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第七章 『美しきデジャ・ヴ』

第七章 『美しきデジャ・ヴ』


 私は、その時、ようやく「蛇の生殺し」状態から解放されたと言う満足感から、高木美優の言った今日の日の事の意味を完全に取り違えてしまった。


 私は、それを「二人が結ばれる事」の意味の事と解釈し、高木美優は、その繊細過ぎる神経から、長年その不安感か嫌悪感にさいなまれてきたと解釈してしまったのである。精神分析学の創始者フロイトの言うリピドー説をそのまま信じてしまったのだった。


 その時、高木美優が急に声を上げた。


「あっ、できた!」


「美優ちゃん、とうとう新しい漫画の案が浮かんだの?」


「う、うん、今、天上から私に降ってきたんよ。確かに粉雪のように舞い降りてきたんよ。これよ、これよ」


 そう言って、高木美優、いや、漫画家の山本彩華は急いで小さなメモ帳を取り出して、新しい漫画の概要らしきメモを書き始めたのである。

 私は、ようやく、漫画家山本彩華は完全に復活したと感じた。いつものようなメモ魔で真剣な表情、あの予言者のように遠くを見通す瞳に戻っていたからだ。もう安心だろう……。


 私は、今までの疲れがどっと出て、急に、眠くなってしまった。そこで、先に寝るね、とそう言ったのを最後に寝入ってしまったのである。


 真夜中の三時頃、私はベッドの上で、目を覚ました。横に、高木美優はいなかった。ただ、ユニットバスの中からシャワーの音が聞こえてきたので、多分、シャワーでも浴びているのだろう、そう思った。高木美優がバスから出て来るまで待っていよう。


 ふと、目をベッドの上の高木美優が先程書いたであろうメモ帳に移した。ベッドサイドのランプ照明は暗く、しかも小さな字で書かれていたが何とか読む事ができた。


 メモ帳には、


・題名……『美しきデジャ・ヴ』

・主役……心に傷を持つ少女、年齢十八歳、で売れない漫画家(その頃は、喫茶店でバイト中)。

・相手……主人公の事を全て受け入れてくれるハンサムな学生、喧嘩はめっぽう強い。

・粗筋……中学生時代からの執拗なイジメ、虐待、言葉の暴力、…で、最初の出会いは、主人公がバイトしている喫茶店の帰りに数人のチンピラに脅されていたのを、助けてくれたところから始まる。その後、同棲。……主人公は、漫画の創作に悩む。楽しい生活 と、訳も無く自分を悩ます原因不明の不安感。だがこれは、既に遠い昔から漠然と感じていた事。


 そう、先程、高木美優が私の横で話していたような内容だった。

 

 しかし、結末のところを見て、私は、全身が震えたのである。


・結末……少女(主役)の死(自殺!)


 私は、急に、心配になりだした。ユニットバスに駆け寄って、


「美優ちゃん、美優ちゃん」と呼んでみた。しかし返事はない。私は、ユニットバスのドアを開けた。



 おお!何と言う事だろう!



 アイボリー色の細長いユニットバスの中は鮮血で染まっていた。高木美優はカミソリで左手首を切って湯船の中に横たわっていたではないか!私は、直ぐに彼女を抱きかかえた。私は気が動転していたためか、心臓に耳を着けても心音は聞こえないように思えた。それに体はまだ生暖かいとは言え、彼女は人形のように動かなかったのである。


 私は、鬱病の快癒時期が、一番、自殺が多いと言う話をようやく思い出していた。そして、高木美優の言った何気ない一言、つまり今日の日の事の本当の意味をようやく理解したのである。


 高木美優は、既に中学生の時から、この日の事件、つまり「自分が精神的な病(鬱病)により自殺に追い込まれる事」を、あの予言者のような瞳でもって、早くから予感していたに違いないのだ。


 そして、その恐怖感がずっと彼女を苦しめてきたのだろう。それが怖くて怖くて、徐々に人嫌いになり友達もできず、女子校を中退し、漫画に没頭していったのだ。


 私は、この日、この時、高木美優、いや、山本彩華の全ての苦悩の源泉を私なりに理解したのである。


 私は、高木美優の左腕をそこにあったタオルで強く縛ると、即、救急車を呼んで到着した救急車両に無我夢中で飛び乗った。そのまま同乗して救急救命センターへ向かった。

 医者ではない素人の私が見ても、あれだけの出血である。果たして助かるのかどうか、蝋人形のように青白い高木美優の顔色を見て、出血多量のため多分もう百%助からないであろうと覚悟したのである。


 今は、ほとんど絶望的状況ではあったが、ただ、ひたすら祈るしかない。


 だが、救急究明センターに着く直前のほんのその時のことである。


 私は、またしても強烈に悟ったのである!


 それを天からの啓示とまで言い切ってしまうとすれば、単なる凡人の私にしてはあまりに言い過ぎになってしまうのだろうが、その時の混乱した私の頭の中に、まばゆいイルミネーションのようにハッキリと輝いた文字が見えたような気がしたのである。これを天からの啓示と呼ばずして何と言おうか!


 それによって、私が最初に高木美優に出会った時に感じた「同類のみが持つ同じ臭い」の「同類」や「臭い」という意味が、その時、瞬間的に理解できたような気がしたのだ。


 それはつまり、「死」という言葉をお互いに共有していたと言う事実だったのだ。もっと言えば、常に「死」をお互いに背負って生きてきていた(いる)という冷厳な事実だったのだ。


 私が、高校生時代のあの上級生達からの校内暴力に怯えて「地獄の時代」を過ごしていた時、常に感じていたのは「果たして生きてこの高校を卒業できるか?」という切実な思いであった筈だ。


 高木美優のほうは、「鬱病により自分が死に追い込まれること」を、既に、中学生の時から漠然と予感してきてのだ。


 まさにここにこそ、全く何の関係もなかった二人が、急接近できた理由があったのだ。


 救急救命センターに着いた。


緊急搬入口には、搬送用のベッドが用意され、お医者さんや看護士の方が数名待機しており、高木美優をベッドに乗せてくれた。


 が、驚くべきことに、高木美優の顔色がほんの少しだが、赤みが戻ってきているように見えたのである。もしかしたら助かるのかもしれない。…これは、奇跡なのだろうか!私は、単なる白昼夢を見ているのだろうか!


 しかも、私が最初に高木美優に出会った時からずっと感じてきてきた「同類のみが持つ同じ臭い」が、アルコールや消毒液の臭いが充満する救急救命センターの廊下をお医者さん達と一緒に付いていくうちに、徐々に徐々に消えていくのを、何とも表現のしようのないような不思議な感覚で感じとっていたのである。


そうなのだ。彼女は必ず助かる、そして再び女性漫画家として復活を果たす、と!。                                        了




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[良い点] 立花さんの他の作品とはやや異質の魅力を感じます。 主人公とヒロインが「死に惹かれている」という尖った設定にも関わらず、読む側の感情移入がしやすく、物語を体験する感覚で読む事ができるのです。…
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