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春雷と猫

人気の無い泣き笛街道を後2時間も軽めに走ればメジハ村に着くというタイミングで、向かって右手やや前方の、草原の下方に先で激しい電撃が見えた。

パァンッ! と空気を裂く音もした。


「っ!」


立ち止まって、やや姿勢を低くして腰の右のホルスターのグレネードガンに手を掛け、様子を伺う。

自然の落雷ではなかった。地上で爆ぜていた。この辺りに電撃を使うような魔物はいない。

電撃のあった方角から、砂煙が街道の方に向かっている。感覚を研ぎ澄ます。

群体だ。追っている(・・・・・)。7体。二足歩行や四足歩行じゃなくドタドタしている。

この辺りで、この質感と重量感で、この動き方、小規模な群れを組んでいる。この気配・・『オレンジスライム』、か?

追われている者は二足歩行だ。人か亜人種。子供じゃないが、大柄でもない。女性か、少年?

それなりに鍛えているが本職の戦士職じゃない。何か長い棒状の物を持っている。時折振り返る挙動後、強い魔力を感じる。その都度追うスライム? 達は一瞬遅れる。

『結構走れる新米の魔法使い』ってとこか?


「・・行くか」


旅人を狙った何らかの罠、という可能性もあるから街道から離れ過ぎない程度で寄ってみよう。おそらく、あの速度じゃ逃げきれないだろうし。

俺は街道から離れ、草原を駆け降り出した。できれば草の陰から様子を見たかったが、見晴らしが良過ぎて無理だった。

すぐに互いに視認できる位置まで近付いた。


「・・・」


細長い杖を持ったフェルト地の派手目なキャノチエ帽子を被った魔法使いらしき人間族の女の子が、オレンジスライム7体に追われていた。

オレンジスライムはオレンジ色をした肉食のスライム。スライム系の中では形がハッキリしていて、ゼリーというよりグミだ。

女の子は大泣きしながら走っていたが、こちらに向かって大声を張り上げた。


「だずげでぐだざぃいい~~~っ!!!『お金っ』、払いまずぅ~~~っっ!!!!」


「わかりやすいっ! 了解っ」


俺は石器の剣を背中のリュックの下から抜き、丘を降りながら速度を上げる。加速魔法(ラピン)はまだ使わない。遠いと速くても動きを見切られ、対応される。

万一、罠だった場合の保険でもあった。


「魔力も持ち道具も使い切りましたぁっ!」


「よく戦ったっ! もう一頑張りだっ」


俺はグレネードガンを抜いて近付いたキャノチエ帽子(低い円柱状の帽子)の女の子に慎重に投げ渡した。

これ古いヤツでちょっとした鉄アレイ並みなんだよ。


「ええっ? ちょっ? 重っ」


キャッチして仰け反る女の子と交錯し、夜鷹の兜のアイガードを下ろす。


「!」


途端、視界がモノクロになる。『色彩』を失うのと引き替えに視力が強化され、暗闇でも物が見えるようになる。それが夜鷹の兜の特性だった。

だがこれだけじゃ足りない。荒ぶるオレンジスライム群の前に出た瞬間に唱えた。


「ラピンっ!」


俺は加速して、一気に斬り込んだ。動きは見えている(・・・・・)。4体斬って側面に回る。

植物魔法(ナシャ)照明魔法(ポロ)が効けばもっと簡単なんだが、形を変えるスライムを蔓で捕獲するの難しく、明かりもこの状況じゃちょっとした牽制くらいにしかならない。

女の子は不慣れな手付きながら逃げずにグレネードガンで1体に炸裂弾を撃ち込んで粉砕した。上出来っ! 1発しか装填してないから、誤射はもう考慮しなくていい。

残り無傷が2体、手負いが4体。もう一息だが、俺はフル装備で数時間走った後に加速して剣を振り回したから結構キてる。

加速したまま回復魔法(リーマ)を掛けられる程、器用じゃないが残りの魔力と気力でもう1度、精度のあるラピンを掛けられるかは微妙だ。


「ふうっっ」


気合いだ! 数減らさないことにはっ。俺は加速を切らずにもう1度攻勢を掛けることにした。

さっきのような出会い頭に加速して虚を突くのはもう無理だ、ジグザグに動いて手負いを各個撃破する。

1体、2体、3体。斬り倒した所で、無傷の1体が横から俺の速さに合わせて体当たりしてきた。石器の剣に魔力を乗せて受けるが、力、強っ! 俺は吹っ飛ばされた。


「ぐっ!」


転ぶのは避けられたが、距離を取られたっ。女の子はっ?!


