4裏話.晩涼のアナーキズム
「僕がランタンである限り」
そう言ったのはあの頃だった。
夜--------……。
その後、結局壱鬼達とは別れることになった。ジャラはウルについていくと喚いて聞かず、今は持て余した客室の内の一つを使っている。悪魔達からすれば腐るほどある個室など好きに使えばいいのに、ジャラの謙虚な我儘で共用することになったようだ。ウルもウルで、近くに置いて監視しておくと言っていたので好都合ではあったのだろう。困り顔をしつつ柔和な笑みが離れないのは、彼の人柄故だろうか。
二階の談話室には、まだ明かりがついていた。深い森の中で暖かく浮かぶ光に吸い寄せられ、蛍が周囲を漂い始める。
「……皆は?」
扉の音とジャラの声にウルは軽く振り返る。その目には真剣な光が宿っているが、笑顔はいつもの子犬スマイルだ。
「もう寝たよ。悪魔は一か月に一度、睡眠が必要だからね」
「ふ~ん……不便じゃないのかな」
「慣れだよ」
窓際に肘をつき、ただ無意味に星を数える。人里からは距離があるので、夜空には満天のローブが広がっていた。ここ最近は忙しくて見ることを忘れていた空も、こうして時間が余った時に眺めると良い癒しになる。決して爽快なものではないが。
「星って割とどの世界にもあるよね。あんま美味しくないんだけど」
「食用じゃないからね、存在が。それで?」
ジャラはポスッと広いソファに座り、身長のせいか足が浮く。何だか楽しいので足をぷらぷらさせていると、涼しい風が部屋を駆け回って髪を揺らした。
「可能性はあるんでしょ?どうするの、僕には人狼の感性ないからわっかんないし」
静かに呟くと、晩涼の風が踵を返し零れた言葉をウルまで運ぶ。ああ、こうやって物事は伝わるんだ。ジャラは左右に小さく揺れながら思った。
「さぁ。何もしない。あのトライアングルに事が発生しない限り、僕はあくまで観測者と同じだよ。彼らだって縛られることはない……そういうものだよ」
「赤?やっぱり」
「恐らく。バグとも繋がりがあるし、既に勘付いてると思う。……厄介なのは黒だね」
「音信不通で消息も絶ってるって言ってたじゃん?」
言った直後に気づく。この世界が、外の彼らにとってどれほど稀有なモノなのかを。
ウルはにこやかな表情でこちらに振り返り、窓枠に背を預けた。薄い灰色の髪を月が照らし、ほんのり青く見える。
「整った舞台機構が崩れ始めている。修復者は械、柘榴まで失踪……。主のお望み通りにいくかな?」
「あ、そういえばここ大聖堂あったよね。今度行きたい!連れてって!」
「ここの誰かに頼んでみたら?悪魔だけどまぁ、種族名だけだしね」
いたずらっぽく微笑むウルにジャラは小さく笑い声をあげる。そしてふと真顔になったかと思うと、ウルを見上げて言った。
「……ココアが飲みたい……」
「今?唐突だな、お店も開いてないと思うよ?明日買いに行こう、ね?」
「ん~……」
つまらなさそうに口をすぼめ、ソファに寝転がる。置いてあったクッションを腕に抱えて、毛並みのような複雑な柄を眺めた。
「柘榴が足りないの?ジョニーじゃなくて?」
さっきのウルの言葉を思い出し、気になって尋ねてみる。
「ジョニーか柘榴かわからない。いずれにしろ厄介だけど、柘榴は形骸化しているから早急な対応が必要になるね」
「ジェニーは?」
「確定じゃないんだよ。あまりに異形に寄っているし、クロヴンを考えると長寿の可能性も低い」
杞憂だったらいいんだけど、とウルは零す。
「ノマド多いしね、面倒事多発しても違和感ないもん」
「それはそう」
あぁ、と優しい溜息を吐く。ウルはにっこりと微笑を浮かべ、暖炉の灯りを消した。
「部屋に戻ろうか。もう明け方」
言われて見てみると、確かに地平線の向こうがほんのり白んでいる。もうじき朝焼けが這いあがって来る時間帯だ。
ウルは気を遣うでもなくひっそりと部屋を出て行く。彼は静かだ。動作も、声も、人柄も。
瞳も。
ジャラは知っている。彼には、それしかないのだと。
ではまた、今週の土曜22時にお会い致しましょう……。




