珊瑚の槍
オールドウィンドウ領の大半は広大な盆地の草原地帯だが、一山越えた大陸のちょうど出っ張り部分は『鏡海』と呼ばれる海に面していた。
そこには人間族主体の港街『ペリティカ』があった。
オールドウィンドが領として成立する遥か昔からこの地にある街で、街中にさえ遺跡が多く、様々な伝説があった。
その中でもペリティカの民に馴染み深い物は・・
「うわ~、海の臭い! 独特だなぁ」
俺は生まれて初めて来た海辺の街ペリティカの潮風に戸惑っていた。
「あたしも初めて来た!」
「この人数で2人も世間知らずだぜ! オレ様、呆れちまうなぁっ」
「なんだぁ? 人参を食べる間も無く居ねっ!」
「おおうっ?」
「・・この服、肌寒いですっ。悔恨です!」
ネルコは調整が済んだ『蛇使いの服』を着ていた。腕当てとベストもセットだが、薄い巾着みたいなサリエルパンツに半袖だ。
「次調整する時は防寒特性足したらいいよ。ほい、カイロ」
俺は5月でも野外活動する冒険者には必須なカイロを1つネルコに渡した。
「ありがとう。でもジンタ君はいいですよね、温かそうで!」
俺は鎧下と厚手のロングパンツの上から付けてる甲羅の防具を+1に強化してカラーリングを『くすんだ灰色』から『水色』に変えただけだ。
なんか紫で悪役っぽかった夜鷹の兜のカラーを『善い者っぽい』水色に変えるついでだった。
結構金が貯まっていたので浄めのダガーも+1に強化し、さらに古びたウワバミの鞄も+0,5に強化してトランク3個分は入るようにしていた。
持ち道具も補充したからお陰で旅費とルッカとサンブラの爆食(サンブラも大食いだった!)を考慮すると俺もネルコ同様スッテンテンになってるが・・
「まあなぁ、それよりペリティカのギルド行かないと。えーと」
街の中に当たり前にある、人魚をモチーフにした遺跡の側で俺は地図を拡げた。
俺達はオールドウィンドのギルド本部による、あちこちで魔物の封印を解きまくってる迷惑なヤツの下調べが済むまで『取り敢えず海見にゆこう。我ら海、見たし!』とペリティカまで来ていた。
「・・あの、冒険者の方々です、よね?」
だいぶカスタマイズしているが、結構高い防具『バトルドレス』を着て、布で穂先までグルグル巻きにした槍を持った女性が話し掛けてきた。
二十歳くらいか? いや、しかし・・
「わー、お姉さん美人だねぇ!」
サンブラが屈託無く言った。サンブラはルッカとはまた違うベクトルで『思ったまま喋る』傾向が強い。子供だからっ!
「お前はその格好で冒険者じゃないのかよ? おおん?」
羽根で飛びながら、値踏みするように腕を組むルッカ。
「はい・・、故郷で修行はしていましたが、ギルドに登録はしていません」
「ということはっ『インディーズ冒険者』ですねっ。私も以前、そうでした!」
嬉しそうにネルコにハイタッチ求められ、困惑しながらタッチに応える槍を持った女性。
「俺達に何か用ですか? ギルドを通さない仕事なら、基本的には受けませんよ」
俺が軽く牽制しすると、
「私はニナウ。このペリティカの街を、救わねばなりません」
ニナウは決然と言った。
小一時間後、俺達はペリティカ近くの灯台のある岬の展望台に来ていた。
街の魔除けの範囲外だが灯台の魔除けの範囲内で、観光地でもあった。平日の午後だがそれなりに客がいる。
ニナウは悲しげな様子で展望台から鏡海の水面や水平線を見ていた。
「ジンタっ、最初『基本的に引き受けませんよ』とか言ってなかったか?」
「いや、調査くらいはさ」
「お前、毎回そんなこと言ってるじゃあねぇかよっ」
「ニナウ姉ちゃんは美人だしな!」
「ジンタ君?」
「違うってっ!」
俺が焦っていると、
「この海の底に海底都市遺跡『ラザント』があります」
ニナウが話しだした。
「ええ、観光ガイドにもありましたね」
「ペリティカの人々は自分達はかつて海の守護者『人魚族』だったという話をおとぎ話を聞いて育つといいます。ラザントは、自分達が陸に上がって人間になる前に住んでい都市だと」
「ロマンチックですね」
「ナルシスト過ぎる。海の沈んでんだから津波とか地震とか、いや都市が造られてんだから津波じゃ沈まなねぇか??」
「『勇者の伝説』だと、確か勇者はセイレーンの国ラザントを訪れてるな」
