第一章 第六節
「よく帰った、我らが団長。そこにいるのは誰だ?妾の瞳には映ったことのない者だが。」
芝居がかかった口調で話しかけてきたきたのは、口調には似合わない可愛い声の少女だった。身長があたしと同じくらいなので、年は近いのだろうか。料理中だったのか手にはお玉を持っていた。夕闇や奥にある焚き火にも映える黒い髪と瞳に吸い込まれそうになる。
「あとで、詳しく話すわ。あれ、キールとリトラスは?」
「キールはまたいずこへ、リトラスはまた機巧いじりだ。だが、今は双方共に、燃ゆる火のそばにいる。」
と、少女は言うが、あたしには焚き火のところに人影は一人分しかないように思える。でも、「双方」と言っていたからどこかにいるのだろう。
団長は、あたしと変わった口調の少女を連れ、焚き火のそばへ歩く。コンソメスープのようなにおいがあたりに漂っている。お腹すいたなぁ…。
「はいは~い、注目!新入団員連れてきたよ!」
「今更?明日出発なのに?」
声をあげたのは、向かって左の、声からしてあたしと年が大して変わらない少年だ。持っている機巧のパネルからの白い光を受ける髪は紅く、瞳も紅い。冷たい口調とは異なり、瞳は強く何かを訴えかけるような迫力を持っていた。首にはスカーフを巻き、髪は襟足当たりでくくっていた。
「いいでしょ、別に。団員少ないんだし。あ、ほら、セレナ、自己紹介。」
「えっと、セレナ・カラリア、と言います。今十四歳です。よろしくお願いします。」
「ちょっと待って。仕事は?見習いの時期でしょ?」
今更の団長の質問の質問に、その場に、そんなことも聞いていなかったんかい!、という空気が広がる。
「あー…、本屋で見習いとして働いてたんですけど、ドジすぎて解雇されて…」
「おいおい、半年で解雇ってよっぽどだろ!?」コイツ、大丈夫なの?」
「確かにこれは憂いだな…」
「いやいや、あんたは人のこと言えないんじゃない、ルル?あんた一日で解雇でしょ?ほんと最初聞いたとき驚いたわ」
「妾の場合は、周りが妾のATフィールドにはじき返されただけだっ!!」
確かに、その厨二&妾ノリはついていけない人はついていけないなぁ…。
「で、お前は演劇か音楽、何か経験あるのか?」
カオスになりかけた話筋を修正したのは、冷たさと凛とした雰囲気の両方を持った男の人の声。まるで水のような声だ。どこから聞こえてくるのか分からない。きっともう一人の団員の人だろう。でも、どこかで聞いたことのある声だ。
「ハーモニカと踊りが少しできます。演技力は…、あたしの故郷では高い方だといわれてきました。でも、ド田舎なので、こちらの基準ではどうかな…、と。」
「お前、何か今、本持ってるか?」
「…?はい…」
「どこでもいい、読んでみろ」
いつの間にか団長たち三人は静かになっていた。ぐつぐつとお鍋が煮える音と、焚き火がはぜる音だけがあたりに響く。ここは不思議だ。少し路地に入っただけなのに、こんなに喧噪が遠のき、灯りが小さくなり、静かになるなんて…。
そっと、ショルダーバッグから“六番目の君へ”を取り出す。きっと多分、この「試験」に受からなかったら、あたしはこの劇団にいられなくなる。なぜか、そんな予感がした。もう、どの位置にあるか覚えてしまった、あたしの一番好きなシーンを開く。息を深く吸う。焚き火の灯りに淡く照らされた紙面に目を落とし、その世界に入る。
舞台は最終章に近い。奇跡に近い状況で出会った主人公の男子二人が旅をして、その果てに二人の最終目的の戦いをしているシーン。二人のうちの片方が闇堕ちしかけるところだ。あたしはこのシーンが好きだ。闇に堕ちそうになっている相棒を救おうとするその言葉に、あたしも何度も救われた。それぞれのセリフで声色を変え、セリフが際立つように演技は控えめに読む。
「そこまででいい」
読んでみろ、といった声が、あたしの声を止める。区切りがとてもいいところだ。この人は多分、この物語を知っている。少し、嬉しい。
「ふむ、なかなかいい声だ。お主のフィールドは周りを引き込むとみえる」
「キールには負けると思うけど、いい線行ってる。素人じゃないことは確かだね」
「うん、さすが、この夜に南通り三十五番通りを一人で歩いていたことだけのことはあるね」
妾口調の少女と機巧使いの少年と団長に褒められた。…団長は褒めてるのかな?
