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屍鬼の祠

ロブセン修道院はオールドウィンド領の『オールドウィンド高原』北西のロブセン山の麓にある。

麓と言っても、中腹寄りの場所に孤立して建てられていた。元々はもっと高度の低い場所にあったが、周囲に街ができて発達してしまい『主旨に叶わない』として、より高い場所に移転されたそうだ。

旧ロブセン修道院は持ち主が二転三転した結果、今は『ホテル』になってしまっていて観光客に人気だ。

俺達は馬借に馬を返し、そのホテルに1泊した後、線路沿いに魔除けを配置した魔工ケーブルカー(野外で維持が大変なのでロープウェイではなく鋼索(こうさく)鉄道)で現修道院の近くで降りた。

土産物屋でもあるかとも思ったが『主旨』の問題か? 花屋と礼拝用品を売る店と野菜料理のカフェの店舗の入った簡素な建物と駐車場、ここにもあった馬借の建物と馬場が近くに見えるくらい。

あとは低木の森とケーブルカーの駅からも見えている修道院へと続く林道があるだけだった。浄めの香の匂いがする。

天気は雲りで、山の中ということもあってひんやりとしていた。人通りは少ない。まぁ平日の午前8時過ぎだしな。


「ぐぇっ、『真面目な空間』だ。オレ様苦手だぜ!」


ルッカは今はネルコの春風の帽子の上にいた。大体、俺かネルコの頭か肩の上にいる。足元にいると視界が悪いし、『踏まれる』からだろう。


「大人しくしていて下さいよ? ルッカ!『魔物』として祓われてしまいますよ?」


「オレ様をそこら辺の魔物と一緒にするなよっ?『使役』し『創造』する側だかんなっ、ネルコ!」


「はいはい」


「ああん?」


「雨降りそうだなぁ」


「ジンタ君、花と香を買いましょう」


「おいっ、このカフェ野菜料理専門だぞ?『動物と魚はダメだが植物なら倍々に喰い殺しても構わないという傲慢』っ! ゾクゾクするぜっ!!!」


「中では黙ってて下さいよ、ホントに!」


俺達は取り敢えず、魔工ケーブルカーの駅の前にある平屋の建物に入った。観光地価格じゃなきゃいいんだけどな。



モスガーデン領では花弁(はなびら)だけを供える習慣があったが、オールドウィンド領では花冠(かかん)(茎を除いた花のみの部位)だけを供える習慣があった。

それを紙袋に詰めた物と、香を買って俺達は受付と支払を済ませ、まずは大聖堂に入った。

墓所だけに行ってもいいんだが、さすがにね。

ただし、大聖堂は修道院の宗教行事と礼拝者向けの施設で、このロブセン修道院で暮らす修道女達は普段は『心堂(しんどう)』と呼ばれる小ぢんまりした聖堂で礼拝等を行っているらしい。

