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Fake and Liar  作者: うるフェリ
 
11/43

8.飛んで灯油にいる闇の灯り

「咽返るほどの闇、生き急ぐ炎」


天真爛漫な笑顔でウルの腕を掴み離さない彼は、世界の外から来た『ジャック・オ・ランタン』という種族らしい。元々一緒にいた世界から忽然と姿を消したウルを追いかけ、この世界まで追跡してきたとか。

「やーっと追いついた!っと思ったら、何か楽しそうなことしてるんだもん!それで宴に話聞いてたの」

きらきらと瞳を輝かせ、宴ににっこり笑いかける。彼はただ手をひらひら振って応えた。

「情報屋お前、何情報漏らしてんだよ……」

「まぁ基本いい子だし、執着心を除けばムードメーカーじゃないかな。寧ろ信用できると思うよ」

あまりに口の軽い浮謎にライベリーは眉をひそめる。ウルはジャラを払いのけようとはせず、少し顔を逸らして二人を庇うように話の軌道を元に戻した。

「また可愛らしい子やねぇ、お前それでストーカーって損やでな……何歳?」

「5831歳!」

元気よく答えたジャラに、彼らは人狼へ訝し気な目線を投げる。本当なのか、もしくはどういうことだと。

「本当だよ。ランタン族は元が長寿の種族で、四桁になって初めて少年期なんだ。今のジャラだと中学生くらいかな」

言われて見てみるが、外見に納得はいくもののコレが五千年の時を生きているだなんてまるで信じられない。猫を被っていてはあんな純粋な目はできないだろうし、媚びを売っているようにも見えない。曇りなき眼ではあるが、その口内には寒気のする闇が広がっていた。

「マジか……。ジャラお前、ウルはマジで捕食対象?」

「ううん?人柄も大好きだし仲良しだよ。ね、ウル!」

「恐らく……まぁ、さっきジャラも口にしてたけど、ランタン族は執着心の強い習性がある。有形無形関係なくね」

ウルがランタン族について軽く説明している内も、ジャラはご満悦そうな顔で彼にしがみついていた。猫のように見えるが、読んだ瞬間すっ飛んで来そうなところ子犬っぽさもある。

そんなつまらないことを想像しながらウルの話を聞いている内、ランタン達は中々に面白い種族というのがじわじわとわかってきた。

「そもそも彼らには寿命が無くて、外見年齢と精神年齢も二十歳あたりがせいぜいなんだよ。好奇心が高く経験だけは豊富だから、恐れ知らずとか無鉄砲とかよく言われるけど、それは割と的確だね。彼らは基本人型の魂を主な糧としているから、幽霊とかのスピリチュアルも()()ことができる」

「栄養あんのかそれ」

ライベリーと甘音が揃って目を細める。しかし、ジャラはにこにこしながら勢いよく頷いた。

「僕らに必要なのは灯になる燃料だよ!僕の口の中真っ黒でしょ?」

先ほどからずっと気になっていたその理由、彼は口を大きく裂いた。

「僕らは闇と色表裏一体なんだ。どっちが超過すると死んじゃうからね、余分にご飯を食べて保管しておくランタンが無難なの」

目を爛爛と輝かせて口を開く。その純粋な水晶玉とマガを思わせる深い闇の共生は、とても奇妙なものに見えた。

が、同時に魅力的だった。

ジャラは顔を普通の笑顔に戻し、話を戻す。

「それで、全部宴に聞いたよ。この世界を修復したいの、君達だけじゃないもん。僕だって何回も遊びに来た大好きな世界壊されたくないから、やっぱり協力する!」

「やっぱり?何か考えてたん?」

指摘すれば、ジャラは苦虫を嚙み潰したような顔をする。少し躊躇うように宴に目線を投げるも、ヒヒッと笑われてしまった。観念したようにこわごわと顔を上げる。

「あのね、最初は……ちょっと私情で来てたから……。用が済んだらすぐ引き返すつもりで、でもウルはこの世界をすっごく気に入ってるから僕も気になったの。それでちょっと調べて、面白そうではあるけど面倒なことも多そうだなって」

