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古時計の悪魔

ネルコ城での居候生活も2週間が過ぎようとしていた。


「真ん中のヤツは水温はやや高く、洗いはやや緩いに設定・・」


アパート(ネルコ城を内包)の一階の魔工コインランドリーを調整する。旧いのが3台並んでる。それぞれ癖があって、覚えないと仕上がりが酷い。

下着以外は他の3人の分も(・・・・・・・)洗うので、ミスるとクレームが凄い。

家事の分担、一階の調子が悪い魔工コインランドリーの使いこなし方、同じく一階の瓶飲料の自販機のお勧めなドリンクなんかも学習した。


「なんだかな」


ダンコとモチヨが買ってきた『陸亀』のイラストのTシャツを着た俺は、自販機で瓶入りのオレンジミントジュースを買って自販機に紐で吊るされた栓抜きで蓋をシュポンっと開け、蓋をリサイクル箱に投げ捨て、丸椅子に座った。

2週間もあれば色々知る。

ネルコはメジハ村で活動を始めた当初は使っていたモスガーデン家の『シルバーカード』を返却していて、今はわりと金欠気味。

某大学の講師だったダンコはパワハラ教授を鉄拳制裁して大学を追われ、ギルドサポーターになって鉱物研究を続けてる。

農家の娘のモチヨは学費を捻出できなかったから10代前半からギルドサポーターになって独自に植物を研究中。植物のイラストが上手い。

といったようなことを。まぁ皆、色々だ。


「お? イケメン洗濯当番っ! 柔軟剤使ってくれよっ」


「あたし、今日食べられる野草取ってこれそうだから暫く野菜買わなくていいよ?」


自分のクエストに出掛けるらしい装備を固めたダンコとモチヨが一階に降りてきた。


「はいはい、行ってらっしゃい」


「行ってきまーす」


「あたしらが居ない間にネルコ姫に変なことしたらダメだよ?」


「しないっ、はよ行けっ! 植物魔法(ナシャ)!」


「わーっ?」


「最悪っ」


俺は木の床から蔓を出して威嚇してダンコとモチヨを追い払った。


「たくっ」


果てしない冒険の旅に出たつもりだったが『霧の猫』のクエスト以降、非正規の俺とネルコには安い雑用的な仕事しか振られていない。

霧の猫クエストの評価でネルコは既にこれまでの働きと合わせてメジハのギルドに念願の推薦状を書いてもらっていたが、モスガーデンまでの旅費をネルコは稼がなくてはならない。


「・・・」


正直、雑用クエストをこなすより俺が野外で野良モンスターを狩って売れる素材を集めた方が話が早い。

が、それをネルコが受け取ってくれるか? といったら厳しいところ。いっそ2人で野良モンスター狩りをしようと、それとなく勧めてみるか思案中だ。


「ジンタ君」


「っ!」


急に後ろから声を掛けられてギョッとした。ネルコだ。ネルコは平静な時は気配を安定させて静かに動くタイプだから、結構わかり難い。

高価なカンムル社の『静音(せいおん)スリッポン』履いてるし。

素で1日に4回も背後を取られ、「トイレの洗剤がもう無いみたいです(着替えるのが面倒だから買ってきてほしい)」と言われた時は俺は剣士としてやっていけるのか? とちょっと悩んだ程だ!