「谷の言い伝えだと、鏡海で『セイレーン同士』の争いがあった。って聞かされた」
と、ニナウが振り返り、涙を拭った。
「海辺の洞窟に向かいましょう。皆さんは『海鳴の間』まで私を護衛してくれたらそれで十分です」
「ジンタ、『調査』が『護衛』にすり替わってんぞ?」
「護衛しつつ調査して地元のギルドに報告するんだよっ」
「おおん?」
「ジンタ君、無理があります」
「洞窟の魔物と戦うぞっ! あたしの蹴りは強いっ」
ブンブン蹴りの素振りをするサンブラ。俺は微妙な気配のルッカとネルコを宥め、ニナウと共に灯台の魔除けから出て近くにあるらしい海辺の洞窟へ向かった。
洞窟の入り口は封印されていたが、ニナウが布を外した槍を掲げると封印は簡単に解け、遺跡その物の扉が音を立てて開いた。
その槍は美しく装飾された黄金と珊瑚が一体になったような姿をしていた。
「わぁっ、綺麗な槍ですね」
「+3、じゃないか。+4はある!」
+4は神器級だっ。『街を救う』というのも真実味を帯びてきた。
「カッコイイ槍だぞっ!」
「・・ゆきましょう。中に灯りはあるはずですが魔物も入り込んでるでしょうし、守護者も配置されていますっ」
ニナウは洞窟へ入ってゆき、ネルコとサンブラも続いた。
「ルッカ」
小声で呼び掛ける。
「抜かりないぜ? 変装させたジャックナスにオレ様のギルドカードを持たせてペリティカのギルドに向かわせた。小一時間もすりゃ斥候くらい寄越すだろ」
「よしっ」
保険は掛けた。あとは出たとこ勝負だっ!
洞窟の中は信じ難い程古い型で破損も多いが、魔工灯が点いていた。天然の洞窟を利用した祭殿? のような施設だったのだろうか? だいぶ崩れ、海水の流入もあちこちで見られた。
ニナウの言った通り魔物もいた! 最初に遭遇したのは電撃属性の浮遊するクラゲ型モンスター『スタンパラソル』と蟹型モンスター『渦招き』の群れだった。
「サンブラ! クラゲはダメだ。君と相性悪いっ」
「わかったっ。蟹を蹴るっ!」
「ジンタ君と私でクラゲは対処しましょう! ルッカは茄子達と、とにかく数を減らしてっ」
「あいよ~。行くぞお前らぁっ」
「ナスぅ~っ!!」
ルッカはジャックナスエリートを5体召喚していた。
ニナウの用意したマップや情報によれば、この洞窟は直線ルートでも目的地まで遠く、想定される魔物や守護者が手強いので下位の茄子の物量で押し切るのはちょっと無理そうだった。
「ニナウさんは・・」
「これくらいの相手なら!」
+4の槍を振るい、一撃で十数体の魔物を瞬殺するニナウ。
「凄ぇ」
「凄いです!」
「あの槍のパワーな」
「カッコイイ!」
だが動きは荒い。戦士としてのレベルは5程度だ。『武器に選ばれている』ように見えるが、やはり護衛は必要だろう。
「烈風魔法っ!」
「豪脚わっしょいっ!」
「超絶暴爆ぅ~っっっ」
「ナスぅ~!!」
「加速魔法っ!」
俺達は魔物の群れを退けていった。
洞窟を7割程進んだところで、機能停止していた大昔の祓い所をニナウが槍で再起動させ、休憩を取ることになった。
持ち道具も減ったが、剣の刃零れが目立った。銅ベースで+1の剣じゃもう追い付かないな・・。
「ニナウさん、もう少し事情を詳しく話してくれませんか?『ペリティカを滅ぼそうとしている魔人がこの洞窟の奥にいる』、それだけでは」
「そうですね・・」
ニナウはネルコが淹れたココアの入ったカップを置き、ふわり浮き上がると下半身と耳を変化させ、鰭の耳と魚の尾の姿になった。
「セイレーン、か」
「はい。順を追って話しましょう。まず、もう何百年も昔、ラザントには確かにセイレーン達の住まう国がありました。勇者が魔王を倒してから100年余りは平和で幸福の時代が続いたそうです」
遠い目をするセイレーン族のニナウ。
「しかし、セイレーン達の中にもっと陸の世界に進出すべきという者達がいました。『ペリティカの氏族』達です」
「ペリティカ?」
今、ペリティカに暮らしているのは殆んど人間族だ。
「ペリティカ氏族はそれに反対するラザントの保守派と激しく対立し、やがて内戦に至りました。そして保守派の持つ神器、この『珊瑚の槍』に対抗し」
その手の槍、珊瑚の槍を見詰めるニナウ。
「愚かにも、ペリティカ氏族は悪魔と契約して『災禍のワンド』を錬成してしまったのです」
