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Fake and Liar  作者: うるフェリ
 
10/43

3裏話.シアワセの色

           「コレが、世界の連鎖と同調」

「…………」

彼はただ静かに笑っていた。無表情なのだ。薄いながらも落ち着いた笑顔、そして、感情がないから無表情。しかし、そんな透明な存在に気づくものは誰もいなかった。

彼は、雨の中雑踏に立ち竦んでいた。

横断歩道の真ん中で、灰色の空から落ちる雫を真っ直ぐに見つめている。髪から、指先から、頬から水が滴り落ちる。風はなかったが、降りしきる澄んだ雨に人々は傘を差し無意識に彼を避け、視界には捉えなかった。いや、捉えられないようになっていたのだ。

彼は人ではなかった。亡霊のように、誰にも気づかれないまま呆然と空を眺めている。彼をぐるりと取り囲む群衆の流れは規則的で、誰も彼も固く口を閉ざし歩いていた。誰かに決められたわけでもないのに、流れの秩序に従って地面を歩く。

「…………」

___解けた。

ゆっくりと彼は振り返る。雨音が耳を塞ぎ、湿気た生温い空気に思考を曇らせた。次第に辺りには白い霧がかかり、少しづつ霞んでいく。鏡が曇るように、そしてそこに水飛沫が散布されるように雨が降る。世界は白く曇り、透明だった。

彼は濡れたまま足を踏み出す。

「……君は傷ついたままでいい」

一輪の花が落ちていた。薄い紫の小さな花。雨粒に濡れて、萎れていながらもみずみずしい花弁を備えている。

___クロッカスの花。

ウルは傘を差し、その花を覆うようにかがんだ。しばらく澄んだ瞳でそのクロッカスを見つめ、やがて傘をそっと傍に置く。

瞼を閉じ一言、

「誰かが決めたモノじゃないよ」

と呟いて彼は忽然と消えた。

黄色のクロッカスは傘の下、無言の人通りを眺めていた。


△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


「雨やまないな……」

クオンが呟く。朝からずっとこの調子だ。雨音は止むことを知らず、テンテンと窓を叩いている。些細な言葉で壊れそうな透明な窓に、雨の匂いを感じながらペンを放り出してソファに背を預けた。

「お、珍しい。集中できねぇ?」

「そういうわけでも……何か気怠いというか、雨の湿気だと思う……」

その言葉を追うように溜息を吐き、無感情な目でスマホを取り出す。少しすると、目を瞬いて僅かに覚醒した声で言った。

「午後には止むってさ。快晴らしいよ」

雨上がりの青空と陽の光は素晴らしく爽快なものだろう。草木の纏う水滴が輝き、青々と繁茂する木の葉。今は春の去り際、花はまだ名残惜し気に咲いているはずだ。

「じゃ気分転換に買い出し行ってよ、ちょうど在庫切れかけも少なくねぇし。今ちょっと多忙でさ」

「いいよ。どうせお酒もいるんでしょ、ノイズ連れて……」

さっきまで横で本を読んでいたノイズに目をやり、まさか寝ていたとは思わず一瞬呆然として固まる。ライベリーも不自然に言葉を区切ったクオンに一瞬目をやるが、すぐにパソコンに視線を戻した。

「クロヴンに言ってみれば?暇なんじゃないの、朝からぼけっとしてたし」

「いつもと変わんないでしょ。書斎?」

微かな笑みと共に軽く頷いたのを見、クオンはさっさと立ち上がって階段に駆け寄った。彼の書斎は三階だ。雨音も急速に弱まっているので、そろそろ太陽が主権を取り戻すはず。運が良ければ虹が見えるかもしれないなと少しワクワクして階段を上がっていった。

