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壁外任務


ーー




車を走らせなが門の入り口へと到着した。

門の手前にある、セキュリティーゲートに端末をかざし、車のまま中へと入る。


門の手前に建設されている駐屯地には黒獣の隊士が詰めているのでどこを眺めても黒い制服が目に入るな。


車から降りた後、ぼーっと突っ立って忙しそうに動き回る黒獣の隊士たちを眺めていたら1人の女性が近づいてきた。



「・・・怒ってません?」



同じく車から降りた白薙が俺の隣に立ってそう呟いた。

うん、そうだね。見るからに視線が鋭いもんね。


丸メガネに短く切り揃えられた緑髪、他者を睨みつける様な鋭い目が特徴的な女性は俺たちの前に仁王立ち、一度眼鏡を上げた。



「お久しぶりですね、暁月隊長。以前私がお願いした仕事をすっぽかして以来ですか。」



・・・あ、そう言えば前に壁外に行った後、仕事頼まれたんだった。



隣の白薙から責める様な視線をひしひしと感じ、思わず視線を泳がせてしまった。



「いやー、あの時は忙しくて。・・・今度美味しいケーキ買ってくるから許してくれない?」



俺がそう言うと彼女にため息をつかれる。



「前もそんなこと言われましたね。ケーキ買ってくれば許してもらえるだなんて大間違いですよ。・・・駅前の限定ケーキで手を打ちます。」



・・・ほしいんかい。



まぁ、こいつは俺と同じスイーツ大好き仲間だからな。


でも駅前のは俺でも買えたことないんだけど、買えるかな?


無理だったら踏み倒そう。


彼女はため息を吐きながら再びメガネを上げる。



「まぁいいです。前回の仕事は別の方にお願いしたので大丈夫でしたからね。暁月隊長は忘れてるだろうと確信を持っていましたから。・・・ところでそちらの方は?」



え、信用ゼロだったの?



俺が衝撃を受けて固まっていると白薙が視線を受けて一歩前にでた。



「初めまして、先日から黒犬部隊 副隊長に任命されました 白薙 エリスです。・・・あの、今後から黒犬の仕事は私が管理いたしますのでご用命があれば私にお願いします。」



あ、白薙からの信頼もゼロになったね。

ぶっちゃけ俺はスケジュール管理とか苦手だし、興味ないことの記憶力も低いから白薙に管理してもらった方が皆んなのためになる気がする。



・・・うん、俺飾りだね。



丁寧な挨拶を受けて、軽く驚いていた彼女は咳払いした後、白薙にならって敬礼した。



「こちらこそ、お初にお目にかかります。黒鷹部隊所属 第八ゲート管理責任者の『柚月 エミィ』と申します。以後お見知り置きを。」



エミィも綺麗な所作で挨拶を返した。

彼女は黒獣に所属して長いため、とても敬礼が堂に入っていて惚れ惚れする。



そんなエミィは挨拶の後、少し疑問を感じたらしい。



「なるほど、副隊長ですか。・・・あの、失礼ですが以前はどちらの部隊に所属していたか聞いてもよろしいでしょうか? 副隊長に任命されるほどの方を記憶していないなんて黒鷹失格ですね。」



そう言ってエミィは自嘲気味な笑みを浮かべる。


黒鷹は情報を統括する部隊だからな。自分が知らない隊員が副隊長へと任命されていたなんて彼女からすれば恥なんだろう。



・・・まぁ、分かるわけないけど。



「そんなことありません。私は黒獣に入隊して1週間と少ししか立っていませんので。柚月さんが知らなくても仕方ないと思います。」


「・・・そうなのですね。確かに入隊して1週間程度なら、、、え?」



そこまで言ってエミィは顔を上げた。



「い、いっしゅうかんーー!?」



その雄叫びは、駐屯地に大きくこだました。




ーー




ーーキーンッ



女性特有の高めの声が辺りに響く。

その声の大きさに俺は耳を塞いだ。


・・・うっせぇー。


お陰で他の黒獣連中も何事かとこちらに視線を向け始める。

そして、多くの隊員が白薙を見て視線を止めた。


元々目を引く容姿なのに、今回は騒ぎの渦中だからな、いつもより視線が倍(笑)