もう話の顛末が見えてしまうな・・
「災禍のワンドは海と海に住まう魔物達を操る闇の力を持っています。海の楽園、海底都市ラザントは一夜にして凶器と化した海と魔物の大軍勢に押し潰され、滅び去りました」
「酷いっ」
「そんなの許さないぞっ!」
「けど、今のペリティカは魔物の巣窟になってないぜ? セイレーンもお前以外見ない」
確かに、話通りなら『状況の断絶』を感じる。
「ペリティカ氏族はその行いのために神罰を受け、セイレーンとしての力と記憶を失い、ただの人間としてこの海辺で暮らしてゆくことになったのです」
あー・・、
「ざまぁっ!」
「ルッカっ」
「その災禍のワンドはどうなったんだ?」
「災禍のワンドと珊瑚の槍は相討ちになり、互いに深い眠りに就きました。珊瑚の槍は海に沈んだ滅びしラザントの祭壇で。災禍のワンドはいずこかへ失われる形で」
「で、災禍のワンドをその、『魔人』とかいうのが手に入れて悪さしようとしてる、と」
「そうです。『彼』に、その『権限』が無いと、言い切るのは難しいですが」
「彼?」
「経緯はわかりませんが災禍のワンドを手にし、ペリティカ滅ぼさんとする魔人と化したのは、かつてのラザントの王子『メイシル』様です」
名を呼ぶ時にニナウの感情の高まりは感じたが、
「いや、待ってくれ。セイレーンは長命種だがそれでも200年くらいだろ? そんなに近い昔の話なのか?」
「いいえ、メイシル様はほんの数年前まで、槍と共に『水の棺』でずっと眠っていられたのです。ラザントの正統な王家が途絶えない為に」
「どんだけ暗殺にビビってんだよ?」
「ルッカっ、て! もうっ」
「・・なんか、段々難しくなってきた。あたしは誰を蹴ればいいんだ?? 王子? めいしる? 魔人??」
ざわつく仲間達。
「目覚めた王子は当初記憶を失っていて、もはや報復を考えていないラザントの生き残りの末裔達は王子のことを監視することにしました。その1人が私です」
「他の監視はどうしたんだよ? 間抜けかぁ?」
「全員、災禍のワンドを手にして記憶を取り戻したメイシル様に殺されてしまいました」
「お、おう・・まぁ、どんまいっ」
「ルッカ・・」
「私は海底のラザントへこの槍を取りにゆき、そして1人で挑むべきか悩んでいると『槍』が皆さんを『善なる者』と差し示したので、声を掛けさせて頂いたのです」
「俺達、善なる者だったかぁ・・」
「こそばゆいですねっ」
「あたしは凄い善だぞっ?! 郷で毎日婆ちゃんの肩揉みしてたっ」
「じゃあ俺様は『超善』だっ! ネルコっ、肩揉みしてやるっ!」
ルッカは『ピクシー念力ワンド+3』の力で、ネルコの肩を強烈に『肩揉み』しだした!
「ぎゃーーっ?!!! やめてっ、肩肉もげますっ」
「ルッカ、後で『凄い日記に詳細に恨み言書かれる』ぞ?」
「えっ、それはちょっと・・」
ドン引きして念力を解くルッカ。半泣きで肩を押さえて祓い所の床を転がるネルコ。
「ふふっ、仲が良いんですね」
ニナウは目を細めて笑い、陸で戦うのに不便だからか? 人間の姿に戻った。
・・俺達はほぼ陽動に専念していたが、最後の守護者『船喰い蛸』にニナウが珊瑚の槍で止めを刺し、俺達は海鳴の間の前まできた。
扉の前には朽ちかけた石碑があった。
「読めるか? ネルコ」
「破損が激しいですが・・随分なことが書かれています。この海鳴の間で、災禍のワンドを発動させる為にたくさん生け贄を捧げたと、しかも・・当時の災禍のワンドの使用者はラザントの王家からペリティカ氏に嫁いだ王女、あっ」
「あの人の妹君ですね・・悠久の年月を持ってしてもそそぎきれなかった、負の連鎖を断たねばなりませんっ!」
ニナウは槍で海鳴の間の扉に掛けられていた封印を解いた。
今、『あの人』って言ったな。
「来たか、ニナウ」
海鳴の間の大量の水(海水?)を湛えた堀に囲まれた祭壇にいた、法衣を着た長髪のセイレーンの男、メイシルが静かに言った。
右手に禍々しい気を放つ短杖を持っている。あれが災禍のワンドだろう。
正直、石碑の文のこともあってここに大量に生け贄が捧げられていたりしたら、サンブラのフォローをどうしようかと思っていたがメイシルは生け贄ではなく、複数の台座に大きな魔法石を嵌め込んで力を蓄えていたようだ。
理知的だなっ、オイっ!