最初は心堂だけだったが、修道院の維持に苦しんで大借金をして『外向け』の大聖堂を増築して一発逆転で著名な観光地と化した、という経緯があったようだ。

神も敬虔な修道女達にこう伝えたかったに違いない『お金、大事だよ』と。


「素朴で荘厳ですね」


「地味で堅苦しいぜっ!」


「・・・」


ルッカがネルコの頭の上にいるから『内なるネルコ』が喋っているようだ。

広大な聖堂はネルコの言う通り、余計な装飾を廃した、しかしどっしりとした造りになっていた。

朝陽の入る東側の壁はステンドグラスでやや抽象的なタッチで創成期の神話が描かれていて、色とりどりのステンドグラスの光で朝の大聖堂が照らされていた。

対の西側の窓は普通の曇りガラスであったが、その上には数百年前とされる勇者の伝説が、こちらは詳細なタッチで絵巻として描かれていた。


「オイっ、ネルコ! お前の先祖がワンカットだけ見切れてんぞっ?!」


「んん?」


壁画の中盤辺りに、勇者にカンテラを渡す3本の尾を持つ黒猫を連れた若い魔女の画があった。


「『この暗い道行きに、どうして灯りを持たずの済みましょう』の件ですね」


勇者が『常闇の迷宮』へ行くに当たって、黒猫の魔女が月明かりを集めて造った『月光の火』を灯したカンテラを勇者に渡す逸話がある。

常闇の迷宮は全ての光を奪ってしまうが、夜の闇から生まれたて月光の火は消せない。勇者とその仲間達はこの灯りを頼り常闇の迷宮を攻略したという。


「ショボい役だなぁっ」


「役じゃないですっ。御先祖様頑張ったんですっ」


「子孫の落ちぶれぶりがジワジワくるぜっ」


「別に落ちぶれてないもんっ!」


ネルコが半泣きになると、案内の修道女がスッと寄ってきた。


「お静かにお願いします」


「・・すいません」


「オレ様悪くないし~」


ルッカは羽根で飛んで俺の兜の上に来た。


「お? 俺様の爺ちゃんもバッチリ画かれてんなっ」


壁画後半には勇者達が『妖精王』に謁見する場面もあった。


「ルッカの爺ちゃん、妖精王なのか??」


動揺する俺っ。いや確かに世界樹の実を噛れたり、ただ者ではないようだったが・・


「昔な。今は『ママン』がやってる」


「ママン・・じゃあ、次の妖精王は」


「オレ様だぜっ! 兄弟姉妹の中でオレ様が最強だかんなっ」


「えー・・」


『最強かどうか』で決まるのか? 妖精王。


「妖精界の行く末が心配ですね」


「へーんだっ」


俺達は壁画やステンドグラスを一通り確認しつつ、神像に礼拝を済ませ案内の修道女に聞き、一般礼拝者は入れない墓所へ向かった。


「・・・」


素知らぬ顔をしていたが、実は『俺』に関する壁画も見付けていた。

入り口のすぐ側の勇者の旅の序盤だ。入り口に近過ぎて(・・・・・・・・)角度的にネルコ達は気付かなかったが、『異界』から来たばかりの勇者を『災いの魔女』として捕らえようとする『名も無き性悪な傭兵』が、夜鷹の兜を被っていた。

アイアンタートル家は東方の漁師の家系から始まったというから、たぶん先祖じゃないと思うけど取り敢えず黙っといた。

すげぇ『敵側』だし、この世界に来たばかりで弱かったはずの勇者に『棍棒(こんぼう)』で殴られて倒されたみたいだし・・ちょっと、なぁ。



墓所は修道院が歴史を重ねるごとに拡張されたがそれでも場所が足りず、見舞う者も絶え、親族を辿れなくなった墓は記録を取った上でなるべく同じカテゴリーで纏めて集合墓にされていた。

今では関係者と特別に許可を得た者達だけがこの墓所に納められる。ネルコの母、『ベルコ・ユシアン・モスガーデン(旧名ベルコ・ルナ・ストレンジキャット)』も特例の1人だった。


「墓守の使役妖精が多いなっ、絡まれたくないからオレ様は隠れるぜ?」


ルッカが珍しく『撤退宣言』してネルコの見習い法師のボレロの胸ポケットの中にスポっと入ってしまった。

確かにルフ郷の墓とは比べ物にならない広さのロブセン修道院の墓所にはパッと見ただけでも10名以上、『女』の使役妖精達が陰気な顔で働いていた。


「お? 引っ込んだな」


「ルッカは一応妖精の王族ですから、使役妖精の『使役契約』を『強制解除』する権限を持っているんですよ」


「ふぅん? 偉いんだな、ルッカ」


「ここから出るまでオレ様に話し掛けるなよっ、ジンタ!」


ポケットから顔をだしてうんざり顔で言い、すぐに中に戻るルッカ。

俺とネルコは無愛想な女の使役妖精達をさりげなく避けつつ、ネルコの母の墓の前まで行った。


「母さん・・こんな遠くに」


墓石に触れて涙ぐむネルコ。20代で亡くなっていた。俺の母より少し早い。資金力のあるモスガーデン家で病死は考え難いが、本人が言い出さない限り下手に踏み込むべきじゃないだろう。

