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Fake and Liar  作者: うるフェリ
 
17/43

11.喘鳴

兆候

「でさ、今からパリ行くんだよね?」

ジャラは何処からか持ってきた椅子に座ってそう尋ねる。

午後三時にパリ、中規模の歪みが発生すると観測部から通達が来たのだ。昨夜の事である。

「そういや。詳細はどうよ?」

本部からの情報は大抵、クオンの端末に送信された。色々作為は飛び交っているが、何はともあれ本人が納得しているので黙っている。彼は言われてタブレットを取り出しメールを開いた。

「パリ近郊のフォンテーヌブローの森だって。人払いはあらかじめしてんのと、瘴気の漏洩量から考えて拡大の可能性は無し。あと観測課の予測脅威指数は蜘蛛型以下らしいけど」

「マジかよ、また……」

虫嫌いの職員の天敵、Bランク蜘蛛型のマガ。簡単に言えばタランチュラを大人三人分巨大化させたもので、下手すればマンションサイズに到達するものだから溜まったモノじゃない。ことごとく失活する勢いに溜息を吐き、その横でノイズは愉快気に笑う。

「あ~、そういや最近イギリス付近歪み発生多いよな。遠征にほとばしる日々がええ加減懐かしいもんやで」

「そっか、前ロンドンだし。甚だしいというか抜け目がないというかさ?」

何処まで目論見なのかわからないが、どのみちかく乱材料としては見事なものだ。というより、そもそもの話歪み自体はトライアングルの管理下にあるのだろうか。

「あ!それで思い出したけど、アビスの進行は僕とウルで停滞させてるから時間は腐るほどあるよ!まぁ元がマイナスだったからやっと釣り合う感じ?」

「嘘だろ?俺ら何百年救世活動したらいーのソレ」

いくら不老不死で長寿だろうが限度がある。すると、ウルは苦笑し助け舟に見せかけた泥舟を差し出した。

「今後の展開によるかな、現状頷くしかないけれど」

「好転続きやったらサクッといけるんか?」

()()()いけばね。ただ僥倖を何度重ねればいいか、それも寿命が心配になるくらいだよ。常にこっちの一枚上手更に先手を打ってくる。正直僕も懊悩してるくらいには」

眉尻を下げ肩を竦める様子に軽く絶句する。人狼は悠久の時を生き、その履歴は底知れない。そんな時のお墨付きの知見を唸らせるほどの相手をたかが数千、数百生きた自分達が太刀打ちできると本当に思っているのか。

その時、何の予告もなくパソコンを睨んでいたバグが振り向く。

「お前ら、話聞きゃ浮謎とも接触してんだろ?」

「知ってるの?」

予想外の台詞に心臓が凍ったようだった。

唖然として聞き返せば、彼は黒い瞳に呆れた色を浮かべて微かに口角を上げた。

「言ってもウル経由の知り合いだが、アイツの得体の知れなさと寄越す情報の真価は比例の関係にあるぞ」

にわかには信じがたいが、彼が言うのならあながち間違いでもないのだろう。ヒトをみかけで判断するなと身に染みて理解した典型的な例が、横で無遠慮にタバコを吸っているノイズである。

ふとバグは真剣な顔で台詞を付け加えた。

「それと、あの情報屋に関しては絶対侮らない方がいい。ココで議論した内容まで筒抜けだからな」

「それはなんとなく予想つくねぇ……つっても価値に一々含みあり気なんだよな」

「対価の件?救世法とか聞いたら世界寄越せって言いだしてもおかしくないしね」

つまるところ払う対価の大きさで情報の真価が読み取れるのだ。

「本人もそれをわかっているから直前まで引き返す機会はいくらでもあるんだよ。彼の思考回路は精製されている。倫理観を()()()()()部類だから」

知ってはいても、そこに感情を伴わない。道理に使われるのではなく活用する類のヒトなのだろう。そう思えば、悪魔達はまだ温情ある種族かもしれない。対象は偏るものの己の人生において重要視される者にのみ愛着が湧き、他は基本無関心だ。大抵の人外はそうだ。下手に他人に構えば悲惨な顛末は目に見えているし、何しろ人外は詐欺が異様に多い。

