適正訓練
ーー
夏希の始まりの合図とともに目の前に一振りのブレードが出現した。
俺はそれを引き抜き、感触を確かめる。
・・・うん、夜開と同じ様な感覚で使えそうだな。
白薙の前にはナイフに刀、鞭や斧など様々な武器が置かれている。
彼女はその中からナイフを腰に差し、刀を手に取った。
「刀使えるの?」
「ある程度はですね。一番使い慣れているのはナイフですのでどちらかと言うとサブです。」
『まぁ、エリスちゃんは色々な武器使って貰いたいから要所要所で交換してねー。』
相変わらずハードだな、慣れない武器使うのって疲れるのに。
「わかりました。」
白薙さんはもっと文句言ってもよろしいのでは?
今からする訓練は適正のある武器の確認及び連携の練習にもなる。
基本的に黒獣の隊員は部隊員での行動が基本になるので、今のうちに連携の練度を上げる必要がでてくるのだ。
壁外での単独行動なんて自殺行為もいいとこだし、かと言って練度の低い集団行動なんてさらに危険度が上がるだろう。
だから、今のうちに部隊員の戦闘の癖や役割をお互いが理解しておく必要がある。
今回の訓練はそう言ったことの確認にも適しているな。
とりあえず2人で集まり、周囲を確認する。
すると、
「んー、左に2体いるね。」
「・・・え、・・・了解。」
白薙は感知できていなかった様だが、俺を信じて武器を構える。
荒廃した都市から、俺と白薙以外の砂利が擦れる音が微かに聞こえた。
すると、左の吹き抜けとなったビルから2体の小型犬の様な白い異形の怪物が現れる。
白い骨が纏わりついていてガシャガシャ音が響く。
「リアルだなー。」
『ちょっと、蓮くんもっと緊張感持ってよ。』
・・・緊張感か。
その言葉に思わず苦笑が漏れた。
こんなおもちゃを警戒しろってのも無理な話だ。
でも、訓練は訓練。真面目にやろう。
まぁ、本来ならこんな群れでいそうな異物と戦闘を始めたりしないが、今回は武器の適正テストだしな。
「左頼んだ。」
「はい。」
命令は端的にわかりやすく、もっと詰めてく必要はあるが今はこれくらいがベストだな。
すると、こちらに向かって右側の異物が走ってくる。
ーーシャインッ、カシャカシャ、シュカァンッ!
体にまとわりつけている白い骨が左側面から伸び、俺の首あたりを横薙ぎに振るわれる。
それを俺は軽く脱力してしゃがみながら躱す。
相手はそのまま後ろに着地した。
俺はその瞬間を見逃さず、着地して固まる瞬間を上から貫く。
頭を貫かれた異物はしばらくバタついた後、動かなくなった。
刺してる間、動かなかったら周囲の異物に襲われる可能性があるので、腰に巻き付けておいたハンドアクスを構え後退する。
ついでに軽く白薙の様子を伺う。
白薙は異物が襲いかかってくるのを見ながら刀を構え、待ちの姿勢。
異物が俺の時と違い全身から骨を飛び出させながら突進していた。
白薙は異物の突進を横に避けて躱す。
【ギシャンッ!】
獣の甲高い声が響くと、その両目にはナイフが刺さっていた。
・・・すれ違い様に二本投擲したのか。
異物は視界を奪われながらも後ろを振り向き白薙を攻撃しようとするが、そこはすでに間合いの中、一刀の元異物のホログラムは両断された。
「・・・ふぅ。」
少し汗を流しているのが見て取れる。
まぁ、ホログラムと言っても白花では経験することが滅多にない異物戦だからな、神経を使うだろう。
「・・・どうでした?」
白薙はこちらに振り向き問いかけてくる。
ふむ、どうだったかか。
すれ違い様な投擲は完璧と言っていいだろう。モーションが全く見えなかったし両目を的確に貫く精度も流石だ。
でもまぁ、
「・・・避ける時と刀を振り下ろすときのモーションが大きすぎる、あれだと隙が多い。人相手だったら隙をわざと作るのもありだけど異物相手だと悪手だな、急に爆破する奴もいるしね。まぁ、フォローはもちろんするけど、もう少し状況把握に気を配った方がいい。」
実際、異物は手の内がわからないので下手に隙を見せると致命的になる可能性が高い。急に腹から腕が生える奴もいたし、全身から酸を放出するようなのも見たことがある。
だから、異物との戦闘中は決して目を離さず、隙を作らないのが鉄則になる。
ただまぁ、白薙は背も低いし刀の大きさもあってない、刀の重さに軽く体を持ってかれてる感覚もしたので仕方ないとも言えるか。
すると、白薙は『おぉ。』と感嘆の声を漏らした。
・・・なんすか?