俺達は花冠と焚いた香を供え、祈りを捧げた。



墓所を後にして、もう聖堂に戻らず、修道院のワインだとかジャムだとか浄めの魔法道具の工房や畑を見学するような流れでもないし、このまま駅前の野菜カフェまで戻って、ネルコが落ち着いたらもう下の街に戻ろう等と考えていると、


「あの、モスガーデン様とアイアンタートル様でしょうか?」


ピンク色の髪をした俺達と対して歳の変わらない修道女が、もう1人の前髪が長過ぎて目が隠れている修道女を連れて俺達の方に駆け寄ってきた。


「オレ様もいるぞ?」


ムッとした顔でポケットから顔をだすルッカ。


「今はモスガーデンではなくストレンジキャットです」


淡々と言うネルコ。


「失礼しましたっ」


ピンクの子が慌てて頭を下げると前髪の子も頭を下げた。


「実はその・・今日いらっしゃるということで、色々修道院でも話になっていたのですが」


「『色々』、ですか」


墓を引き受けてるワケだから事情を知らないワケないわな。


「あっ?! 違います。そのっ、冒険者になられてっ、ここまでも活躍されたようで!」


そう、実は俺達は馬の並足で大体5泊6日程度の距離にあるロブセン修道院まで10日掛かっている。

もう5月、時竜王(ときりゅうおう)の月になってしまっていた。

『ただのんびり街道を歩く旅』にルッカが早々に飽きてしまったのと、小さな体から想像がつかない程のルッカの大食いで旅費の計算がパンクしてしまった為、俺達は道中あちこちで小さな仕事(クエスト)をこなしていた。


「活躍って程じゃないよ、旅費が足りなくなっちゃったからさ」


俺は肩を竦めてしてみせた。


「そうですか・・カッコイイですね」


ん?


「ソウスケ様より、フランクな感じ・・」


?? ピンクの子が赤面し、前髪の子も急に喋りだした。


「コホンっ」


咳払いするネルコ。シラけ顔のルッカ。


「何か?」


「ああ、はいっ! わたくしはミリー・ブロッサムと申しますっ。こっちの前髪長めの子はホムムっ」


「・・ホムム・ビルベリー、です。ソウスケ様のファンクラブの会員番号100421番ですっ」


「10万っ?!」


もうどっかの島で『建国』しろよ兄貴・・


「ジンタ君経由でサインを頼む、とか無理ですよ? 代替え品でもありませんっ」


微妙に春風の帽子をパリパリ放電させるネルコ。『代替え品』て!


「違いますっ。話が逸れました! 実は、助けてほしいんですっ」


ピンク髪のミリーは必死で言い、前髪長めなホムムも、うんうん頷いた。



10分後、俺達はギリギリ魔工普通四輪自動車が通れるどう見ても一車線しかない未舗装の山道を爆走していた。


「どぅああっ????」


「ホムムさんっ?! もっと安全運転でお願いしますっ!」


「いいぞっ! 前髪っ、もっと飛ばせっ! 峠を攻めろっ! わはははっ!!!」


「時間が無いんですよっ、きっとよくないことになってるんで!」


ハンドルに噛り付くように年代物の魔工四輪車を運転しているホムム。ミリーはアシストグリップを掴んで後部席で神に祈り続けていた。

ほんの数年前までホムムとミリーの指導係をしていたという先輩修道女『プスン』が、ちょうどロブセン修道院から見て山の反対側の辺りにある『アンブラ村』に昨日、出掛けたまま戻らなくなっていた。