「馬の(かたき)っ!」


馬? よくわからんけど、女の子は弾の無い俺のグレネードガンを俺ではなく女の子の方に行った無傷のオレンジスライムに投げ付けて怯ませていた。

バイタリティーあるっ、よし!

吹っ飛ばされた時に集中が切れて、ラピンの魔法は切れ掛けてる。半端に加速すると脚が(もつ)れそうだ。俺は加速を切って、


「リーマ!」


体力だけは回復し、追撃してきたさっき吹っ飛ばしやがった無傷の1体に突進する。


「セェイッ!」


十字抜(じゅうじぬ)き』を発動して斬撃を交差させ、迫ったオレンジスライムを斬り伏せ、仕止めた。

女の子は再び突っ込もうとしたオレンジスライムに対し、持っていた細長い杖をめちゃくちゃに振り回して威嚇していた。う~ん、少しは持ちそうだ。

俺は手負いで身動き取れないオレンジスライムに止めを刺し、間合いを詰める。

身体の一部を伸ばして女の子の杖を奪ったオレンジスライムはそれを俺に投げ付けてきた。俺はそれを石器の剣で払ったが、


「っ?!」


杖は不規則な軌道で俺の周りを飛び回りだし、俺だけでなく投げ付けたオレンジスライムも戸惑わせた。


「『ダインシングロッド』ですっ! 手放して衝撃を受けるとややこしい(・・・・・)ですっ」


「いい武器だなっ」


苦笑するしかないが、やがてダンシングロッドの勢いが衰えて草地の地面に突き刺さって動かなくなると、オレンジスライムは俺に突進してきた。

十字抜きは学習されてるかもしれない、面と向かうとちっと当て難いが・・


「ハッ!!!」


引き付けて『烈光突(れっこうづ)き』を打ち込み、魔力を解放してオレンジスライムを内部から爆破して仕止めた。

アイガードを上げる。視界が急に切り替わって少し目眩(めまい)がした。安易には使わない方がよさそうだ。


「お~っ! お見事ですっ。助かりました!」


「はぁはぁ・・取り敢えず、スライムの死臭で他の魔物が寄る前に、一番近い祓い所に行こう」


「そうですね。・・あの、回復アイテムあります? あとお水も、膝笑ってるんですよ、私!」


「奇遇だっ、俺も!」


俺達は産まれたての仔山羊みたいに膝を笑わせながら小瓶入りの回復薬(ポーション)を飲み、グレネードガンとダンシングロッドを拾った。

ついでにどうにか換金して元を取りたかったので、急いでオレンジスライム達が残した素材『スライムガム・オレンジ』を拾えるだけ拾い、その場を離れた。



俺達は近くの祓い所までたどり着けた。さほど広くもない正方形の石畳の四隅に、魔除けの低い石柱を組んだだけの簡素な祓い所だった。

西側にうっすら泣き笛街道が見えている。


「スライムガムの7割は俺がもらうよ。金はいいや。君は馬も亡くしたんだろ?」


「いいんですかっ? 馬・・ブライアンはいい子だったんですが、私が調子に乗って帰り道をショートカットしようとしたばっかりにっ・・ううっ、悔恨(かいこん)(とても悔しい)ですっ!!!」


また号泣しだすキャノチエ帽子の女の子。上げ下げ激しい子だな・・。たぶん同年代だと思うけど。

女の子の装備品は、今は土と砂と汗とスライム汁まみれだが結構いい。

高価な『見習い法師シリーズ』のボレロ(裾の短い上着)とスカンツ(スカートみたいなスラックス)。

シルクのブラウスに修道女のタイ。黒猫の指輪、盾の腕輪。

左の腰に銀の小剣、右の腰には念力の短杖(ワンド)。ダンシングロッドは伸縮仕様で、今は畳んで腰の後ろの鞘にしまっていた。

ポーチは超高価な『ウワバミの鞄』だった。ウワバミの鞄は見た目の何倍も重さを無視して収納できる!

