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Fake and Liar  作者: うるフェリ
長編シリーズ1:赤い学園編
24/43

15.幽かな痕跡

「霊障がない?」

何故……。

「朝も言ってたね、図書館にいるってさ」

「オトマーは本の虫だから。大抵そこで変な本読んでるんだよ」

二人の前を歩くロンドの話を聞きながら、広い廊下を進んでいく。もともと生徒が多いのか、新人のクオンとウルが通りかかっても全く反応がない。ウルの目を物珍し気に見やる者も多かったが、大して気に留めなかった。

ロマネスク建築の廊下は広々としており、端で固まって談笑する声が響き、扉の軋み音も絶えなかった。

そういえば、とクオンは周囲を目だけで見渡して思う。

(学校ってこんなだっけ……)

天井は高く、建築様式や喧騒、話している内容のくだらなさも何も変わらない。ただクオンはほとんど机に向かってペンを握っていたので、それらが一体何の意味を成すのかわからなかった。もっと有益なことはできないのか、対象が何であれ建設的な経験を積もうとは思わなかったのだろうか。そんなふうに凝り固まった性根は未だ思考の片隅にこびり付いている。

宴が言っていたことに少々拍子抜けしたのもそのせいだ。価値でなくとも意味を成すのか。

いや、そもそもの話『意義』と『意味』は別物だ。それを忘れていた自分もまた、愚かだったのかもしれない。

世界はもっと広かった。

「あ、そういやイゾルデ先生に書類は提出した?」

「え……やばッ、すっかり忘れてた。今からでも間に合うかな?」

「職員室は行く道で通りかかるよ。先生は……変な人だけどまあ、滅多に怒らないから大丈夫じゃない?威厳はある」

威厳と言う言葉に首を傾げる。なにがどうであれ、会えばわかる話だ。


コンコン、と白い扉をノックする。しばらくして冷たい扉が緩慢に開き、出てきたのはフードを目深に被った黒いローブの男性だった。長い黒髪が奥から覗く。

「……転校生か。何」

マスクの奥から低い声が響く。機嫌がいいとは言えなさそうだ。

「失礼します。イゾルデ先生はいらっしゃいますか?」

「……あぁ、書類。寄越せ……アイツ不在」

「いいんですか?ありがとうございます」

静かに言われ、口調はともかく嫌な感じではなかったので素直に渡す。そのまま流れるような動作で扉が閉められ、二人は唖然として空虚な扉を見つめた。背後からロンドの声がかかり振り向く。

「あ、ルーク先生って普段からあんなだよ。喉の持病らしくて声出すの嫌いなんだって」

「へぇ~、眼の色綺麗だったね。赤」

「あの先生美術担当の、クリムゾン寮主任だよ。序列上位って皆囁いてるけど、にしては色んな先生に振り回されてたりするお人好しだからね」

赤い目、それでクリムゾン主任とは面白い。彼自身赤が好きなのだろうか。逸れた道を戻り、廊下を出て中庭の石畳を進む。晴れた昼の空に陰のある雲、太陽光を七色に反射する噴水は彫刻のように美しい。小鳥が木から水場に集い、あまり警戒心は無さげだ。

「イゾルデ先生はね、歴史担当の先生達の大先輩だよ。長い事この学園で教師してるから色んなことに詳しいし」

「だから威厳?」

「視線が怖い。授業中寝ようものなら女王の眼差しが一瞬で飛んでくる」

「何ソレ!」

三人で笑いながら歩いていると、すぐ目の前に図書館が目に入った。今まで建物の影に隠れていたようだが、そもそも図書室でなくれっきとした図書館だ。協会の図書館なら厳しい目つきの職員が万年筆を握りしめ館内を巡回しているが、流石に一介の学園でそのような異常事態はないだろう。