「ネルコ、何?」


すぐ背後を取るのもやめてくれ。


「私のせいでメジハからの出立が遅れてますよね?」


「ああ、いやでも、このアパートあと2週間は契約残ってるんだろ? ダンコとモチヨ達も大変だろし」


「私っ、『夜のお店』で働いてみようと思いますっ!」


「ちょっ、えっ? 飛躍ぅっ、飛躍したねぇっ?!」


俺は冷や汗をかいた。


「わかったっ、一回支部に行って、いい仕事無かったらクエストを受けるんじゃなくて、素材狩りしよう。魔物が増えてるスポット、いくつかあるみたいだからっ」


「そうですか・・訓練も必要ですしね。わかりました。夜のお店は控えます」


「それがいい! 君のお父さんもビックリしちゃうぜっ。ハハッ」


「・・『大人の』お店じゃないですよ? 夜間営業の食堂(ダイナー)の厨房で働こうかと」


「いやっ、夜のお店ってっ」


言い方っ。


「どういう反応をするかと」


「テストっ?!」


「ふふっ」


ともかく洗濯の後、俺達はメジハのギルド支部に向かった。



支部にゆくと、いつものネルコ担当の人が『まだこの子達は出立しないのか、要領悪いなぁ』という呆れ顔で出てきて、


「仕事ね、そうだな・・ネルコちゃんも次男坊も腕はあるからな・・ギャラが良くて、受け手がいない、となると・・あ、あったな」


担当の人は資料を取りに行って、数分で戻ってきた。


「これなんてどうだ? 手間は掛かるだろうが、『古時計の悪魔』のクエストだ。ギャラはいいぞ?」


古ぼけた資料が俺達の前に置かれた。写真が一枚見える。それは、装飾は簡素だが造りはしっかりとした柱時計だった。



・・メジハ村の北の農地向こうの防風林の中に、10数年程前まで変わり者の時計職人『スミス』が館を建てて暮らしていた。

スミスは錬成術(れんせいじゅつ)にも精通していて魔工時計職人としては名人であったが、人嫌いで弟子も取らず、老いと病で亡くなるまで出入りのハウスキーパー以外の村民とはほぼ接点が無かった。

亡くなった後は弁護士に遺書を預けていたので墓や遺産の始末は滞りなく進んだのだが、最後に残った古びた柱時計だけは遺書に記載が無かった。

扱いに困って、役場に雇われたスミスと無関係な時計職人が取り敢えず柱時計を調べてみたところ、


「ボンっ! 大爆発っ!!」


「してない。ネルコ、真面目に」


「へへっ、だって魔工バスに乗るの久し振りなんですよっ。ずっと馬か徒歩だったので」


俺達はメジハ村の居住地から農地の防風林に一番近いバス停まで、中型の魔工ボンネットバスに乗って移動していた。

平日は行きも帰りも日に4本しか出てないからタイムスケジュール管理をミスると『村内なのに遠過ぎて帰りが大変』なことになる。メジハ村の農地の面積が半端無いっ。ルフ郷と違って完全に商業ベースでやってるからなぁ。

ともかくバスに乗って防風林近くに向かっているワケだが、ネルコが上機嫌だった。乗り物が好きらしい。


「次は『北管理棟前』です」


録音された音声のアナウンス車内に流れた。


「私が押しますよ? てぃっ」


やたら嬉しそうに降車ボタンを押すネルコ。ポーンっ! と『降車するよ音』が鳴った。

俺達は北管理棟前で魔工バスを降りた。北管理棟は農地の北面の防風林や魔除けや塀等を管理する為の作業拠点だ。診療所みたいにも見えるやたら駐車場を広く取った建物が見えた。


「案内の人が来てるはずです。行ってみましょう!」


「今日、元気いいね」


「帰りもバスに乗れるし、今回お給金がいいんですよっ? うふふっ」


「まぁ、なぁ」


上手くいくといいんだけど、と内心思いつつ俺も続いた。

管理棟には俺達の『案内人』を除けば、今日は本来業務のエリア管理の作業入っていないから事務員1人と守衛1人、後は作業用の魔工用品の整備に来ているOBらしいツナギを着たお年寄りが1人いるだけだった。