「メイシルっ! もうやめてっ、私達は既に忘れられているわっ」
「・・忘れる方は簡単さ。私も忘れていた頃は、簡単だった」
災禍のワンドが力を増し、台座の魔法石が砕けるまで力を一瞬で吸い、メイシルを深海の魚類のような醜い姿に変えた。
「時を越えた。一時でも幻を見れたことは幸福だった」
負の魔力を高めるメイシルっ。
「よーしっ、バトルだよね?! それならっ、聖ケンタウルス脚闘術、奥義! 弐の、っ?!」
ザッパーーーンッッ!!!!
メイシルの放った堀の水の鉄砲水がサンブラを押し流した!
「わぁーーっっ??!!!!」
祭壇の間の入り口から海鳴りの洞窟の向こうへサンブラは押し流されていった。
「サンブラちゃんっ!」
「ルッカっ、頼む!」
「んだよっ、こっからいいとこなのにっ! ラピンっ!」
ルッカは自分に加速魔法を掛けて流されたサンブラを追っていった。
「子供に用は無い」
激流で祭壇の間の堀の水の3割は失われたが、こっちの戦力は半減どころじゃないぜっ。
「メイシル、どうしても、なの? 私と別の海に逃れて」
珊瑚の槍を手に呼び駆けたニナウだったが、メイシルは堀の水を操り『水の刃』の連打をメイシルに放ってきた。
槍を振るって刃を弾くニナウ。
「ダメかっ、ネルコっ!」
「・・わかりましたっ。凍結魔法っ!」
ネルコが冷気を放ってメイシルが右手で持つ災禍のワンドを右手ごと凍り付かせ、水支配の力の行使を一時止めた。
メイシルは冷静に、水の刃の代わりに剃刀のような髪を伸ばしてニナウを狙った。これも槍で受けるニナウ。
「ラピンっ!」
俺はその隙に加速して堀を飛び越え、メイシルに斬り掛かるっ。災禍のワンドさえ手放させれば!
「ニナウ、輝かしい日々だった。今でも貴女ほど尊い物は無い」
加速を見切り、鉤爪の左腕で俺に応戦しながら、話し続けるメイシル。
ネルコが必死で凍結を維持させる災禍のワンドの魔力を高め、凍結を溶かし、解除しようとしているっ。
「それでもこの『必然』からは逃れられなかった。あの日の人々の悲鳴、怒り、絶望。絶対に消えない。災禍のワンドはただ災いに吸い寄せられ、顕現するっ。ペリティカの民の現在の幸福は、死と忘却の元にあるっ。動かし難いことなんだ、ニナウ」
メイシルは杖に頼らず、無詠唱で激流魔法を発動させて自分の周囲に拳大の無数の水の玉を作りだした!
加速状態で激突すれば小石の豪雨に打たれるようなものだっ。
「痛てててっ!!」
顔の前を庇いながら、俺は慌てて加速を解除して中央の祭壇の床に転がったが、即座に無数の水の玉は無数の水の矢に変わって俺を襲った。
ドドドドドッッッ!!!!!
俺は咄嗟に魔法石の欠片1つを対価に無詠唱で植物魔法を発動させて『蔓の盾』を造って防いだっ。慣れない発動とメイシルの魔法のパワーに蔓の盾はすぐ破られそうになる!
「ジンタ君っ!」
「凍結は解くなっ! なんとかするっ」
俺はグレネードガンを取ろうとするが水浸しだ。当たるか? これ??
