副隊長
ーー
「・・・隊長?」
完全にフリーズした俺に対して白薙は首を傾げている。
・・・え、なんで?
なんでこいつがここにいるんだ?
バッチリと着こなした隊服に左腕につけた黒犬のマークがついた二本線の腕章が彼女が本当に黒犬部隊の副隊長である事を証明している。
納得はできないよ!?
俺が困惑して無言でいると、クロちゃんが立ち上がり白薙に近づいていって、手を差し出した。
「初めまして、私は臨時で黒犬部隊の文官をしていました、黒獅子部隊所属 狗廊 人志です。あなたには隊長から業務の引き継ぎをするよう言われてますのでしばらくの間よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。狗廊さん。」
そう言って2人は握手を交わす。
なんで2人して会話を進めてるのかな?
「黒犬部隊には他に整備員として 司馬 夏希 が所属していますが今は他部隊のイクス整備のため支部を離れています。近日中には帰ってくると思いますのでその時に改めて紹介しますね。」
「了解しました。お気遣いいただきありがとうございます。」
あれ? 俺のこと忘れられてる?
普通今みたいな説明って隊長の俺がするんじゃない?
あ、フリーズしてたから流されてるのか。
すると、白薙は俺の机に近づき、一枚の紙を机に置いた。
「・・・えっと、隊長。これ、風霧統括隊長から渡すように頼まれた手紙です。あと、承認届にサインいただけますか?」
「うん、ちょっと待とうか。」
サインの前に風霧からの手紙を適当に開ける。
『蓮
前から探していた副隊長がようやく見つかったので配属する。ちなみに拒否権はない。文句があるなら直接言いに来い。
風霧』
俺はその手紙を破り捨てて、全力で黒獅子部隊の支部へと向かった。
ーー
「どりゃぁああーーー!」
ドカンッ!
大きな音を立てながらドアを蹴破って黒獅子部隊の執務室に突入した。
中では風霧がこちらに目を向けずめんどくさそう肩肘をつきに書類を眺めていた。
「扉の修理費用は後でお前の給料からひいとくな。」
「どう言うことだ!? 説明しろやボケが!! 後それだけは勘弁してください!!」
「完全にセリフがチンピラだな。説明も何も今日から 白薙 エリス を副隊長として任命する。以上だ。」
「足りねぇよなあ!? あぁ!? 白花から移動なんて聞いたことないし、いきなり副隊長なのもびっくりだわ!」
俺がそう叫ぶと、風霧はため息を吐きながら書類を机に置き、こちらを向いた。
「どちらかと言うと移動じゃない。白薙は一度白花大八連隊を除隊して、黒獣大八連隊の入隊訓練を受けたんだよ。副隊長に任命したのはお前の隊がちょうど空いてたからだ。」
俺は驚愕に目を見開いた。
白花を除隊したのも知らなかったし、改めて黒獣の入隊試験を受けてたことも初めて知った。
まぁ、調べてなかったし知ってるわけないんだけども。
それにしてもなんでそんなよくわからない事を?
俺は近くにあったソファに向かい腰掛ける。
ふかふかで体を包み込む感覚が気持ちいい。
「全然意味わからないけど?」
「そんな事俺に聞くな、本人に聞け。」
ごもっともで。
「んで、なんで黒犬? 後なんで俺に知らせが来てないの?」
さっき改めて端末を確認してもそう言った情報はなかった。
普通、隊員が配属される時は一番に隊長に連絡が来るよね?