からこそ最低限の個人にしか情を持たないよう、信念を一貫するよう進化してきたのだ。あくまで環境に適応したまでの話であり、本性的な部分の断片でもある。

ふと吐いた煙目で辿る。唐突に思い出して壁を見回し、腕時計に視線を戻した。

「あ、時間ヤバない?今三十分前やしそろそろ戻ろうや」

歪み発生時間の誤差を考慮し、五分前には到着しておきたいところだ。ジャラは空気を察して椅子を掴み、戻してくるー!とてくてくと部屋の奥へ消えていく。

「じゃもう経過も確認したし、とっとと行ってこい。あと時計は棚の上だ、壁にはかけてない」

「バグって目敏いよね~?」

「はいはい、お前はウルの言うことちゃんと聞けよ」

「わかった!」

そう満面の笑みで答えたジャラを横目に、ウルは柔和な笑顔で彼の基準と言う概念について考え始める。これが一体何回目なのかも知らずに。


△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


本部へ戻り、そのまま広場へ直行する。エレベーターから三階で降りたところ、入り口付近に薄い緑のメッシュが入った灰色髪の職員が視界に入った。彼もこちらに気付いたらしく、一つ会釈すると静かに口を開いた。

「お待ちしておりましたよ、一級の皆様方。観測部空間異常課のトリスター・エバンスと申します。以後お見知りおきを」

顔の造形にまだあどけなさが残っており、まだ若いのだろう。一級勢揃いを見れば僅かに胸中を怯ませる者が多い中、目の前に立っている青年は将来有望である。その黒い包帯の奥が虚勢でなければ、の話だが。

「何か?今任地に赴くとこだったんだけど」

追加情報ならクオンの端末に送ればいい。わざわざ人を寄越すところ、優先順位の高い用件らしい。とは言え時間もないのでクオンが率直に尋ねると、彼は静かに威圧する気配を表した。

(お、コイツ任務課の方が向いてるんちゃうかな……?)

まぁ若すぎるのも問題だが、今更である。

「申し訳ありませんが、上からの命令です。同伴者について少々質問させていただきます」

「別にいいけど、いつの間にそんな規則厳しくなったわけ?協会」

「貴方方はご自身の立場を理解しておられないようですね。特位の友人とは、あくまで言い様ですが?」

「お前機敏やな、まだ五百歳くらいちゃうんか?知っての通り任務直前や、やんならはよ終わらせぇよ」

彼がかなり短気と悟ると、これ以上ヒートアップされる前にノイズが促す。彼は一瞬間をおいてわざとらしい咳を一つすると、抑揚のない声でウルとジャラを尋ねる。

「……それでは少しお時間をいただきます。失礼ですが、種族をお伺いしても?」

「ええ、勿論。僕は亜人のウル・トーグルと言います。コチラはジャック・オ・ランタンのジャラ・クラークです」

ウルの答えに、彼は感慨深そうに頷いた、

「亜人ですか、珍しいご友人でいらっしゃる。所属は?」

「ありませんよ。こちらには久しぶりに遊びに来まして、クオン君の話を聞きつけたわけです」

「そうですか。見かけによらず随分と長寿とお見受けいたしますが?」

「さぁ……ジャラは五千代です。それ以上と思っていただければ結構ですよ」

そう優しく微笑んだウルの目に、ほんの一瞬だが得も言われぬ悪寒が背筋を這った。軽い戦慄、時計の長針は十分前を指している。トリスターは依然としているが、密かな深呼吸の動作を見逃す者は誰一人としていなかった。

これ以上は四面楚歌の領域と察して一歩退く。その頬には緊張が滲んでいた。

「ご協力助かりました。質問は以上です、お時間をいただきありがとうございました。このまま上に報告させていただきますが、特に不審な点はないので基本的には自由にしていただいても差し支えないかと存じます。さて一級の皆様、ご健闘をお祈りします。では失礼いたします。」