「めんどいってお前……」

言いかけたところでジャラに小動物のような顔を向けられ、指摘の代わりに溜息を吐く。

とは言え、確かに敵意を感じることもなし、ウルもああ言うのだからまだ許容範囲だろう。またノイズや最年少組に何て言われるかわからないが、今更それを考えるつもりも口に出すつもりもなかった。

「まぁ、いいよ別に。じゃよろしくな、ジャラ」

屈んで手を差し出せば、思った通り彼は瞬く間に笑顔に戻り小さな手で握り返す。

「よろしく!やった、これでずっとウルともいられる……!!」

「お前もうちょい隠さんのそこらへん……?」

そうして騒ぎ出した彼らにジャラ達を任せ、クロヴンは微笑を浮かべる宴へ歩み寄る。静かな雰囲気が二人だけを覆い、先に沈黙を破ったのは浮謎だった。

「やぁ、君達の来店を待っていたよ……もっとも、客足なんて全くだがねェ。ヒヒヒッ!」

「今回は何をご所望だい」

抑揚のないクロヴンの声に、彼は笑いを止める。ゆっくりコチラに振り向き、顔を覆う紙の一つ目と視線が合ったような気がした。

「そう警戒せずともいいさ、物語には主人公が必要だ……純正のねェ。私はあくまで介入者、君の思うほど裏はないさ」

そう言い終わる直前、彼は手を軽く叩く。また魔術のようだ。彼の後ろの方から扉の軋み音がしたかと思うと、無機質な白い光が漏れる。

「今日は気分がとってもいいんだよ……ヒヒッ、面白いものを見せてもらったからねェ。さてさて、この中に料理に自信がある子はいるかな?」

「お~、それならこの二人ちゃうかぁ?何や臓物でも煮るんかいな」

「……私よりよほど妙な子がいるんじゃないかい?」

浮謎に言われて彼らは苦笑いする。これだから、彼はマッドサイエンティスト呼ばわりされるのだ。まだありうる話なのだからいいものの、これ以上気の狂った発言をされても困るので浮謎に目をやる。

「ヒヒッ。ジャラ、コッチにおいで」

ジャラの目が光る。意味を察し、途端ほとんど頭突きの勢いで甘音に激突した。

「はーい!!はいはい!僕ミートパイ食べたい!!甘音作って、ミートパイ!ぎゅってなってるジューシーなや」

「うるせぇ!!わかったからちょっと離れろ、お前らはどうしていつもいつも抱き着いてくんだッ!」

「わーい!やったぁ、ありがとう甘音大好き!!」

「離れろつってんだろ!で浮謎、台所ここか」

「自由に使っていいよ、基本的なものは揃っているからねェ……ヒヒヒッ」

一瞬で釣られたジャラに笑みを零し、当の本人はそのままずるずると引き摺られてついて行った。それを見たウルは苦笑いする。

「あぁ……隙あらばつまみ食いする気だね、あれは」

「つーかアイツチョロくね?大丈夫か?」

察するや否や盛大に欲望を叫んだランタンである。世にも珍しいなど唆されればすぐ落とされそうなものだ。

「そこは大丈夫だと思うよ。自分で言うのもなんだけど、まぁストーカーされてる身だし……それにあの子、情が入りやすいから」

「まぁあーいうタイプって感受性強いもんねぇ、飴ちゃんでもあげて餌付けしたら?」

「ジャラ飴は未経験だから喜ぶと思うよ」

あくまで冗談のつもりで放った発言が意外に採用され、夢ツは笑みを変えずも内心混乱した。この世界はどこが基準なのだと。まだ宴の残りあったっけなぁと悠長なことを考えながら、いつの間にか仲良くなったライベリーとウルのやり取りを眺めた。