アンブラ村では村の近くの岩場にある『屍鬼の祠(しきのほこら)』付近で不浄霊(アンデッド)モンスターの目撃情報が増えていて、冒険者ギルドへの調査依頼が検討されていた。

だが昨日、突然アンブラ村と連絡がつかなくなり、プスンは独断で様子を見に行っていた。


「だがなんで独断で?! 修道院本体は動いていないようだが??」


「・・アンブラ村はわたくし達の修道院とは宗派が違っていて、昔からあまり上手くいってないんです。それに」


「男だろっ?! そのプスンとかいう女の動きがおかしいぜ? ピンときた! イヒヒっ」


面白がるルッカ。


「・・はい。実はプスンさんとアンブラ村の神父様がその・・お付き合いされていらっしゃるようで、でも、戒律違反なんで、ちょっと、難しいんです」


「わたくしは大賛成ですっ! わたくしや、ホムムや、プスンさんみたいに子供の頃から修道院にいる者は・・来たくて来たワケじゃありませんからっ!」


「ミリーさん」


「ミリー」


「ぶっちゃけやがったぜコイツっ」


「ルッカ、さっきからちょっと強いぜ?」


「へんっ!」


「とにかく、崖から落っこちない程度に急ごう。その屍鬼の祠についてももっと詳しく聞かせてくれ。ギルドには修道院の魔工電信で調査する、とは伝えてきたが、どこまでやるかおおよそは当たりを付けときたい」


ホムムは少しだけ運転を慎重に切り替えた。


「わかりました。・・その前に1つ、聞いておきたいことがあるのですが、よろしい、でしょうか?」


「? 何?」


「・・っちでしょうか?」


急に声が小さいホムム。助手席の俺は少し、ホムムに顔を近付けた。


「何?」


ホムムは大きく息を吸い込んだ。


「ソウスケ様は『ブリーフ派』ですかっ?! それとも『トランクス派』ですか?!!!」


言い放つホムム! ええっ? 今聞くことソレ??


「・・トランクス、だったと思うけど」


「神よっ! 地上に光あれっ!!!」


大興奮で、むしろさっきまでより爆走しだすホムム。


「いやいやっ、おかしいおかしいっ!」


「ジンタ君が個人情報を漏洩するからっ」


「感じるっ! 人の『欲望のパワー』をっ! ゾクゾクするぜぇーっ!!」


「わたくしも彼氏ほしぃーっ!!!」


どさくさに叫ぶミリーだった。



俺達は速攻でアンブラ村のすぐ近くまで到着できたが、急停車させた年代物の魔工四輪自動車は動かなくなり煙を上げていた。

既に降りていて、車を見詰める俺達。魔工エンジンは俺が速攻で取り外したから取り敢えず爆発はしないが・・


「貴重な修道院の備品に被害が出ましたか」


誰目線かよくわからないことを言うホムム。


「おい、コイツ逮捕しとこうぜ?」


「グレーゾーンで通す! まずは村だっ」


村の方にとっとと歩きだす俺。


「なんだか村の方から邪悪な風を感じますっ」


「霊木の灰と聖水+1は倉庫から持ってこれるだけ持ってきましたけど・・ホムム、行くよ?」


「免停、かも・・」


俺達は廃車になりそうな魔工四輪車を背に山道を上り始めた。もう村の入り口は見えていた。

冷たい小雨も降りだしたのでネルコと、俺のは裾を捲って、ミリーとホムムにレインコートの上着を貸した。ネルコも2人よりかは頑丈で装備がいい。


「これは・・っ!」


入り口付近の魔除けが崩壊していた。村全体が邪気に覆われている!


「取り敢えず、応急措置で補修しときましょう。ルッカも手伝ってっ」


Lv2だがネルコも錬成師のスキルは取っていた。


「こういう作業嫌いだぁ」


「わたくし達も」


「俺は見張っとくか・・ん?」


村の中、降りしきる雨の向こうに、人影が3つあった。一般人、に見えるが気配を消して近付いてきていた?


