第一章 第二節
「わあっ…!」
すごい、すごい!思わず顔がにやけてしまう。
それもそのはず。見渡す限り、本、本、本!天井は三階まで吹き抜けになっていて、上を見上げても本がびっしり並んでいる。吹き抜けの上はどうやらガラスらしく、昼下がりのお日様の光を、本の背が焼けない程度に取り入れている。奥まったところには、どうやら落ちついて読書ができるスペースがあるらしい。とりあえず、本棚が円形になっている中央らしきところから見始める。どうやら、入り口近くのこの円形の本棚を中心に放射状に棚が広がっているらしい。
これは見ごたえがある!!
「っと、おっとっと…」
声だけ聴いたら不審人物だが、姿を見れば納得するだろう。だって、その声の主、つまりあたしは分厚い本を三冊抱え、右腕で荷物が入ったトランクを引きずり、さらに肩にはショルダーバッグもかけているんだから!
現在あたしは、図書館最奥の読書スペースに移動中。ただし、荷物が荷物でスローペースです。
あ、読書部屋が見えてきた…!
その時。
「っ、わ!!」
びてん!ドタ、バタバタ。
何かに引っ掛かり、あたしは大転倒。ついでに、本三冊も床に散らばる。
一応、一面カーペットが敷かれているこの床だが、打ってしまったらしいおでこもそこそこ痛い。一体何につまづいたのか、と上をみると、男の人が迷惑そうにあたしを見ていた。
「す、すみません…」
「気をつけろ」
「あ、はい…」
撥ねつけるような冷たい声。でも、その冷たさにそぐわない綺麗な顔をしていた。色白の肌に、長い黒髪。髪は後ろでくくっていて、これまた長い前髪が顔の左半分を隠していた。その髪の隙間から見える瞳と、右の、こちらはしっかり見える瞳は、青藍色。日が落ちた直後の空みたいだ。思わずドギマギしてしまう。何せあたしは面食いなのだ。でも、ぽけーっとしててもどうしようもないので、あたしは本を拾う。
「その本…」
振り向くと、さっきの男の人、いや訂正、お兄さんが、少し驚いたような顔であたしを見ていた。視線の先はあたしが抱えている本の山の一番上。白地に紫と灰色の線が入った表紙の本だ。
「ご存じなんですか?」
この本はあたしが一番好きな本だ。フィルッケルの図書館にも置いてあった。本のタイトルは、「六番目の君へ」。シリーズはイラスト集を含めて十一巻構成。今抱えているのはそれの上下巻構成の愛蔵版、つまり十一巻分をまとめたものだ。
「知っている。昔読んだことがあってな。少し前にこの街でも流行ったが、すぐに他の本に人々の興味が移った。その本を上下両方とも抱えているヤツは久しぶりに見かけたからな。」
「面白いですよね、この本。世界に、主人公の二人に引き込まれる、というか…。キャラクターも全員がそれぞれの過去を背負っていて、舞台設定もすごい良くて!外伝と同時発売だったイラストブックも最高でしたよね!」
「その本、よっぽど好きなんだな。」
ちょっと呆れた目線。ヤバい、熱入れて語りすぎた!恥ずかしさで、顔が赤くなるのが分かった。
「す、すみません…!」
目を上げると、そこにはもうお兄さんはいなかった。