たぶん『ブルーベリー羊羮』を食べていた(この時期、メジハの羊羮ショップでよく売ってる。見た目が青っぽいし・・)案内人は俺達を見るとすぐ駆け寄ってきた。


「ギルドから話は伺っています! 僕は『オシカ・ウコイセ』っ。村の東区で魔工製品の修理工房を営んでいますが、専門は『時計』ですっ!」


今回の案内人、オシカはメジハ村ではわりと珍しい獣人ワーバジャー族(穴熊ベース)で、小柄だった。

話もそこそこに、すぐに旧スミス邸に出掛けることになった。

オシカは造りのガッシリしたリュックを背負い、ハンチング帽を被り、機械化したツルハシ状の魔工武器『スタンマトック』も持っていた。

防具は作業着の上から鉄板を錬成加工した『前掛け』のみ着込んでる。

『僕』と言っているが、ちょっと性別はよくわからなかった(ワーバジャー族は獣人の中でも動物その物に近い風貌)。年齢はかなり若いように見える。



旧スミス邸へ続く防風林の私道はわりと状態が良かった。


「さっき居た北管理棟の人達が定期的に整備してくれてるんですよ。舗装されてませんし、何しろ林の中ですから。夏場なんて一月放っておいたら手が付けられなくなりますよ?」


「オシカ君は旧スミス邸に詳しいんですか?」


ネルコはヌイグルミみたいなオシカに触りたいようだったが、察したオシカに距離を取られて微妙な『間合いの取り合い』が発生していた。


「君が管理してる、とか?」


「管理なんてそんなっ! 僕はスミス先生のファンなんですっ。それに10数年前に柱時計のトラブルに巻き込まれたのは僕の師匠なんですよ」


「まぁ」


「へぇ?」


10数年前、オシカの師匠? の時計職人が柱時計に触れようとすると、突然柱時計から小悪魔が現れて、館の時間と空間をねじ曲げてしまったっ!

巻き込まれた人々は当時の冒険者達の手で救出されたが、時計の小悪魔は『迷い』の呪いを掛けて対抗して討伐に失敗。

その後、何度か討伐が試みられたがいずれも失敗。ただ、小悪魔に攻撃的な意思が薄く実害も無いということで、段々クエスト自体が忘れられていった・・

というのが現状だった。因みに報酬はスミスの遺産の一部から支払われる。ずっと銀行の口座に塩漬けらしい。


「師匠は懲り懲りなようでしたが、僕はスミス先生が遺した作品の数々のファンなので、是非っ! 幻の最後の作品をこの目で見てみたいのですっ」


「トリッキーな先人への憧れっ! 私もわかりますっ。私の師匠も少し変わった人で・・」


脱線の気配に俺は軽く咳払いした。


「オシカは案内できるのか?」


まさかただの『ファン』が同伴したいだけじゃ?


「勿論ですっ! ノーギャラですが3年前から年数回、自警団の人達と中の様子を調査しています。毎年様子は変わってますが、原型と前年の状態を元に変化しているので、案内できますっ!」


「そーですよジンタ君? オシカ君は『やればできる子』ですよ?!」


ドサクサに紛れてオシカに抱き付いて引かれるネルコ。


「まぁ、できるならいいんだけどさ」


俺達は林が開けた、旧スミス邸前に来た。魔除けの石柱で等間隔で囲われている。古びた館、くらいの印象。


「特に変わった風には見えないな」


「魔除けの石柱の内側に関しては時計の悪魔が現れてから一度も手入れされていません。『時』が、失われているんです」


「おお・・」


そう言われると異様だ。よく見ると、館の出入口の上を飛んでいる鳥が宙で静止し、建物の近くに咲いた野草の花片が散ろうとしたまま止まったりしている。


「本当に非正規冒険者の私達で大丈夫でしょうか?」


「2人ともメイン職のレベルは『7』ですよね? 僕は錬成師(れんせいし)魔工師(まこうし)としてレベル5、戦士としてはレベル3ですが、ほぼ素人の自警団の方々数名と、時計の悪魔のいる『2階のアトリエ』の前まではゆけてます」


