9裏話.濁流
今回は、オトマーとロンドの勉強タイムです。
「……おい、聞いてるのかロンド」
「え?あ、うん。聞いてる」
ほとんど片言で返事をすれば、向かいに座って本を広げるオトマーに睨まれてしまった。勉強を教えてやっているというのに、相手が上の空では不機嫌になるのも仕方ない。眠いだけだよ、と口角を上げてペンを握りなおすが、脳味噌の方は中々集中してくれなかった。
彼はコーヒーを片手に、訝しげな目で空っぽな笑みのロンドを見つめた。ペンも思うように進まず、明らかにあの転校生どもが原因だろう。だが自分が関わる必要も無し、興味もさらさらないので無視を決め込んだ。気付かないふりでいい。
しかし、ロンドの方が先に噤んでいた口を開いた。
「あのさ……」
「何だよ」
疎ましさを声と顔に出し、最後の手段でとどまらせようとする。しまった、と気づいたときには後の祭りだ。常日頃から怪訝な対応をしているので、大した障害になってくれないのは明白。案の定、ロンドは手を伸ばしかけていた紅茶から遠ざかってしまった。
「うん、さっきあの三人と出会ったの覚えてるよね」
「は……三人?クオンとウルだろ」
「あぁ、後に来たバイオレット寮生だよ。ジャラ・クラーク、前々から繋がりがあるみたい」
「あそこの生徒か、また厄介なヤツだな」
眉をひそめるオトマーに、ロンドは苦笑した。愉快そうな目を隠す気もなく、とするとジャラは想像以上に面倒かもしれない。
「図書館を見ている途中、エリスに双子の噂を聞いて、三人とも物の見事に食いついたんだよ。僕としてはスピリチュアル系を信じたくもないし、でも……。あの二人までも、それで信用されてるジャラも鵜呑みにしてるのが……なんて言うんだろう、違和感かな。まるで、存在を信じてるみたいな。普通ならもっと疑うだろう?ありえない、共通認識であって潜在意識だよ」
「それで?お前は何を厭うんだよ。そんだけならヤベぇ奴らで済むだろ」
確かに奇妙だ。しかし、それだけで他人の時間を浪費するほど彼はヤワでない。続きを促せば、彼は緊張した面持ちで椅子に背を預けた。
「まず彼らは、何故かエリスとシャイル先生のオカルト探求に参加した。それも頭が痛いんだけど、もっと現実的に悩んでるのがさ……これ」
そう言って、ポケットからメモ帳サイズの白い紙を取り出す。
「許可証?二つも」
「そう、シャイル先生とルーク先生の。今夜、西の渡り廊下に僕と三人、エリス、先生二人集合予定なんだよ」
「はぁ……?まさかアリスの件か」
途端、ロンドは褪せた青い瞳を曇らせる。
「何で知ってるんだい?まさかとは思うけど、あそこにある本全部読み切った……?」
「んなわけねぇだろ。興味本位で尋ねたら、エリスの語りに付き合わされただけだ。まぁ、話自体は面白かったがな」
減らず口を叩いてにやっと微笑むと、ますます呆れ顔を向けられる。彼女のオカルト好きは有名だ。流石ご令嬢と言うべきか、普段ははつらつ元気で他の生徒と談笑しているが、一旦引き金に触れればオカルトだ。幽霊、神獣、オルゴールの怪談話やジャパニーズホラー、スパニッシュホラーなどとんでもないモノを饒舌に喋りだす。
「それじゃ、令の噂については」
「あぁ、前情報は完璧だ。でなんだ、オレに着いて来いって?」
「そうだよ。僕は、なんだか……虫の知らせって言うのか。嫌な感じがこびり付いて離れないんだ」
はぁ、と珍しく重い溜息を吐く。気だるげな目は明後日の方を見つめていて、自然と眉をひそめつつ一通り思考を巡らせてみた結果、オトマーは彼の提案を受け入れることにした。
普段なら絶対に断る。しかし、何故か滞っているのだ。何か、大事な考え方が滞っている。まるでいつもの充足感ある脳内の回路が、濁流にのまれるような。それが、彼にとって現状最大の違和感だった。全ては、あの転校生が来てから。
「……わかった、着いて行ってやる」
「本当に⁉意外だな……いつもなら、一言目で断るのに」
「ただし」
嬉々として腰を浮かせるロンドを遮る。こっちだって、タダで協力するつもりも全くないのだ。面倒なことに変わりはない。
「最初っから堂々と首を突っ込みはしねぇ。まずお前が行け。オレは……」
そう言って彼から許可証を一つ奪い取った。
これで、合法の共犯者である。
「……アイツらの欠点か」
「そうねぇ、慣れているものね。ゴーストだって人外であることに変わりないし」
彼はそう言って、地面に放置されたベッドサイズの黒い箱を見やる。自分はその箱の横にかがみ、埃で薄汚れた部分を払う。掠れた文字は人間のものでなく、仕方なしに彼を手招いた。
「ん?あら……まさかとは思うけど、これアイツの?何であのバカが」
箱を開く。ちゃんと、治っていた。これなら簡単な自立機能も搭載できるはず。
しかし、彼に頼んだ覚えはない。あのハッカー、とんでもない伝手があったようだ。
「どうする?今後もアレに頼んでいいのか」
「ハッ、今更よそんなの。もしボロが出れば、その時はぶん殴ってやるわ。必ず殺す」
いつになく真面目な目をしている。彼は鮮やかな真紅の髪を翻し、陽の光から徐々に去って影の中へ戻った。屋根裏は埃っぽく、季節にもかかわらず暑いので、彼女も汗がだらだらと流れている。塩分が欲しいところだ。
「そうか、じゃいいか。なぁコレそうする?できれば今週中に復活させてぇんだけど」
「まぁ、アタシの影もそろそろ限界よね。明後日までには確認終わらせておくわ」
そう呟く彼の目は、何処か寂しげに見えた。
彼女が、寂しく思うような瞳だった。




