第二章 第十一節
「違う!そこ、ルルの歌の入りと、セレナの足の動きがあってない!やり直し!」
「待て、フィオナ。リトラス、少しお前は入りが遅い。おれのアコーディオンの前に入れ」
「分かった」
「はい…」
「気を落とすな、セレナ。妾たちなら出来る」
ここは、北領の中心街カフィーの手前の小さな村。カフィーへは、あと一時間ほど馬車を走らせれば着く。そのはずれの森で、あたしたち月猫劇団は、カフィー公演の準備をしていた。
話は、一週間ほど前に遡る。朝食の席で、あたしに次のカフィー公演で一緒に舞台に立つことを提案したフィオナ姉。ほかの三人も、何だかんだで、あたしが舞台に立つことを認めてくれた。
本当にそれが嬉しくて、よし頑張ろう、と気合を入れたはいいものの、あたしは失敗ばかり。ちっとも期待に応えられてない。
「さぁ、行くよ!一二、一二三四!」
監督役のフィオナ姉の指揮棒が四回振れる。四回目が振り下ろされると同時に足を動かす。フィオナ流練習法第一条が、この練習法だ。最初は、合奏でもないのに、と思ったが、案外これが合わせやすい。
あたしを含め、個々人のレベルはネムを出発したころより大分上がっているらしい。ルルやリトラスの練習は見たことがあるが、フィオナ姉とキールはいつ練習しているのか全く分からない。でも、この二人は演奏から振る舞いまで、プロの領域だ。本当にすごい。
今は、フィオナ姉とキールがリーダーっぽく行動している。あたしは、普段なら何が起ころうと知らぬ存ぜぬを貫き通すキールが、案外活動的なことに一番驚いた。
あたしたちの前で、メガホン片手に仁王立ちをしているフィオナ姉の顔は、真剣だけど険はない。今のところ、及第点なのだろう。
ボーカル部分が終わり、キールのアコーディオンの音色とあたしの舞の動きのミニアンサンブルに入る。音も絞られ、リトラスのドラムと、フィオナ姉のエレクトーンのベースにアコーディオンが乗っかるイメージだ。あたしは、その音色、ハーモニーを崩さない足運びと仕草で舞う。といっても、曲調がアップテンポなものなので、優雅さ、というよりかは楽しげに踊ることが重要だ。ここで、キールの、急に変わる曲に合わせて踊りの雰囲気も変える、という練習が役に立った。ただ単に意地悪しているだけ、というわけではなかったらしい。
曲は最終局面へ。いつの間にか、フィオナ姉も入っていた。
楽器の音と、電子音の残響があたりに響く。
「うん、なかなかよかったんじゃないかな」
最近にしては珍しく、フィオナ姉がすっきりとした笑顔だ。
「ああ、最後の音の響き方が特によかったと思うぞ」
「改善の余地はあると思うけど、まあ、いい線いってるんじゃない?」
「今までで一番上手く踊れた気がする」
あたしたちの会話にキールが入ってこない。もう、いつもの仏頂面モードに戻ったのかとキールのほうを見ると、彼は森の奥、木や草が生い茂っているところを見つめていた。どうしたんだろ。
「そこに隠れていないで、さっさとでできたらどうですか?」
突然、キールがその茂みに向かって話しかけた。少し前からキールが茂みに注意を向けていたことを知っていたあたしはともかく、他の三人ははじかれたようにキールの目線のほうに顔を向けていた。
「バレちゃいましたか。君、なかなか目がいいですね」
少し呆れたような、残念がるような言葉と共に茂みから立ち上がったのは、男の人だった。月猫劇団一高いキールよりも背が高い。でも、雰囲気からして、キールやフィオナ姉と大して年は変わらないだろう。透き通るような水色の短髪が、昼下がりの太陽の光を反射している。
「サク…!?」
「久しぶりですね、フィオナ。まさか君が、こんなところにいるとは」
髪と同じ色のその瞳が、きらりと光った。