そう和気あいあいと話していると、背後から浮謎の落ち着いた声がかかる。

「さぁ……その間に話を進めようか、何でもお聞きよ。ヒヒッ」

腕を広げ、ふわりと広がる黒い袖が揺れ迎えるような仕草をした。それにクロヴンが用件を伝える。

「『青いポスト』、とは何だい?もしくは何を指すモノなのか知りたい」

「ふむ……君にしては、随分と率直な質問だねェ。まぁいいさ、青いポストとはゴースト達の郵便の事だ。別名ブルーレター、18世紀末にあるゴーストが開発したものでねェ。あらゆる連絡手段の抜け道さ。人間には見えず私達人外には普通のポストに見える厄介なもので、ただ魂と同じ視覚的反応が見られるのさ」

「魂と同じ?っつーことは俺ら悪魔にもわかるんじゃねぇか、トライアングルだし」

勿論トライアングル所属の者ならば、魂やゴーストなどのスピリチュアル系は視覚に捉えることができる。協会の研究課ではよく、魂と記憶の分離やフィルムの研究を行っているのを見かけた。

(まぁ、その後は絶望の笑顔で資料提出してくんだけど……)

酷い時など、この後海に溺れてみますなど意味の分からないことを喚いてライベリーを困らせたものだ。

しかし、浮謎は肩を竦めて袖を揺らす。

「確かに、君達は魂が見える。しかし明瞭でもないだろう?無理だろうねェ、そこで……」

「……ジャラってことかな?」

二人して密かに目配せし、ウルは満面の笑みで、浮謎は大きく口を裂いて笑む。

「ジャラって主食が魂やから見えるんやっけなぁ?なら飴とミートパイでちゃんと味しめさせなな」

「扱いが中々ひでぇっすね。でもまぁ、要はジャラ連れまわしときゃいいんでしょ?浮謎サン」

いつの間に敬語に切り替えることにしたのか、しかし本人は無意識だったようなので話を進める。

「そうだねェ、簡潔に言ってしまえばあの子は霊感が完全だ。呪いの類や呪紋、人外の気配まで全てお見通し……」

途端彼は小さく笑い、一つ目の前で手で三角形を作る。

「ランタン族は君達の想像以上に危険な種族だ。その闇に吞まれれば、命だけでは済まない……重要なのは、彼へ定期的に食物を与えることさ。そしてあまり、口のあたりに光を当てないこと。まぁ普通に過ごす分には問題ないがねェ、愛しさ余って憎さ万倍だ」

けらけらと笑う。意味ありげな含み笑いに、彼らは首を傾げ思考を巡らせるばかりだった。

「情が入りやすいって言ったでしょう?()()理性があるから、食欲を抑えられている。それ以上はまた教えてあげるよ」

あっさり浮謎を退け、ウルは台所の方へ目をやった。釣られて視線を投げる。すると、鈍い軋み音と共に無機質な扉が開いた。手にミントをはめ、大きなパイ皿を持っている。勿論、彼らの視線はその黄金に輝くミートパイにくぎ付けになった。

「ほら、作り終わったけどそっちはどうだ?」

「めっちゃ美味しかった!甘音もっと食べたい!」

「おうまた作ってやるよ、いい子にしてたらな」

「はーい!!」

どうやら料理ついでにジャラの扱いを覚えてきたらしい。簡単に宥めてはせがまれを繰り返している。

「な~んかブルーレターっていうゴーストの郵便らしいでぇ、ほんで霊感完全版のジャラ連れまわそうやって話よ~」

「へぇ、ランタンってそういうもんなのか」

素直に感心したようで、彼は陶器のパイ皿に詰まっているきつね色のミートパイを切り分けながら軽く相槌を打った。

香ばしいパイ生地の香、肉の少し焦げた匂いがまた食欲を刺激する。これはジャラの気持ちも分かるかもしれない。ライベリーが後で作り方を聞いておこうと脳内にメモしたのも言うまでもないだろう。