結構強いぞオシカっ。


「資料は一通り読んだが、あの中に入ってほんとに大丈夫なのか?」


「時を奪われたのは悪魔が現れたその場にいた者達だけです。ただ30分を越えて中にいると、段々『館の時間』に引っ張られてしまいます! この『ドングリの時計』を」


オシカはドングリのような形がした懐中時計を3つ取り出し、俺達にも1つずつ渡した。


「この時計は『時空系』の効果に耐性が付きます。僕が造りました。中で正しく時を刻むのはその時計だけです。脱出を考慮してアラームを20分にセットしておいて下さい」


「わかった。命綱だな!」


「デザインが可愛い過ぎませんかっ? 買いたいですっ」


「まぁ、それはまた後で・・」


俺達3人はドングリの時計を身に付け、20分後にアラームを設定して石柱を越え、時の失われた旧スミス邸に入っていった。



旧スミス邸の中はめちゃくちゃな空間だった。まず、広過ぎる。外から見た10倍は広い。ちょっとした城だ。次にあちこちねじ曲がり、途切れ、生え、浮いて、一部陥没していた。

そして奇妙なのは、床に様々な絵の掛かれた正方形の金属のパネルがあちこちに敷かれていた。


「アレは?」


「僕がこの3年の間に敷いた物です。館の内部は変わりはしますが、有る物は有り続けますし、パネルでマーキングした場所の『状況』も引き継がれます。わかり易いでしょう?」


自慢気なオシカ。曰く、パネルの種類は5種類。時計周りの矢印のパネルは『数秒加速』。波打つ矢印は『数秒減速』。前後矢印は『数秒停止』。〇印は『数秒浮遊』。✕印は『数秒過重』。赤と青の数字のパネルは『同じ数字のパネルの別の色にテレポート』。だった。


「停止とテレポートが厄介です。停止を踏んだら動けるようになったら『本人は発動の予兆以外は認識できませんが』違和感が消えたら即座にその場を離れて下さい。テレポートは分断と迷ってしまうリスクがあります。少し時間が掛かりますが、再び時空が歪んだら『パネルを踏み直して元の場所に戻って下さい』。絶対1人でウロウロしないことっ」


「ううっ、了解です!」


「そもそもパネル踏まなきゃいいんだよなっ?」


俺は夜鷹の兜のアイガードを下ろして視覚を強化し、ネルコは縮めていたダンシングロッドをしゅこんっ、と伸ばして構え直した。

ねじ曲がった一階は、およそは変化を推測できるオシカの案内で、おっかなびっくりにパネルを避けて移動し続け、どうにか2階へ繋がる階段まで来れた。が、


「あちゃあ・・」


螺旋階段は30メートルはある吹き抜けまで続いていたが、捻れ過ぎていて錐のようになっている上に様々なパネルまで張り付いて捻れ、一目でわかる程空間が酷く捩れていた。


「これはさすがに触るべきではありませんね」


オシカはポーチから蜜柑を1つ取り出して投げ付けてみたが、蜜柑はめちゃくちゃに捩れて膨れ縮み断たれ別の一部は場所から現れ、最後は一ヵ所に小さく圧縮されてパシュッ! と音を立てて消えてしまった。柑橘の爽やかな匂いだけ残して。


「2人の魔法で上まで運べませんか?」


「持ってる魔法石の欠片2つの魔力を使え俺の植物魔法(ナシャ)を使えば運べないではないが、後が無くなるな」


「私も魔法石の欠片を使えばいけそうですが、1つも持ってません。オレンジスライムに使っちゃいました・・」


「あれかぁ・・」


あれから買い足せてなかったか、俺が旅費を催促する形になったから持ち道具の補充がままならなくなっちゃったんだな。面目無いぜ。

オシカはドングリの時計で時間を確認した。


「まだ5分しか経っていません。ちょっと考えましょう」


これまで避けてきた周囲のパネルを見定めるオシカ。


「・・パネルを利用してみましょうか?」


「え?」


「ん?」


オシカは名案を思い付いたようだった。



まず、オシカが錬成術(物質を変形変質させる魔法)で床を変形させて作った台座で魔工発炎筒を焚いて猛烈な煙を発生させて、吹き抜け自体に存在する空間の異常を可視化する。