全く、常に冷静沈着が黒鷹の売りでしょうが。


思いっきり叫んだからか、若干息を切らしているエミィを2人で見つめる。


そして彼女も視線を集めてしまったのが気恥ずかしいのか少し頬を赤くしていた。



「す、すみません。私としたことがつい取り乱してしまいました。」


「ほんとほんと、どしたの? 珍しいね。」


「 っぐぐぐ! ・・・私の情報不足が原因なのでその煽りは甘んじて受けましょう。」



・・・え。煽ってないよ?



まぁでも、これはよくあることだな。

実際副隊長に任命されるのは戦闘力の高さ、及び隊長のサポートをこなせるかどうかのふたつに重きを置かれている。

前者は強ければいいだけだが、後者は所属している部隊に長く勤め、隊長を理解し、補佐できる立場の人間が任命される事が多いからね。



多いってだけで前例がないわけじゃないけど。



「・・・なるほど、では入隊する前に付き合いがあったのですね。」


「そゆこと。・・・あ、付き合いがあってもコネとかで副隊長になったわけじゃないよ? ちゃんと実力は俺と風霧のお墨付きだから。」



ここが一つめんどいところ。


実際彼女は人数のいない黒犬に入ってすぐに副隊長になったのでいらない反感を買っていることもあった。

長く所属している隊員の言い分もわからんでもないが、白薙はちゃんと試験で好成績を収めている。


そして、決めたのは上である風霧統括隊長様なので、白薙に文句言うのはお門違いもいいところなのだ。



「別にそこに関しては何も思いませんよ。風霧統括隊長がそんなことすると思えないですし、何より無駄ですからね。・・・暁月隊長だけだったら話は違いますけど。」



俺への信頼がとことん低くね!?


いや、自業自得だけどさ。

でも少し悲しい。傷ついた。



「でも、真面目そうな方で安心しました。おそらく、いえ、確実に大変でしょうが頑張ってください。」



エミィはそう言って白薙に微笑みかける。


もちろん仕事のことだよね?

まさか、俺の面倒だったりしないよね?



「ありがとうございます。精一杯頑張ります。」



何をだよ!?