「厄介そうだな」


俺は銅のロングソード+1を抜いた。邪気のせいで気配が紛れてわかり難いぜっ。


「ネルコ達は作業を続けてくれっ、まず入り口付近を安全地帯にするっ!」


「了解ですっ!」


「アンデッドでなければ殺さないで下さいっ!」


「『生者の死霊憑き(フレッシュワイト)』の可能性もありますからっ」


「やるだけはやってみるっ」


俺は夜鷹の兜のアイガードを下ろし、視界を確保した。


「うっ!」


視力が良過ぎて『雨粒』を視認してしまい、違和感が半端ないっ。雨天は負荷倍増かよ!

気配を消していた村人3人には身体の損傷は無いが、不気味な淡い光に覆われ、姿勢も表情も異常だった。

それでも呼吸をしている。フレッシュワイトだなっ。

実際に戦うは初めてだが、確かフレッシュワイトは身体の限界を越えた動きをするはず。持っているのはいずれも『農具』であっても鍛えられた刺客と見るべき!


「べぇえっ!!!」


「おおあぅっ!!」


「くっ、草刈り、草、くくぅっ、刈らぅぽうぅっっ!」


突進してくるフレッシュワイト達!

俺はロングソードに霊木の灰を軽く振って、魔力を使って取り込み剣に付与した。光の力が増すっ。


「セェイッ!」


擦れ違い様の薄皮一枚くらいは斬らざるは得なかったが、3人の村人の身体に纏わり付く死霊を引き剥がすように切り裂いた。

踠きながら掻き消えてゆく死霊達。村人達は気絶して雨に濡れた泥の中に倒れた。


「よしっ、手当ても俺がする! 皆は補修を済ませてくれっ」


「ジンタ君、お願いっ」


俺は一先ず雨のあまり当たらない村の入り口の門の庇の下に移動させて、簡単に手当てした。



応急補修が済むまで数回、村人のフレッシュワイトに襲われたが連中はあまり思考は回らず特に高度な『指示』も受けてないらしく、問題無く撃退した。

俺達は同じやり方で主な魔除けの起点を次々補修してゆき、面積のある農地等以外の村全域の魔除けを直し終え、範囲内の残存のフレッシュワイトも纏めて浄化して村人達を解放した。

ルッカが召喚したジャックナス達も動員して解放した村人達は全員村の講堂に集め、一通りは手当てしたが赤子や幼児、傷病人や老人等の中には状態の悪い者も少なくなかった。

俺は壊されていた村の魔工電信を1つ復旧させて近くの冒険者ギルドとロブセン修道院に応援を要請をした。思ったより大事になっちまったなっ。


「・・屍鬼の祠を再封印しにいった神父様を、プスンさんが追ってゆきました。昨日の昼過ぎのことです! どうぞお二人をお救い下さいっ」


村長は青い顔で伝えてくる。


「祠の封印は解かれていたんですか?」


「はい、何者かが破壊していて、なんと恐れ多いことをっ」


事故や経年劣化ではなく、第三者がいたか・・


「神父とプスンさんはなんとか救出しよう、それ以上のことは様子を見る!」


「慎重だなジンタっ、そんなんじゃ出世しないぜ?」


「別に何も考えてない。ホムムかミリーのどちらかは茄子達を付けるから、残って看病を担当してほしい」


「どうしよ、ミリー?」


「結界術はわたくしの方が得意だから、ホムムは残って」


「わかった、プスンさんよろしくね」


「うん!」


「ジンタ様、わたくしミリーがゆきますっ。プスンさんとっ、神父様も助けましょう!」


「おう」


「頼もしいですね」


「へへっ」


俺達はホムムをアンブラ村に残し、延々と小雨が降る中、近くの岩場にあるという屍鬼の祠に向かった。



屍鬼の祠には大昔に倒された『死人使い(ネクロマンサー)ユニーダ』の遺体が封じられているという。

生前の『国ごとアンデッド化させた』といったような逸話からすると俺達のレベルでどうにかできる相手じゃなかったが、現在の状態はわからない。

ただ、実体のない死霊を間接的に飛ばして近くの村を襲い、フレッシュワイト化させる程度の被害で済んでいることからすると、万全から程遠い状態だと想定することは一応できた。