それから俺達は少し引き返し、俺は色がわからなくなるからアイガードを上げて、3人で固まって走り込み『赤の7』のパネルから『青の7のパネル』にテレポートした。

『青の7』のパネルの近くにある間に合うギリギリの距離の『加速』のパネルを踏んで加速っ! 吹き抜けに一番近い『浮遊』のパネルを踏んで加速したまま浮遊するっ。


念力魔法(ロミン)っ!」


ネルコが軽く速くなった俺達を念力で、2階に運ぶ。勿論、煙いが、可視化された空間の異常は避ける。


加速魔法(ラピン)っ!」


パネルの加速が切れると俺が魔法石の欠片1つを対価に3人分の加速をお代わりっ。


「だぁっ!」


「オシカ君っ」


俺達は吹き抜けを飛び越え、なんとか浮遊効果が切れる前に館の2階上がった。ギリギリでオシカの浮遊が切れて、慌ててネルコが念力だけて引っ張り上げたりはした。


「ありがとうネルコさん。なんとかなりましたね。2階まで煙くなってしまいましたが」


「魔法石の欠片を1つ温存できた。ネルコ」


俺は欠片で少しヘバっていたネルコの魔力を回復した。


「悪いですね、ジンタ君。私は魔法が使えないとポンコツなんで」


「役割分担さ」


ドングリの時計によれば時間はもう9分過ぎてる。ゆっくりしてられなかった。


「2階には時計の悪魔の眷属の『ガラクタの魔物達』が出ますが、賢くないです。まともに戦わず、パネルを使って撃退しましょう!」


「よし!」


「ちょっと面白そうですねっ」


眷属のガラクタの魔物達は文字通りガラクタを集めて造られたような人の幼児くらいの大きさの人形だった。鉤爪や牙を持っていてそこそこ狂暴で数も多かったが、


「ほいっ」


ネルコがダンシングロッドを器用に遠隔操作して陽動し、


「よいしょっ!」


オシカが帯電するスタンマトックで床を打って電撃を床越しに電撃を伝える等して眷属達を弾いて誘導。あとは俺が、


「あらよっとっ」


石器の剣で弾いてパネルの上に吹っ飛ばし、加速パネルで壁に激突させ、鈍足パネルや停止パネルで動きを封じ、テレポートパネルで交戦範囲外に飛ばしていった。

別に掃討目的で潜入していないので、俺達はガラクタ人形群を振り切ってアトリエ前までたどり着いた。


「ふうっ、なんとかなったな。14分か」


ドングリ時計で確認する。


「はぁはぁ・・ちょっとバテました。フロアが広いですっ」


ネルコは残1本のはずのポーションを飲んでいた。


「問題はここですよ」


オシカも自分のポーションを手早く飲み、すぐに手際よくスタンマトックの『魔工電池』を取り替えつつ、アトリエの扉を睨んだ。

ガラクタの時計を寄せ集めたようや扉だった。これ見よがしに鍵穴もあった。


「館内部が今の形に安定して以来、約10年、この扉は一度も開けられていません。僕も何度も挑戦しましたが、無理でした・・今日まではっ!」


リュックからこれまたガラクタの時計を集めたような鍵を取り出すオシカ。


「なんか凄い鍵だな」


「前衛的です・・」


「『実用品』ですっ! 今日挑む予定ではありませんが、毎日『最善』の改良を続けてきました。こんなに時間的気力体力的に余裕のある状態でここまでこれたのも初めてですし、やれますっ!」


これでもいいタイムで来れてたんだな。


「・・ではっ」


鍵穴に鍵を差し込むオシカ。鍵穴が反応してガシャガシャと動き出すっ。


「ここからですっ! 錬成っ」


鍵自体を鍵穴の変化に合わせて変形させるオシカ。


ガチャッ!


アトリエの鍵は開いた。合わせて、扉も独りでに開け放たれた。


「おお~っ!」


「凄いですっ、オシカ君っ!」


「・・やりました」


しかし喜んでいる間にも時間は過ぎる。俺達はアトリエの中へと入っていった。



内部は歪んではいたが、アトリエの外のような極端な拡大や空間異常は無いように見えた。部屋の奥には件の古びた柱時計が鎮座していた。と、


ボーンッ! ボーンッ! ボーンッ!