「その方が面白そうだから。」
「おまえ、後で表出ろや。」
「寒いからやだ。」
あっさり断られた。
確かに最近寒くなったもんね。
「黒犬に配属したのは本人から強い希望があったからだ。別に断る理由もないし彼女の能力的にも黒犬はぴったりだったからな。」
「そなの?」
「あぁ、黒犬は全隊をサポートできる万能な隊員が欲しい、だが全員と言うわけではない。でも、彼女は戦闘、筆記、諜報、交渉等幅広いテストで高得点を収めている。その彼女を一つの技能しか活かせない部隊に配属するより、色んな分野のサポートが主体の黒犬部隊に配属した方がいいと判断した。」
なるほど理にかなってるな。
てか、あいつすげぇな、元々優秀なのは理解してたけど風霧が認めるほどってよっぽどだぞ。
「いきなり副隊長なのも彼女の試験結果から一隊士を上回っていると俺が判断した。だから、ちょうど空きがあってお前のフォローができそうな彼女を任命した、それだけだ。」
くそ、めちゃくちゃ納得しちまった。
入隊試験は主に黒獅子部隊のエリートたちが行なっている。
その彼らが優秀だと判断したのならそうなのだろう。
黒獣は壁外で戦っている分、個人の実力を厳しく測る必要がある。
半端な配属では隊員の命を危険にさらす危険があるからだ。
すると、風霧がムカつくニヤケヅラを晒してくる。
「いやー、それにしても彼女の魔法の使い方、誰かさんにそっくりだったなー。」
「ん? 誰に似てたんだ? 俺も知ってる人?」
「・・・お前は相変わらずだよな。」
なぜか風霧に呆れられた表情を返される。
え、なんで?
「・・・はぁ、それで、何が不満なんだ? 知り合いだろ?」
風霧に半目で首を傾げられる。
「・・・いや、不満はないけど。」
「なら文句言ってないでとっとと帰れ。お前と違って俺は忙しいんだ。」
そう言って風霧は手元の書類に目を戻した。
もう相手をする気は無いって合図だな。
手を振ってさっさと去れと示されたので大人しく俺は執務室を後にしたのだった。
ーー
夕方。
「・・・ただいま〜。」
「おかえりなさい。」
黒犬支部の事務所に帰ると、白薙が出迎えてくれた。
白薙は元々クロちゃんが座っていた席に座っている。
クロちゃんが座ってた席は元々副隊長の席らしく、一番資料棚に近いところにあった。
白薙は透き通る白髪をかきあげてこちらに嬉しそうにほほえみかけてくる。
てか、こいつなんでこんなに懐いてるの?
実際白薙とは三ヶ月の間一切会っていない。
正直俺なんてもう忘れていたと思っていた。
「・・・。」
俺が止まっていると、白薙は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「すみません。急にこんなことになってしまって、ご迷惑、・・・でしたよね。」
俺はそんな彼女を見てため息をつく。
「・・・そんなことないよ。急に決まったって俺が感じてるのは風霧のせいだからね。正直見ず知らずのやつが副隊長になるくらいなら白薙の方が気楽でいい。」
「・・・、よかったです。」
彼女は本当に安堵したように胸に手を置いて息をつく。
そんな彼女を眺めながら俺は一度コーヒーサーバーに向かう。
「コーヒーいる?」
「あ、いただきます。」
「あいよ。」
左の棚は高さが低いのでその上に俺が自前のコーヒーサーバーを勝手に置いていた。
クロちゃんから荷物を増やすなと言われたが、コーヒーはクロちゃんも好きなので最初の一杯以降、何も言われなくなった。
「ほい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
・・・本当に綺麗な所作でコーヒーを飲むなー。
まぁ、白花は外面も相当気を使わないといけないからそこら辺は徹底しているのだろう。
俺も自分のコーヒーを持って席に着く。
すると、机にあった書類が整理整頓されとても見やすくなっている。
こう言うところはクロちゃんはやってくれないから白薙がやってくれたのかな?
自分でやれ? さらにごちゃごちゃになる未来しか見えんな。
「美味しいですね。」
「お、わかる? 甘いものを食べるのにベストな苦さと酸味を含んだコーヒーを選りすぐったんだ。ここだけは無駄にこだわってわざわざコーヒー店から豆を買いに行ってるんだよ。」
「隊長って暇なのですか?」
「え、急に棘で刺すやん。いいか? いい仕事をするにはいい休憩が必要なんだ。だから休憩時間に飲むお菓子とコーヒーには全力を注ぐべきであって・・・。」
「・・・ふふ、そうですね。すみません隊長と話すのは久しぶりでしたのですこしからかいました。」
いや、ほぼ事実だけどね?