途中、踊り場の窓を何となく覗き込んでみる。真っ白な冷たい窓を袖できゅっきゅと擦り、少しだけクリアになったところから外を眺めた。

空は白く、背景が暗い森のあたりは小雨がよく見えた。珍しく霧は出ていないので、これは虹に期待できそうだ。

「……?」

一瞬、森の中に黒い物体を見た気がして目を細める。じっと目を凝らしても何も見えなかったので、雨粒のせいかと窓から離れた。

階段を上がるたびに、湿気のせいかスリッパがべたべたと軽く床に張り付いた。袖で窓を拭っておいて何だが、手すりを触る気にもならない。

四階にたどり着き、やたらと奥行きのある長い廊下を左に曲がった。床には長い紺の絨毯、掃除は大変だがそんな頻度でもない。

「クロヴーン、いる?買い出し行こうよ」

書斎の扉を軽くノックして用を伝える。少し間をおいて扉が開き、やたらと縦にでかい白髪のヒトが出てきた。

「やあクオン。僕はいいけど、ノイズはどうしたんだい?」

「ソファでだらっしなく寝てる。もうちょっとで晴れるし、虹も見れるかもしれないから早く行こ」

「そうかい、なら先に玄関に行っておいで。すぐ行くよ」

「はーい」

廊下を歩いている内いつもの無表情な顔が僅かに緩み、曇った窓を横目に空間からカーディガンを引っ張り出しては羽織った。雨上がりは少し冷えやすい。

階下に戻り、依然とした二人に無意識に口角が上がっているのにも気づかず話しかけた。

「いいよって。何買ってくる?」

「お、じゃあ頼むわ。はいどぞ」

ぎっしり文字の詰まったメモ用紙を渡され、何が『少なくない』のかと目で訴える。ライベリーは愉快そうに笑いながら財布を取り出した。

「まぁそう怒んなって。優秀な荷物持ちもいるし、今年最後の春の空気を満喫してこい」

「虹出るかな。あんまり見たことないし、大きいの見たい」

「出るんじゃね?はいお金、あと……アイツいるし大丈夫だろうけど、異形気をつけろよ」

「異形?付近に?」

その類の話は最近耳にしない。札束を財布に入れつつ首を傾げて尋ねれば、ライベリーは眉をひそめて頷いた。

「街に出現してんの。今もそれの資料作ってんだけど、今日雨だから辛気臭いし増えてる可能性も大アリっつーわけ」

「いつも行ってる店の近くは?」

「見事な震源地。人通りは多いけど、悪魔は餌みたいなもんだから一級でも油断はできねぇぞ。クロヴンから離れないように、おけ?」

「うん。ちなみに型は?」

「捕食型。結構知性高めで狡猾だから要注意だなー……。他大した情報ねぇな、ワンチャンクロヴン掃討してくれないかな」

「ありうる!」

二人してくすくすと笑い、クオンは行ってくると玄関まで歩く。

「あ、傘いるかな」

「要らないに一票。ずぶ濡れになったらタルトでも焼いてやるよ」

「じゃあいらないか。あ、クロヴン来た」

階段を降りるクロヴンにクオンは異形の話を伝える。

「そうかい。まぁ少し警戒はしておこうか」

「うっわ珍し、何か知ってんの?」

「霧がかかると異形は活発化する。街にはよく発生するだろう?」

「あー、気づいたら小っちゃいクオンは消えてんのな。容易に想像できる」

「ちょっとやめてよ、そんなのなるわけないじゃん」


……と、言うのが一時間前の記憶。買い物を終えた二人は帰路に着き、案の定、クオンは路地に潜む『何か』と目を合わせてしまった。

「……!?」

息をのんでさりげなく目を逸らす。やってしまった。気付かれないわけがない。何気なく路地をちらと見やっただけだったのに、まさかぬるぬるとした目玉と肉塊の集合体に存在を知られるなんて。理不尽にもほどがある。

「クロヴン、異形。気づかれたかも」

内心舌打ちしつつ冷静に状況分析をし、とりあえず知らせておかなければと小声で囁いた。その声にクロヴンは周囲の気配を探るが、どうやら上手いこと雑多な気配に蓑隠れしているらしい。