横では見慣れない眼鏡をかけたウルと、礼儀正しくも幼稚さが残るロンドが楽しそうに話している。その間にクオンはスマホを取り出し、グループチャットに報告をいれる。


『例の噂から手つける。何かない限り1時間後に報告する』

『了解。学園内のネットワークハッキングしてみる』

『了解。こっちは生徒プロファイル探し当てとくわ。しばらく隠密状態』


ノイズとは連絡がとれなくなるようだ。今のところ大した動きもないので、二人で始末できるだろう。

ウルはこちらに目をやってウインクをする。その情報収集能力が羨ましいものだ。

「はい、ここが学園人気スポットの一つ!ファルベ図書館だよー!」

誇らしげに図書館を指し、図書館の扉を開いて中に入る。

三人を飲み込むようにして広がる内部。協会と比較すれば小さく感じたが、彼らの視界に収まる画角には十分な迫力があった。

「うわ、すご。これ所蔵数どれだけあるんだっけ……?」

感心の声を漏らすと彼は先へ先へと進みながらクオンの問いに答えた。

「30万冊だよ!平均所蔵数は12万冊なんだけど、ファルベ図書館は学園管理下のものでも有数の文化施設なんだよ。凄いでしょ!」

「へぇ。確かにその位はありそうな書棚数……」

ウルは感慨深そうに書棚を眺める。どこかうっとりとしたその瞳は、『瞳孔不同』ということで通っている。その名の通り、片方だけ瞳孔の大きさが違うのだ。それに重ねてオッドアイなのだから、珍しいったらありゃしない。奇怪なものだと眉をひそめられる事こそなけれ、しかし伝統を重んじる名門校、厄介な人間も多いのだ。

さながら蠅ではないか?

「オトマー、普段は何処に?」

「偏りがないから色んなとこ。でも、最近は天体とか見てるよ」

「あぁ、朝も読んでたね」

天文学ならクオンも学んだことがある。しかし、とてもあれくらいの歳の子供が早朝から読むものではないだろう。ただ単に人間を軽視しているのでなく、幼い子供にとって面白い要素などない。他に読み物はなかったのか。200年生きた自分は別として、オトマーは不思議な少年だ。

それにしても、とクオンは感心して通り過ぎる背表紙を眺める。

「哲学書まであるんだ。超訳ね……」

「既に解釈された?」

「そうとも言える。嚙み砕いて説明してくれるんだよ」

ロンドはあまり興味が無いようで、ウルの言葉に曖昧に頷く。知ったかぶりをするよりよっぽどいいが、謀る二人の知ったことじゃない。

正面の階段を上がり、そのまま三階まで直行する。天文分野は三階の端にあるらしく、彼はその日が当たる隠れスポットでのんびり午後を過ごしているとか。乾燥した空気が涼しく、目を覚ました始めた北の息吹きから逃れるにはうってつけのスペースだ。

ついこの前まではじりじりと肌を灼く太陽に嫌気が差していたというのに、今では焦がれるほどになっている。あと何年この憂鬱を感じていられるだろうかなどという暢気なことを、焦燥の鎮静剤として用いた。

生徒として騙る間だけでも気を休めればいいのに、ウルにはクオンがそうできないことも知っていた。真面目一辺倒というわけでないが、どうしてか堅い気配が童顔を厳格に見せている。それでいて底なしのカリスマ性、不思議と人ビトに気に入られやすい芯の部分が見え隠れしているのだ。子供特有の天真爛漫さがといえば良いものか、時折現れる、背伸びして気遅れ態度が庇護欲をくすぐるのか。

「……あれ。ジャラは?」

「ジャラ?誰だい?」

ロンドの言葉にあたりを見渡すも、色とりどりの背表紙と見ず知らずの生徒だけ。確かに図書館に伝えたはずが、そういえば返事がなかった。単純に返信できる状況ではないのだろうと思っていたが、何かあったのかもしれない。彼のことだし早々にゴースト見つけたというありうる。

しかしウルはそういった示唆をみせなかった。

「一緒に転校したきた子。多分後で来ると思うよ」

「そうなの?ちゃんと僕にも紹介してね!」

「もちろん!ちょっと騒がしいけど、まぁ気にしないで。良い子だから」

満面の微笑みたたえるウルに呆れて口角上げる。何が『ちょっと』なのだろう。そして、視界の端に映った黒い髪に目を留める。

「あ、いた。オトマー!」

窓の側にある木製の椅子に座り、ほんの山と向かい合っているオトマーに手を振る。彼はぎょっとしたように顔を上げ、三人を見つけると大げさ溜息を吐いた。組んだ足に乗せた本を閉じる気もなく、ただ気だるげに駆け寄ってくるロンド達を眺める。

「やっほ!結局今日三回しか授業受けなかったね!」

「新任が気になったとおまけで三回も出席したんだ。寧ろ伝説だろ」

「いやいや、一回丸一日受けないと精々御伽噺だよ」

「十分架空の分類されてんじゃねーか」

つまるところサボるか一回の出席かと言うことらしい。滅多に教師の未知の話を聞かないでありながら、真面目な生徒より遥かに好成績とは感心する。彼なりの努力の成果か、はたまた非常に要領がいいのかは知らないが、将来の見込みがある。