だがそれよりも目に付くのはずっと被っていて、ピンで止めているのか? あれだけ激しく動き回っても落ちる気配のないキャノチエ帽子だった。リボンに沿って多数の生花(せいか)が飾ってある。・・いや、帽子から生えてる??


「帽子ですか?」


視線に気付いて女の子はお花畑なキャノチエ帽子をあっさり取った。ピンも何も付いてない??


「これは『春風の帽子(はるかぜのぼうし)』です。風と雷と植物のエレメントが宿ってるんですよ? 特別な物です!」


得意気に言って女の子は帽子を被り直した。吸い付くように固定される春風の帽子。『持ち主を選ぶ魔法道具』ってヤツだな。


「立派な装備だなぁ。冒険者だろ? ひょっとしてレベル高いのか? あの状況になるまでに魔物の大軍団を倒してきた、とか?」


「そんなことないですよぉっ。まぁ、スライムは最初10、2~3匹いたから軍団と言えば軍団でしたけど。というか、私、正規の冒険者じゃないんですっ!」


「え? じゃあ、君も仮登録の冒険者?」


なんだかよくわからなくなってきた。


「違います。仮登録もしてません。私は『インディーズ冒険者です』」


「インディーズ冒険者・・っっ???」


そんなジャンルがあるのか??


「それは、えっと、冒険者ギルドの『サポーター』ってこと?」


サポーターはその名の通り、冒険者の手伝いをしたり、あるいはかなり限定的な活動内容でギルドの組織力を活用する人々のことだ。


「違います。私はインディーズ冒険者です」


「・・・」


いや、わからないっ。

俺が困惑する様子に、春風の帽子の女の子はやれやれ、といって様子で話しだした。


「私は冒険者になりたいのですが、『実家が貴族で父がギルドに圧力を掛けて私の登録を妨害してくるので私はインディーズ冒険者を始めました』、ということですっ!」


「・・なるほど、まぁ『家庭の事情』は色々あるよな」


「ですよ」


俺達は暫く、黙ってもそもそと『棒状糧食』を齧り、金属のマグカップに注いだ俺の水筒のハーブティを飲んでいたが、


「・・あ、自己紹介。俺、ジンタ・アイアンタートル。15歳。剣士だ」


「申し遅れました。私はネルコ・ユシアン・モスガーデンです。14歳ですが、数え歳は15年です。魔術師だと思ってます(・・・・・・・)


「ん?」


「はい?」


今、なんと??


「あの、名前」


「ネルコです!」


「ファミリーネームが」


「ああ、モスガーデンです」


俺は唖然とした。


「・・お父さんは、『領主』のモスガーデン卿?」


「はい、父は領主をやってますね」


ウチはパン屋ですね、みたいな口調で言ってくるネルコだった。



街道沿いでのことだったので特に遠回りにはならなかったが、長めに休憩を取り、走って移動するワケにもゆかず、メジハ村に着く頃には日が傾いていた。

村の周囲を柵や塀や低い石垣や土壁で雑多に覆い、要所要所に魔除けの石柱等を配置したごく普通の村。

草原の中にあるので防風林で塀等の内側を囲われていて、外部から見ると広大な保護林にも見えないではない。

農地を内包するから面積は下手な町より断然広いが、村として機能している部分は小じんまりとしていた。

領から派遣された番兵が退屈そうに警備するルフ郷方面口の簡素な魔除けの門か入った。


「ジンタ、改めてありがとうございました」


スッと正しい姿勢で頭を下げるネルコ。だいぶ変わった子だけど、育ちは良いな、と。頭を下げても帽子は吸い付いたように落ちそうにない。花の香りをふんわり漂わせるばかりだ。