「……椅子を用意しよう、食べながら話そうか」

「わーい!流石宴!!早く食べよ、冷める!」

「こら、大人しく待ちなさい」

わたわたと騒ぎ出したジャラの襟首を掴み、ウルは苦笑する。ジャラはすぐに静かになるが、その目は満点の星空のようにきらきらしていた。

浮謎が軽く手を叩くと、今度は奥の部屋からソファやテーブルがこちらに浮遊して来た。彼が先ほどから使う魔術は空間改造の類だろう。便利だがあまり見ない類のものだ。やはりアンティーク調の家具は、ゆっくりと目の前に静止し床に着地する。その上には、同じくアンティークの装飾が施された黒い食器が乗っている。全体的に暗いが、この部屋の雰囲気には奇妙なほど自然に見えた。

「うっわ、すげー……これ出来たら俺らの日々の負担軽くなるんじゃ?」

「浮謎おい、また作るから教えてくんねーかコレ。魔術」

「気が向いたら請け負ってあげるよ、しかし……クロヴンと夢ツも、簡単な魔術なら使えたんじゃあないのかい?」

「マジ?」

「そうなの?」

驚いて二人で振り返れば、途端怪しい二人に軽く笑われる。少し腹が立つが、それとこれとは別だ。

「さて、君達には集中力が足りないのではないかねェ。多忙なのはわかるが、私も客は少なくないよ」

「宴、客と言っても今日はもう来ないでしょう?この時間帯ではね」

「君は少し優しすぎる、ウル。世界そのものを救うというリスク、理解しているのかい?」

「地に足つけてちゃやっていけないよ。宴、君も楽しんでいるでしょう?この現状を」

彼は左右の瞳を動かし浮謎に笑いかける。すると浮謎は一瞬動きを止め、そして大きく笑んだ。

「……ヒヒッ、ほら早くお掛け。せっかくの料理が冷めてしまうよ?」

「食べたい……!もういい?もう食べれる?」

「もうちょっとで食べれる、切り分けるから」

「わかった!」

「甘音ぇ、俺にもよそって~」

「気ぃ失せたわ」

「泣くで?」

「そういうとこっすよ、夢ツサン」

「泣くで……?」

ジャラは甘音に牽制されつつ念願のミートパイを手に入れ、喜色満面で食み始めた。彼を見ていると、本当に美味しそうに食べるものだからこちらも食欲が湧く。全く、不思議なものである。

「……ジャラはいてよかったかもね。今も、これからも」

珍しく薄笑いを浮かべるウルに宴は無感情な視線を投げる。すると、彼はゆっくりと瞬きして言った。

「勝手にはしゃいでくれるし度胸もあるから、楽でしょう?君もそう思ったからじゃないの」

「おやおや、君がそんな腹黒いことを考えていただなんて。今年の運勢も尽きたかなァ?ヒヒッ!」

ウルは呆れた目を宴に向ける。しかし、ふとしたように黙々とパイを頬張るジャラに話しかけた。

「ジャラ、今後予定は大丈夫?他の世界も」

「だいじょーぶ。全部終わらせてから出ないと、ウル怒るでしょ?」

縁は無駄にするものじゃないよ、と笑顔で詰め寄られたのも未だに脳裏に焼き付いて離れない。恐ろしいと言えばそうだが、人狼である彼らは既に永遠を生きたからか、必ずと言っていいほど面倒見がいいのだ。自分の為に叱っているのだと思うとなんだか申し訳なくなって。

それからは、基本自由奔弁なジャラも約束は守るようになった。

「ジャラはどうすっか。均衡考慮すると、壱鬼屋敷に居候した方がいいんじゃね?」

「やだウルについてく絶対」

「そ、そうか……」

妙に冷静に言われたものだから、思わず頷いてしまった。その横でクロヴンは思い出したように顔を上げ、徐に口を開く。

「情報屋、もう一つ聞いても構わないかい」

浮謎は手を止める。話せ、と言うことだろう。

「……紫暮九炉、という鬼を知っているかい」

彼らもパイを食べる手を止め、思わず顔を上げる。すっかり忘れていた。浮謎はクロヴンの言葉に深く頷き、口を開いた。

「知っているよ。彼は最近……あぁ、五百年前に死んだ子だ。防衛本部の上層部直轄部隊に消されたようだが、ウル達の言うところのマリオネットとして今は活動している。宴で出会ったのかい?」