「ライベリーの予想は半ば当たったみたいだね。掃討するつもりはさらさらなかったけれど」

「目玉と内臓みたいなのの集合体。大きさは大の大人くらいで、腕とかはなかった……。あと路地に」

人の目に触れるとまずいので、今は武器も使用できない。対峙するなら裏路地に入るしかないが、まだこちらを狙うかわからないので下手に動けない。悪魔にとって異形とは最悪の天敵だ。例え格持ちだろうと油断すれば命を落とす可能性も大いにありうるので、できれば何事もなく帰りたかった。

とはいえ、気は抜かないものの横にクロヴンがいるので、正直不安要素は皆無に等しい。

すると、今度はクロヴンが静かに言った。

「つけてきているね。路地を見る度にご丁寧にこちらを凝視している」

「やっぱりか。裏路地入る?」

「そうだね、クオンは帰ったらタルトを焼いてもらえばいいよ」

「そうする」

人に気づかれないようにそっと道を外れ、建物の影から中に潜伏して路地の奥へと進んでいく。奥に踏み入るにつれて、異形独特の歪な鬱になりそうな気配が濃くなってゆく。少しも経たない内にそれは予想を遥かに上回った濃さとなり、あたりの空気はその雰囲気に置き換えられていた。影の領域から上を見上げれば、どろっとした肉塊が壁にこびり付き、白い濡れた球体がぐるぐると蠢いているのがいくつも、あちこちで見える。それは時々瞬きをし、肉塊は鼓動のように規則的に蠢いていた。

「これ採取してさ、スーパーの肉ととっかえたらどうなるだろ」

「……少し気になるね、やってみようか」

「ライベリーにバレたらめっちゃ怒られそう」

単純な好奇心が彼の興味をも突いたらしく実行されそうなので、先にリスクを提示すると黙って歩を進めた。自分の言葉に触発されたなんて、とてもじゃないがばれたくはない。

しばらく道を進んでいくと、空は所々青い断片を見せ始めているのに小雨が降ってきた。異形の影響だろう。

そもそも異形とは、人間や動物の怨恨、悲嘆の残留思念が具現化したモノなのだ。宗教的に悪魔は『悪いモノ、絶望をもたらすもの』という認識を受けているので、こうして種族名一つでやたらと付け狙われることなんてざらにある。恨みそのものに新たな恨みをこじつけられるなんてやってられないが、異形は固定された概念ではないのでいわゆる『進化』を果たし、今となっては協会の天敵となっているのだ。

乾燥して涼しい影の中を進み続ける。その時、建物の上から羽ばたく音がして目をやると、一羽のハトが裏路地の上空を飛んでいるのが見えた。異形の目はかっ開かれ、寸分のずれもなく一斉にその方向にぎょろぎょろと視線を投げる。クオンは僅か驚いて無意識に息を殺し、じっとハトの行く末を観察した。

ハトは、ふと地上に、その目玉を見下ろし羽ばたいた。そして、そのままこちらへ降りて行く。

「……?」

不思議なことに、そのハトはクックと声を鳴らして周辺を歩き始めた。肉塊と目玉に囲まれて、しかし異形も彼__もしくは彼女に手を出そうとはしない。寧ろ、ゆっくり瞬きをして見守るかのようにしている。

「……異形自体がハトだったのかもしれないね。何故目の形態をしているかはわからないけれど、よほど深い恨みがあるようだ」

そう言って立ち止まったクロヴンにつられ、クオンもぎこちなく足を止める。

そこには、大きな肉塊があった。目がひとつあった。異常に大きなハトの赤い目。肉塊に混ざって灰色の埃みたいなものが見え、鼓動に揺れる肉塊からはらはらと落ちていく。それは息をするように膨らんではしぼみ、よく見るとへこんだ瞬間、頂点の部分がへこんでいることに気づいた。