既に応援を頼んでいるのでプスンと神父の救出、ないし最悪『解放した遺体の回収』が達成できれば無理をすることはないのだが・・


「見て下さい!」


「プスンさんっ、神父様っ」


「おー、生きてるっぽいじゃん?」


岩場にあった屍鬼の祠からは負の力が溢れ出そうとしていたが、神父と修道女が互いを支え合うように結界を張り、それを押さえ込んでいた。


照明魔法(ポロ)!」


俺は魔法で灯りを1つ作って2人の近くに飛ばし、アイガードも下げた。見る限り間違いはないが、確認はしなければならない。


「っ!」


2人は灯りの飛んできたこちらを見た。うん、ボロボロだがアンデッドじゃない。

心底安堵した表情で、神父の方はそのまま気を失ってしまい、結界が不安定化しかけたっ。


「ヤバいぞっ!」


俺達は慌てて駆け付け、ルッカとミリーが結界を立て直している内にネルコが簡易な魔方陣を地面に作って安定化を計り、俺は神父と修道女の手当てに当たった。


「助かりました。ですがっ、中のユニーダの封印が解けかかっています! ヤツは外に出れば辺りの命を狩って力を付けてしまいますっ、なんとかしなくては・・」


疲弊の度合いの激しい神父は眠ったままだったが、プスンは必死だった。


「このまま入り口を固めて応援を待つか、中に討伐に行くか・・」


「どうします? ジンタ君? 私は応援を待った方が良いと思いますが」


「いや、これは持たないぜ? 祠自体脆い。ヤツからしたら別に『ここから出なくていい』し、オレ様の茄子兵の種も結構残ってる。殺っちまおうぜっ!」


俺は思案して・・



まず初志貫徹と情報伝達を兼ねてジャックナス2体に神父とプスンを担がせてアンブラ村に戻し、最低限度安定化させた入り口の結界を茄子3体を護衛に付け魔法石の欠片と聖水+1と霊木の灰を1つずつ持たせたミリーに任せた。

次に出せるだけのジャックナスを、ポロの明かりと共に、村で手に入れたマップ通りならそう広くもないはずの祠の中に大量投入してルートを取らせた。

再奥まで侵入させる茄子達には霊木の灰をたんまり持たせてある。これをユニーダに突撃させて実力も見つつ、弱体化も図るっ!


「おっ? あ~っ、そこそこっ! んなぁっ? コイツぅっ! うらぁっ」


目を閉じて遠隔操作しているルッカにはわかるようだが、俺達には見えない。ミリーの結界の中でもどかしかったが、


「はい、突撃隊全滅ぅ~っ。終了~! しかし安心しろっ、お前達の経験値は『次のお前達』に引き継がれるっ。クックックッ」


1人不気味に笑うルッカ。引く、ミリー。


「どうだったっ?」


「相手のLvはいくつくらいでしたっ?」


「最初は結構手強かったが、安心しなっ! この超絶天才暴爆カリスマっ! 魔導ピクシーっ! ルッカ・マナ・フレア様に隙は無いぜっ」


宙で胸を張るルッカ。


「『塚』のある広間から出れないみたいだからよっ。茄子達に広間の外から霊木の灰を投げまくらせて弱らせたった! ・・まぁ結局負けちまったがよっ、ちぇっ」


「相手の今の状態はっ?」


「ルッカ、もったいぶらずに!」


「まぁ、どっちもLv13ってとこだな。消耗してる! いけるぜっ」


「13か・・よしっ、万一の時用に霊木の灰2つと魔法石の欠片1つはそれぞれキープして、俺達も行こう! ここで応援を待つようじゃずっと『その他』で終わっちまいそうだ!」