「素人じゃないな。ここに来るまで何してた?」
またさっきの人が質問してくる。
「あたしの故郷のフィルッケルという場所のすごく小さな劇団にいました」
「フィルッケルか…。ド田舎出身の割に素質はありそうだな」
「ちょっと、キール…!」
団長さんが咎める。
「いえ、自他公認のド田舎具合なので大丈夫です。でも、自然いっぱいでいいところですよ?」
「お主、さては脳内に独特の円陣を張っているな?」
「え…と…?」
「ルルはあんたが天然だって言いたいんだよ」
「そうなんですか…。って、あたしは天然じゃないんですけど!えーと…」
「ルル。」
「あ、そう、ルルさん」
「あっ、確かに、そういえばこっちの自己紹介がまだだったわね。すっかり忘れてた。改めまして、うちは月猫劇団団長のフィオナ・レクナロク」
「妾につけられし名は、ルル・ミネテントだ。お主と同じく、もうじき十五回目の記念月を迎える。トロンボーンと歌が得手だ。これから能力をぶつけ合っていこう」
…多分、最後の言葉は、よろしくね、とかそんなのだと思う。
「僕はリトラス・テトル。機巧使い。」
「キール・カルラだ」
三人が自分の名前を言いながら、あたしと団長に近づいてくる。
「セレナ・カラリアです。よろしくお願いします。…あの、キールさん、もしかしてなので人違いだったら申し訳ないんですけど、今日図書館におられました?」
「?ああ、いたが…。お前、あの時のドジが?」
「ド、ドジってなんですか!?あたし、あなたの足につまづいたんですけど!?」
「あら、あなた達、知り合い?ならちょうどいいわ、キール、あなたセレナについて、舞台に立つことのイロハを叩き込んであげなさい」
「冗談じゃない。なぜおれの時間が削られなきゃいけない」
「あ、あたしも、ちょっとこの人とは馬が合わない…」
「そうだな、キール、お主、前から時を余らしてただろう?ちょうどいいんじゃないか?」
「これから長旅なんだし、もっと時間できると思うよー」
ん?旅ってどういうこと?
「あのー、ちなみに一体どちらに?」
「中央大領よ。」
「え!?」
団長の言葉に驚く。
「ちなみに、鏡月の帝王主催の“全国舞台大会”に出るつもりだから。あと…四か月後ぐらいね。だから、うちらのこれからの旅の最終目的地はセルカート(中央大領)よ」
「え~!?」
団長の言葉にさらに驚く。全国舞台大会っていったら、鏡月の演劇界では一番大きな発表会で有名だ。会場はセルカートの王宮前広場、つまり鏡月のど真ん中だ。
「その大会で栄光を手にするのは妾たちだ。そのためにも、キール、まずは新入団員の基礎固めからだ」
「絶対嫌だ」
さすがにそこまで言われると腹が立つ。
「こちらだって願い下げです!!」
「こらこら、ケンカしない、二人とも!」
「大丈夫なの、こんなで…」
リトラスが溜息をつく。がやがやとしたあたしたちの上には北斗七星が輝いていた。
「そういえば、妾の神の右手が疼きしスープがあるが?」
「え、何ですか、それ!?あの…食べてもいいですか?」
「ぜひ、食べなさい。この子のは絶品よ」
「あ、僕大盛りで」
「おれは普通でいい」
春の夜の涼しい風が吹いた。