「あ、そうなんっすよ。予測してたとか……」

あの時宴へ行くことを提案したのはこの一つ目紙の男だ。眉間にシワを刻むライベリーと甘音に、彼は肩を竦める。

「それに関しては事後に知ったことさ。マリオネットについては、私は予測ができない。もう目がないからねェ、ほとんどのマリオネットは。その中で所謂”成功作”であるモノ達は目があるが、それは本質ではない。あくまで絡繰り、生の真似事をするピエロさ」

「紫暮も『形骸化した魂の巣窟』とか言っとった気ぃすんなぁ。世界の蓋世って言うんはウルやんな?」

「その通り。ヒヒッ、君達はトライアングルをこの世界の蓋世と言っていたねェ。的確だ、とても素晴らしい」

好奇を孕んだ声音に彼らは呆れの苦笑いを漏らし、しかし賞嘆が滲んでいたのもまた事実だ。先ほどから彼は『目』に重きを語るが、一体瞳というものに何があるというのだろうか。

確かに目を神聖化する噺はよく耳にするし、世界各地でもバリエーション豊富な類だ。有名なのはプロビデンスの目やトルコの護符だろう。

「……目って、お前にどんな意味あるん?まさか全ての視界覗けるとか言わんよな……」

「言わないが?君は一体私を何だと思っているのかな……」

笑いを必死で堪えるライベリーと甘音を余所に、浮謎は足を組みなおして静かに言った。

「そうだねェ、言うと……私は目を読むことができる。君のように糸目だろうが隠れていようが関係ない。目がある限り、私の掌の上も同然。それと言っておくが、私はマリオネットや魔廻物などの目を持たない者たちについては情報を提供できない。予測くらいならしてあげられるがねェ」

「じゃあ知ってること教えてくれよ、俺ら鬼が初回ってことで」

甘音の言葉に彼は呆れたような視線を投げる。しかしすぐに口を裂き、愉快気に笑った。

「まぁいいさ、そういうことにしておこう」

彼は椅子に背中を預ける。何処からともなく紫の本を取り出し、何枚もページをめくる。

「マリオネットとはそもそも人形劇で使われる操り人形で、主なものは糸で操るものだねェ。悪魔達はよく見たんじゃないかい?」

「ちっさい頃街で見たわ、確かにあれマリオネットだよな」

()()、ということは例のマリオネットも何かに操作されているのだろうか。少なくとも失敗作の症状にはそのような兆候はないらしいし、すると彼らは()()()()()のかもしれない。

しかし、紫暮も操られているようには見えなかった。それどころか明確な自我を持って活動しているような振る舞いをし、しかし彼らには魂がないわけで……。


__そう、魂がない。


浮謎は尚も淡々と話し続ける。

「彼は一度死んでいる。つまり鬼の能力が引き継がれていようが真似事だろうが、種族がマリオネットであることに変わりはないのさ。話を聞けばマガと共闘できるか指揮下に置くかしているかもしれないし、瘴気も効かないことになる。とすると、瘴気は魂に干渉する可能性も出てくるわけだ。それと人形のような白い肌、ぎこちない表情……恐らくそれがマリオネットであるか、そもそもの目的が()()である場合彼は半端な人形……。だが自然現象でもあるまい、必ずパペットマスターがいる。そしてこれだけのことを成すには強大な権力か力、そして資金が必要だ。組織絡み、それこそトライアングルの可能性もあるだろう。人外か人間化は定かでないがねェ」

そう述べた彼に、甘音は眉をひそめる。その類の話は彼ら鬼にとって重大な問題である。

「ウルの言ってた奴らと比較すればそうだが、巡回部隊からその類の報告はないぞ?俺ら”鬼”に見つからずにそんなことできねぇだろ」

鬼達の巡回は二十四時間警戒態勢を敷いている。指定の区間ごとに二十人ずつ駆り出され、更に巡回部隊の鼻は鋭く、勘の良さでは壱鬼に並ぶほどだ。その上、月に一度壱鬼が部隊を従え各地を巡回する『夜警鬼行(やけいきこう)』も行われている。