「・・そうですね。やりましょう!」


「よっしゃぁっ! ピンク髪っ、ややこしくなるから入り口は固めとけよっ?」


「了解ですっ、ジンタ様! お二人もっ、頑張って下さい!」


俺達は聖水+1を被って身を浄めてから、照明魔法(ポロ)の灯りを先導させて負の力が立ち込める屍鬼の祠内部へと駆け込んでいった。

内部では倒れた茄子達と『骨系』と『土や水溜まりや器物等との一体化系』のアンデッドの残骸、それから破壊されて『幽体系』の怨念の欠片が散らばっていたが、それらを乗り越えてゆくっ。

余計な探索はせず、茄子達が確保したメインルートを突っ切る!

時折、茄子達の取り零しのアンデッドもいたがそれも蹴散らし、俺達は『ユニーダの塚』のある広間の前まで来た。

ポロの明かりの光量を落とし、物陰で確認する。茄子達の死骸が累々とする穴の空いた塚のある広間に、鬼火を多数伴うユニーダとその眷属がいた。

ユニーダは鎖戦鎚(フレイル)を持つ若い女の魔法使いであったが、身体ほ半ば白骨化していた。眷属は巨大な骨の蝎で、これも骨の身体が激しく損傷していた。

2体は沈黙し、損傷の回復に専念しているようだった。

ユニーダの側には焼けた巨大な骨の壺の様な物も転がっていた。


「・・アレで外から撒かれた霊木の灰を吸い込んで対抗するようになってるっ、同じ手は通用しないぜ?」


小声で囁くルッカ。

俺達は持ち道具を確認し、分け合ってバランスを取った。脱出用を除けば、魔法石の欠片を1つずつ、霊木の灰を2つずつ、聖水+1を1つずつだった。


頷き合い、光量を上げたポロの灯りと共に広間に突入した!


「っ!!!」


目覚めたユニーダは即座に鬼火と倒した茄子達をアンデッド化させてけし掛けようとしたが、想定済みっ!


電撃魔法(ジル)っ!」


霊木の灰2つを使って、浄めの電撃を発生させるルッカ! 鬼火と動き掛けたアンデッド茄子達は粉砕浄化され、本命の『吸い込む骨の壺』も打ち砕いた。


「くっ?!」


烈風魔法(ゼラ)っ!」


ネルコも霊木の灰2つを使い、浄めの大旋風を巻き起こした!


「がぁああっ!!」


骨の半身が焼き浄められて砕かれ、残る半身も焼かれあちこち骨が露出し、フレイルも損傷するユニーダ! 骨の大蝎もさらに消耗するっ。問答無用で悪い気もしてくるぜ。


加速魔法(ラピン)!」


俺は霊木灰1つで強化したロングソードを手に、高速化してユニーダに突進したっ。

フレイルで応戦されたが、避けつつ脆くなった鎖を切断して打ち掛かるっ。

眷属の骨の大蝎も俺の迎撃に参戦しようとしたが、これには魔法石の欠片で魔力を回復させたルッカが飛び掛かったっ。

両手に護拳(殴打用の拳を守る武具)『ピクシーナックル+3』を装備している!