「えぇ、ご苦労様です」

「ご苦労さま!」

ウルは彼が足早に横を通る瞬間まで柔らかい微笑で凝視し続ける。それが余程気味悪かったのか、心なしか去って行く彼の姿勢が強張っていたような気がした。

さあ、これ以上彼にできることは最早ない。早々に目を逸らし、楽観の体裁を崩さないノイズはにやりと笑んだ。

「……流石に見逃さんかったか。壱鬼らは兎も角なぁ、よそもん連れとったらそら訝しがるわ」

機があれば任務課に異動させるつもりだろう。監視下に置くと同時に、有望な人材入手である。

ジャラは静かに後ろ目で通路の奥に振り返る。もちろん、そこにはもう『監視人』はいなかった。


△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


生温さが残る、涼しい空気。枯葉の匂いまではまだ気が早かったようだが、碧空は遠く広々としていた。

パリの外れにある人気のない森の中、無秩序に並ぶ木々と砂岩のオブジェ、フェイスベールのような木の葉。個性的な地形が人々を魅了し、訪れる人々は日々絶えないらしい。

「……だって」

「よく人払いなんかできたねぇ協会も、フツー苦情もんなんだわ……」

どんなきな臭い話をばら撒き脅したのかは知らないが、あまりに横暴な所業である。とても言えた立場ではないがついつい指摘してしまう。

「人外ならトライアングルの圧力で片付くからね。人間相手だとそうもいかないさ」

「全人類のポストに脅迫状送り込むわけにもいかないし、庇護してあげてんのにこのザマだからねー。かと言って協定とか御免だし」

「アイツらなら駆除とか喚きだすで。宗教ってムズイからなぁ、悪魔が悪魔的な事してんのに悪魔やあらへん言われても困るやろ」

「ガチの悪魔の証明~つって?」

「うっわ上手いこと言うじゃん」

証明できないし、照明を理解できないだろう。悪魔でなければ何でもないのは確かだが、宗教的な悪魔とは一切関係がない。しかし忌避されることも一切の躊躇なくこなし、人外としての適応とは言え思考も偏っている。表面的にそれを知った人間は、正当化にうってつけの材料を手に入れるわけだ。

まぁ敵うと思えば愚かしいモノだが。

「悪魔そのもの、というのも的外れではないだろう。科学では証明しえない力、故に血みどろの界隈だ。そうは思わないかい?」

「いやいや、そう思えば人間もおっそろしいもんよ?下手なおれらのやり方より効率よさげな……ほら、アイアン・メイデンとか作りよる」

「見た目仰々しいしな、アレ。インパクトの塊だわ」

あの中に放り込まれて喜ぶ人間はいないだろう。ヒトでも眉をひそめるほどだ。

ふと静かなことに気づき、背後に振り向く。すると、そこには木の根元に座っている二人がいた。途端、落ち着いたオッドアイと目が合う。

「ジャラ寝てんの?やけに大人しいと思えば」

「寝てるね。色々あったし、精神年齢は人で言う11歳程度だから」

「えっ?そうなの?」

ライベリーの横から、彼ほどもある岩の上に寝転がっていたクオンが首を出す。ちなみに明確には不明だが、彼の精神年齢は14~15歳ほどだ。驚愕の眼差しを向ける彼らに、ウルは穏やかに微笑んだ。

「成長が緩慢なのは内側も同じだよ。経験が活きてるだけ」

「へぇ……としたら、ジャラって意外と身長あるんか?」

「どうかな?まぁ食に恵まれてはいるね」

随分と曖昧な答えだが、前々から話を聞く限りランタン達自体がそういう存在らしい。

「でも僕らみたいに種族で傾向あるしわからないんじゃない?平均とか」

「そりゃそうだな、思いっきり棚に上げてたわ」

和気あいあいと雑談を始める彼らを、少し離れた木の根元に腰を下ろして眺める。

こうして楽しそうな彼らを見るのは結構好きだった。そもそもの話、大半の種族が不老不死である世界も珍しい。いつもは軽快な時の流れが攫って逝ってしまう充実をこうしてガラス細工のように見つめ、記憶する。ウルはただ長い時間を生きただけではない。人格がある以上、何らかの信念を持っているものだ。ただ……。

__人狼にとっての信念が何かわからない。

世界の庇護。それなら納得がいく、しかし腑に落ちない。何の為に世界を超えて存在しているのか、森羅万象に共通して必要なものとは何なのか?

御託を並べ立てているのではない。その真実が知りたいだけだ。

横で眠っているジャラは、相も変わらず愛嬌のある子だった。本当に腹黒い部分がなく純粋無垢なのだから時に扱いに困るが、彼の場合も『種族の壁』が大きいモノ達のひとつだ。純粋過ぎて何を考えているのかわからなくなってくる。それでも彼の愛想のよさが人ビトの感性を掴んで離さないのがまた、気味悪く思われる要因だろう。

彼が何を考えているかなんて、普通は手に取るようにわかるはず。彼がいかに欲望に忠実な自制心であるのか、日頃見ていれば腑に落ちるものがあった。相容れないとはまさにこういうことを指すのだ。

