第一章 第三節
ヤバい!ヤバい!
あたしは今、ネムの街の石畳の道を大疾走中。真夏でももう日が暮れるこの時間に、トランクを引きずりながら走る少女は目立つのか、同じ道を通っている人々から訝し気な目線を投げかけられる。だけど、もうそんなの気にしてられない!
謎のお兄さんと別れた後、あたしは無事読書部屋にたどり着き、読書を謳歌していた。で、次に現実に意識が戻ったのが、閉館時刻五分前のさっき。図書館に入ったときにはきれいな光を入れていた天井のガラスが、今度は夕闇を図書館に映していた。で、慌てて抱えていた本三冊を貸出手続きに通して図書館を出たのがちょうど十分ぐらい前の話。さっき通り過ぎた、あの時計台から午後七時の鐘が聞こえた。この時間帯を過ぎると、酒場や飲食店、宿屋はどこも満員御礼になる。そうなると、もし月猫劇団の方に雇ってもらえなかったときに泊まる当てがなくなってしまう。それに…
「嬢ちゃん、一杯俺たちと飲んでいかないかい?」
「そこの姉ちゃーん!」
ほら、酔いどれモードの大人がすり寄ってくる!
「大丈夫です!結構です!通してください!!」
何とかして酒場街の南通り三十五番通りを通り抜ける。月猫劇団の事務所は南通りの五十一番街と書いてある。まだまだ先だ。少し不安になる。
大きい街の通りには、交差点に必ず街路地図が設置してある。あたしはそれを頼りに五十一番街を目指す。
ずっと走っていると疲れてきたので、早歩きに変える。建物と人がひしめく道の上はもう夜空。日が暮れると同時に街が夜の雰囲気に染まる。
あたしはこの夜の雰囲気が大好きだ。
小さい頃は、夜が嫌いだった。みんなとたくさん遊べる昼が、その昼が長い夏が、好きだった。今もその思いは変わらない。だけど、今は夜も、冬も、それに負けないぐらい大好きだ。それは「六番目の君へ」の主人公の男子人への憧れ、いや恋心からだろうか。
フィルッケルにいたころに必死で作った、主人公二人、シルトとネフィルのキーホルダーを握りしめる。いつからだっただろう、あたしが二人に恋心を抱いたのは…。
ドン!
「わぁ!」
思わず声をあげる。目の前には、いかにもその雰囲気を醸し出しているチンピラ三人組だった。
「あぁん!?テメェ俺たちの所の兄貴に何しやがるんだゴラァ!」
「す、すみません!」
なんだか今日は謝ってばかりだ。この危機的状況に早くも現実逃避を始めたあたしの脳は、そんなことばかり思いつく。
「お詫びに、有り金全部ここにおいていけやぁ、ゴラァ!」
さっきとは違う方がガンを飛ばしつつ、あたしに迫る。でも、ここでお金を全部出してしまうと、この先の生活がとんでもないことになる。それだけは避けたい。
「え、えっと…」
どどどど、どうしよう!!
「あんた達、やめな」
突然、あたりに凛としたハスキーボイスが割り込んできた。