がっ、初手は殴らず聖水+1をポイっと投げ付けるルッカ。聖水は骨の大蝎に命中すると激しく炎上した! ほぼ全身が崩壊しだす骨の大蝎。

これを素の素早さで飛び回り、殴りまくるルッカっ。


「うらうらぁっ!」


小さな姿だが、破壊力は大男が振り回すハンマーのようだった。


「おのれっ、消失魔法(ネス)っ!」


「いっ?!」


ラピンの魔法が打ち消され、急に加速が切れて派手にすっ転ぶオレ。

ユニーダほ残る半身から骨の刃を露出させて追い打ちの構えを見せるユニーダ。ヤバっ。


植物魔法(ナシャ)っ!」


魔法石の欠片で魔力を回復させたネルコは、聖水+1を使って『輝く光の茨』を作り出し、ユニーダを絡め取って身体を焼いた。

激しく抵抗するユニーダっ。魔法の起点にしたダンシングロッドを持つ手が震えるネルコ。


「悔恨、しませんよっ」


「ぎぃいいいっ!! 死ねっ!!!」


「?!」


それでも骨の矢を残る半身からネルコに打ち出すユニーダ。魔法発動中で隙があったネルコ!


「せぇあっ!」


俺はどうにか間に合い、ネルコに迫った骨の矢を『十字抜き』の交差斬撃で払った。


「往生際あるよなっ」


俺は魔法石の欠片を自分に使い、続けてまた霊木の灰を使って強化し直した剣を手に動きは止められているユニーダに向かって駆けた。


「オールドウィンドの主は私だっ!」


俺に撃たれた骨の矢を前転で躱し、隙間を狙って腹に剣に投げ付けて刺す! 横から支援に入った骨の大蝎の鋏はグレネードガンで炸裂ダンを2発撃って破壊するっ。


「がふっ」


まだ止まらないユニーダ! もう一手かっ。俺は空になった銃を手放し、床を割る勢いで打ち込んできた鎖だけになったフレイルを避け、聖水+1で護身用の浄めのダガーを強化し、跳び上がって隙間の胸部にダガーを突き込んだ!


「ぐぅっ、こんなっ、半端に復活させおって・・」


ユニーダは浄めの炎に焼かれ消滅していった。


「うっらぁーーーっっ!!!」


骨の大蝎も、ルッカが空中から降下しながら魔力を乗せた拳を打ち出す技『コメットパンチ』で打ち抜き、倒した。強っ。


「ジンタ君、ありがとう。助かりました」


「いや、まぁ」


「村と修道院は期待できないけどよ、ギルドの方は討伐報酬ガッポリいきそうだよな? イシシシッ」


何はともあれ、どうにか討伐できたようだった。



後処理は地元のギルドとロブセン修道院の他の修道女達に任せ、俺達はアンブラ村で一泊し、そのまま修道院に戻り、修道院のお偉いさんに感謝やら軽く説教やら色々された後、質素な昼食をミリーとホムムと共に食べ、午後にはもう一度ネルコの母の墓参りを済ませてから、修道院を出ることになった。

すっかり晴れた、魔工ケーブルカーの駅までの見送りにはミリーとホムム、それから修道院に戻ってからは姿を見せていなかったプスンの姿もあった。

プスンは修道服ではなく私服に着替えていた。


「『破門』されることになってしまいましたが、アンブラ村で、また私なりに神への信仰と向き合ってみようと思います」


すっきりした顔で言うプスン。ミリーとホムムは泣いていたが、いよいよ俺達が乗る魔工ケーブルカーが来る段になると、


「あの・・ジンタ様、コレっ! どうぞっ」


「2人でほぼ徹夜で作りました! ガナッシュですっ。ありがとうございました!」


樹脂の小袋に入ったチョコ菓子を差し出すミリーとホムム。いい匂いするな、とは思ってたけど・・。


「あ、いや、ありがとう」


「お別れに『甘い物をもらう』のはルフ郷の習慣ですか?」


冷ややかな視線のネルコ。


「オレ様が言うのもなんだが、昨日のあの流れと村の状況でよく『菓子作ろう』ってなったな・・」


ガナッシュをもらいやや気まずい感じになりつつ魔工ケーブルカーに乗って、手を振るミリーとホムムとプスンに窓越しに手を振り返し、俺達はロブセン修道院を後にした。

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