俺がよく分からず首を傾げていると、
「・・・いえ、初めて隊長っぽいこと言われたなと。」
「・・・めっちゃ舐められてる。あと、これはただの指摘だ。」
確かに基本的に命令も指導もしてないし、クロちゃんに怒られてばっかりな姿しか見せてないけど一応隊長だからね?
『・・・ぷっ、くくくっ。・・・エリスちゃん、蓮くんはこき使われてしかいなかったから仕方ないよ。命令されることはあってもしたことはないもんねー。』
「夏希、下に降りてこい。命令だ。」
『やだよ。まだデータ取り終わってないもん。・・・まぁ、確かに刀はあっていなさそう、、、いや、私にはすごく見えたんだけどさ。投擲技術は流石だよね。』
それな、手品師とか向いてるんじゃないの?
結構動体視力には自信があったんだけどそれでも見えなかったな。
まぁ、普段の仕事ぶりを見てると、すごいマルチタスクだから器用なんだなって思ってはいたけど、よくあんなに体が思い通りに動くよね。
「・・・もうナイフでいいんじゃない?」
「大きな異物にナイフとかって厳しくないですか?」
『そこは任せて!・・・でも、まだ時間はあるからじっくり検証してこうか。』
うぇー、もう若干めんどくなってきたのに。
部下のためにもう少し頑張るとするか。
それにさっきのは連携じゃなくて分担だしな。
細かな命令とか出したことないからよくわからないんだよね。
今度、風霧に聞いてみるとするか。
・・・講習に出ろって言われたら逃げよう。
『じゃっ、次行ってみよう!』
・・・まだまだかかりそうだな。
ーー
・・・5時間後。
『・・・うん、こんなもんかな。ありがと、もういいよー。』
「・・・お、おう。」
「・・・。」
あれから五時間ぶっ通しで訓練を続けて、流石に疲れが滲む。
大剣、鞭、斧、両手剣、カトラス、レイピア、ハルバードetc、をひたすら使い回しながらどれが白薙に合うかを夏希が検証し続け、ようやくひと段落ついた。
白薙も前半までは元気だったけどぶっ通しで戦い続けて肩で息をしている。
いや、壁外でもこんな無茶な戦い方しねぇよ。連戦とか一番避けるべき状況だわ。
そもそも慣れない武器を使うのめちゃくちゃ疲れるし。
もう、夏樹が倒したら次、倒したら次と、どんどん出現させてくるからやばかったな。
「白薙。・・・白薙?」
「・・・。」
「白薙!?寝たら死ぬぞ!」
訓練だから死なないけどね。
白薙は寝転がった状態でコロコロしている。
「・・・眠いです。」
・・・ちょっと可愛いな。猫か?
手を貸して、起き上がらせる。
「すみません。ありがとうございます。」
白薙は立ち上がって服の埃を落とした。
すると、ホログラムが消えて真っ白な空間に戻る。
入り口が開きそこから夏希が歩いてこちらへと歩いてきた。
「お疲れー。いやー、今日は楽しかったよ。今度イクスを作って届けに行・・・2人ともつかれてるね?」
こいつ何言ってるの? 誰のせいだと思ってんだよ。
いや、夏希は白薙のために調べてくれただけなんだけどさ。
なので2人とも何も言えず無言になる。
「・・・確かに疲れましたね。」
「じゃ、私データをまとめなくちゃだから蓮くん送ってってあげてね。よ〜し! これから頑張るぞー!」
夏希は張り切った様子で訓練室を後にした。
その後には俺と白薙が残される。
本当台風みたいだな。
「・・・とりあえず帰るか。」
「そうですね。」
つっても宿舎に向かうだけなんだけどね。
勇足で出て行った夏希以外で片付けをして俺達も訓練場を後にしたのだった。
ーー
「・・・え。宿舎に泊まってないの?」
「え、はい。」
帰り道、適当な雑談をしていたら衝撃的な話を聞いてしまった。
いや、確かに朝来たら白薙は絶対に俺より先にいたし、帰る時は俺よりも長く残っていた。
何時に帰って起きてるのかなーとは思っていたけど、事務所に泊まってたとしたら納得だな。
「・・・って、いやいや、そんなわけないでしょ。全然顔色変わってないし、泊まれるような場所もないはずじゃ。」
俺が慌ててそう言うと、白薙は首を傾げて疑問符を浮かべる。
「でも、狗廊さんが3階のところに簡易的な宿泊スペースを作っていらっしゃってて、私も真似しました。シャワーは浴室も簡易的なのが訓練室にあるのでそこを利用してます。」
いや、そこって確か男女共用だよね?