まぁ、前の所属部隊を抜けていた3年間は暇な時が多かったからめっちゃカフェ巡りしてたからね。お陰でコーヒーとお菓子に少し詳しくなった。
俺のそんな職務になんの関係もない話を聞いて白薙は楽しそうだ。
いいね。クロちゃんは完全に無視だったから。
「・・・それにしても、白薙に隊長って言われるのは慣れないな。」
「そうですね。私もまだ慣れませんよ。気を抜いたら暁月さんと呼びそうですので。」
「別にいいのに。」
「ダメです。こう言うのはメリハリが大事なので。」
相変わらず真面目ですね。
「・・・それで、どうして黒犬部隊に移動したんだ。・・・復讐か?
」
一番気になっていた本題を聞く。
すると、彼女は考えるそぶりをした後首を振った。
「・・・私は祖父に憧れて白花部隊に入りました。」
「うん、知ってる。」
「でも、それは祖父が歩いてきた道を進んでいるだけでした。」
・・・いやー、白薙の意思もあったと思うよ?
肩肘をついて半目で見ていると白薙と目が合う。
目が合うと彼女は軽く笑う。
「ふふ、そんな目で見ないでください。ちゃんとわかってますよ。」
なにを?
なんか勘違いしてない?
「白花では変われない気がしたんです。あのまま隊長になったとしても変わらず業務をこなすだけだと思います。それなら、私も祖父の夢を見てみたいと思ったのです。」
それって俺があの時言ったことを言ってるのかな?
今思い出すと恥ずかしい。あの時はテンションが上がってその場の気持ちを喋ったけど後から思い出して布団を転がったんだからね。
「私にも手伝わせてください。隊長のなす事を手伝いたいのです。役に立たないかも知れませんがそれなりに訓練は積んできました。あのままで終わりたくなんかありません。・・・お願いします。私をあなたの支えにしてください。」
・・・正直、俺のやってることに誰も関わらせたくない。
あまりにも危険だし、嫌な心的外傷を負う可能性もある。
まぁ、それは黒獣大八連隊でも可能性があるが、俺が関わってる件は壁外、壁内共に警戒をする必要が出てくるだろう。
負担だって増えるし、危険も増える。
実際、俺はこの件を風霧以外に話していない。
協力してくれてる黒猫部隊にも今回の件は知り合いが連れ去られたから助けるのを手伝ってくれ、と言うふうにしか伝えていない。
それだけじゃないだろと疑われはしたが貸し一つとして手伝ってくれた。
それにこれは俺が背負うべきものだと言う思いが強く、出来るだけ他人の助けをもらわないで頑張ってきた。
でも、正直手に余ってきている。
俺1人の力じゃ限界はあるし、もう少し手が欲しいのも事実だった。
こいつはユーガルさんの孫娘であり、あの人を慕っている。
そんな彼女を俺が勝手に関わるなと決めつけていいのか?