「で、何?お前らと一緒にツアーガイドしろって話なら断る」

「えー!なんで、ずっと活字に飢えた狼みたいな形相で読書してるじゃないか。気分転換しようよ!」

「必要ない。他を当たれ」

少々厳しい抑揚でそう言い放つと、ロンドは唇を尖らせる。オトマーはそのままフン、と本に向き直って三人を拒絶した。これ以上は時間の無駄になりそうなので、仕方ないよとロンドを促して艶やかな階段に戻った。せっかくだし上から効率よく見て行こうと決まり、意外にも潔い顔の彼に拍子抜けする。

「んー、頑張って探し当てたのに惜しいなぁ。オトマーの興味を惹くことさえ起こればいーの…にッ__!?」

名残惜し気に背後を振り返ったところで階段を踏み外し、慌てて手すりに縋り付く。怪我をしてくれれば彼の願望も叶っただろうに、と思いつつも助け起こした。チラと見てみるも、読書中の彼は気づかなかったらしい。クオンは内心眉をひそめる。

「大丈夫?怪我は」

「してないと思う……。ありがと、もうさっさと行っちゃお!」

契機にはなったらしく、彼は元気な歩調で階段を上がっていった。

行く道で聞いたが、この図書館は五階まであるらしい。先ほどの光景だけでも唸るものだったが、実際にはその五倍もあるのだ。明朗快活な彼の様子に、僅かにも学園に感嘆を滲ませた相槌を打った。すっかりこの楽園と呼ぶにふさわしい学園に馴染んでいる。毎日に充足感を得て、さながら甘音の作ったミートパイのごとく膨大な日々を連ねているようだ。そんな温室育ちにしては責任問題にもよく則った__例えるとビュッフェ式の食事や、起床から授業までの時間等だ__プロセスである。

流石人間、とクオンは皮肉に感服を綯交ぜて嗤った。


四階に辿り着き、二人は前回とはまた違う雰囲気に目を瞬かせる。壁には『オカルト・ミステリー』と丁寧に書かれたポスターが貼られている。他のかいは壁が白かったが、ここだけは黒いレンガが敷き詰められていた。

「ホラーとか好きならここがおすすめ。僕はあまり読まないけれどね」

虚ろな目を逸らす。視線の先には階段があり、早々に下へ進むつもりだろう。特に見たいわけでもなし、合意を示そうと足を踏み込んでジャラの言葉を思い出す。

「ちょっと見て行かない?ゴーストの噂とかあるんでしょ、面白そうじゃん」

「えぇ……!?そんなの誰に教えてもらったの!」

「学校のホームページにあったよ。流石英国、ホテルの検索欄みたい」

「もっと掲載する情報なかったの!?今年作ったの誰……!?」

あからさまに嫌な顔をし、抗議するつもりで開いた口はそのまま呆然としていた。視線は二人の背後に注がれていた。

「__ウーーールゥゥ!!」

やたらと大きな声とともに背中に激突したのは、見慣れたオレンジの頭だった。上品な紫に光るバッジ、問題児寮の証だ。

「うんうん、久しぶりだねジャラ14時間ぶりだねぇ。あぁ、ロンド。この子がジャラ・クラークだよ」

「あ、何かいる。いいな~、二人とおんなじ寮なんて……いっそ入れか__ぐっ」

不穏な気配を隠すべく飴玉を口に放り込み、唖然としたロンドに向き直る。バイオレット寮生はとてもじゃないが付き合え切れる者がおらず、どこかしら異常な子供が入る寮だ。とりわけ尖った者が多く、極力関わらないように忌避されている。

