第二章 第十二節
フィオナ姉曰く、その人はサクマ・メズレートという方らしい。セルカートに向かいがてら探していた、彼女の恋人なんだとか。
「驚かせてしまってすみません。練習の邪魔はいけないと思い、そっと見てました」
「邪魔じゃないから、堂々と出てきてよね!はたから見たら、サク、不審者だよ?」
「歌劇団を抜けてから、フィオナがどんなことをしているのか気になって。エレクトーンの腕は相変わらずですね」
「サクマさんは、何か楽器をやられてるんですか?」
あたしの問いに、サクマさんは朗らかに答えてくれた。
「ギターの弾き語りをしています。一応、ロック系からジャズ、バラードとかが弾けます」
守備範囲広い!!
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
珍しくリトラスが敬語だ。
「歌劇団って、もしかして王宮歌劇団のことですか?」
「はい、そうですよ。僕も、フィオナも王宮劇団から来たんです」
「お、王宮歌劇団って、鏡月一の劇団だろう!?」
ルルが素っ頓狂な声をあげる。無理もない、ド田舎出身のあたしでさえ、王宮歌劇団がいかにすごいかは知っている。
「うん…。まあ、でも、雰囲気合わなくって入団して数年で辞めたんだけどね」
「ですが、フィオナは弱冠十九歳で王妃の座を射止めたんですよ!」
「王妃って、確か主役のことですよね。王は男の主役を指す言葉だったはず。ちなみに、演目は?」
「“星の舞・夜の歌”ですよ」
「すごいですね。“星の舞”の王と王妃は劇団一の実力だと聞きますが」
キールとサクマさんの会話が専門的でわからない。とにかく、すごいってことだけは分かる。
「実はね、サクも“星の舞“の王なのよ!」
「す、すごいハイスペックだったんですね…。あたし、そんな人に拾われたんだ…」
少し申し訳なくなってくる。
「ところでサク、なんであんたがここにいるわけ?王宮歌劇団はもう、大会に向けてめちゃくちゃ修羅場になってるはずだけど」
なぜそれを最初にきかない、といいたげな顔をするあたしたち。フィオナ姉は少しこういうところが抜けている。
「ああ、王宮歌劇団は辞めてきました。今は一人、放浪の身ですよ」
「どうして?うち、辞める時にほかのメンバーに責任がいかないようにしたはずだけど」
「王宮歌劇団を狭苦しく思っていたのはあなただけじゃありませんよ」
「そう。…ねえ、みんな。うちはサクを月猫劇団にいれたいんだけど、みんなはどう思う?」
「どう思うも何も、まだ会って間もないから分かるものも分からぬよ…」
「まあ、人数増えるのはいいことだし、一回入団して、様子見たら?」
「あたしもそれがいいと思う」
「おれはどっちでもいい。サクマさんが入ろうが入らまいが関係ないからな」
キールも、分かりにくいけど、同意している。
「というわけで、サク、あんたも今日から月猫劇団の仲間入りよ!」
これで、月猫劇団のメンバーは、団長のフィオナ・レクナロク、キール・カルラ、ルル・ミネテント、リトラス・テトル、セレナ・カラリア、サクマ・メズレートの六人になった。
あたしは、サクマさんのことを、サク兄、と呼ばせてもらうことにした。
全国舞台大会まで、あと残り約二か月。夏がすぐそこで足踏みしている。