「いいよ、スライムガムのオレンジは高値で売れる。ちょっと儲かったし」


今の装備でのいい実戦訓練にもなった。


「そうですか・・」


「モスガーデン市でお父さんに会う時に、君の話は出さないでおくから。なんかやらしい感じになってもダサいし。・・それじゃ。俺、メジハの冒険者ギルド支部に顔出してくるから」


ネルコにはネルコの『冒険』があるんだろう。立ち去ろうとすると、防具の隙間の鎧下の袖をぐっ! と強めに掴まれた。


「ん?」


「私もこれから支部に『お使いクエストの失敗と、もう馬が無いからお使い系クエスト受けられそうにない』ということを伝えにゆかねばなりませんっ!」


冷や汗をかいてるネルコ。


「あ、えーと・・仕事(クエスト)自体はギルドから受けてたんだ。まぁ、それじゃ、一緒に行こうか?」


「はい・・」


しおしおするネルコ。帽子の花まで萎れていた。


「災難だったねっ! ネルコちゃん。だがアイアンタートルの次男坊が居合わせてよかったよかったっ。ハッハッハッ」


支部で『ネルコ担当』らしい年配の運営スタッフは快活に笑った。俺はギルド的には『アイアンタートルの次男坊』という属性なんだな・・。

応接席の1つで、青麦汁に蜜と生姜を加えた物を出されていた。中々美味い。健康にも良さそう。


「面目無いです・・悔恨ですっ。やはり私では冒険者は務まらないんでしょうか?」


「そんなことないよ? 能力的には初級の中じゃ上の方さ。この3ヶ月、よく頑張ってたし、もう一仕事積めば改めて推薦状をメジハの支部から出せるよ?」


「本当ですかっ?」


「・・・」


『ネルコの話』が進んでゆくので俺は単なる『青麦汁飲んでるヤツ』として、隣にいる状態だ。

俺の報告というか、支部への挨拶は済んだので、疲れてるし風呂入りたいし、とっとと適当な安宿を取って、銭湯とコインランドリーに寄りたいのだが・・。


「お父上、モスガーデン卿が反対している問題も・・ぶっちゃけてしまうと、『別の領』の大きな支部に行けば普通に登録できちゃうしね。最終手段だとは思うけど」


今、『マチのブラウニー』食べちゃおうかな? このドリンク合いそう。


「父には認めてほしいんです」


「う~ん」


担当者は何気なく、ネルコが右手の中指に嵌めている魔法の行使補助効果のある黒猫の指輪に目を止めた。


「そうだ! この『次男坊』と(パーティー)を組んで『霧の猫』のクエストを受けてみないか?」


「霧の猫?!」


「はい?」


ブラウニーの包みを取っていた手を止めた。



・・メジハ村は春と秋の早朝、草原の向こうの湿地から湿った風が流れてきて霧が起こり易い。

そんな霧の朝、村外れの魔除けの不具合のある立ち入り禁止エリア近くで、霧の中に猫らしき影が現れて、通り掛かった人々を立ち入り禁止エリアに導こうとするという。

ほんの一週間程前から起こりだしたことで、特に実害は出ていないが村民や旅人から不安の声が出ていた。

依頼人はメジハ村の役場で、内容は『調査、場合によっては討伐』。メジハ村のギルド支部のざっとした調べでは危険度は低いが報酬が安く、どうも村民同士の揉め事が絡んでいる気配で、数少ないメジハ村に滞在する冒険者達は面倒がって引き受け手がいなかったようだ。


