政略結婚した夫に同情されています ~初夜編~
初夜のベッドで、夫と妻は動きを中断し、見つめ合っていた。
わざわざ特筆する必要は全くないが、夫が上、妻が下である。
「そういうことか」
夫、ラフェドは勢いよく身体を起こすと、片膝をたててドスッと座った。
「会ったこともない俺との結婚を、いやに自然に受け入れるなと思ったら……」
妻、リオは少し不思議そうな表情で、ゆっくりと起きあがった。
「何か、問題がありますでしょうか?」
しばらく考え込んでいたラフェドは、やがて大きくため息をつく。
「やめだ、やめだ。お前はお前の好きなように生きるべきだ。安心しろ、適当に理由を付けて離婚してやるから」
(いったい、何をそんなに気にしてらっしゃるのかしら?)
リオは心底不思議に思いながら、「この先」はしばらくなさそうだと判断し、半分脱がされていた寝間着を肩に引っ張り上げた。
ラフェドは、国王の庶子である。
国王と王妃の間には、正式に王太子になっている兄がいた。男子の兄弟は他にはいないため、ラフェドは兄のスペアとして大事にされて育った。
しかし、その裏で「しょせんは庶子」と蔑まれていたことが、現在のひねくれた性格に影響している。
その後、兄に跡継ぎが生まれたため、ラフェドはスペアとしての役割を終えた……と思われたのだが。
兄が急死し、甥っ子がまだ幼かったため、ラフェドは二十二歳で摂政となった。
それから十年が経ち、甥っ子は十八歳になり、今度こそラフェドはお役御免となった。彼という存在は、必要なくなったのだ。
そのとたん、結婚するように命じられた。
「あの……」
きょとんとしたリオは、穏やかな口調で尋ねる。
「私のこと、どのようにお聞きになっていたのですか?」
「自由国境地帯で暮らす一族なんだろ?」
「はい」
「その一族が隣国に侵略されそうになり、我が国に保護を求めてきたと聞いた。で、『人質として族長の娘を差し出してきたから、ラフェド、お前が娶れ』と」
ラフェドはチッと舌打ちをする。
「摂政になる時には、『結婚も子作りもするな、後継者争いの種になる』と言っていたくせに、役目を終えたとたん結婚しろときた。勝手なもんだ」
「でも、ラフェド様は、お引き受けになったのですね」
「断れねぇし、王侯貴族の娘じゃないなら、それこそ後継者争いに巻き込まれずに済む。妻がいなけりゃいないで面倒なこともあるから、まあ引き受けてやろうと思ったんだ」
じろり、とラフェドはリオをにらむ。
「それが、さっき押し倒してみたらお前……その、肩の傷」
「お見苦しかったですよね、ごめんなさい。あと私、二十六歳の年増だし」
「そうじゃねえ! その傷は」
彼は顔をゆがめる。
「俺が若い頃、俺を守って受けた怪我の傷跡だろう!」
ラフェドは覚えていた。
兄のスペアである自分を狙った暗殺者に襲われたとき、自分の前に立ちはだかった娘がいたことを。
ただのメイド見習いだと思っていた娘が、見違えるような動きでラフェドを守り、怪我を負いながらも暗殺者を撃退したのだ。艶やかな黒髪と、しなやかな身体つきは、ラフェドの目に焼き付いた。
しかし翌日には、彼女は屋敷から姿を消していた。
「つまり、お前はあの頃、メイドのふりをした俺の護衛として屋敷にいたんだ。……お前の一族は、そういう一族なんだな?」
「そうです」
あっけらかんと言って、リオは微笑む。
「私は幼い頃から、ラフェド様をお守りするように育てられました。私の一生はラフェド様のもの、私はラフェド様の所有物だと。ですから、結婚なり子作りなり、自由に使っていただいていいのです」
ぐわっ、とラフェドが眉を逆立てる。
「所有物とか言うな! お前はモノじゃねえ、人間だろうが!」
「かしこまりました。では、えーと……奴隷?」
「そういうことじゃねえええ」
彼は頭を抱えて吼える。
「くそっ。たまたまその時だけ雇われてたのかと思ったら、一生を捧げるだと!? 俺は知らなかったんだ、王族ならともかく俺を守る存在がいるなんて!」
「それはまあ、誰にも知られないようにしていましたから。有力貴族が王位を狙っているので、陛下が私たちのような一族を使っていた、とわかれば、そこを追求されて不利になる可能性があります」
リオは何でもないように語る。
「でもこのたび、議会で色々と法律が改正されたそうですね。それでやっぱり、私たちのような存在は許されなくなった。よそへ行かれてどこかでしゃべられても困る。と陛下は判断されたようで、私たち一族はこの国で商人として暮らすことになったわけです。口封じに特権もいただきましたので、一族は豊かに暮らせます」
「つまり、お前だけが貧乏くじじゃねぇか。愛してもいない男と結婚させられて」
「愛さないのは当たり前です。主人に愛などという感情を抱くような不敬はいたしません!」
リオはきっぱりと言って、自分の胸に手を当てる。
「私を信用して下さいませ! 絶対に愛しませんから!」
「そういうことじゃねんだよなあああ。かといって、『俺を愛せ』っていうのもなんか違うし」
頭を振るラフェドに、リオは首を傾げた。
「私がラフェド様を愛していないと、ラフェド様は困るのですか? では、薬草師に惚れ薬を作ってもらいます」
「は!?」
「心配いりません。ナイフに塗る毒薬をいつもその人に頼んでるんですが、も、すっごく腕がいいんですよ」
「そんな得意先いらねっつーの! あーもう、つまりだ、お前には、俺みたいに王族に都合よく振り回されてほしくないんだっ!」
「振り回されてなんかいません。私はラフェド様のために生きられれば幸せです」
「それは間違った幸せだっ!」
「…………私は、間違っている、のですか?」
不意に悲しそうな声になったリオに、ラフェドは慌てる。
「いや、その、そういうわけでは」
「でも私、がんばりますから!」
リオは目元を拭い、両手を拳にする。
「この結婚は正しいと、これから思えるようになってみせます!」
ラフェドはがくりと肩を落とし、またため息をついたのだった。
急に思いついて一気書きしたので、年齢とか合ってるか後で確認しなくては(汗 少し調整するかもしれません。
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