第四章 第四話 光陣営の分裂
久しぶりに箕面市の空気を吸い込むと、カルはふと胸の内に湧き上がる微妙な感情を感じた。
それは期待とも緊張ともつかない曖昧なものだった。
長らく引きこもり生活を続けていたカルが、ついに日本魔導士連盟大阪支部への出勤を決意したのだ。
理由は単純――東田のしつこい説得に根負けしたことと、純魔導士主義者の悪事を止めるためである。
とはいえ、魔導士連盟に顔を出すのは腰が重かった。
純魔導士主義者の魔導士がカルの家を襲撃してきた事実がある以上、日本魔導士連盟大阪支部は単なる職場ではなく、もはや「半分敵地」である。
また自分が長期間無断欠勤していた事実を考えれば、普通なら即刻クビになるのが当然だ。
だが、東田が支部長の額田に強烈な圧力をかけた結果、カルの復帰が許可されたという異例の展開だった。
「あんまり気になさらないでくださいね。額田派に怪しい動きがあれば次こそ私がお守りしますので」
そう言い放った東田の頼もしい言葉が耳に残る。
しかしそれでも、大阪支部の雰囲気がどうなっているのか、想像するだけで気が重かった。
大阪支部のドアをくぐると、案の定、カルを出迎えたのは冷ややかな視線の嵐だった。
表向きは仕事に集中しているふりをしていても、ひそひそ声が耳に入ってくる。
「戻ってきたんかよ、あいつ」
「何様のつもりやねん、クビになって然るべきやろ」
中でも、嫌味を隠さない者たちがいた。
橋本拓海と槇原桃子だ。
この二人は、「高時給バイト」あがりの魔導士で、生まれつきの魔導士ではないと言う点ではカルと同じだが、どうやらカルに対して複雑な感情を抱いているらしい。
「久しぶりじゃないっすかぁ、カルさん。ずいぶんと楽な生活をしてたみたいですね笑」
橋本拓海が笑顔を装いながら、そう言った。
だが、その口調には明らかに棘が含まれている。
「まあまあ、橋本くん。カルちゃんには特別な事情があったんでしょ?私たちとは違って、なんていうか特別な存在だからさぁ」
槇原桃子が続ける。
嫌味と皮肉が交じり合ったその言葉に、カルは苦笑いを浮かべるしかなかった。
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しかし、これ以上に厄介だったのは今回存在が明確に発覚した「純魔導士主義者」の存在だった。
彼らは、生まれつき魔力を持つ者だけが「真の魔導士」だと信じ、後天的に魔力を得た者を見下していた。
真っ先に思い浮かぶのは白神だ。
だが、白神以外にもそんな考え方の魔導士が大阪支部にいた事をカルは初めて知ったのであった。
それも大阪支部長の額田までもが純魔導士主義者だったとは。
今日はその中でも、藤邑という男が一際目立っていた。
彼はカルを見るなり、すれ違いざまに低い声で吐き捨てる。
「お前みたいな、後からランクを上げたエセ魔導士なんてこの世に必要ないんだよ」
その言葉はまるで刃物のように胸を突き刺すものだった。だが、カルが何か言い返す前に東田が割って入った。
「藤邑さん、いい加減にしなさい。
誰が何のために復帰したのか、あなたが口を挟むことじゃありませんよ?」
東田の声は一見丁寧に聞こえるが冷徹で、一瞬、場の空気が凍りついた。
しかし、藤邑は動じるどころか、軽く鼻で笑う。
「おいおい、東田さんよ。俺たち生粋のエリート魔導士が言ってるんだ。
ちょっとは耳を傾けたらどうだ?」
すると、額田支部長が背後から現れた。
その顔には、東田に向けた苛立ちが見て取れる。
「東田さん、もういい加減にてくれませんかねえ。ここの支部長は私ですからね。大阪支部はあなたのの私物じゃないんでねえ。」
支部長の一喝に、東田も言い返すことはしなかった。しかし、カルにはそれが、彼の背中をさらに重く押しつぶすように感じられた。
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だが、救いがまったくなかったわけではない。
徐々にではあるが、カルに同情の声を寄せる者も現れ始めた。
それは、同じ「高時給バイト」あがりの魔導士たちだった。
ただし、妬みの感情を持たない者たちに限る。
彼らは、純魔導士主義者に対する不満を抱えていた者たちでもあった。
以前までは純魔導士主義思想を大々的に唱える者は白神を除いていなかったが、最近は声高に純魔導士主義思想を主張する者が増えたみたいだ。
「俺たちも似たような境遇やしな、カルさんには頑張ってほしいよ」
そんな声が聞こえるようになるにつれ、支部内の派閥は徐々に二極化していった。
東田派――東田やカルを擁護し、純魔導士主義に反対する者たち。
額田派――支部長の下で純魔導士主義を支持する者たち。
ただし、皮肉なことに、槇原桃子や橋本拓海といったカルに敵意を持つ者も一部は東田派に属している。
生まれつきの魔導士ではなく、「高時給バイト」あがりの魔導士である彼らには、藤邑のような純魔導士主義者に対する反感があるのだ。
そして更に皮肉な事には、反純魔導士主義のトップである東田が類稀なる天才魔導士である事が挙げられる。
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支部内の空気はますます不穏なものになり、カルは改めて自分が置かれた立場の厳しさを痛感するのだった。
しかし同時に、彼は心の奥底で静かに決意を固める。
「僕がここにいる意味――それは中から光陣営を変えること。
闇が良いとは思えない。だけど光の魔導士もこのままじゃいけないから」