第二章 第七節
深夜、ふと目が覚めた。ハンモックに仰向けに寝転がった僕の上には満月があった。ふと思いつき、自分が寝ていたハンモックから身を起こし、馬車の方へ歩く。今日、やっと東領と北領の領地境界を越えた。おそらくカフィーにつくのはあと一、二日ぐらいだろう。霧雨に濡れた馬車の御者台をポケットのハンカチでさっと拭き、右隅に座る。僕のベストポジションだ。
機巧にも色々種類がある。物の管理・計算用や連絡手段として使う場合が多いらしいが、僕みたいに楽器として使ったり、カメラとして使うこともできる。東西南北の領地では、僕みたいに機巧を使う奴のことを、機巧使い、と呼ぶ。それほど、機巧が珍しいのだ。だが、セルカート、ひいては王宮では一人一台機巧を所持してると聞く。僕はここに、王宮の自己至上主義を感じる。
機巧はパネルに触れることで操作する。明るさを最大限に絞った画面は、それでもなお、深夜の闇を眩しく照らす。目がちかちかする。本当は山賊や森の獣をおびき寄せてしまうことを考えて、夜の闇の中で機巧を操作することはタブーとされている。でも、その光がまぶしくもどこか安心する。「機巧中毒」とはこのことか。
「…?」
夏に向けて夜に鳴く虫が増えていっている今日この頃だが、今、明らかに何かの曲の旋律が聞こえたのだ。夜にふらっとどこかへいことに定評のあるキールだろうか。でも、あの音色はアコーディオンではなかったような気がする。聞き間違えか…?でもさっき確かに…
「~♪」
「…ッ!」
小さな音だったがあれは絶対に人が奏でた旋律だ。目を閉じて本当の暗闇に目を慣らしつつ、機巧の電源を切り、発電機からのコードを抜く。目を開ける。すぐに暗闇に慣れた目は、満月に照らされた森を照らす。やっぱり夜はこのぐらいの光がちょうどいいのかもしれない。僕は足音を立てないように音のした方へそっと歩き出す。機巧は常に手に、と決めているので、持ったままだ。音は近かった。きっとすぐ近くだろう。