自殺しようと飛び降りたら、死なないしメンヘラ気質の女の子に好かれてるんだけど。
「よし、死のう」
俺は元気良く、歯切り良く、目を瞑り、学校の屋上から飛び降りた。
空気が身体を纏う。
人生に絶望した。
人生に失望した。
人生に希望を見出せなくなってしまった。
だから飛び降りた。
飛び降りる瞬間、全てから解放された感覚が身体を包んだ。
もっと早く死ねばよかったなって思った瞬間だった。
身体と地面との距離がゼロに達するその刹那、強い衝撃が俺の身体を襲う。
しかし、俺の身体は無傷だった。
「……アレ?」
不思議、不可思議、奇々怪界。
俺は直立不動の姿勢で地面の上を立っていた。
全く理解ができない、追いつかない。
どうして俺は死んでないんだ?
……この際、死んでないのは良い。
どうして無傷なんだ?
どうしてあるべきはずの傷がないんだ?
全くもって意味がわからない。
「え!?」
「な、なんだこいつ!?」
自問自答を繰り返していたら、何やら騒がしい。
周りを見渡してみたら女子がたくさんいた。
髪を掴まれた女が一人と、髪を掴んでいる女が一人と周りを囲む女が五人。
どうやらイジメの現場っぽい。
「……空から来た?」
「え、やばくね?」
「……やばい」
周りを見渡していたら、女の子たちはそう言って去っていった。
残ったのは俺と髪を掴まれていた女の子だけだった。
互いに見つめ合う状況になってしまった。
これ俺も何処かに行くべきなのだろうか。
傷心中の女の子と喋ったことなどこの人生の中で一度もない。
慰めるべきなのか、側にいてあげるべきなのか、全くもってわからない。
わからないからその場を立ち去ることにしよう。
そう思って、視線を外し彼女に背中を向けて歩き出す。
「ま、まってください……」
か弱く、脆弱そうな小さな声が後ろから聞こえた。
「あ、あの……ありがとうございます……」
今にも消えてしまいそうな儚さを含んだ声から感謝の意を表明されてしまった。
はっきりいって俺は何もしていない。
助けようだなんて微塵も思っていない。
ましてや彼女のことなんて知らない。
当然喋ったことなどないし、会ったこともないし、見たことすらない。
そんな俺が感謝されたところで何か言える立場ではない。
ないのだが。
「どういたしまして、良ければまた会いましょう」
彼女が不安そうな表情で俺を見ていたもんだから、とりあえず敵じゃないですよとアピールしておくことにした。
少し、痒くなるような台詞を吐いてしまっただろうか。
彼女はどう思うのだろうか。
どう思われても良いと言えば良いのだけれど、悪く思われたいわけではない。
出来るだけ他人からの悪感情に対する方向に向けられないように生きていきたいのだ。
「あの、倉澄くん……!名前、下の名前教えてくれない……?」
「下の名前……下の名前は悟、フルネームだと倉澄 悟ね。それじゃ、俺はこれで」
「わ、私の名前は……」
「いや、興味ないので。失礼します」
本当に失礼だ。
「あっ……はい……」
彼女にとって信じがたい返答だったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
驚愕。
彼女の双眸がこれでもかと大きく開かれた。
前髪で目がよく見えず地味な女の子だと思っていたけど、案外クリクリで可愛らしい目をしていた。
だからといって、何かが変わるわけではない。
彼女を置いて俺は家に帰った。
自殺する気分ではなくなった。
◇◆◇◆◇
家に帰り自分の部屋に戻った。
机の上には遺書が置いてあった。
そう、今日の朝に認めておいた遺書だ。
遺書としての役割を果たすことなく、筆者もとい俺の目の前に姿を現したのだった。
「あー、死ななかったな」
今更ながら死ななかったという現実を感じた。
死ななかった、ただそれだけ。
それだけなのに虚しい。
この胸の中にある虚しさをまだ抱えて生きていかねばならないのだなと虚空を見つめながら思った。
そんな時に携帯の通知音が鳴った。
「メールがきてる、なんでだ?」
不思議に思いつつもメールを見た。
『今日はありがとう。倉澄くんがどういう意図で、どういう感情であの場に現れたのか私には分からないけれど助けられました。勿論、倉澄くんのおかげでこれからの人生がプラスへと好転するというわけではないのですが、それでも、それでも嬉しかったです。縞咲 有紗より』
恐ろしい人だ。
どうやって俺のアカウントを入手したのかは容易に想像がつくけれど。
縞咲さん、顔だけ見ても分からなかったが名前を見て同じクラスの人だと気づいた。
俺はクラスのグループに所属しているから、そこから手に入れてメッセージを送っているのだろう。
そうなんだろうけど、そうだとしても、いやむしろそうだから恐ろしい。
わざわざこんな感謝のメッセージを送るのか?