その圧倒的な警備と監視の下、ヒト人間関わらず蘇生の目論見など隠し通せるわけも無いのだ。難題どころか不可能な話。

すると、そこでジャラが口を開く。

「じゃあこのレイヤーにはいないんじゃないの?」

「……レイヤー?階層か?」

夢ツの訝し気な疑問に、ウルが補足する。

「世界のレイヤーは三つあるんだよ。上から(かい)宿(しゅく)、コアリアス。神の世界とこの世界、世界の核が在る場所だね。神の世界が最上層なのは外との干渉の為。核が最下層なのは守るためだけど、今回はそれを逆手に取られたみたい。仮名に意味はないよ、名付けたのは人狼の一人だから」

空に光る線を描いて文字を教えてくれる。確かに最下層だけ異質だが、苦笑いするところそれなりの人物のようだ。

「じゃあココにはないのかもっつーことか」

割と極端な話だが、彼らの範囲外であるだけだ。もしかするとこの先、世界の外に行く可能性だってある。

(……それは飛びすぎかな)

ライベリーの杞憂を知らず、話は進んでいく。いつの間にか彼らの手には紅茶があったが、それはライベリーが無意識に淹れたものである。

「なら上か下だね。上は上で問題だが、下なら何故回りくどい事をしているのか気になるものだ」

「手出せねぇとか?マスターは核に干渉できないんじゃないか」

「下に入ることはできるけど、か。なら余計単独とは考えずらいな……つか、そのコアリアスってとこ、普通に入れるもんなのか?異界だろ」

同じ世界とは言え、生物が生命活動を持続できる保証はない。人外は生物の範疇かも定かでないが、油断はできなかった。

「それに関しては僕かジャラがいれば大丈夫。世界は世界を渡れる者を決して拒まない」

からこそ、械に入れない違和感。

行き詰った空気。誰も沈黙を破ろうとはしなかった。クロヴンは腕時計を横目にカップをカタン、と置いた。

「さて、やはりブルーレターが先だね。時間も経ったしそろそろ行こうか」

「え?うわもう一時間経ってんじゃね?ヤバいな、あのメンツ心配だぞ」

しっかりしている子供組はともかく、夜行とノイズが大きな不安要素である。深刻なこの状況ではあまり下手なことはしないが、ノイズなどタバコが吸えず苛立っているはずだ。

その証拠に、いつの間にか甘音の手には酒がある。こちらは酔わないのだからまだいい。

「ヒヒッ、今日は良い日だ……。面白い考察が聴けたからねェ。あぁ、食器類は勝手に片付くからもうお行き。彼に会えば何かわかるかもしれないよ?」

「情報屋」

唐突にクロヴンが彼に振り返る。驚いているのはどうやら、彼らだけではないようだ。

「僕らはブルーレターについて尋ねたはずだったけれど」

その言葉に彼らは愕然として一つ目に強張った目線を移した。当の本人は尚も大きく口を裂き、怪しげな笑みを浮かべて顔を覆う紙を傾げて指差す。その表情に、背筋が凍る。

「言っただろう?私は()()()だと」

落ち着いた酷く不気味な声を合図に、突然照明が消えた。()()()()()()、意識が混乱の渦に呑み込まれる寸前。

軽い眩暈と共に、彼らは本棚の前に立っていた。


△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


「とりあえずここから出ようか」

ウルの言葉に冷静を取り戻し、監視の足音に耳を澄ます。歩調に変わりはないが、こちらに近づきつつあるので早急に離れるべきだろう。

「……こっち、ここからなら一気に行ける」

その指示に従い、棚を一台隔てて出口に戻る。監視の足音がすぐ横で鳴り響いていた。

換気口から部屋を出て、夢ツは服の裾を払いながら尋ねた。