「……もう少し」

静かに歩み、建物の境界線を越えたその時。

「は……?」

二人は何故か外にいた。それだけじゃない。元の大通りに戻っている。

唖然として立ち竦み、背後が路地だったことを思い出してとっさに振り返る。

いない。

しばらく何が起こったか理解できず、クオンは混乱する。

自分達への執着が消えた?そんなわけがない。でも、一体何が起こったのか説明もつかない……。

その時、ふととてもじゃないが相容れない違和感を覚えた。

___……今、一体何が起きたの?

紛れもない『記憶喪失』。激しい焦燥を感じる自分を、クオンは何処かで俯瞰していた。

何が、何が、何が。記憶の断片を掴もうとすればするほどビジョンは砕け、霧消する。その違和感さえ遂に消え失せようとした時、クオンはクロヴンを見上げた。

そして、悟った。彼が無表情で固まっているのを見て。

___「 () () () () () ()……」

「……帰ろうか、あまり遅いと心配させるからね」

「そうだね、異形の件もあるし。虹も見れたし!」

クオンは口角を上げ、軽い足取りで大通りを歩いていく。その微笑ましい姿を見守るクロヴンもまた、あの記憶を跡形もなく失っていた。

「今日人多いね、なんかあったっけ?」

「虹じゃないかい?珍しい規模、何より花のように鮮やかな色彩だからね」

「やっぱ綺麗だったもんね、帰ったら二人に写真見せよ」

「よかったね」

空は雲一つない快晴で、雨の匂いだけが微かに残っていた。


△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


「……誰かが君の運命を決めたんだね」

ウルはそう呟いて、肉塊が後生大事に囲んでいる鮮烈な赤を見つめる。

巨大な、心臓。

それを見ただけで、このハトがどういった死を遂げたのかよくわかった。無惨なものだ。この異形より排除を優先すべき者が、ここの街にいるのではないだろうか。

「おいで」

ウルは優しく微笑んで、空中からすぐ傍へと降り立つ。灰色の髪が揺れ、その瞳からは虚しい光が溢れていた。

徐に手を伸ばすと、大きな肉塊は小さく震えた。まるで戸惑っているかのようにもぞもぞと蠢き、そのウルほどもある大きな瞳をぐるんと動かす。目が合った瞬間、ソレは恐る恐る鳥の脚のようなモノを持ち上げた。

ゆっくり、気が遠くなる程緩慢な動きで脚を伸ばす。ウルの指先に触れると、彼は優しくそれを握り返した。

「大丈夫。もう、何も怖くない。君は何も悪くない。……辛かったんだね」

そう彼が微笑んだ瞬間、断末魔すら許さない直後で肉塊が爆ぜた。

べと、と飛散した赤黒いモノが頬に、服に、手に張り付く。生温い、濡れた感触だった。

滴り落ちる赤い液体はしばらくすると煙のように姿を失い、最後に残ったのは濡れた朱い瞳とウルを掴んで離さない脚。

それも直ぐに塵と化し、はらはらと砕け散る。

「……おやすみ。もう、いいよ」

手の平に燻る塵を見つめ、その黒の代わりに残った赤いモノに思わず微笑む。それは、ハトの瞳のような小さな石だった。

「………………ありがとう」

その瞳は、まるで濡れているかのように虹の光を反射する。水晶玉ほどもない、小さな命の抜け殻。

『きれ、い%イロはコめら$3かッタみt@』

思念が伝わる。怨恨ではなく、虚しい、小さな、傷跡の光。

「……綺麗だよ。僕の友人の、目と似てる」

そう笑いかけると光は完全に途絶え、その瞬間、また煙のように崩れかけたあの肉塊を見た気がした。頭の中で再生されるビジョンをそのまま映したかのように。どこまでも名残惜しいその思いの強さ、感情の染みついた色にウルは静かに目を閉じる。その沈黙は、まるで異形に黙禱をささげているようだった。

