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第二章 私の青春

第二章 私の青春


「ふーん、そんな事があったんですか?」


「ええ、その話を聞いて、僕、一ケ月近くご飯が食べられなかったがです。僕が彼女を自宅まで送っていけばこんな事にはならなかったんじゃないか、って、そんな後悔が、次から次から、怒濤(どとう)のように押し寄せて来たからながです」


「早い話がノイローゼになったんですね」


「まあ、そんなところでしょうね。で、別に自慢する訳じゃないがですけど、それまで学年でトップクラスだった僕は、自分の進路にも迷いが生じて、彼女が一緒に進学を希望していたX高校への進学をやめて、近くのZ高校に進学したがです。


 でも、これがまたとんでもない高校で、僕、この高校で校内暴力に遭い、あやうく殺されかけましたけど……」


「そうなんや。あなたも、イジメにあったんや。そしたら、(なん)か、私と同じやね」


「高木さんもイジメにあったんですか?それで、高校を中退されたんですか?」


「まあ、そういう事。で、でも、今までの話を聞いていると、田中さん、結局、私に興味があるんか、前の彼女の昌代さんのほうに興味があるんか、一体、どっちなんです?単に、私が前の彼女の昌代さんに似ていると言うそれだけの理由で誘っただけやないの?それやったらもの凄く迷惑な話なんですけど……」


 この質問には、さすがに、私も少し詰まってしまった。


「言われるとおり、顔形は、死んでしまった昌代ちゃんと高木さんはそっくりやけど、それ以外は、全然性格も違うし、もの静かなとこなんか、昌代ちゃんとは全然別だと言う事は充分に理解できます。で、どちらがどうだって言われると、それは今の今、まだ、自分の心の中では明確な答えを持っていないのはホントです。


 でも、あなと今日出会ったと言う事は、明らかに運命の出会いだとしか僕には思えないがです。だから、僕としては、これから付き合ってもらいたいがです」


「そんな、私の事、なーんも知らんと付き合って、後で、もの凄く後悔するかもしれませんよ」


「そんな事、絶対、ないと思います。よく解らないしうまくも言えないけど、高木さんには何処か他人(ひと)にはない不思議な能力があるように思えてならないがです。


 例えば、その予言者のようなその瞳が、僕にはとても魅力的ながです」


 ここでもっと詳しく高木美優の容姿を述べさせてもらうなら、細面の色白の顔と、その瞳はまるで予言者を思わせるような澄んだ瞳で、常に何処か遠くを見渡しているような感じであった。


 あの北川昌代ですら、これほどまで澄んだ瞳はしていなかった。また、細面の割に唇が厚く、その点も何とも言えない程、男心を刺激するのだった。


「あのう、もう一度言いますけど、どうか僕と付き合ってもらえないでしょうか?あなたのその予言者のような瞳を見て、今、ようやく僕、気がついたがです。かっての北川昌代ちゃんは、もしかしたら、キリストの出現を予言して先に現れたバプテスマのヨハネの役割だったのかもしれないと……」


「あはは……それじゃ、私が、まるでキリストみたいじゃないですか。でも、それは大間違い。田中さんは夢を見ているんですよ。幻想と言ったほうがいいかもしれへんね。


 私は、予言者でもなければキリストでもない、ただのこの世のオチこぼれ。トロくさいし、頭悪いしね。


それに、それだけ持ち上げておいて、実はこの私は、田中さんにしてみればキリストどころか『新約聖書』のヨハネの黙示録に出てくる「666」の獣、つまりアンチ・キリストかもしれないかもよ。


だからどれだけ頼まれても、そんな訳の分からない誘いには、誰も乗らないと思います。

 

 普通の女の子やったらみんな同じ返事をする筈よ。ですから、残念やけど諦めて下さい。


 あ、あ、あのう、私、もうボチボチ帰らなきゃ」と、言葉は悪いものの非常に優しい口調で言った。



 ああ、それにしても何と澄んだ瞳なのだろう!それに私が持ち出したキリストの話にヨハネの黙示録の話で切り返してくるとは!