変な人だなって思った。
とりあえず、当たり障りないことを返しておこう。
『気にしないで』
そう送って携帯を閉じた。
ピコンと、携帯から通知が一つ高速で来たけど無視した。
人とメールなんてほぼしないから、めんどくさいのだ。
それに縞咲さんなんてクラスのメンバー表を見てなんとなく覚えてただけで本当に興味がないのだ。
だから携帯に充電器をさして晩御飯を食べた後眠ることにしたのだった。
◇◆◇◆◇
自殺未遂の次の日。
昨日送られていたメールを見た。
『好きです』
変なやつだ。
縞咲さんは変な人間だったようだ。
それを見た俺はすぐさま断りのメールを返信した。
はっきりいって、いやどう言ったとしても縞咲さんなんて興味なかった。
そう思っていたらメールはすぐ帰ってきた。
『告白してごめんなさい』
そっか。
さて、学校に行こう。
◇◆◇◆◇
学校に行く途中、死にたくなったから手持ちのハサミを首に思い切り刺そうと思ったが刺さらなかった。
痛みもなかった。
倉澄 悟、どうやら死なない体になってるらしい。
「どうしたもんかな〜」
歩きながら、俺は独り言。
自殺をやめれば済む話だとは分かっている。
分かっているけど。
分かっているからこそ死にたい。
出来ないものに魅力を感じる人間なのだ。
死にたい死にたいなど連呼しすぎると、早く死ねよと思われてしまうので言わない。
今の俺は死ねないから。
この死ねない体、死にたくない人間に渡したいものだ。
……そんなことを考えてる時だった。
「おはようございます、倉澄くん」
後ろから声がした。
聞き覚えのある声だ。
昨日聞いた声だ。
後ろを振り返るとそこには昨日、告白メールを送ってくれたばかりの縞咲 有紗がいた。
「あ、あぁ。おはよう縞咲さん」
「今日は良い天気ですね、快晴です」
「そうなんだ。快晴なんだね」
「快晴の日は運動をしたくなったりお出掛けをしたくなる人がいるそうです。倉澄くんは天気によってその日の活動を変えたりすることはありますか?」
「んー、ないかな。雨の時に外出したくないなって思うぐらい」
「そうなんですね、じゃあ雨の日はお家にいるんですね」
「そうなるかな。雨の日はお家にいることが多い」
なんなんだ。
謎だ。
縞咲さんは一体何を考えているんだ。
「そうなんですね、ありがとうございます。そうだ、良かったら一緒に歩きませんか?」
「いいよ」
否定する理由も拒絶する理由も特になかった俺は受け入れた。
受け入れる理由もないけど。
まあ、問題はない。
どうせ俺の家から学校は徒歩で行ける距離。
そんな長く話す時間なんてない。
軽く世間話をするのが関の山。
だから、受け入れたのだ。
「倉澄くんは今日学校行くんですか?」
「え?」
「昨日飛び降りてきていたので行かないのかなと」
「行きたくないっちゃ行きたくないけど、他に行くとこないから行くよ」
「そうなんですね」
何を言いたいのだろう。
全然わからない。
「私は学校に行きたくないので倉澄くんと一緒にどこか行きたいです」
「あー、そういうこと」
「そうなんです」
はっきりいって、面倒だ。
でも、学校に行くのも面倒だった。
でもでも、大して喋ったこともない縞咲さんと何処か行ったところで何が楽しいというのが。
それなら学校行って普通の生活を享受した方がいい気がする。
「やめとくよ。俺、実は学校が好きなんだ」
「わ、わかりました……」
意外とすんなり諦めてくれた。
よかった、これで安心だ。
「じゃあ死にますね」
そう言って縞咲さんはハサミを取り出し、自らの首に向けて思い切り振りかぶった。