大丈夫。その赤黒い意思も、重さも背負ってあげるから。

「ぜんぶわすれて……」


帰りに、少し寄り道して行こう。


△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


「お~、ここからも虹見えるな。すげぇ~……」

まどろんだ中、感嘆の滲んだ声が聞こえた。虹か。虹は確か、クオンが好きだったはず……。

「ええなぁ、虹……」

思わぬ返事にライベリーはノイズに振り返る。しかし、彼はまた眠っていた。そんな姿にまた苦笑が漏れる。

「はぁ……お前マジで、ヒトの事驚かし過ぎな」

「……」

遠くから聞こえるような聞こえないようなまるで夢の中の声に、余計眠くなって起きる気力もすっかり失せてしまう。なぜこんなにも眠気が酷いのか、自分でもよくわかっていなかった。ただやたらと眠くなるのはたまにあるので、体質か何かだろうと思っている。


___雨。


ひたすら、泣声を代弁するかのような悲惨な雨が降る。彼を呪う一生の傷。透明な雨粒が触れる度、それは少しづつ溶けて……。

「……何で」

成長しても癒えることのなかった傷が消えてゆく。些細のことまでもひび割れる様に刻まれてきた、過去の傷が。

「あ……あかん、何や、コレ。何や……!!やめろ、触んな!!」

___痛みだったものがなくなる。

傷つかない様に抱えてきたのに。

胸の奥が妙にぐちゃぐちゃと収拾がつかなくなり、耳に入る雑音が煩く両手で耳を塞ぐ。雑踏だ。横断歩道の真ん中でひとり、ノイズは立ち尽くしていた。

やめろ、やめろ、やめろ。何度零しても雨は止まない。それどころか、少しづつ強くなって、叫びだす。まるで滝のようで。びしょ濡れになり、髪や服が水を吸って重たい。空気が異常に冷たく、訳の分からないままノイズは歩き出した。

雨音しか聞こえない。なのに、何処かで雑踏の音がしていた。まるで別の世界の音を同時に聞いているかのようだ。

濡れて白く染まった世界。何処までも無機質で、何の感情も記憶も見えない。雨が全てを消している。形骸化をもたらす雨、感情も想いも歴史も何もかも、消しゴムのように白く戻してゆく。

耳を塞いだまま必死に重い体を引き摺って、雨の世界を歩く。ビシャビシャと水が水を叩き、なのに相反するような、決して混ざることのない拮抗。

雨の匂いがこびりついて離れない。全身濡れ鼠になって果てしなく彷徨う。

やがてその一歩を歩んだ瞬間、突然の音無き雑音にノイズは戦慄した。

『アハハハハハ、ハハハハハハハハハハ』

『傷。傷だ』

『まだ色がある。奪わないと。奪え。寄越せ。それは持っていてはいけない』

『みっともないよ。何で一生の傷を抱えるの』

『君は変。君は違う。君はおかしい。でも、君じゃなくて……』

ぐるりと彼を取り囲む、真っ白で顔の凹凸がない偶像達。青白い、石のように無感情で、無機質で、世界に馴染んでいる。

『その傷が気持ち悪い』

後ろも前も横も、少しの隙もない群衆。それは、口々におかしい、変、みっともない、いけないと雑音を浴びせた。雨の音で何も聞こえないのに、まるで思念そのものが殴って来るかのような言葉の暴力。頭が情報処理に追いつかず、ノイズはただ首を押さえて傷を守っていた。