「さて、とりまあの子らと集合するかぁ。何処おるかわかる?」

「最年少組は神話、夜行が魂、ノイズは過去の事件の資料を見てるよ。テレパシーならできるけど」

「え、マジで?すげーな」

一応パーリーピーポーに分類されるライベリーである。そういう『何か凄いもの』には心惹かれるのだ。

「夜行魂なんか見てんのか。興味でも湧いたかな」

「だれ?」

彼らの何か始まりそうな様子に、ジャラは興味津々で尋ねる。声のトーンを落とし静かにしてくれるのだから、思っていたより彼のハードルは低いのかもしれない。

そして、この好機を逃す夢ツではなかった。

「ジャラは静かにできて偉いなぁ。ほら、飴ちゃんあげるから待っときぃ」

「あめ?」

ここぞとばかりに懐からいくつか紙に包まれた飴を取り出し、屈んでジャラに選ばせる。子供の扱いをよくわかっているものだ。ジャラは電灯を反射しきらきらしている飴玉に目の色を変え、白い飴を手に取った。紙の色からしてラムネか何かだろう。

「あッ、あかん……!紙は食えんて、これこう取ってな?」

「あ。白いのある。コレが飴?」

「そうそう、食べてみ?噛まへんで初心者は」

そもそもジャラが噛むという動作が可能なのかはともかく、飴の醍醐味は長持ちである。ジャラにそれを刷り込ませるべくだろう。

「甘い……!?ころころしてる、しゅわしゅわしてないのに炭酸っぽい……!なくならない!すごい美味しい……!!」

妙に静かになったジャラに話し込んでいたウルは何気なく振り返り、それに釣られて彼らも振り返った。

「……」

新感覚に集中しているのか、無表情で口の中の飴をコロコロと転がしていた。夢ツのたくらみはどうやら、大成功を収めたらしい。

「……ジャラ、明日瓶詰の飴買ってあげようか」

「ウルはどうして神様なの?」

何を言っているかわからず困惑するウルに集合待ちの彼らは笑いを零す。

「感動のあまり語彙が崩壊してるな、飴ってそんな美味いのか」

「前クオンが瓶詰買ってたわ。駄菓子屋とかで見ると欲しくなるよなー」

「あと二つあるから、あの子ら来る前に食べちゃい。ほら甘音、ライベリー」

「お前そんな大人だっけ……?」

「棚より辛辣やん」

何故か恐怖の面持ちを向けられ慌てる夢ツを余所にクロヴンが適当なファイルを開いていると、ふと背後から背中を突かれる。

「……?」

「やあクロヴン!何を見ているんだい?」

黒い髪と輝く翡翠の瞳、感心するほどの美貌。

「やあ夜行。これは人形にまつわる逸話さ、マリオネットの件で何かわかるかもと思ってね」

少し本棚を眺めていると見つけたのだ。ちょうどいい暇つぶしになるだろうとファイルを開いたのだが、どれもドールの類である。

すると、夜行の登場に気づいた夢ツがジャラに話しかける。

「お、あれが究極のナルシ夜行やでジャラ」

「初対面の紹介ではないね?君は……いや、皆が集まるのを待とうか!」

そんな風にしばらく経たない内に無事全員が集まる。しかし結果を報告する前に、クオンが眉をひそめて第一声を放った。

「で、浮謎さんのトコ行ってたんだよね」

視線先は未だに飴を舐めているジャラ。クオンからは、情報屋に行って、どうしてヒトが増えているのだという疑問と言うより呆れが伝わってきた。反論できる気もせず、ライベリーは素晴らしい速度で彼から目を逸らす。

「僕はジャック・オ・ランタンのジャラ・クラーク!ウルと同じで、世界の外から来たの。よろしくね!」

いきなりぎゅっと手を握られて、クオンも怒る気が失せたのか諦観してよろしくと手を握り返した。どうやら飴もなくなったようで、そのまま楽刻を巻き込み会話を始める。その間にノイズと夜行に事情を説明した。