噺を戻すが、彼はガラス細工の脆弱さを記憶に染みて理解していた。どれほど幸せだろうと至高の結末を迎えようと、やはり最期に来るのは無だった。

消える。死んでいく。どんな物語も記憶は掠れ、いつしか風化してしまうものなのだ。それを一人で覚えていた。言うなれば彼は、放浪する図書館のようなもの。

だからこそ、彼が好むのは果てしなき物語だ。

だからこそ、守り切れさえすれば失われない彼ら自身を見つめている。

賭けだった。

世界に存在が許されるなら、何も喪失の必要なんてない。それが可能な唯一の存在であるウルは、そうして無限に有限を迫っていた。

__既に未来永劫を生きた身でありながら。

「……」

ふと、頭の中に直接音が響いた。オルガンをトン、と叩いたかのような深い音色。

ウルは目を細めて微笑を浮かべる。すると彼らは緊張した目線をウルに投げ、会話の路線を変更した。

流石一級だ。彼らはくぐってきた修羅場の格が違う。過度の緊張を抱えず、寧ろ妙な高揚感に心が静まっているようだった。

あぁ……あるよね、そういう時って。

人知れず口角をあげ、心の中で共感の意を示す。

短いが、そこが正念場だ。その一瞬の時に舵を切る方向で全てが変わる。それだけ運命と言うのは単純なものなのだ。

ふと木に寄りかかっていたジャラが身じろぎする。流石に今覚醒されると戦闘に参加しかねないしそれは困るので、内心焦って優しく頭を撫でてあげると彼は安心したようにまた眠りに落ちた。

周囲の人はよく言う。兄弟みたいと。

いや、ここまで一方的だと保護者ですと言おうが容姿がこうなので仕方がない。姿は別に変えられるが、性格上マッチするのがこうだった。ウルは空間に目を凝らす。

その時、風が止まった。髪は重力に従ってフッと垂れる。

空気中で戯れていた木の葉達は水に落とした墨汁のように重々しく緩慢に動きを止め、彼らを見物するようにちりばめられた。

空間にレンズぼかしのように黒い霧がかかる。精々視力が低下したような錯覚を覚えさせるだけで、勘が効くものにほとんど効果はない。

刹那、心臓から震撼するような重く低い音が響き渡った。静かな、そして轟く爆音。まるでマンションのような黒い霧ががバットのように天高くから振りかざされ、彼らはかわすと同時に二手に分かれた。

その地面を砕く霧の正体は、ただただ異様なまでに巨大な蜘蛛型のマガだった。その後ろから蜘蛛と混ざり、離れ、砕けては細胞分裂の経過と巻き戻しのように蠢いては歪みから雪崩れ込む魔廻物。それは百鬼夜行と言う言葉を否応なしに連想させた。

彼らが見事な連携戦術で黒霧を飛散させるのを、絵画でも見る様に優しい視線を動かして見物していた。

重低音は絶え間なく現れては消えを繰り返す。これはマガの鳴き声だろうか、自然現象かそれとも……歪みの奥にあるモノから発せられるのだろうか?

その音程の変わる振動は深く響き、意識せずとも音楽のように聞こえてきた。耳に余韻として残る濁音、そしてそれがこの戦場をひとつの芸術作品に仕立て上げていた。現実であるが故に全てがクライマックスであるその瞬間を、幾度も脳裏に焼き付ける。

途端、ぐるんと蜘蛛の目が回る。と思えば腐敗するようにぼろぼろ崩れ、他と融合することなく砂が飛ばされるように消え去った。その半透明な黒いフィルターの奥には、銃口を霧に向ける少年がいた。無表情で容赦なく、タイピングのように正確で感情を伴わない建設的な動き。弾丸から音が生じない。風属性を付与しているのだろう。

クロヴンはと言えば、赤いトランプを縦横無尽に駆け巡らせていた。手が足りないときは背後から襲い掛かるマガを蹴り飛ばして飛散させ、最早武器の必要性を微塵も感じない。時には手元に戻ってきたトランプを投げたそばから追い打ちをかけ、蛇型の首根っこを掴み握りつぶして霧が飛散する。時には一方通行で畳み掛ける軍勢をトランプの格子を造りあげ飛散させる。更に新しく現れた、大人十人分はあろうかという蜘蛛の脚をトランプで切断し、上から頭部を掴んで殴るように地面に衝突させ飛散。

黒い霧が霧消する。飛散する。

若干引きつつその様子を見ていたライベリーとノイズは近接で単独行動をしていた。何しろノイズのスピードについていくのは酷だし、と言うより不可能、ライベリーの付近にいれば斬首刑である。

(もうちょい離れよかな……)

(何処にいるかわかんねーし適当に動こ)