呼吸を荒く、ただその白い塑像を見ているしかなかった。やがて音も何も聞こえなくなって、突きつけられた『世界』がシアワセに染まってゆく。

違う、違う。こんな空っぽの世界、知らない……。

こんなものはただの呪いだ。

『なんで?痛いのも苦しいのも裏切りも、ぜんぶ忘れるんだよ』

『だめだよ。みんな一緒じゃないと』

『みんなこうだよ、わからない?空気読んでよ』

『邪魔だな。理解できないなら、はやく死んでよ』

『無価値。無意味。悪だ。不必要』

『どうせ誰からも見てもらえない。どうせ誰にも愛されない』

『死んだら。死ねばいいのに。痛みのない方へ来ないで、そんなモノ抱えて。移さないで』

『消えろ。誰からも忘れられて、誰からも知られないで、誰からも見えなくなって、誰からも失われて』

『消えろ』

『消えろ』

『消えろ』

『消えろ』

『消えろ』

『消えろ』

『消えろ』

『消えろ』


『無価値のくせに』


ふと雨が止み、しかし()()()()が静かに寂しく響く。驚いて顔をあげれば、澄んだ灰色のガラスが彼を覆っていた。

「……君は傷ついたままでいいよ」

さっきの嘲笑的な声じゃない。何が違うかはよくわからないが、ただ無感情でも彼は違う。

その瞳は、虚ろな中から優しい光を溢れさせていた。何が彼をそうさせるのかわからない、ただ彼の意志でありどうでもいいことでもあった。そこに意味はあって、意義がなかった。ただの、雨の繋いだ透明な光だった。彼は濡れている。水が滴り落ち、それを全く気にせずに目を閉じて微笑んだ。

「誰かが決めたモノじゃないよ」


△▼ △▼ △▼ △▼ △▼


「ただいまー」

「ただいま」

扉の軋み音とともに、二つの声が帰ってきた。少し遅かったが、多分虹でも見に行ったのだろう。

「お~う、おかえり!虹よかったな、写真撮った?」

「撮った!めっちゃ凄かった、鮮やかで本当に虹なのかなって思ったもん」

「そんなに?いいな、今度俺が買い出し行くときもいい天気になるように精進しないと」

「何、ソレ!」

「ライベリー、酒は冷蔵庫に入れておくよ」

「サンキュサンキュ、気が利く~」

急に騒がしくなり、ノイズが大きな欠伸をして起き上がる。まだ微かに気怠い上に、背中に温もりが残っていた。

「何や、盛り上がっとんな……どうしたんや」

何も知らないノイズにちらと空を見やると、まだ虹は橋を渡していた。

「おはノイズ、クオンとクロヴンが買い出し行って虹撮ってきたぞ」

「ほ~ん……えッ。クオン買い出し?起こしてや、おれも行きたかったんやけど!!」

急に覚醒した彼を見て、三人は笑い声をあげる。まだ頭が寝ぼけているノイズとしては、全く状況が呑み込めず憤慨ものである。

「な~にわらっとんねん!何やねん、ほんま……」

「ノイズ絶対寝ぼけてるよ、飴買ったから皆で食べよ!駄菓子屋で瓶丸ごとのやつ買ってきた」

「え、すげぇ何ソレ!ちょっと見せて見せて気になる」

「買い物袋クロヴン持ってくれたから、クロヴン!」

「いいよ。ほら、どうぞ」

「うわでっか、これめっちゃ糖分あるんちゃうん?夢大きいなクオン」

「え、こういうの何歳になっても何か憧れない?ね、ライベリー」

「わかるわかる、何か謎にテンション爆上がりするわ」

「そういうもんか……?ちょっと一個頂戴や」

「いーよ。何がいい?」

「ん?じゃあいっちゃん甘いの」

「ノイズお前、もしかしてバリ疲れてんじゃね?俺にも同じの頂戴」

「いちごかな?」



「透明な世界に……色が入る」

そうして初めて、澄み切っているんだよ。

「back side」

一生の刻印、世界の心


_______________

ep.10、裏話第三話 いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回の物語が少しでも心に残ったり、面白いと感じていただけたら、ぜひ高評価や感想をいただけると嬉しいです。

その一言が、次の物語をより熱くする原動力になります。


__雨に、晒されなければの噺ですが。












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