私は、額に汗をかきながらどうしてもここであと一押ししなければと焦ってしまった。


 すぐさま、スマホを出したのである。


「やったら、せめて、これ僕のスマホの番号とメルアドやラインです。これだけでも交換して下さい。そして気が変わったら、僕に電話でも何でもして下さい。それまで待ってますから」


「そんなら永久に待ってれば……。ホント、悪いけど、私、これで帰っていい?」


 どうも、これ以上高木美優を引き留める事はできない。もう、約束の三十分は経っていたのだ。私は、私鉄駅の前まで高木美優と一緒に歩いた。今し方着いた私鉄電車から吐き出されたばかりの大勢のサラリーマンらの間を()って二人して歩いた。そして、同じ私鉄に乗った。


 行き先は正反対であったが…。


 その日の夜、私は、神経が興奮して全く寝付かれなかった。そこで、ラベルがやけにケバケバしい安物の焼酎の(ふた)を開けて、度数25度のアルコールをコップに注ぎ込み一気に喉に流し込んだ。喉が焼けるように熱くなった。


「うーん、しっかし、ホンマ、()っげえかったな!正に、キターッて感じやな」と、思わず独り言を言ってしまった。


 ここで、私が、凄い!と叫んだのには、実は二通りの意味があったのだ。


それは、同級生で自殺してしまった、かっての恋人の北川昌代にそっくりの、いや北川昌代よりもっともっと美人の高木美優と言う女性に出会えたと言う事がまず最初の一つ目の凄い事であった。


 もう一つの凄い事とは、北川昌代の例の事件があってからは、自分からは敢えて身を引くような感じで、同級生を含め、若い女の子とはほとんど口も聞いた事が無かった私が、突如、ナンパ氏さながらの弁舌でもって、若い、しかも初対面の女性に対して、猛烈にアタックできたと言う事実である。


 私は、先程も言ったように、高校生時代に、ある上級生グループに色々と因縁を付けられては毎日のように激しい校内暴力に遭っており、果たして、


「生きて、この高校を卒業できるのだろうか?」と言う異常な状態が二年間も続いたのであって、恋愛等にうつつを抜かす事なんかとてもできるような状態では無かったのだ。


 もう最後には、その上級生のリーダーと刺し違える覚悟で、ある武器を隠し持って登校するようになってから、私の殺気を感じたのか、その上級生グループがいつの間にか近寄らなくなり、何とか、無事に高校を卒業する事ができた程である。


だから、中学三年の時以来、若い女性や女の子と、まともに口も聞いた事が無かったのに、あれほど大胆になれた自分に対して、一体私の何処にあんなパワーがあったのか?

 

 うーん凄い!と、自分でも信じられないような行動に対して感嘆の声が漏れたのである。

 

 さて、それから一週間待ったが、さすがに高木美優から何の連絡も無かった。やはり、あんな強引な誘い方じゃだめだったのかな?


 だが、彼女のあの瞳の美しさやその魅力はとてもとても忘れられるものではない。


 ……彼女には、私が今までに出会った全ての人とは違う「何か」を感じていたのだ。それは、単なる一目惚れと言う言葉だけでは片付けられない、一種の「同類のみが持つ同じ臭い」のような感覚を、漠然とだが感じていたのだった。


 その「同類の臭い」とは、私の高校生時代の「イジメ体験」かもしれないし、それ以外のもっと別の「何か」かもしれない。私は自分でもその答えが出せないまま、日に日に彼女への思いは募っていったのだった。


 この一週間経ってみて、私は、顔形は大変に似てはいるが、北川昌代とは全く違う、別の人格を持った高木美優と言う女性に対しての強烈な憧れを自分の心の中でハッキリと自覚できたのである。


 もうこれ以上ジッと指をくわえて待っている事はできない。よし、あの喫茶店に、もう一度行ってみよう、とそう決心した日の午後十一時頃である。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここで一旦退室いたします。 続きが非常に気になる状況で!! 仕事やもろもろが早くこなせる起爆剤になるかもです(^_-)-☆
[良い点] 出会った人と思い出の人、容姿は似ているとしても、性格を変え、コントラストを出している点が良いですね。 [気になる点] 昌代に関して、失った時の心の痛みをもう少し描いても良かったのでは無い…
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