明らかに会話から置いてかれ始めた、まずい、主導権を取り戻さないと。



「あ、ああっと。そう言えば仕事の件できたんだけど、ゲート通してもらえる?」


「はい、話は副隊長から聞いています。では今から30分後にゲートを開くので準備してくださいね。・・・ではそれまで白薙副隊長は私と雑談しましょう。」


「まった、俺は?」


「準備がある筈ですが? こう言う情報交換などの交流も大切な事なので少しお借りしますね。」



そう言ってエミィは白薙の背を押しながら簡易的な休憩スペースへと連れていってしまう。


その間白薙は困った様に俺をチラチラ見ていたが、こうなったエミィは止められないので俺は軽く手を振るだけに留めることにした。



・・・しゃーない。



ま、イクス降ろして、持っていく荷物を簡単に確認するくらいだからとっととやりますかー。



そうやって簡単に準備していると時間はあっという間に過ぎる。

端末を開いて時間を確認するとすでに20分は経過していた。


手持ち無沙汰になったのでそこら辺にいた隊員と駄弁っていたら白薙とエミィが戻ってくる。


捕まえていた隊員は管理責任者であるエミィが戻ってきたため、白薙が気になりながらもそそくさと仕事に戻っていった。



・・・そう言う危機察知能力は俺も身につけたいな〜。



「すみません隊長。お待たせしました。」


「おう、割と待った。」


「・・・全く、そこは気にするなって言うところでしょう。」



帰ってきて申し訳なさそうな白薙と呆れた様子のエミィ。

対照的な2人の様子に俺からはむしろ笑みが溢れた。



「んで? 欲しい情報は得られたのか?」



エミィに尋ねてみる。

そもそも白薙を連れてったのは情報収集だって自分で言ってたからね。



「・・・めちゃくちゃいい子だなって事がわかりました。」


「俺でも分かる様な情報しか得られてねぇ〜。」



若干視線を泳がされながらそう返された。



・・・そりゃいい子でしょ。



気も使えて、美人で優しくて、(ときおりめっちゃ冷たいけど)素直なんだからね。



・・・でも、白花の時はもっと固かった気がするんだよな〜。



最初の時は人と壁を作って寄せ付けない印象を抱いていたのだが、今は出来るだけ自分から歩み寄っているところを見ると感慨深い。


まぁ、信頼できる人がいなかったのがでかいか。

あの時は1人でなんとかしようって必死だったぽいし。


俺が白薙に頼りにされる人間になれている気は微塵もしないけど、エミィと仲良くなれそうな様子の今なら心配する必要は無さそうだ。



「それにしても、エリスさんは今回が初の壁外任務なのですか。」



・・・え、いつのまにか名前呼びになってる。



夏希と仲良くなったのは夏希の遠慮を知らない距離のつめ方が原因かと思ってたけど、エミィともこんなに早く馴染めるとはね。



結構コミュ力高いのかな?



「そうだよ。まぁ、壁近くの観測機を調査するだけだからね。新人に体験させるにはぴったりだってクロちゃんに諭されたからさ。」


「・・・そうですか、確かに狗廊さんが言うなら丁度いいのかもしれないですが、、、少し心配ですね。」



・・・俺はそれよりクロちゃんで通じたことの方がびっくりしたんだけど。


ちなみにクロちゃんはあの黒獣最強と名高い黒獅子部隊の隊員なだけもあり、結構な有名人だったりする。

実際戦うところを見たことがある人は滅多にいないけど、黒獅子部隊の異物討伐数は目を見張るものがあるからな。



「2人とも無事には帰ってくるよ。それだけは約束する。」


「・・・そうですね。暁月さんもなんだかんだ言ってもう隊長ですからね。わかりました、エリスさん、暁月隊長、ご武運を。」



彼女がそう告げた瞬間、少し大きめの開錠音が辺りに響き、大きな門が徐々にスライドしていく。


壁外の風景が見え始めたので、用意しておいた荷物と点検用の備品を持ち、白薙が持ってきた荷物を投げ渡しておく。


ちなみに壁外は軽装が基本となるので大した荷物は持ってきてはいないけどね。



「・・・よし、行くか。白薙、準備できてるか?」


「暁月隊長にして貰えましたので大丈夫だと思います。・・・大丈夫ですよね?」


「たぶん。」



どうだろうね。

ま、最悪近場だからどうとでもなるっしょ。


俺は緊張感を感じさせない気怠げな歩みで門へと向かう。

唐突に歩き出した俺に白薙は少し慌てるが、何も言わずについてきた。


少し緊張しているのか顔が強張っている。

初の壁外任務だからね。



俺もそんな時期があったなー、、、あったっけな?



そんなどうでもいいことを考えながら、俺にとっては久しぶりの、白薙にとっては初の壁外任務へと繰り出すのだった。




ーー




一歩踏み出すと、、、別にあまり変わらない景色が目に入る。


壁で隔てられてはいるが外周区と似た様な景色なのは変わらない。

強いて言うなら生活感が一切なく、苔むしたり草が生い茂ったりしてて世紀末感があるとこかな。



・・・まぁ、今が世紀末みたいなもんだしね。



「・・・あまり変わりませんね。」


「そりゃあ、壁をちょっと越えただけだからな。観測機周辺は木が生い茂ってて小さい森みたいになってるからそこら辺は少し物珍しさがあると思うよ。」



ここら辺の建物はほとんど倒壊してるからな。

もう少し遠くに行けば災害前の痕跡が残っている『封鎖市街地』や工場などが破壊された時に漏れ出た汚染物質により汚染された『汚染被害地』など、壁の中では一切見ることのできない景色も存在している。


森もその一つだな。


壁内の木々は人工的に栽培されている物しか存在しないため、自然に生えてる木などは珍しい。

今回行く先は小さいが木々の生い茂っている森なので多少は見応えがあるんじゃない?