彼女は手伝いたいと言ってる。思うところはあるだろうが復讐ではないとも言った。
もし、目的が復讐なら手伝わせる気はなかった。
理由としては目的がずれ、敵に隙を作ることになるからだ。その隙は致命的になる。
でも、彼女は変わりたくて、見届けたくてついてきてくれるらしい。そんな彼女を拒否することなんて、俺にはできない。
「・・・わかった。」
結局根負けして承諾してしまった。
すると彼女はとても嬉しそうに明るく笑った。
「はい、よろしくお願いします!」
俺はその笑顔に思わず見惚れてしまう。
でも彼女はよほど嬉しかったのか俺の視線に気づく様子はなかった。
ーー
その後、承認届にサインして、そのまま雑談していると白薙がふと気になったのか質問してくる。
「そういえば、美島元隊長が所属してる組織とは何ですか?」
あ、そういえば話してなかったね。
てか、その情報知らないでよく協力しようって思えたな。完全に未知の相手じゃん。
まぁ、白薙にとっては関係ないのか、単純に敵がいるって認識で十分だったとも言える。
さてと、どこから話すとするかな。
「んー、じゃあ今からする話は他言無用ね。」
「はい、わかりました。」
なくなったコーヒーを淹れ直しながら、俺が知ってる範囲の情報をまとめる。
「まず敵組織の名前は『昏光教団』意味は知らん。まぁ、変な宗教団体みたいなもんだろ。」
正直これを知るだけでもかなり苦労した。
で、調べ上げたら調べ上げたで本当にこれであってるのか? って疑問を感じたし、情報の秘匿が徹底してるんだよな。
「目的も考えもあまりわかってはいない。ただ、終焉導者を崇拝してる組織ってことはわかっている。」
「・・・終焉導者、確か始まりとなる終焉災害を引き起こした人物でしたか?」
「お、よく知ってるね。結構昔の資料を漁らないと記述がないのに。」
終焉導者とは自分を中心に世界を蝕む瘴気を展開し、異物を呼び寄せたとされている。
だが、それが人であるのかそれとも別の何かなのか。それは誰にもわかっていない。
今俺が追っている組織『昏光教団』は終焉導者が何者か分かっており、その存在を他の人間たちに見つからぬよう秘匿している。
まぁ、理由としてはバレたら攻撃を受けるからだろうな。
そりゃそうだ、よりによって世界を滅ぼしたやつを放置しておく奴らなんて酔狂な奴らだけだ。
「おそらく連中は再び終焉導者の力を借り、終焉災害を引き起こそうとしている。しかも、今度は止められないようにな。」
大人しく聞いていた白薙が慌て出す。
「え、それって報告しなくていいのですか? 確かに相手の勢力がわからないし国に潜入されてる可能性もありますが、流石にそこまで大事なら国が動くはずでは?」
ま、それはそうだね。普通に考えてこの件は国、と言うか周辺国が再び手を取り合い協力すべきほどの事案になる。
ただ、問題が一つ。
「言ったろ。敵の規模がわからないんだ。もしかしたら中枢、下手したら皇帝すら敵に協力してる可能性だってあるんだ。」
「え、でもそんなに権力がある相手なのですか? 規模がわからないなら敵が上層にいるかも分からないのでは。」
「うん、わからないよ。でも俺が一番不自然に感じてるのは、ユーガルさんの事件が大事になっていないって事だよ。」
白薙はハッとしたのか考えるそぶりを見せる。
「・・・確かに言われてみると不自然ですね。祖父は白花大八連隊の統括隊長。彼が殺されたならもっと大きな騒ぎになってよかった筈です。」
「それなのに事件は軽い現場検証と異物がどうやって侵入したのかと言う考察のみで終わった。」
「・・・つまり、調べ上げる気はなかった?」
「可能性は高いと思うよ。」
もしそうだったとしたら、相手は統括隊長クラスの事件を揉み消せる権力を持っている可能性がある。
ただの一部隊長が正攻法で挑めるものじゃない。
「・・・気が遠くなりそうですね。」
「そ、こっちの手札が全くないからね。証拠集めから相手の特定、規模や手段、いやーやる事が尽きないね。」
てか、そんなに権力が高い奴が敵なら三ヶ月の間に何かしら接触があると思ったんだけど、何もなかったなー。
警戒されたのか?
あの場での行動が間違っていた可能性もあるけどやっちゃったもんは仕方ない。気にしないでいこう。
「そうですね。気楽に頑張りましょうか。」
「そうすっか。」
事態は常に動き続ける。
それは俺たちの預かり知らぬところで静かに、速く、速く。