俺は止めた。
腕を掴んだ。
「な、なにしてんの縞咲さん……」
はっきり言ってドン引きである。
人のこと言えないけど。
「いや、今日この瞬間倉澄くんと何処かに行くという事象に達成できなかった私に生きる理由なんてないんです。むしろ死ぬことこそ私の存在証明、レゾンデートルなんです」
「ちょっと何言ってるかわかんないけどとりあえず落ち着いて」
「……わかりました」
この間ずっと首へ向けて力を込められたナイフを持った腕の力がやっと弱まった。
すごい。
おれはそう思った。
ドン引きをしていたが、死に対してああも近づける縞咲さんに一種の尊敬の念を覚えていた。
畏怖。
「わかった。とりあえず縞咲さんが死んだら困るから何処かに行こうか」
困る?
なにがだろうか。
一切、興味がないはずなのに。
思ってもない言葉が口から出ていた。
「え、ほ、ほんとですか?嘘じゃないですよね?いや嘘じゃないとは思うんですけど、心の整理が追いつかなくて本当のことを本当と信じられる精神状態じゃないっていうかなんというか……とりあえずありがとうございます」
彼女は早口でまくしたててきた。
ほんとにはやい。
何を言っているのか少しわからなかった。
とりあえず喜んでいることだけは確実だった。
間違いようのない事実。
嬉しいの表現なのか手を口に抑えていた。
そんな彼女を見ていると腕に切り傷があった。
リスカ痕ってやつだろうか。
といっても、ほんとにリスカをする人間はいるのだなという気持ちが湧いていただけだった。
「それじゃあ、何処に行こうか?」
「……そうですよね、何処に行きましょうか?」
「質問を質問で返さないでほしいんだけど」
「すいません、わかりました。私は倉澄くんと行きたいところがあります、そこに行ってもいいですか?」
意思表示はしっかりしているが言ってることが結構曖昧だった。
「場所によるけど、いいよ」
「あの……映画館に行きたいと思ってます」
「……映画館?」
映画館。
別に問題ない。
大きな問題はない。
小さな問題もない。
何一つ問題はない。
なのだけれど、一抹の疑問が湧く。
偏見で失礼なのだが、縞咲さんは映画を人と一緒に見たいという欲求があると思っていなかったからだ。
だから、ちょっと意外だった。
といっても、何だったら意外じゃないのかと言ったら大体が意外なのかもしれないが。
縞咲さんのこと何も知らない。
知らなすぎる。
無知。
「はい、そうです映画館です。意外でしたか?」
「まあ、意外ではあったね。それで?なんの映画を観たいの?」
「観たい映画は特にないんです」
「え?じゃあ、なんのために映画を?」
「私は倉澄くんと映画館に行きたいんです。映画を観ること自体に価値はあまり見出していません。倉澄くんと映画を観るという行為そのものをしたいんです」
あー……。
なるほど。
でも、たしかに、わからなくもない。
観たい映画があるなら一人で行けばいい、そういうことなのだ。
二人で行きたいのは二人がいいから。
「そっか。なら、いこっか」
「はい!」
満面の笑みを浮かべた縞咲さんと映画館へと向かった。
◇◆◇◆◇
縞咲さんと観た映画はつまらなかった。
観た映画は原作が少女漫画の映画化作品だった。
俺には感情移入が一切できなかった。
他人事だった。
いや、映画というのは誰にとっても他人事であり自分の事ではないのだけど。
何処まで突き詰めても他人事でしかない。
自分ではない。
「映画、面白かったですか?」
「うーん、僕には合わなかったかな」