そんなことを考えながら、特に整備もされていない荒れた道を2人で歩く。

本当は車か、魔法で飛んで行きたいのだが、車は障害物があると走れないし、空を飛ぶのは空中にいる異物に見つかるので新人を連れて行くのには恐ろしく向いていない。


なのでこんな散歩みたいな感じで歩くことを余儀なくされる。


いや、マジで観測機が遠くなくてよかったよ。

これで野宿とかになったら辛すぎるからな。


チラリと後ろを確認すると、白薙が遠くの地平を眺めていた。



「なんか面白いもんでもあんの?」


「・・・壁のない遠くの空を初めて見ました。外って本当に広いですね。」



・・・なんかオシャレな感想だね。



俺も倣って遠くの空を眺めみるが青いなーって感想しか浮かんでこない。

今日は雲一つない見事な晴天なので日差しが強く少し暑いな。



白薙は日差しを受けて髪をかき上げている。

暖かなな日差しと流れるような涼やかな風、揺れる白髪と相まって神々しく見えるな。


俺がやっても陰鬱な印象しか抱かれないだろうに、やっぱり雰囲気って大事だね。



「そう言えばイクスはちゃんと起動してある?」


「はい、規定通り起動してありますよ。」



壁外任務では原則としてイクスの常時起動が義務付けられている。


理由としては異物はどこに潜み、いつ襲って来るのか察知が難しいので、万が一不意を突かれても対処できるようにする為だ。

起動さえしておけばシールドも常に張られているので奇襲を受けても一撃で深傷を負うことは少なくなるしね。



「・・・そういえば隊長のイクスを初めて見た気がします。。」


「ん? あー、前は忘れてたからなー。しかも最近は整備に出してたから保管庫にもなかったしね。」



俺は腰差してあるブレードタイプのイクスをポンポンと叩く。

黒の鞘に黒の刀身、黒の持ち手という持ち主の性格を表すような見た目をしている。

片手剣だけど、持ち手を長くしてもらって両手で掴めるように少し調整もしてもらった。こうやってカスタマイズしてもらえるとすごい愛着が湧くよね。



「特注品のイクスは美島元隊長以外のだと初めて見ました。」


「あー、白花じゃあイクスは量産型しか使われてないからな。・・・でも黒獣だってイクスは基本量産型だよ? 特注品を使ってるのは隊長や副隊長くらいだし。」


「そうなのですね。・・・え、それなのに私は特注品スタートって悪目立ちしません?」


「まぁするだろうね。」



でも仕方ないんじゃない?

夏希は量産型嫌いだし、何より作りたがるからな。


でも白薙はまだ副隊長だからいい方だと思うよ。

これから黒犬に入る新人隊員もみんな特注になりそうだからそっちの方が反感買いそうだもん。



・・・ま、新しい人が入ればの話だけどね(笑)