「ちょっ、おま狙っとるやろ!?何で毎回首刎ねようとすんねん!!」

「いやお前速すぎて見えねーの!!故意じゃねぇし!!」

と言って過去に刎ねたことはないが、腕を断裁したことは幾度もある。ダガーの使い手なので指摘されるが、見えないものを見ろと言われても困る。

ということで二人はできるだけ距離を置いて武器を振るっていた。

濃密な黒。迫りくる黒。融合する黒。崩れる黒。

黙々と霧を晴らしていく体力勝負の歪み掃討戦は、時に丸一日にも及ぶ。その為任務が割り当てられるのは三級からになっていた。

彼らが強制的に霧を剥がしていく間にも、微動だにしなかった歪みが少しづつ動きを見せ始めた。徐々に修復されていく空間の欠けた部分、それはアビスと同じように盲目の錯覚を引き起こす。煙のように流れそうなソレはひとところに固まり、緩慢に、しかし着実に修復されていく。

__世界も、こう順調にいけば。

そう思いかけてクオンは眉をひそめる。今は可能性皆無と考えられる問題に目を向けるべきではない。

その一方で、ライベリーは割と真剣に同じことを考えていた。無論、反省の色なんて少しも滲ませずただ真面目に考えていた。

(つーか、何か歪み修復早くね?毎回小一時間はかかんのに)

マガの勢いが薄れ衰えてきたところで、ライベリーは歪みの奥に目をやる。


__赤毛


「は……ッ!?」

ありもしない心臓が体を揺らすようだった。あまりの衝撃に軽い眩暈がし、しかし尚も食い入るように歪みの奥を凝視する。目を大きく見開いて、冷や汗が滲むのを感じた。


歪みの奥は、万事において未開の領域である。真っ暗闇も当然のその向こうに、ピエロ服を着た赤毛の後ろ姿を目にした。改めて常識が覆されるのを実感し、焦燥を抑え込もうと緊張した腕で自分よりもはるかに大きい斧を振り回す。

その青年がこちらへ振り向きかけたのと同時に、歪みは急速に縮小され遂にはその姿を失った。

ありえない。そんな言葉は無力だ。じゃああれは。そもそも歪みの奥は一体。

溢れ出る疑問符にピリオドを打とうとしても、徒労に終わった。迸る言葉が頭の中を支配し、キンと張り詰めるような頭痛までもが彼を襲う。

やがてマガも完全に姿を消し、超常現象めいた空間を支配する以上も修正された。

獣の吐息のような風が吹く。その中で、ライベリーだけが呆然として突っ立っている。それに気づいたクオンが怪訝そうに彼を見やった。

「ライベリーどうしたの?早く」

帰ろう、と続けようとしたその時、微かな異常を汲み取ったクオンはすかさずノイズの腕をぐいと引っ張る。

「ん、何……__クロヴン」

「……」

クオンは呼吸まで止まっているように静止するライベリーに駆け寄り、正面へ回り込む。

「ライベリー……?」

放心したように、しかし激しい焦燥の顔。ネオンに光る瞳は大きく見開かれたまま何処か沈んでおり、まさか瘴気ではと思ったもののそれはない。一級に最早瘴気など効かないのだ。

だからこそ、少し怖い。彼の纏う気配は冷たく、異様に閉鎖されていた。クオンは若干怯みつつもライベリーの袖を引っ張り、途端フッと彼の目が戻る。穏やかな、クオンのよく知る明るい雰囲気が戻る。

唐突な変化に後から訝し気に歩み寄ってきたノイズと、急ぎ足で傍に来たクロヴンはクオンと目が合うも肩を竦められてしまった。

「ライベリー」

後ろから呼びかけられ無意識に振り返ると、そこには微笑を浮かべつつ真剣な光を目に孕んだウルがいた。

「どうしたの、何かあった?」

しばらく呆然とするライベリーに、クオンは眉をひそめてノイズに視線を送る。彼は一瞬ギクッとしたように苦笑いを浮かべるも、直ぐ諦めた。

そしてダガーを平らに寝かせ、容赦なく首元に一発いれる。

「__ッだああっ!?」

「あ、起きた。どうしたの?めっちゃ死んでたよ」

「お前か主犯……!!言っとっけどな、コイツの鉄槌マジでいてぇの!殺し方よく知ってるしな!!」

「おれかてやりたくてやっとるんちゃうわ、しゃーなししゃーなし」

「大丈夫かい。ライベリー」

「おい変人が一番真面な台詞ってどういうこと?マジで……いや、マジでそれどころじゃないワケよ」


ライベリーは静かに口を開く。それと同時に、彼らの目は愕然と見開かれた。



『萌芽と契約』

歯車が呟いた。



「人狼である理由はないし、求めてもいないだろう?知りたいのは、人狼の必要性だよ」

世界を、次元を超えた『必要』

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