「ランタン族は魂が直接視認できるらしくてね。ポストがブルーレターというゴースト達の郵便だと判明したが、鮮明に魂を視認できる者が必要なんだよ」

「それであの子かい?まだ楽刻やクオンくらいじゃないか、少々心配だね」

「アイツ5831歳だぞ夜行」

二人は顔を上げ、呆然とランタンへ目をやる。宴も、彼らの反応を見てこんな気持ちだったのだろうか。口角を上げるにとどめ、悪戯心が話を再開させる。

「あんなだけど、ジャラはウルのストーカーだって。執着の強い種族なんだとよ」

やっとこちらへ振り返ったというのに、二人はジャラとウルを見比べて混乱状態になっていた。なるほど、コレは面白い。

「アレがストーカーで五千代か……世界って怖いな」

「全く同感だね。まぁ可愛らしい子だけど、この先強力な味方になりそうだ」

年齢を考えて、という言葉をやっとの思いで呑み込み、二人の目が合って肩を竦めたところで話を元に戻す。

「それと浮謎からマリオネットについての考察も聞いたわ。鬼の能力を引き継いだか真似事か、そんでも一回死んでるから種族はマリオネットやと。宴んときの様子からマガを操作できるか指揮下に置いてるか、とするとアイツには瘴気が効かん。あのぎこちない生の真似事みたいなんがマリオネットか、それとも蘇生を誰かが目論んだ結果の一つか……。それには莫大な影響力が必須、なら組織絡みの問題果てはトライアングルではないか~ってことらしぃねぇ。ま、あとはお前らんとこの館で話そうや!」

ぱんっと手を打った夢ツに、子供組も空気を察して戻って来る。資料館にはいつの間にかヒトが増えており、言っても稀に見かけるほどだが油断大敵である。こんな初手で躓くのは御免だ。

「ジャラお前魂見えんのやろ。鮮明ってどんなんなん?」

輪郭がはっきりせず色しか見えない悪魔と鬼としては、文献で見るモノより実際に聞く方が興味があった。ジャラはノイズの言葉に首を捻り、ふと閃いたように言う。

「炎をぎゅーっむんッ!ってした感じ!」

「ぎゅーむんっ……!?クロヴンわかる……?」

こういうときの通訳である。しかし、彼は珍しく苦笑した。

「残念だけど、流石の僕も理解の範疇を超えられたようだ」

訳せなかったらしい。とは言え、確かに悪意は全く感じられない。先ほどから、甘音が作ってくれたミートパイが美味しかっただの久しぶりにウルに会えて嬉しいだのべらべら喋っているが、何処か小動物のように見えて夜行やライベリー辺りに甘やかされている。

「……ウルは見えるんですか、魂」

楽刻が静かに尋ね、彼は微笑んだ。さっきまでとはまた違う、何処か妙に落ち着いた微笑み。ただ楽刻の口調の変化に気づき、それだけだったとは誰も気づくことはない。

「見えるよ。けど、ジャラは平常時も気配に敏感だから、そういう場合は僕より長けている。いい子だから、仲良くしてあげて」

「……」

楽刻は無言で前を歩くジャラを見つめる。その目には何処か、無感情なもの以外の欠片が滲んでいた。しかし、直ぐにいつもの氷のような瞳に、冷たい色を取り戻す。

「ランタンとはまた、偶然でしょうか。本当に明るい」

感心するでもなく揶揄するでもなく、ただ事実を語るように言った。彼なりの感想なのだろうが、それはどちらかというと結果報告にも聞こえる。

「どうだろう。ランタン達は必ず明るいわけじゃないけど、突飛な種族だからそう思えるのかもしれない。だから腹の内も読みにくいし、そういう概念を持っているのかすら怪しい。アレが素なんだろうね」

「この世の中素で通せんのも凄いなぁ、驚嘆してまうわぁ」

「彼はこの世界の住人ではありません。さしたる事は言えないでしょう」

「何や楽刻今日は機嫌ええねぇ、ええことあったんやろ~?」

「お前よくわかったな」

そう言った甘音の声はもはや、協会本部の雑踏に搔き消されてしまった。

『アイロニーを覆す価値観には、普遍的な情景が似合うよ。それだけの意味を求めているのだろう?』

___ウル。


独り、一つ目は呟いた。








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