「でも別にいいんじゃない? 実力を示せばいいだけの話だろ。」


「・・・実力ありそうに見えます?」


「知らね。」



そこら辺は白薙の問題だからな。

俺に言われても仕方ない。


俺がそういうと若干拗ねたような表情になる。



「・・・そこは見えるっていうところじゃないですか?」


「嘘は言わないからね。実際に戦うところを見てみないと。」



まぁ、トレーニングの時とか見てはいるけどあれはどこまでいってもシュミレーションだしな。

今日の白薙は初めて会った時と同じ短剣型のイクスを装備している。

臨時で使う分には少しでも使い慣れてた方がいいと夏希が手渡していたのを見かけた。


しっかり様子を眺めていると、門を潜る前は結構緊張してたが、今は門から出て特に異物とも遭遇しないのである程度落ち着いてきていた。


壁付近は定期的に黒獣が異物を間引いているので遭遇することは少ない。

それだと緊張感はどうしても薄れてくる。



・・・ま、動きが硬くなるよりはマシか。




ーー白薙 エリスーー




隊長の後に続き、数時間が経過した。


その間も特に異物などに遭遇することはなく森へと辿り着く。



・・・正直、拍子抜けした。



壁の外では異物が多く存在し少し歩けば遭遇するものだと思っていた。

確かに定期的に黒獣の隊員が間引いているとは聞いていたが、世の中は蔓延っていると言われる存在にここまで遭遇しないと力は抜けるものだ。



「・・・観測機まで後どのくらいなのですか?」



自分の前方を緊張感なさげに歩いている隊長に問いかける。

いつも通りのつまらなそうな表情で振り返り、あくびまで浮かべていた。



・・・緊張感が抜けるのはこの人にも原因があるんじゃないか?



「後10分もすれば着くよ。ちゃんと周りに気をつけてね。」



そういう貴方は空眺めてますけどね。

よくあの様な歩き方で転ばないものです。


でも確かに私は森を歩き慣れていないので足元にしっかり気を配らなければ根につまずきそうだ。

いくら慣れてないと言ってもそんな醜態は晒したくない。



「・・・なぁ、白薙。」


「・・・? はい。」



隊長がこちらを振り返らず、前を向きながら声をかけられた。

少し前から静かになっていた隊長から急に話しかけられて少し驚く。



「黒獣の新人隊員が初めて壁外任務に行った後、もう一度壁外任務につけるのはどのくらいの割合だと思う?」



・・・?


少し顎に手を当てて考える。


確か、新人が初の任務に向かう時は隊長が補佐として必ず付くらしい。

それは確か死亡率を減らす為であり、そのおかげか初の任務で亡くなる隊員は殆どいないと言う話だ。


怪我を負う人も少ないし、壁周辺なら異物とも殆ど遭遇しない。

それなら再度任務につける人も少なくないのではないだろうか。



「・・・1割程度ですか?」



黒獣を志す者は皆、異物に対して恨みを持っていたり、強い正義感を持つ人が多い。

それならこのくらいが妥当なのではないか。


そう思って答えたのだが。



「いいや、5割だよ。」



隊長はこちらを振り返らず淡々とそう告げた。


私はその事実に目を見開く。



・・・5割。



つまり半数は壁外へと向かえなくなると言うことだ。

黒獣への志願者は決して少なくない。

その人数の半分というのは結構な数になるだろう。



「・・・どうしてですか?」



理解できずそう問い返す。

すると、彼は笑いながら一言返した。



()()()するんだよ。」



・・・勘違い?



一体何に対して?


答えになってないと思い、再び問いかけようとした時、右側から木が折れる音が響いた。



ーーパキッ



その音は微かで聞き逃しそうになったが、妙に意識に残った。


私は音に釣られて右側に視線を送る。



・・・そして私は、隊長の言葉の真意がわかった。



その生き物は音の小さなに比べると信じられない大きさだった。


3メートルはあるかと言う巨体。


犬の様な風貌をしているが毛はなく、真っ赤な皮が骨に張り付くようにくっついていて、耳や鼻が存在しない。


痩せこけたているからか、眼孔は凹み、丸い目がせり出しこちらを見つめる。



【ーーハァアアアアァ】



深く裂けた口から鋭い歯と長い舌が覗く。

その生物が吐く息は生暖かいが、肌に触れた瞬間ひどい寒気がした。



・・・怖い。



その恐怖は人生で一度も感じたことがなかった程大きかった。



・・・手に持つイクスが酷く小さく感じる。



どうして私はこんなに小さなイクスを持っているのだろうか?


こんなものが役に立つわけない。

刃が届く前にあの鋭い歯で食い殺されるに決まっている。


先程からあの歯から視線を外すことができない。

体が震え、力が入らず、動くことがひどく無駄に感じた。



巨大な獣は大きな片足を上げ、私の上に構える。


その光景を見ても私は動けずにいた。


頭によぎるのは小さな頃の記憶、祖父に遊んでもらっていて、仕事だと言われたら泣いて引き留める。



・・・随分とわがままな子供だったものです。



散々多くの人を振り回し、何もなさずにここで死ぬ。



でも仕方ないだろう。


・・・だって人間なんて所詮餌でしかないのだから。



私はそのまま振り下ろされる腕を見て静かに死を待ったのだった。





「・・・『付与:イクス×隔絶:障壁』」




ーーギャキイイイインッ!