「貴方だけが時を越えられたのにっ、この街から離れましょう! 怒りから離れるべきよっ。私がずっと側にいるから!!」
「私が災禍のワンドを手に取り、貴女が珊瑚の槍を取った。巡り合わせからは逃れられない。災禍のワンドは確かに私に最も大きな災いを招いた」
俺はどうにか手に取ったグレネードガンを2連射して炸裂弾でメイシルの変質した左腕を砕き、水の矢の勢いが弱まるとその場から飛び退き、浄めのダガー+1を投げ付け、メイシルの脇腹に突き刺した。
「うっ」
水の矢が止まったっ。俺は突進したが、メイシルはニナウを攻撃していた剃刀の髪の3割程度を俺に向けてきたっ。
「私達がただ1人を見るように、悪魔は時に幾万人の死よりもたった1人の苦しみを悦ぶ。この忌まわしい杖にはっ、ラザントを滅ぼした後自決する妹の記憶すらあるっ!!」
メイシルの魔力が高まるっ。近付けない! 剣が砕かれそうだっ。ネルコも魔法石の欠片を使って維持するのがやっとだ。
「私の死か、貴女の死かっ、どちらの絶望を災禍のワンドに捧げるかっ! これはそのような結末だっ!!」
俺を弾き飛ばし、右腕の凍結を解除して反動でダンシングロッドを砕き、メイシルは堀の水を全て災禍の水に集めて大刀に変えてニナウに襲い掛かった。
「こんな槍で戦いたくないっ」
ニナウは泣きながら応戦する。
「ジンタ君っ、大丈夫ですか?! リーマ!」
2つに折られたダンシングロッドを手に壁までぶっ飛ばされた俺に駆け寄り、回復魔法を掛けてくれたネルコ。
内臓までイッていたのが癒えたが、急な回復に目眩がした。剣は折れてしまった。
「ありがとうっ。ネルコ、このままお客さんにはならないぜっ?」
「ええっ、勿論。ジンタ君の魔法石の欠片の残りは」
俺達は短く打ち合わせした。
「私達と戦う必要も無かったはずですっ! 止めさせたかったんでしょうっ?!」
「杖が、槍の破壊と『より尊い物の棄損』を優先させただけのこと!」
片腕でも横っ腹にダガーを刺されていても『神器』に注がれる思いのレベルが違うっ。ニナウは押されている! 俺とネルコは慎重に準備を整えたっ。
残る魔法石の欠片3つ、聖水+1を2つ、霊木の灰を4つ!! 撤退用の温存は無しだっ。俺達は声を合わせた。
「ナシャっ!!!」
俺とネルコは『輝く海藻の奔流』を発生させてメイシルを拘束し、災禍のワンドの力も一時封じた。
「ぐうっ?!」
圧縮された大量の堀の水が開放されて、壁際の俺達まで被ったが構ってられない!
「メイシルっ、もう、あっ?!」
珊瑚の槍が輝き、ニナウを浮かせ、災禍のワンドに突進した!
「ダメっ!」
災禍のワンドを打ち砕き、自らの穂先も砕かれる珊瑚の槍。
「ああ・・」
魔物化が解け、セイレーンの姿に戻るメイシル。だが、その身体は白くなりヒビが入ってゆく。俺達は輝く海藻を操り、ゆっくりと祭壇の間の床にメイシルを降ろした。ニナウもそれに合わせて降りていった。
「待って、メイシル!」
「ニナウ、あとは何も知らぬ人々の歴史が営まれるだけだろう・・我々はもう・・物語の中だけで、いいんだな」
「メイシル、メイシル・・」
崩れゆくメイシルを抱えたニナウ。
「旅の者達、世話を掛けた。だが思えば私の目覚めも、災禍のワンドの獲得も偶然とは思えない。気を付けることだ」
「・・了解」
「ゆっくり、お休み下さい」
「メイシル」
「・・涙が温かいね、ニナウ。この時代に来て、良かった」
メイシルは、塵と消えていった。
後処理をギルドから派遣された地元の冒険者達に任せ、ペリティカに戻る前に、灯台の有る岬に来ていた。展望台ではなく魔除けの端の何かの遺跡の残骸が残る崖だ。
夕陽が沈もうとしていた。
「私はラザントの海底遺跡の祭壇に、この砕けた珊瑚の槍を戻してきます。もう、ペリティカには戻りません」
ニナウは穂先を無くした槍を手に、セイレーンの姿に戻って浮き上がった
「どこか落ち着いたとこで休んだらいいよ」
「また会いましょう! ニナウっ」
「・・はい、その時は『この子』も紹介します」
槍を持たない方の手を愛おしそうに腹に当てるニナウ。俺達は目を丸くした。
「ジンタ、ネルコ、ルッカ、サンブラ。さよなら!」
ニナウは笑ってクルリと宙で向きを変え、海へと帰っていった。
「・・やることやって」
「ルッカ!」
「んだよぉ」
「あ~っ、今回あたし、いいとこ無しだぁっ」
「バレバレで大技使おうとするからさ」
「せっかく奥義を一杯覚えたから全部使いたいんだっ!」
「わかったわかった」
「そういえば宿もまだ取ってませんね。『ネルコ城を設置』しなくては!」
「腹減ったぁっ」
俺達はもうすぐ夜が来る海を背に、野心も残虐も使命も忘れ去られた、ペリティカの街へと歩きだした。