「・・なんかドサクサでパーティー組ませてしまいましたね、ジンタ」


「いや、まぁ。元々メジハ村で下積み仕事をいくつかやっておくつもりだったから」


俺はぎこちなくなっていた。理由はパーティーを組むことではないっ。


「ならよかったですけど。・・家のアパート、築20年越えてますけど、お風呂結構広いんですよ? 一階にはコインランドリーと瓶飲料の自販機もあるんです」


「へぇっ! ・・都会だねっ」


「都会だってっ、ふふふっ」


笑いながら、かつて無い緩いパワーでポフっと肩パンしてくるネルコ。


「・・・」


赤面する俺、そうっ! 俺達は今っ、『ネルコのアパート』に向かっている。もうすっかり夜だっ。


「あの、その・・ほんとに『泊まっていい』の、かな?」


「いいですよ? 今からお風呂のある宿を取るの面倒ですよ? ウチは今月一杯契約してるんで、全然タダですから」


「そう、それならいいんだけどさ・・」


これは、『そういうことなんだろうか?』ヒロシは俺のことを『モテる』と判定していた。マチとは『キス』までしかしていないが、『知識に問題は無い』と思う。

だが、どうなんだろう? これから推薦状を書いてもらう領主の娘。魔物に襲われたのを助けた流れで、良いのだろうか? 下心があったワケでは無いのだが・・


「ジンタ?」


「いやいやっ! 違う違うっ」


「?」


部屋に空きがあるから、どうぞ、とかそういうことかもしれないっ。俺は『ニュートラムなスタンス』で対応することにした。


「ここです。『ネルコ城』と呼んでます」


「ここがっ、ネルコ城っっ!」


趣のあるアパートの前まで来た。父さん、母さん、兄貴、マコト・・俺の旅は始まったばかりだが、いきなり『最後の戦い』が始まろうとし


「おーいっ、ネルコぉーっ!」


「帰って来るの遅いよぉっ、今日、鍋にするって言ったじゃーん」


アパートの2階の一室の窓手摺から身を乗り出して、2人の女の子達が顔を出した。

ハーフドワーフ(小柄で骨太な種族とのハーフ)とフェザーフット族(小柄で童顔な種族)、か??