金属が擦れる様な音が響きながら、獣の腕が横に逸らされた。



ーーズガァアアン!



逸らされた腕が地面にめり込み、地面を陥没させた。

その獣の腕を弾く様に逸らした張本人は特にいつも通りの表情を崩さず、ダラリと腕を下げている。


そしてこちらにちらりと視線を送った後、再び前を向いた。



「・・・白薙、勘違いするな。」



彼はそれだけ告げた後、悠然と獣に向かって歩みを進めたのだった。


獣はめり込んだ腕を引き抜き、真後ろへ飛ぶ。

そして長い舌をタラリと垂らし、横薙ぎに振るう。


凄まじい速度で振るわれる舌は軌道上に存在する木々を切断しながら隊長に迫る。


彼はそれに対して力む事もせず、まるで縄跳びを飛ぶかの様に跳ねて躱した。



「・・・すごい。」



思わず私の口からそんな言葉が漏れた。

獣は外れた舌を口に引っ込めこちらに構える。


次の瞬間、伸縮された舌が破裂音と共に凄まじいスピードで射出された。



隊長は立ち止まり、こちらに突き出された舌をイクスに展開された障壁で再び、弾く様に逸らすのだった。



・・・?



だが、一つ疑問に感じた。


どうして隊長は立ち止まり、攻撃に対応したのだろう。

隊長の反応速度なら今の攻撃は避けられたはずだ、それなのに隊長は避けずに攻撃を逸らした。



獣に攻撃するなら向かっていくのが正しい筈なのに、、、。



そして、ようやく気づく。

私が腰を抜かし、地面に座り込んでしまっていることに。



私は顔を落とし、震えが止まらない手に目を見開いた。



・・・違う、避けなかったんじゃない。避けれなかったんだ。



もしあのまま隊長が回避していたら私は舌に貫かれていただろう。

だからこそ隊長は避けずに攻撃を逸らすことに専念したのだ。



私の目から涙が溢れ、自嘲気味な笑みが自然に浮かぶ。



・・・情け無い。



どれだけ試験を受けて好成績を貰ってもこの程度だ。

実際に異物を前にした瞬間、立ち向かう勇気すら湧かない。


こんな私が副隊長だなんてお笑い草もいいところだ。



ーズシャッ



「・・・え?」



前から肉が裂ける音が聞こえた。


私が落とした視線を跳ね上げると、目の前で攻撃を凌いでいた隊長の肩を異物の舌が掠めたらしい。



・・・赤い鮮血が飛び散り、私の頬に数滴付いた。



「た、隊長!!」



余裕を見せていた隊長が怪我を負う、・・・誰のせいで?



私に決まっている。



その時、隊長に助けられた時の記憶がよぎった。



目の前で、傷つきながら私を庇う隊長。

私はあの時も座り込み、動くことができずにいた。


それはまるであの時の再現をしているかの様な、、、。



・・・私は、何をしている?



私が黒獣になったのは、必死に力を付けたのは、何のため?



祖父の無念を受け継ごうとしている隊長を支えたいと思ったからだ!!



何を足を引っ張っている!?


何で座り込んでいるんだ!!



隊長は剣だ。



そんな彼に守らせるなんてもってのほかだ、彼は人類の敵を斬りつけるべきなのだ。



だから私は盾になる。



彼が進む先に潜む刃に傷つかないように!



そう思った瞬間、体の震えは無くなった。

思考はクリアになり、自然と立ち上がれる。


右手を見ると、先程まで酷く小さく感じたイクスが今は頼もしく感じた。



「・・・違う、私は餌じゃない。・・・私は盾だ、イヌッコロなんかに食われるものか!!」



自分の奥底から湧き立つ怒りのままに叫び、私は異物に走りだしたのだった。






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