突然、時報を鳴らし出す柱時計。続けて、


「随分かかったもんだ」


うんざりしたような呟きと共に柱時計から奇妙な煙が立ち上がり1体の小悪魔が出現した。


「っ!!!」


構える俺達。


「よせよせ。『時間の無駄』だ」


小悪魔は念力で柱時計を操り、無造作に俺達の前に置いた。


「オイ、穴熊。その『不完全な』時計の直してみせろ。この館の歪みを見切り、アトリエの扉を開いたお前なら可能なはずだ。上手く直せたら館の呪いを解いて退散してやろう」


「悪魔のお前に、その時計のなんの価値がある?」


「時計から『時』と『一人の命』の気配がします。オシカ君、ちょっと待って」


俺とネルコは困惑した。


「・・やりましょう」


オシカは決然と言った。


「ほう、やるか」


「この素晴らしい未完成な時計からも、お前からも特に邪悪な物は感じません。ここにたどり着いてわかりました。お前はこれを直せる者を育てようとしていたんですね?」


小悪魔は面倒そうな顔をする。


「ふんっ、いいからさっさとやれ。スミスとの契約を果たさねば、我はこの染みっ垂れた館から出られんっ」


「いいのかオシカ、悪魔の言うことだぞ?」


「あと3分弱でアラームも・・」


「時間は十分です。それに、至高の技に纏わる悪魔の一匹や二匹、屈服させることができなくて、どうして僕はこの道で1人前になれるでしょう?!」


オシカはリュックの中身をスミスの柱時計の周りにぶちまけた。


「構造を想像し、空想から創造しますっ! 対価は僕が持ち得る道具達と、これまでの研鑽ですっ!! ・・錬成っ!!!」


柱時計に掲げたオシカの両手が発光し、光が立体的な魔方陣を描き、オシカのリュックの中身と柱時計が陣の中で浮き上がり、輝きながら反応する。


1つに、合わさるっ!!!


不要な素材が床に落ちてゆき、最後にゆっくりと『ドングリ』をモチーフにしたデザインに変わった、新品の柱時計が床に着地した。魔方陣も消えた。


「・・・」


無言で見ている小悪魔。

滝の汗のオシカは自分のドングリ時計を取り出した。


「まだ1分はありますね。2人もアラームを切って下さい。スミス先生の時計が『本当の時報』を鳴らしますから」


俺とネルコを顔を見合せ、ドングリ時計のアラームを切った。

スミスの時計の針が午前7時33分の半端な時刻を差すと、突然一度、さっきよりも柔らかい音で時報が鳴り、それに続けて古めかしい曲調の行進曲のような音楽が時計に内蔵されてるらしいスピーカーから流れ出した。

時計から淡い光が立ち上ぼり、宙にとある家族の朝の食卓らしき光景が映し出された。


「お母さん、オレンジジュース取って」


「兄ちゃん、今日ねぇ、お遊戯会でねぇ」


「レイナ、新聞によると政府の和平交渉が上手くいったらしいよ?」


「あら、戦争終わるのね。大事にならなくてよかったわ」


とある家族は幸福そうに朝食を続けた。光はそのまま古時計の中に吸い込まれていった。音楽も消えた。


「・・名前が違っているが、今の『幻』の中の男の子供が当時のスミスだ。幻想じゃない。スミスの魂は死後のこの時計の中の『過去の時間』の中に『産まれ直している』」


淡く輝き、過去の時間に、一つの命を宿した柱時計。


「この時計の時間の中で、奴は家族と幸福に過ごし、錬成術も魔工の技も身に付けず、父の後を継いでただの町工場の職工として周囲の人どもと友好的に、平穏な一生を終える予定だ」