彼が入った理由も何処か察するものがある。

「さっき言ってた転校生の?え……っと、初めましてジャラくん、いつも二人には助けてもらってま」

「もー、いいからいいから!敬語とかもナシ!だめっ!とりあえず双子ゴーストの噂知りたい!」

「君も!?」

「こらジャラ、あんまり困らせないの」

「ウル、スマホのパスワード忘れた!教えて!」

「えぇ!?もう、今回だけね……」

来て早々騒がしいジャラにらしいなと笑いつつ、後にオトマーとのカミングアウトを企む。きっと面白いことになるはずだ。

「おっけ覚えた!ね、行こ行こ!どんな噂か具体的に詳細まで事細やかに正確に知りたいの」

そんな風にジャラのペースに乗せられ、オカルトエリアを探索することにした。ナイスタイミングである。

「にしてもさ、ここ天井めっちゃたっかいよね!」

「梯子いっぱいあるね、映画見たい」

協会にもあったので大して気に留めなかったが、確かに書棚を見る度に必ず視界に入る。紙特有の匂いが充満していて、何処か親近感もあった。

適当な感想を頭の中で並べたてつつ歩いていると、クオンの頭上に紙が降って来る。落ちたそれを拾ってみると、綺麗な文字で『アリス、ドロシー』と書いてある。

「……御伽噺の?」

確かにホラー要素満載ではある。そんなことを訝しげにも思っていると、三人よりも先に高い声が降って来た。

「あっそれ私のです!ごめんなさ__ッ」

突然断ち切られた声と悲鳴に驚いて上を見上げると、白い長髪の少女が梯子を踏み外し宙に浮いていた。

「ちょっ、危なッ!?」

小柄なおかげか存外軽かったので、咄嗟にクオンが受け止める。思った通り、彼にキャッチされたのは体育で何度もすっころんだエリスだった。本日何回目の転倒なのだろうか。真剣に気になる。

「あぁぁぁ……!すみません、私本当に運動神経マイナスで……」

「マイナス……とりあえず無事でよかった」

「えぇ、ありがとうございます。ところで私の……」

「あぁ、コレ?はい。ここオカルトエリアだよね、好きなの?」

クオンがそう尋ねると、エリスは乱れた髪を直しながら言った。

「はい!怖い話とか怪異とか……最近噂になってる双子ゴーストについて調べていたんですけど……落ちてしまって……」

可愛らしい顔がみるみる暗くなる。暗澹(あんうん)たる気配に慌ててウルが話を戻した。

「さっきの紙、アリスとドロシーって書いてたけど例の噂の?」

「その通りです!知りません?昔からあって、最近また流行りだした奇譚」

「僕ら最近転校してきたばっかだから知らないの。どんな話?教えて!」

ジャラの言葉にエリスはふわりと笑った。桜のようなやわらかい瞳が柔和に細められるが、内心跳び回ってはしゃいでいることだろう。

「勿論です!立ち話もなんですし、あちらで座って話しましょ。紅茶淹れてきますね!」

「あぁ、それなら僕が淹れてくるよ。先に座ってて」

「あ、僕も行く!」

軽快な仕草でエリスを席に促し、そのままジャラとドリンクバーまで歩いていく。エリスは感動したように、ロンドは感心したようにその背中を見送った。

勿論、二人が代わったのはこれ以上エリスがトラブルを起こさないようにするためである。

「凄い……本物の紳士って流れる様に立ち回りますわね……!」

こんなドジな天然でも、名門校に入学しているあたりれっきとしたお嬢様なのだ。

「僕のお兄様に似てる……」

「ロンド、お兄さんいるの?」

にしてはしっかり者である。ロンドはウルの言葉に嬉しそうに口角を上げた。

螺旋階段のすぐ横にあるソファスペースで雑談をしている内、二人がお盆に紅茶をのせて戻って来て話が始まった。


「噂というのが、100年前からある双子の少女の話でして。アリストドロシーと言う、それは仲の良い二人だったそうです。アリスはクリムゾン寮監督生の大人しく繊細で、ドロシーはシャルトル―ズ監督生で快活な子と、性格は対極ながらも不思議と馬のあったようで。学園では優秀な成績を収め、絵に描いたような……所謂(いわゆる)成功者の卵でした。監督生は夜11時まで寮内の巡回をするのですが、彼女たちはその時間を過ぎて、図書館から繋がっているという地下水路で遊んでいたらしいです。そして五年生最初の夜、いつも通り地下水路に行き、……そこで”神獣”に食われ死んでしまった。以降、図書館とクリムゾン寮を繋ぐ渡り廊下から少女の泣き声が、夜中の12時に大広間の噴水に近寄ると、怒り狂い悪霊化したドロシーに憑りつかれるか連れていかれるとか……こちらは実際に行方不明者も出ていまして。それで、コレは密かに生徒間で囁かれているのですが……地下水路には大蛇が棲んでいて、それが”神獣”の正体ではと。神獣と言うのも畏怖からきておりまして、オカルト嫌いからは怪異とも言われてますね。近年にも、肝試しと言って夜中に噴水へ近づいてしまった生徒が行方不明になっていて、その後姿を見た者はいません。万一生還しても、正常な人と鏡覗くたびに褪せた金髪が一瞬見えたり……私が知っているのはこのくらいですね」


あ、でも現在進行形で霊障に苦しめられている生徒はいないらしいです。



「どうにもきな臭い……けれど、面白そうね」

芳醇な赤い紅茶を片手に、彼は呟いた。













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