でもハマってるんですか?」
「んなわけねぇだろ、クオンあとで反省文書かせるぞ」
「わーっ、教師の横暴ですよ!ダメですよ先生!」
「ジョーク!ジョークだから!てかただの護符とか、趣味で呪いごととか嗜んでんだよ。幼い頃日本とか中国に行ったことあるんだけどよ、そんときに神社やら寺社で縁結びとか願掛けとか、恋愛成就に学業成就とか……変に感銘受けて今に至る」
「コイツの勘……十中八九、当たる……」
「藁人形とか部屋に飾ってますよ。先生の自室には行かない方がいいです!寒気がします!」
「それだけじゃただの厨二病じゃねぇか……他にもあるだろ!寒くねぇし!」
エリスとシャイルの言い争いが始まり、牽制する人もおらずほとんどが眠そうにしている。
クオンとしてはシャイルの経歴が面白くなっただけなのだが、もう少し深いところまで行けば人外の存在に触れるかもしれない。彼女については少し取り入ってみて、実際にその効果を試してみてもいいだろう。それこそ興味本位だが、少しくらいなら許されるのがクオンだ。寧ろたまには道草食って調査の幅を広めろと教えられたこともある。
(呪術なら……浮謎さんかな?)
しかし、彼いわくクロヴンと夢ツも魔術を使えるらしい。また教えてもらおうかなと思いつつウルとジャラの方へ踏み出した時、子供の泣き声が響いた。
__うぁぁ……ひっ、ぐすっ……うぁあぁ……
言葉たる声は絶たれ、ただ悲嘆にくれた幼い声が泣いている。情感など二の次の人外でも、何故か胸が引き裂かれるような痛みを感じた。
なんだ、この声は。何故これほどにも壮絶な感情が募っている……?
__恐怖、畏怖、後悔、憂愁、慈愛、自虐、懺悔。
「……?」
ふと横でウルが呟いたその単語の意味は、彼女の涙の意味だった。
身体が凍りつく程の恐怖。
脳が痺れ、手に負えないと瞬時に理解するほどの畏怖。
取り返しがつかない後悔。
何かを想う、忘れることを許さない憂愁。
大事だったものを慈しみたかった慈愛。
全てを取り零した、無力な憎しみの自虐。
赦しを乞うのでなく、勝手な懺悔。
__ごめんなさい……ごめんなさい……。
ねぇ、アリス。
「どうして泣いているの」
次回
アリスとの対話から、衝撃の事実が明かされる__
『地下水路で死んだんでしょう?』
『泣かなくていい。だって君は__』
『ちゃんと守ったんだよ、アリス』
『どうして泣いているの?アリス』




