未来からのテレパシー
――聞こえますか、この声が聞こえますか?
「は? え?」
青年はそう呟き周囲を見回した後、取り繕うように咳払いをした。
周りには誰もいない。ここは街中にある見通しのいい、ちょっとした広場。
青年はベンチに座り、スマートフォンを眺めていたのだ。
今のトンネルの中で響いた声のようなものは……。
耳で聴いたと言うよりか、頭の中。幻聴。だとしたらストレスだろうか。
病院……嫌だな。そうだ、気のせいだということも……。
――聞こえるんですね? 良かった。
……こっちはちっとも良くない。
青年は頭を抱えた。何なら殴りつけてやりたいとさえ思った。
叩けば治るなんて考えは古臭いが何かの病気の発症。脳の。
そう考えると背筋が凍り、どうにかしたくなる気持ちもわかる。
――大丈夫です。あなたは正常です。
「正常? とてもそうは思えないけどな!」
青年は声を押し殺しつつ、唸る犬のようにそう言った。
――実は、この声は未来から送っています。
「み、未来?」
――はい、流石に人間一人を丸々送れるタイムマシンはありませんが
声くらいなら過去に送ることができるのです。
「そ、そうか、まあ病気でないのなら良かった。
でも、なんでまた俺に……ってこれから話すんだよな。どうぞ」
――ありがとうございます。実は未来では大惨事が起きて、ああ恐ろしい。
それは……っと時間が限られているので割愛しますが
見てください、あなたの右斜めにいる女性を。
「あの白いカーディガンを着た人か? 茶髪のロングヘアの」
――あ、そうです。その人です。
その人の腕を掴んで何があっても絶対に放さないでください。
「おいおい、そんなことしたら不審者扱い、何なら警察を呼ばれるだろう。
本当にそれで未来が救われるのか?」
――はい、もちろん渦潮に石を一つ投じても掻き消すことはできないでしょう。
ですが、その一つが大きな影響に繋がる一つの可能性となり
「あーあれだ。バタフライエフェクトとかいうやつだろう
回りまわって大きな効果を生むと」
――ご理解が早くて助かります、さあ、早く! 彼女が行ってしまいます!
青年はベンチから立ち上がり女性のもとに早足で向かった。
彼が何故そうしたか。理由はシンプル。
彼は平凡な人間だ。常日頃からそれ相応の英雄願望があった。
それに何も人殺しをしろとまで言われていない。ただ腕を掴んで放すなというだけだ。
おまけに綺麗な女性だ。もしかしたら意気投合なんてこともあるかもしれない。
そう、これをきっかけに交際。結婚。
そして産まれたその子が未来を救うなんてことも……。
と、青年は頭の片隅にそう思っていたがしかし、現実はそう甘くはなかった。
腕を掴んだ瞬間、女性の顔が引きつり、次に怒気を帯び、そして恐怖に変わった。
『放してください』と言っても、怒鳴っても、懇願しても青年は放そうとしない。
『未来のため』としきりに言っている。
異常に気づいた周りの人間が引き離そうとしても中々手を放さない。
怒号も意に介していない。と、言うよりほとんど聞こえていない。
青年の頭の中では未来人からのエールが木霊していたのだ。
ついに警察官の登場。周囲の人間と協力してようやく青年を女性から引き剥がし
青年は連行された。
使命は果たせた……が、今一つスッキリとしない。
青年はパトカーの中で一体何がどう未来に影響したのか考えた。
あの女性と自分の間を割って入った最初の男性。
彼とあの女性が微笑み合い、連絡先の交換をしているような姿が
パトカーの窓から見えた。
この出会いをきっかけにいずれ結婚し
あの二人の間にできた子供が科学者になり未来を……。
あるいはまさしく蝶の羽ばたき。
あの時、バタバタと駆け寄ってきた人々に驚き、蝶が羽ばたくのが見えた。
その蝶がどこかの子供の目の前にとまり、その子が蝶を捕まえ
それをきっかけに昆虫学者に、そして、人類の滅亡から未来を救う発見を……。
それとも駆け寄ってきた人の中の誰かの予定が狂い、それで……。
いや、警官に協力し、女性を救ったという自信が今後何かに……。
考えたらきりがない。こんなの答えが出るはずない。
ただ、あの声は一切聞こえなくなった。
それが未来が変わり、救ったということなのか。それとも破滅したのか。
そもそも現代の行動があの声の者の未来に影響するのか?
パラレルワールドと言うのを聞いたことがある。もしくはやはり脳の病気か。
それとも未来人を騙り、人を貶める悪魔の仕業か。
……あるいは、最後に聞こえた未来人の声。
笑いを押し殺していたようなあの……。
これ、未来人の悪戯……。