建国神話
アリエッタの仮面が顔から外れた瞬間。
真紅の髪は黄金へと変わった。
瞳は海のように美しい青。
サファイアのようにキラキラしている。
愛らしい唇から吐息が漏れる。
「やっと自由に成れた気分だわ」
「アリエッタ。束の間、素顔を満喫するが良い。
いつも思うのだが、アリエッタとは名前が安直ではないか?元の名前がバレるのではないかと、気が気でない」
マリーンは流し目を送る。
「それだけは……師匠に言われたくはありません」
アリエッタは首を振り続けた
「どうやらわたしの失踪は未だ秘密のようですね。情報の集積地たるこのヤーベにも、わたしが消えたという噂が聞こえて来ません。それにわたしの探し人も……この名前とわたしの体型や仕草を見て、気付いてくれるかもしれません。胸はあれから大分育ちましたが……」
「安易だな。夢想は時に判断を狂わせる。
だが我々の探し人にもいつ何処で会えるか分からない。
生死すら誰も分からない。
ただ……ヒントがあるとすればその灰色の髪で白と黒のオッドアイの男だな?
その者の噂がまだないが、もし生きて少しでも活躍しているならいずれ耳に入るだろう。
外見が目立ち過ぎるからな。
我々が旅を再開するのは、それからで良い。
それまでは出来るだけ実力を付けるのだ。
それにしてもオッドアイの男……まさか……な」
マリーンが思案顔をする。
アリエッタはそんな感情が出ている師匠を不思議に思った。マリーンはいつも仮面を被っているように無表情だ
「心辺りがあるのですか?」
「いや。あると云えばあるが……何せ300年前に別れた切りだ。そしてその死もわたしが見届けた。
生きている筈はないが、余りにも外見が似すぎている。
ただ……彼は死というものが普通とは違うから……。
逢えば直ぐ答えは出るだろう」
「かつて師匠と共に亜人の自由を求めて戦ったという魔王と呼ばれた方ですね」
「ああ。名前はフェルと言った。
あの時は念願半ばで味方の裏切りで命を失った。
フェルは私の腕の中で息絶えた」
マーリンはしばらく目を閉じて
「その魔王と呼ばれたフェルの前世がアーサーだった。
それは1000年も前の事だ。
これは以前わたしの正体と共に話したな。
初代皇帝アーサーだ。その頃彼が築いた帝国では亜人に対する偏見も何も無かった。
それよりも魔人やエルフ族は尊敬の対象でもあった。
だが、今は見る影もない。
その500年前に転生した時も、彼はフェルと呼ばれていた。
いつの時にも彼の傍にはわたしがいた。
わたしとフェル……かつてアーサーと呼ばれた男は、転生する度に巡り会う運命をもっている。
そしてわたしはいつも彼の妻でもあった。
だからわたしは一万年以上歳を重ねて来たが、男は彼しか知らない。十何回か転生した彼しかな……」
マーリンは懐かしむような柔和な表情をした。
そして女の顔をした……。
女の顔を見るのはアリエッタは初めてだった。
素直に
──師匠もあんな顔見せるんだ
なんて思った。
そしてもしアリエッタが懸念するあの灰色の男が、かつての婚約者であったなら…。
もし灰色の男がマーリンの探し求める男であったなら……。
同じ男を愛する事に成るかも知れない
「ところでアリエッタ。
貴女は約束の時が来れば戻るのか?」
「はい。そのつもりです。
このままでは王国と帝国の間にまた戦が起こるでしょう。
何としても止めなければ……」
「だが……貴女にも分かっているだろう?
あの外道は貴女を手に入れれば、どちらにせよこの大陸中を戦火で染め上げると!
貴女の意志は尊重するがわたしは反対する」
マーリンの言葉にアリエッタは唇を噛んだ
──そんなの。わたしが一番分かっている
だからこそ戻るのだ。
もしわたしの探し人が見つからなければ、わたしは戻って何としてもあの男を殺さなければならない。
その為には結婚をし、この身をおぞましいあの男に穢されても機会を見つけ、息の根を止める。
それがアリエッタの自分に科した使命でもあり、咎でもある
「もしあの方が生きていれば……王国を乗っ取ってでも対抗手段に仕立て上げるのですが……。
いかんせん今のセルフィア王国は腐り切っています。
帝国の侵略を止める術はありません。
もし帝国の旗がこの大陸を席巻すれば、全ての者は生き地獄を味わう事となるでしょうから」
そしてアリエッタはあの醜悪な男の顔を思い浮かべた。
この世の欲望を煮詰めたような顔。
おぞましさに身震いする。
その帝国を築いたのは……かつての師匠の恋人であった初代皇帝アーサー。ひとつどうしても聞きたかった事があった。これを機会に聞いてみようと思う
「あの……お師匠様。
初代皇帝はどうしてエクスカリバーが抜けたのですか?
何百年と抜けなかったのに……」
「ああ。あれか?
あれはな。もともとアーサー……フェルの魔力にだけ反応して抜けるようになっていた。もし私とまだ巡りあえない時にフェルが抜いたら、噂になるだろう?
その噂を辿れば私が彼に会える確率があがると思って、仕込んでいたのよ。
王家の血筋が云々というのは完全な出任せ。
私が流したデマだ。
そんな伝説が付随していたら、皆が面白がって抜きたく成ると思わないか?
転生したフェルには王家の血なんて欠片もないさ」
その話は、目から鱗だった。
というよりも、現実の前に建国神話は一気に色褪せた。