「というか誰っ? その男子っ!」


「ネルコが男を拾ってきたっ?!」


「違いますよぉっ、この人はパーティーを組んだ『ジンタ君』ですっ!」


「・・ども、ジンタです」


俺は男子ではなく、ジンタ君、という無害な生き物と判定されたようだ・・。

ハーフドワーフの女の子はダンコ。フェザーフット族の女の子はモチヨという名で、2人ともギルドサポーターで、ダンコは鉱物調査、モチヨは植物調査が専門だった。

金欠だった2人は意気投合したネルコの部屋に居候しているそうだ。

部屋に空きがあるから~という想定は案外当たっていたとも言えるが、どうやら俺が『逆ナン即日お持ち帰り』されたワケではなさそうだった・・


「このブラウニー美味いねぇっ!」


「というか元カノに餞別でもらうとか、どういう状況っ??」


「ナッツやハーブが強くて、野趣味やしゅみがありますね」


「そうかな、ハハ・・」


交代で風呂に入って部屋着に着替えた後で、鍋料理を食べた後、結局デザートに4人でブラウニーを食べることになった。

リュックに入れて走り通してちょっと温まった可能性があって、今日までしか持ちそうになく、ここで一人どこっそり食べきる、というのも無理があった。

済まぬ、マチ。最後までグダグダだぜ・・


「でも、その猫のクエスト、厄介そうじゃない?」


警察兵(けいさつへい)(概ね警官のこと)案件じゃないか、って・・」


一転、声を潜めるダンコとモチヨ。


「ええ、まぁ。ちょうど一週間前にホームレスの方が一人、失踪されてるようですし」


「いや、いなくなったのはホームレス『だけ』じゃないみたいだぜ?」


と、俺が言った側から、窓の網戸の向こうから、


「ナーゴォオオ・・・ナーゴォオッッ」


「ウニャニャニャーーーッッ!!!」


多数の猫達の声が響きだし、ダンコとモチヨは震え上がり、俺とネルコも冷や汗をかいた。



翌朝、霧の出ている早朝。ダンコとモチヨはそれぞれ自分のクエストに既に出掛けていた。彼女達は別にモラトリアムでもなんでもないからね。

俺とネルコは改めてギルドから渡された資料を前にミーティングしていた。

俺はハーフパンツとTシャツ。ネルコはショートパンツとフリルがあちこち付いたノースリーブだった。

今日は朝からちょっと蒸し暑いし、完全に『仲間』と見られてるんだろうけど、ちょっと無防備過ぎるんじゃなかろうか? モスガーデン氏っ。


「ジンタ君、聞いてます?」


「あ、はいはい」


いつの間にかジンタからジンタ『君』に出世したのか降格したのか・・


「亡くなったホームレス、イゼフさんは野良猫達に生ゴミを分けて養っていて、村民とトラブルになることが多かったそうです」


「うん、でもって、ここ何年かホームレスに嫌がらせをしている悪ガキ集団もいた。リーダーは魔法道具屋のガキんちょ、ドラオ」


俺は資料のドラオの写真を取った。悪い顔してるぜ。


「一週間前から急にドラオ達のグループは大人しくなって、イゼフと野良猫達は消えてしまった。不確定な情報ですが、一週間前の夜に『少年達』が立ち入り禁止エリアから逃げてゆくのを目撃されています」


「イゼフのねぐらが立ち入り禁止エリアにあった、って噂もあるようだ。まぁ、ほぼ確定で、やっぱ警官兵案件だと思うが、メジハに赴任してる警官兵は2人だけで、村の南区で最近窃盗が多いみたいだからなぁ」


窃盗事件と違って、警官兵がすぐに動き難そうな事件ではあった。


「取り敢えず、霧が晴れない内に立ち入り禁止エリアに行ってみましょう!」


「だな」


俺達は装備を整え、立ち入り禁止エリアへ向かった。


「ナーゴ、ナーゴォ・・・」


禁止エリア前まで来ると、霧の向こうに影のような猫が1匹見えた。鳴いている。俺達が顔を見合わせて、近付くと、立ち入り禁止エリアの方へ歩き去っていった。


「ネルコ。変な場所を踏まなければここで注意するのは『ブルーバット』だけだ、明かりを強めに灯せば払える」


俺も『ネルコ氏』とか、『ネルコさん』、とか呼んだ方がバランスいいのかな? と思いつつ。


「バッチリです。ジンタ君は万一の時の戦闘に備えて下さい。ポロっ!」


ネルコはダンシングロッドを振るって照明魔法で明かりを3つ灯して頭上で俺達を囲むようにした。ちょっと眩しい。歌手のステージみたいになっている。


「ゆきましょう! 脱っ、インディーズですっ!!」


「俺も脱仮登録だっ!」


非正規な2人は、猫を追って立ち入り禁止エリアへと入っていった。

ここは元々土木事業者の廃材置き場だったらしいが、今では不法廃棄物だらけで、臭気も強かった。


「酷い臭いですっ、猫より不法廃棄が気になりますっ!」


高そうなスカーフで口と鼻を覆って結ぶネルコ。


「霧と廃材で視界が悪いな」


目の消耗のリスクはあるが、夜鷹の兜のアイガードを下ろした。視界はモノクロになるが、ずっとクリアになった。視力も鋭くなる。


「物陰にブルーバット達が隠れているが、当面大丈夫そうだ」


ポロの光を嫌い、出てこないブルーバット達。バットと言うが、一つ目で、長い鉤のある尾を持ち、どことなく小さな猿のようでもある、青い蝙蝠型のモンスター。

弱いが飛び回って音波を出して騒ぎ、尾に弱い毒も持っている。群れで襲われると面倒だった。


「ナーゴォォ・・・」


「猫です!」


廃材の先に影のような猫がいた。夜鷹の兜の視界で見ると『実体がはっきりしていないこと』がよく見えた。


「行こう、ネルコ」


「はいっ」


追ってゆくと、廃材と廃材の隙間の地面に比較的あたらしい盛り土が見えた。より強い異臭、『肉の腐敗臭』だ。


「ニャースゥウウ・・・」


霧の猫が盛り土の上に現れて一言鳴き、霧の中に消えた。

ネルコはウワバミのポーチから朝イチでギルドで借りてきたシャベル+1を取り出し、合わせてスカーフももう一枚出した。


「速く見付けてあげましょう」


両方俺に差し出す。スカーフは腐敗ガス対策だろう。俺は目を守る為、アイガードは下ろしたまま、スカーフを巻き、シャベル+1を盛り土に突き立て、程無く、変わり果てたイゼフさんと猫達を掘り当てた。