確かに使ってる時は使用中の札をかければ入ってこないだろうけどもう少し警戒感持とうよ。
あとクロちゃん、いつのまにか支部を改造してたのかな?
ちなみにクロちゃんは最近そこまで忙しくないのでちゃんと自宅に帰ってるらしい。白薙は復習などをしていたら遅くなるので帰るのが面倒なんだとか。
・・・うん、頭おかしいね。
「安心してください。自分を磨くことを忘れてはいません。外見を綺麗に保つのも仕事ですから。」
いや、そんなドヤ顔されましても。
なにこの社畜根性、もっと力抜いて仕事しようよ。俺が疲れるから。
・・・これは、一回ちゃんと休むと言うことを教えてやる必要があるな。じゃないと俺が休みづらい。
白薙に向き直り足を止める。
白薙も急に立ち止まった俺に不思議な表情をしながら立ち止まった。
「いいか白薙。人っていうのは休まないといけないんだ。」
「え、はい。」
「休み方は人それぞれだけど、やっぱり一番大切なのは睡眠だ。」
白薙はいつもの無表情に困惑を滲ませている。
「わかってますよ? ちゃんといつも7時間は寝てますし。」
「その時、お前の心はちゃんと休んでいるのか?」
・・・やべぇ、インチキ宗教みたいになった。
「休息というのは心と体、どちらも休めることを言うんだ。会社に寝泊まりしてたらいくら休んでいても常に会社テンション。・・・つまり、それは実質休めていないんだ!! それだけじゃない、一人が無理をしていると他の人も無理をしないといけないという同調圧力が生まれる。だからこそ休める時はみんなで休むべきだ!」
心を込めて、全力で、伝われこの思い!
「えっと、なるほど?」
一ミリも伝わってませんね、はい。
「でも、今は私と隊長しか所属してないですよね?」
「俺が休みづらいでしょうが!」
手を胸の前で握りしめながら訴える。
「・・・ぶっちゃけましたね。」
すると、白薙に呆れた半目で見つめられた。
他の人が仕事してるとサボ・・・休みずらいじゃん。
てか、白薙って白花の時からそんな感じで仕事してたの?
白花って名前のくせに超ブラックじゃね?
「・・・気になります?」
「割とね。実際、急に壁外任務が入ったりするとまともに休めなくなるから休めるうちはしっかりと休んだいた方がいい。だから、休憩の質を高めとくのは大切だよ。」
うん、本当にね。
急に壁外に連れ出されて5徹とかしょっちゅうあったし、壁外じゃおちおち休息なんて取れないからね。
だからこそ貴重な時間にちゃんとした睡眠をとり疲れを取りきっとくのが本当に本当に大切なんだ。(力説)
「なるほど、確かに一理ありますね。」
「だろ? だから、今日はしっかりと宿舎に戻って部屋で寝なよ。」
すると、白薙は気まずそうに視線を泳がせる。
・・・こいつ、まさか。
「まさかとは思うが、入って1週間以上。休息日まであったのに荷造りが終わってなくて部屋で寝れないなんてことはないよな?」
にこやかに笑い軽く圧をかけて問い詰める。
「い、いえ、あの時間がなかったと言いますか。・・・その、つい後でいいかなって。」
いや、なんで仕事はバリバリなのに自分に無頓着なの?
これこのままほっといたら一生やらないんじゃね?
かと言って俺が部屋に行くのも気がひけるしな。
・・・あ、そうだ。
「白薙。」
「・・・は、はい。」
光のない黒い笑みで話しかけた。
彼女は不気味な圧を感じたのか一歩後ずさる。
「俺に部屋を片付けられるのと自分で片付けるのどっちがいい?」
俺がそういうと白薙は顔を赤くして慌て出した。
そりゃそうだろう、いくらなんでも他人に部屋を片付けられるなんて屈辱もいいとこだからな。
「か、片付けてきます!」
白薙はあっという間に宿舎に入り込み姿を消した。
疲れてるだろうによくあんなに動けるな。
「・・・はぁ〜、休みたい時に休むのって人間の常識じゃないんだな〜。」
俺も頭の後ろを描きながら自分の部屋に戻るのであった。
その日の夜は上の階からドタバタと大きな音が響き続けていた。
・・・今日やれって言ってなかったんだけどね。