淡々と語る小悪魔。


「ただし、現実にはこの直後、敵国の魔工飛翔船団(ひしょうせんだん)の直射爆撃でスミス以外の家族は全員死ぬ。改名前、奴は錬成術と魔工の技で兵器を数々造り、敵国に散々に報復をした」


「そんな・・」


絶句するオシカ。俺とネルコも唖然とした。


「ヤツは悪魔である我と契約して力を得ていた。死後、魂は地獄で我の物となる。だが、少し『オマケ』だ。少しは良い思いをしたかったのだろう。許すことを知らず、罪深く生き、最後に幻想に逃れた。我はそれを滑稽とは思わない」


小悪魔は念力で完成した柱時計を手元に引き寄せた。


「いい退屈凌ぎになった。さらばだ。穴熊、お前もまた我の力が必要になったならばいつでも喚べ。特別に契約してやろう。クククッ・・」


柱時計と共に、小悪魔は煙となって逆巻き、消えていった。

すると、館に掛かっていた悪魔の力が消え、ねじ曲がっていくらか拡大していたアトリエはただの閑散とした工具や工材の散らばる空き部屋に変わった。さらに、


ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・ッッ!!!!


部屋全体、いや、館全体が軋みだす。


「止められた時の反動でしょうかっ?! オシカ君っ、しっかりしてっ」


「・・・」


俺は石器の剣を投げ付けてアトリエの窓を叩き割って風穴を開け、呆然としているオシカを抱えた。


「ネルコは自力でっ」


「うっ、了解です!」


俺はオシカを抱えたまま2階から飛び降り、ネルコは飛び出したすぐに念力魔法(ロミン)で自分の体を浮かせた。

俺もオシカがいるので植物魔法(ナシャ)で足場を造って衝撃を和らげた。

俺達の背後で旧スミス邸は崩れ去っていった。



ギルドの調べによれば、悪魔との契約はともかく、スミスは確かに別の名前で若い頃に兵器開発に携わっていた。時報の音楽は滅びたスミスの国の国歌だった。

俺達とサポーター扱いとなったオシカはスミスの遺産からそれなりの額の報酬を得た。色々話し合ったが、『金は金だよ』と俺達は使うことにした。



旧スミス邸崩壊から2日後、俺とネルコはメジハ村の首都方面口にオフロード仕様の魔工三輪バイクに乗ったオシカの見送りに来ていた。


「僕の方が先に出立することなってなんか、すいませんね」


「ホントに師匠の店に戻るのか? オシカの腕ならこのまま一人でやってけるんじゃないか?」


「もう一度、基本からやり直したいんです。スミス先生の作品は今でも大好きですが、結末を含めて・・まだ整理が付かなくて」


「オシカくぅ~ん、メジハを出るなら一緒に旅したかったですっ。これ、餞別に。縫いました」


ネルコは物凄く可愛くデフォルメされたオシカの顔が刺繍されたハンカチをオシカに渡した。


「あー・・ありがとうございます。ま、同じ国内ですし、正式に冒険者になったら是非、首都の師匠の店『メガ胡桃堂』にお越し下さいっ。錬成も魔工製品も、勿論っ、時計も! 相談に乗りますから。・・それじゃ」


「元気でなぁっ!」


「今度、パジャマを着ている写真を撮らせて下さいっ!」


オシカは意外とゴツい魔工バイクで走り去っていった。


「・・そういえば、コレ、タダで貰っちゃったな」


俺はドングリの懐中時計をポケットから取り出した。


「だから私は刺繍ハンカチを渡したんですよ? ジンタ君。錬成術は『等価』基本ですからねっ」


「え~、釣り合ってるかなぁ? それ」


原価の差がエグいっ。


「それより私達も荷造りですっ! ダンコさんとモチヨちゃんの引っ越し準備も手伝わないとっ」


「・・ネルコ城ともお別れかぁ」


「私がいる所はどこでも『私の城』ですよっ?!」


「おお? 言うね。モスガーデン氏」


「ふふんっ」


俺達はそれぞれ、正しく時を刻む効果のドングリ時計を手に、引き払い準備中のアパートへと引き返していった。

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