「そうですか」
縞咲さんは、嬉しそうな表情をしてそう答えた。
特に喜ばせることは言っていないが彼女にとって会話の内容はなんでもいいのだろうと思った。
「私は楽しかったです。倉澄くんの表情って全然変わらないんです。出会いのシーン、虐められてるシーン、修羅場のシーン、盛り上がるシーン、キスシーン、全てのシーンで表情を一切変えず虚空を見つめるかのように映画を観てたのが私みたいで」
「そうかな?映画じゃなくても俺に対して楽しめてるなら同じじゃないと思うんだけど」
「そうかもしれないです。それでも私は楽しめました、よかったです」
感謝の言葉と共に頭を下げる縞咲さん。
何も感謝されることなんて、してないのに。
「私、明日は学校に行けそうです」
「そっか」
俺は学校に行きたくなかった。
他に行くところがないから学校に行こうとしていただけで極力行きたいわけではない。
だからだろうか。
「明日は映画館じゃなくて遊園地に行かないか?」
縞咲さんを誘っていた。
不可解。
映画館に行く前の自分なら確実に言ってない台詞だった。
「ほ、ほんとですか?」
「ほんとだよ」
「……じゃあ、明日も学校サボります!」
縞咲さんは満面の笑みを浮かべてそう言った。
反社会的発言だった。
だけど。
今日で一番楽しそうな縞咲さんだった。
「でも倉澄くん。まだ12時ですけど今から遊園地は行かないんですか?」
そうだ。
学校に行く途中で映画館に行くことにしたからわざわざ明日にしなくても今日遊園地に行ける。
「いや遊園地は明日にして、今日は水族館に行こう」
「そうですね。遊園地は明日にしましょう」
どうして俺はこんなことを言っているのだろう。
よく分からない。
分からないけど、楽しい気がする。
朝、縞咲さんのこと振っておいて何楽しんでるんだと言いたくなった。
「縞咲さん」
「どうしましたか?」
「付き合おう」
「……へ?」
縞咲さんは完全に理解が追いついていないようだった。
「え?今、なんて言いました?」
「付き合おう」
「へ……は……あの……」
縞咲さんは面食らっていた。
「あ、すいません……失礼だとはわかってるんですけど思ってもない言葉すぎてちょっとなんていうか……とにかく嬉しいです!是非お願いします」
そして俺は縞咲さんと付き合ったのだった。
◇◆◇◆◇
付き合ってから割とすぐに気づいたのだけど縞咲さんはヤバイ人だった。
家を出ると常にいるし、行く先々に縞咲さんに出会う。
付き合っているというのに縞咲さんは俺のロッカーに恋文を毎日入れてくる。
それもとても長い文章で。
普通の人ではないと分かっていたけどここまでとは思わなかった。
でも、変な人だから俺にとってはちょうどよかったのかもしれない。
「倉澄くん今日は何処行きましょうか?遊園地ですか?」
「お金ないから公園」
「公園デートですか、いいですね。ハイセンスです」
「これでハイセンスなら世のカップル大抵センスあるけど」
「いえいえ、私も公園デートしたいと思ってたからセンスあるってことで他のカップルがしててもセンスあるわけじゃないですよ」
「そうなんだ」
「そうなんです」
とはいえ。
この虚しさは縞咲さんで補えてるわけじゃないのでちょくちょく自殺未遂している。
何故か死なないけど。
それだけは本当にわからない。
でも、そういう体じゃなかったら俺は生きていくことなんてできないのだろう。
呪いのように息をしている。
だけど、それでよかった。
縞咲さんと付き合っている。
俺は死なない、それだけでよかった。
おわり。