第一章 第五節
月猫劇団が入った建物は、そこからさほど遠くはなかった。商店が集まる通りの奥の一角にあり、劇団はその二階だった。フィオナ団長いわく、この建物は住み込みで働く系の店専用の建物で、一つの階に一つの部屋、という構成らしい。家賃もお手頃なんだとか。
でも、団長は建物の階段を上らず、そのまま庭の方へと回る。あたしが、きょとんとしていると、
「あ、そうそう、ちょっとした事情で、しばらくこの本部は使わないから。」
「はぁ…。」
「その代わり、これからの本部は、あれ。」
建物を出て、裏庭にあたるであろうところにそれはあった。木でできた車体に大きな四輪の車輪。高さはあたしの身長のおよそ二倍ほど、側面には大きな窓。丸と四角を合わせたような形のそれは、幌付きの大きな馬車だった。
「といっても、馬は一匹だし、乗り心地はそこまでよくないかも。」
「え、でも、何で馬車なんですか?」
「あら、聞いてないの?この月猫劇団、旅に出るの。それも明日の正午よ。」
「え、え~!」
「…何かネム(ここ)を離れられない理由とかあるの?」
「いえ、全然ないですけど、急に聞かされて、ちょっとびっくりして…。」
「あ~、引継屋に言い忘れてたかもなぁ…。うち、そういうとこあるし。あ、明日の朝、住民票、旅人身分に変える手続き、しといてね。大丈夫、あれ、そこまで時間かからないから。」
「はい、分かりました…。で、あの、どこに行くんですか?」
てっきり、馬車の方に向かうと思っていたのに、団長は建物の裏側に回ろうとしている。馬車は完全スルーだ。
「団員を紹介しようと思って。あなたとうちの他のたった三人のね。」
建物を曲がった先でテーブルを広げ夕食の準備をしていたのは“たった三人”の団員たちで、これから先の、あたしの一番の仲間だった。