ドラオのグループはすぐに警官兵と村の自警団に捕まったが、ドラオは実家の魔法道具屋からあれこれ持ち出して抵抗して村の中を逃げ回り、ちょっとした騒動になった。

ドラオは着ると風景に溶け込んで姿を隠せる『カメレオンマント』を身を包み、村の路地裏を走っていた。

が、脇道からその前に夜鷹の兜を被った俺が飛び出した。


「うわっ?!」


「ナシャ」


植物魔法で地面から蔓を出してドラオを捕獲し、カメレオンマントも引っぺがしてやった。


「くそっ! なんでっ??」


「この兜に視覚系の効果はあまり利かないんだよ。目、めっちゃ疲れるけどさ」


アイガードを上げる。


「コイツっ!」


ドラオは蔓で縛られながらもまだ右手に持っていた魔法道具を使おうとしたが、


「ジル!」


頭上から電光が走り、ドラオの右手を内据え、魔法道具を吹っ飛ばした。


「ぎゃああっ?!」


焼け焦げたドラオの右手。


「これ以上抵抗するなら頭を撃ちます。私、怒ってます!」


路地裏を挟む建物の(ひさし)に潜んでいたネルコ。ダンシングロッドと春風の帽子がパリパリ放電している。


「わかったっ! もうやめてくれっ。弁護士を呼んでくれっ、それ以上やったら訴えるぞっ?!」


俺はネルコがもう一撃撃ちそうな気配を察して、手を差し伸べて止めた。危ない危ない。


「なんで、イゼフさんと猫を殺した?」


弁護士が来るまえに言質(げんち)を取っておきたかった。


「猫のせいだっ。あのジジイをボコッて遊んでたら猫どもが飛び掛かってきて、俺達は身を守る為に猫をブッ殺してやった。そしたらジジイが『法が見棄てても、神はこれを見過ごさないっ!』とかなんとか説教してきやがったから、『クズは喋んな』ってわからせてやったんだよっ」


「そうか」


いよいよ、庇の上のネルコの怒気が強まったので、俺は蔓の捕縛を解いた。


「っ?! なんだ? 逃がしてくれんのか? 金は」


濃い霧が出てきた。


「ナァアゴォッ、ナァアゴォ」


「ニャースゥッ、ニャアアースゥッッ」


霧の猫がドラオに纏わり付きだす。


「おいっ? なんだよコレっ? おいっ?!」


「掘り返した後で、猫達に引き渡すか『少し話し合ったんだ』。直に警官兵が来るが、それまで『話すだけ話してみろよ』じゃあな」


ドラオの悲鳴が響く中、俺とネルコは立ち去った。

ドラオ以外の少年達は近くの町で裁判を受けることになり、ドラオは裁判以前に精神治療を受ける為に僻地の特別医療施設に収容された。

ドラオの実家は夜逃げして、行方が知れなくなった。



ドラオ達が逮捕された翌日の早朝、私服で春風の帽子の手入れをしているネルコは、ネルコ城の開け放った安っぽい窓辺にいた。蚊除けのグルグルしてる線香も焚いている。

ダンコとモチヨは昨夜、クエスト終わりに飲み会に行ったらしく、酔い潰れてまだ床であられもない姿で寝こけていた。一応クッションを枕にして挟んでやり、ブランケットも腹に掛けてやっている。

俺はココアを淹れたので、ネルコにも渡した。


「ありがとうございます」


「君の家のココアだし」


「ココアは皆の物です」


「朝から哲学的!」


「ふふっ」


今朝も霧の村。空には雲があって、遠雷が鳴っていた。


「あ、あそこ」


ネルコは近くの建物の屋根の端に霧の猫の影があった。


「まだこっちにいたのですね」


「挨拶か?」


「猫は義理堅いです」


「良し悪しだぜ」


俺達は力無く笑って、また少し近くで雷がなり、電光に霧の猫の影が伸びて、瞬く間に、猫は消えていた。

以後、俺達が霧の猫を見ることは無かった。

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